話ができる子に育てる支援
1 三つの学級
どこかの学校の公開研究会に行ったとしましょう。生活科公開の学級が三つありました。
A学級の授業の始まりは,次のようでした。
日直「気を付け。これから生活科のお勉強を始めます。」
全員「は〜じ〜め〜ます!」
教師「はい,今日は…。」
子供たちは,黙って聞いています。
隣のB学級では,次のようでした。
教師「さあ,始めようか。」
子供「先生,僕ね…。」
子供「あのね,私はね…。」
子供たちは次々に自分の計画を話し始め,たちまちにぎやかになります。
C学級では,チャイムが鳴る前にもう子供たちがそれぞれあちこちで動いていました。教師は,頃あいを見計らって,
「ちょっと悪いけど,集まってくれる?」
と,声をかけます。子供たちは三々五々ゆったりと集まってきます。楽しそうにおしゃべりなんかして。
さあ,このような三つの学級があるとしたら,先生ならどの学級を参観したいですか?
2 話の育つ土壌
私なら,BかCのどちらの学級に行こうか迷うと思います。でも,A学級はやめておきます。
A学級のような「話し方」の学級では,生活科らしい子供たちのさわやかな表情や言葉が期待できないことが多いからです。
A学級では,話すということに対して,子供たちに不必要な緊張を強いています。その一方で,間のびした合唱のような挨拶で,授業のリズムを損ない,気持ちをだらけさせます。
それに比べてBやC学級では,子供たちはリラックスしています。リラックスしてはいるけれど,活動に対して張り切っていることがよく伝わってきます。
Aのような学級では,子供たちが発言するときに,
「えーとォ,僕はァ,初めはァ…。」
などと変な調子がついていることが多いものです。それに対して
「同じでェーす。」
と,また合唱が起こったりして。
こんな話し方を繰り返していると,話をする子が固定化してきます。そこで,担任は話し方のパターンを示したり,発言回数を数えさせたりと,何とか「お話をたくさんできる子」にしようと,ますます「支援」に力を入れることになるようです。そして,ことごとく失敗するのです。なぜなら,話が育つ土壌がないからです。
子供たちの話が育つのは,BやCのようなリラックスした中に,子供の意欲が熱くあるいは静かに燃えているような学級だと私は思うのです。
3 話ができるということ
話ができるということには,二つの大きな条件があります。
一つは,「期待と感動」があることです。期待や感動があれば,それを表現せずにはおれないはずです。
だから,たくさん話させたいと考えるならば,まず「期待や感動」を,その子の心の中に生じさせるような環境や活動こそを大事にしたいものです。
もう一つの条件は,「相手」があることです。たくさん話ができない子はイコール話のない子なのではありません。自分の話を確かに受け取ってくれる「相手」が見つけられない場合が多いのです。
我が家に九か月になる赤ん坊がいます。この頃,名前を呼ぶと返事をするようになりました。親ばかなもので,何度も名前を呼んでみます。
「さ,と,し!」「アー。」
私は,これをしばらく繰り返しては喜んでいたのですが,あるときふと,本当に名前が分かっているのかと思い「あ,き,ら!」と,上の子の名前を呼んでみました。すると,やはり「アー。」と返事をするではありませんか。ありゃりゃ。
「ゆ〜すけ!」「アー。」
「はなこ!」「アー。」
何のことはない,どう呼んでも真剣に返事をしてくれるのでした。
やはり我が子は天才ではなかったと妙にがっかりしたり,安心したりしたのですが,そもそも話というものは,内容よりも相手とのつながりを確認するということの方が大事なものなのかもしれません。
子供が話さない場合,まず自分がその子にとって話の受け取り手として合格かどうかを第一に考えることが本筋だと思います。
4 支援の実際
話が自然にできる雰囲気もあり,話の重要な要素である「期待や感動」もあり,教師も子供の話にしっかりと耳を傾ける。こうなれば,子供の話は自然に育ちます。
しかし,そういう中でもなかなか自分からは話をしない子もいるものです。
そんな子への支援の実際をいくつかご紹介します。
@話さなくてもいいんだよ
話の苦手な子がみんなの注目を浴びて,その子の口の開くのをみんなが待っている,というような場面になることがあります。そんなときは,
「話さなくてもいいんだよ。○○君がすごく頑張っていたことは,話さなくったって,先生もみんなもよく分かっているからね。」
などと,言ってあげます。子供によっては,話さないことで精神のバランスを保っている子もいます。そんな子は話さなくてもよいということで,安心してその子のペースで自立の方向に向かうことができることでしょう。
Aないしょ話,スピーカー
「〜のこと,先生にだけそっと教えてくれないかなあ。」と言ってその子の口元に耳を近づけると,うれしそうに話してくれます。他の子もシーンとなって見ています。教師がスピーカーになって紹介するのもよいでしょう。
B花丸,相づち,肩に手を置く
ないしょ話で聞いたことに, 「今の,すっごくいい。みんなに教えてあげてよ。」 などと言ってあげます。いわば,教師一人相手に練習したかっこうになります。また,自分の話に花丸をもらい,自信を持てるようになります。さらに話の合間に,ややオーバーに相づちを打つのも,子供を勇気づけます。
「フーン,すごい!」などとです。後ろから肩にそっと手を置いてあげるのもうれしいでしょうね。
C先生は迷キャスター
おもちゃのマイクを持って,インタビューします。話の苦手な子が空箱で自動車を作ったとすると,
教師「ははあ,分かりました。これはタイヤ付きのテレビですね。」
などとトボけた発言をします。すると「違〜う。レーシングカー!」などと,笑って話してくれます。
5 要するに
子供の話は,自然で楽しい雰囲気,ゆとりある教師の構え,さりげない場の設定でじっくりと育てるものだと思います。