ナゾを呼ぶeメール

以下は,平成12年度学級通信「共に育つ」4枚分に紹介したものをweb用に書き改めたものです。メールの差出人の方の了承を得て,ご紹介いたします。


■2001年3月1日,1通のミステリアスなeメールが私の元へ飛び込んできました。

「おそれいります!」
Hi!
おそれいります。
私は今困っている所は漢字の読み方、使い方、意味、それから、文脈の解釈などです。
こんな時に特別にお便りを書き、お聞きしてもよろしいでしょうか。たとえば、
1.地蔵信仰は、子供だけ向いている神に関する信仰ですか。
2.年忌、厄年、賎山、樺大、はなんですか。
3.「帯祝」の読み方と意味をいただきたいです。
4.「郷田」、「橋浦泰雄」、「常一」、「石川謙」、「山上憶良」は人名だと承知していますが、どうよみますか。
5.「宝子にしかめやも」、「賎山がつの心なきも」、「袖をぬらさねはなかりけり」の意味をお教え下されば幸いだと思っています。
6.宝物集、夏祭浪鑑、世話尽、舞の本築島、舞の本いぶき、誠の瀬、源平盛哀記、表出、享保、陸中鹿角郡、産育、出振舞、産立飯、はどう読みますか。その意味もいただきたいです。
7.「引揚着物と袖とほし」、「子守とイズミ」はなんでしょうか。
8.「取上親」と「拾い親」と「仮親」がどう違いますか。其の意味もなんでしょうか。
9.名付祝、氏子入はなんでしょうか。どう読みますか。
10.「なぞる」、「児やらひ」はなんですか。

急に数多くお聞きしましたが、御許し下さい。
日本語のクラブがご存知なされば、参加させていただきたいと思います。どうか御願いもうしあげます。

早々、Wiwy

■インターネットは,時間,空間を飛び越えての情報交流を可能にします。さて,このメールは,上に載せたのがすべてです。もし,あなたの元にこのようなミステリアスなメールが届いたら,どのようになさいますか?ちょっと考えてみてください。

■6年生の子供たちに聞いてみましたら,次のようでした。
○調べて教えてあげる。教えてあげないといつまでもわからない。困っていてかわいそう。(多数)
○自分の勉強にもなるから調べて教えてあげる。(6)
○「あなたはどこの誰ですか。なぜ,私に聞くのですか」と返事を出す。どんな人だかわからないのにいきなりメールが来ても困るから。(1)
○無視する。関わり合いになると,めんどうくさそう。次々に来そう。何だか気持ち悪い。(7)
○問題の答えが分からないから無視する。(3)
○どこかで逢いましょうと返事を出す。喫茶店などで会って,相談に乗ってあげる。(2)

心優しい子供たちですから,予想通り「返事を出す」が多かったです。

■私は以下のように返信しました。

横藤です。
Wiwy K. Hanapie さんは書きました:
>おそれいります。
>私は今困っている所は漢字の読み方、使い方、意味、それから、文脈の解釈などです。
>こんな時に特別にお便りを書き、お聞きしてもよろしいでしょうか。

まず,どんな経緯で私のところにお問い合わせをなさるのか,お教えいただけませんでしょうか?
いくつかの質問にはお答えできると思いますが,経緯が見えないので,答えにくいのです。

あなたの国,立場,私のアドレスを知った経緯,知った内容の利用の仕方等をお願いします。

 インターネットは,顔が見えないやりとりですので,安易に返信をしたり,個人の情報を公開したりするのは御法度です。 ここまでを聞いた子供たちの顔,「なるほど」と,ちょっと引き締まった感じになりました。

■さて,この返事に対してWiwyさんとおっしゃる方から返事は来たでしょうか?
 子供たちに予想を聞いてみたところ,「来た」「来ない」約半々でした。 


■返信は来ました。

横藤様、
 
>まず,どんな経緯で私のところにお問い合わせをなさるのか,お教えいただけませんでしょうか?

ご迷惑をかけまして、お詫びを申し上げます。
日刊・小学校教師用ニュースマガジンや『日本語って難しい? やさしい?』メールスマガジンなど参加しています。配送されたメールから どなたかにたまった読めない漢字などをお助けなさることができるか、とうとう勝手にメールを出しました。この「経緯」の意味は、これでよろしいでしょうか。

>いくつかの質問にはお答えできると思いますが,経緯が見えないので,答えにくいのです。

この場合は、「経緯」というのは、外国人である私はあいまいですから、お教えくださいませんか。

>あなたの国,立場,私のアドレスを知った経緯,知った内容の利用の仕方等をお願いします。

ここにある「経緯」もはっきりわかりませんから、。。
たいへんご迷惑をおかけしまして、すみませんでした。大学院の教授にお訪ねします。

ご成功をお祈りします。  ウィウィ

■今度は,私は以下のような返事を出しました。

横藤です。
Wiwy K. Hanapie さんは書きました:(略)

はい。大体分かりました。
Wiwyさんは,日本で日本語を学ぶ外国の方なのですね。
いたずらメールや販売のためのメールなども時折届くものですから,ちょっと心配になってしまったのです。

では,分かる範囲でご質問にお答えします。時間がないため,調べてのご回答ではありません。記憶間違いなどもあるかもしれませんが,ご容赦下さい。

>1.地蔵信仰は、子供だけ向いている神に関する信仰ですか。
いえ,子供だけとは限りません。旅人を守るもの,健康に関するもの,結婚や安産を願うもの等もあります。

>2.年忌、厄年、賎山、樺大、はなんですか。
年忌…(ねんき)亡くなった人の命日
厄年…(やくどし)陰陽道で災難に遭うので注意すべきだとされる年齢
賎山…?
樺大…(おそらく「樺太・からふと」)ロシアの地名

>3.「帯祝」の読み方と意味をいただきたいです。
分かりません。

>4.「郷田」、「橋浦泰雄」、「常一」、「石川謙」、「山上憶良」は人名だと承知していますが、どうよみますか。
「郷田」…ごうだ
「橋浦泰雄」…?(おそらく「はしうらやすお」)
「常一」…つねいち(かな?),じょういち,つねかず等の名前とも
「石川謙」…いしかわ けん
「山上憶良」…やまのうえのおくら

>5.「宝子にしかめやも」、「賎山がつの心なきも」、「袖をぬらさねはなかりけり」の意味をお教え下されば幸いだと思っています。
「宝子にしかめやも」…山上憶良の歌ですが,この前に「まされる」がついています。
で,「まされる宝子にしかめやも」で「子供に勝るような宝物があるだろうか(いやない)」という意味になります。
「賎山がつの心なきも」…?
「袖をぬらさねはなかりけり」…袖をぬらすことがないだろうか(いやあった)。つまり露や涙で袖をぬらしたのだよということです。

>6.宝物集、夏祭浪鑑、世話尽、舞の本築島、舞の本いぶき、誠の瀬、源平盛哀記、表出、享保、陸中鹿角郡、産育、出振舞、産立飯、はどう読みますか。その意味もいただきたいです。
宝物集…(ほうぶつしゅう)鎌倉時代の仏教説話を集めたもの。
夏祭浪鑑…(なつまつりなにわかがみ)浄瑠璃の1つ。任侠もので,後に歌舞伎になりました。
世話尽…?(せわつくし,かな?)
舞の本築島…?
舞の本いぶき…?(「舞いの本(まいのほん)」というのは,幸若舞(こうわかまい)という室町後期の芸能です。おそらくその段(英語ならChapterかな?)の名称を付けたのではないでしょうか。
誠の瀬…?
源平盛哀記…(げんぺいじょうすいき・げんぺいせいすいき)平清盛と源頼朝,義経などを主な登場人物として,平氏と源氏の隆盛と滅亡を描いた歴史物語。
表出…(ひょうしゅつ)感情や身体の調子などが目に見えるように外部に現れること。
享保…(きょうほう)江戸時代中期の年号。(年号とは,今の平成,その前の昭和などのような時代につける称号)吉宗が行った「享保の改革」とか,中国大陸から飛来したイナゴによると言われる「享保の飢饉」が有名です。
陸中鹿角郡…(りくちゅうかづのぐん)リアス式海岸として有名な陸中海岸にある鹿角という郡(郡は県よりも下の行政区分。)
産育…?
出振舞…(でぶるまい)料理屋などに人を招待してごちそうすること。
産立飯…(うびたてめし)赤ちゃんが産まれてすぐ炊いて神様にお供えするご飯。

>7.「引揚着物と袖とほし」、「子守とイズミ」はなんでしょうか。
? すみません。正確には分かりません。憶測ですが,「引揚着物と袖とほし」(ひきあげきものとそでとおし)引き揚げには「元の場所に戻る」というのと「赤ちゃんを取り上げる(お母さんの胎内から)」というのがありますので,どちらかでは?
「子守とイズミ」は(こもりといずみ)子守はbaby sittingのことですが…。

>8.「取上親」と「拾い親」と「仮親」がどう違いますか。其の意味もなんでしょうか。
昔の日本では,「生みの親」「育ての親」のように,子供を多くの人の手によって育てるというシステムがありました。例えば,おっぱい(母乳)の出ない母親には,近所の出る人が母乳を与えました。
それを「乳母(うば)」と呼び,本当の親ではありませんが,親のように感謝の対象にしようという風潮があったのです。その背景の中で,「取上親」とは,「産婆(さんば)a midwife」のこと。「拾い親」とは,文字通り捨て子を拾った人。「仮親」とは養父母foster-parentsのことです。

>9.名付祝、氏子入はなんでしょうか。どう読みますか。
名付祝…(なづけいわい)誕生から7日目にするお祝い。お七夜。
氏子入…? おそらく(うじこいり)。氏子とは,氏神(地域の神様)の子供という意味なので,それになるという地域のお祝いだと思います。

>10.「なぞる」、「児やらひ」はなんですか。
「なぞる」… trace
「児やらひ」…(こやらい)昔,子供をどこか他の家(職人や商家)に預けて仕事を覚えさせた習慣。

以上,分かる範囲でご質問にお答えしました。詳しく調べている時間がありませんので,?が多くなってしまいました。
ところで,Wiwyさんは,日本の古典を勉強されているようですね。
言葉の意味ならば,goo(http://www.goo.ne.jp./)の「便利ツール」に, 辞典(英和|和英|国語|新語|法律|人名)があります。これを使うと便利なのでは,と思います。では,お勉強をがんばってくださいね!

また何かあったらできる範囲でご協力します。その節は,Wiwyさんのお国とか,専門のお勉強などもお知らせ下さいね。

■この後,この方の素性がだんだん明らかになっていきます。(続く)


■Wiwyさんから返事が来ました。「励んでくださってありがとう!」という題名でした。

横藤先生、

私は今日本の著者(その中に私の恩師)の書いた「しつけ」を所々訳しています。結果は、大学内の定期報告書に載せたり、日本学の在学者に読んでもいいぐらいことをしたりしています。│
「しつけ」というのは、日本民俗と関係があります。引用も古語まじりであり、私には大変ですね。
しかし、やってみないと、いつも英文の文献などを通じて研究するなんて。。。翻訳者の感覚もそれぞれ違って、最後にどんな結果になるか想像できますでしょう。

古典は、早稲田大学にいって聴講していた時だけ習っていただけですから、もう昔の話になりますし、何も出来ないと同様な状態になっています。(略)

励んでくださって心から関心しています。趣味として今やっていますから、何でもします。ご協力をいただいて深く感謝いたしました。

> また何かあったらできる範囲でご協力します。
> その節は,Wiwyさんのお国とか,専門のお勉強などもお知らせ下さいね。

私については前にすこし言いました。国はインドネシアで、ジャカルタに住んでいます。子供は二人いて、今年の六月ごろカリフォにア州における大学(UCI 大とUCLA大)を卒業する予定です。
いま国立大学、インドネシア大学の大学院で任務しています。大学も大学院も日本語学の卒者ですが、日本語って、まだまだ理解できない所がありすぎて、そして、完全に正確には翻訳するのに、聞き相手がいらっしゃらないと、とても無理ですね。
これまで 横藤先生がご説明してくださった所、とてもご迷惑をしたかなあ、心配したぐらい、気持ちの上申し訳ありません。いまもそう感じしました。お詫びをもうしあげます。同時に心の中にはとてもとても感謝しました。大変大いに助かりました。

以上ですが、なにか私には出来ることがありましたら、ご遠慮なく。。。いつでもどうぞ。

かしこ、ウィウィ

■私の返事の一部です。

横藤です。
Wiwyさんのことがますますよく分かってうれしいです。

>私は今日本の著者(その中に私の恩師)の書いた「しつけ」を所々訳しています。

なるほど,それで「児やらい」とか「地蔵信仰」が出てきたわけですね。
私が最近読んで面白かったのは『日本人のしつけは衰退したか』(広田照幸著・講談社現代新書)です。200ページくらいの読みやすい本ですよ。(略)

>以上ですが、なにか私には出来ることがありましたら、ご遠慮なく。。。いつでもどうぞ。

ありがとうございます。いつかインドネシアの学校の様子などお聞きすることもあるかもしれません。

>かしこ、

1つ質問ですが,「かしこ」は,ほとんどの場合女性が使う言葉なのですが,Wiwyさんは女性なのでしょうか?

■さらにWiwyさんから届きました。

横藤先生、

そうです。私は子供が二人ある母親です。よろしく。
ますます私のことをおわかりしてくださってありがとうございます。

私の言葉、女性語だとか、みえませんでしょうか。=)=)。。。。
標準語を使用する場合、男女とも同様でしょうね。

女性である私だから、無難に「かしこ」を使っています。

> 私が最近読んで面白かったのは『日本人のしつけは衰退したか』(広田照幸著・講談社現代新書)です。200ページくらいの読みやすい本ですよ。

七月頃教え子が東北大学に行く予定ですから、其の時に買ってもらうように。御知らせしてくださって、ありがとうございました。
確かに新しい書物になりますでしょう。
今まで必ず問題になるのは、大学にあるものはそれほど新しいものがありません。いま訳しているものは1975年と1974年の出版物です。

これはこれは、受け取るしかありません。情報もすくないし、あっても手に届かないのですね。

ですから、自分から、努力していかないと、留まっていることになりますね。
長話になってしまって、すみませんでした。
なにか私には、出来ることがありましたら、前回言ったように、どうぞ、どうぞ。では、また。  ウィウィ

■長々になりました。実はこのメールを子供たちに紹介しようと思ったのは,メールを通しての情報交換の危険性について考えてほしいこと以上に,この最後のメールにある「自分から努力していかないと留まっていることになる」というこの方の心意気と,地道な努力を子供達に知ってほしいからでした。
そして,求める心さえあれば,どんな環境にいても学ぶことができる,その一つの方法がインターネットであることを具体的に感じてほしかったのです。
 
 今の子達は,21世紀を担う貴重な人材です。21世紀は,インターネットを中心に,自分から学び続け,求め続けるという生き方が求められるようになることでしょう。計算が少々できなくても,そんなものはコンピュータが代わりにやってくれます。それより,人として心優しく豊かに生きること,自分の好きなものに気合いを入れて取り組んでいくことが大切なこととしてクローズアップしてくるはずです。
 そんなことを考えるきっかけになってくれたらうれしいです。

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