「将来、何をしたい?」
2011年3月25日発行 学校便り「ひつじがおか」巻頭言
東日本大震災の惨状が刻々と伝えられる中、80歳の祖母と16歳の高校生が震災から9日ぶりに救助されたというニュースが入ってきました。
暗い闇の中に、ひと筋の希望の光が射し込んでくるようで、目頭が熱くなりました。
救助の際、県警の石巻署員は、衰弱した高校生の阿部任くんに、「将来、何をしたい?」と語りかけたそうです。「よくがんばったね」でも「もう大丈夫だよ」でもなく、なぜ「将来、何をしたい?」だったのでしょうか?
東京消防庁の総隊長は、原発への放水作業に向かう前に、奥さんに「これから出動するよ」とメールを出しました。
奥さんの返事は、「日本の救世主になってください」でした。なぜ、「無事を祈っています」や「必ず帰ってきてね」ではなかったのでしょうか?
これらを聞いて、私は今は亡き父が、戦争のことを話してくれたことを思い出しました。父は海軍で、自身も撃沈されて5日間波間に漂ったことがあり、また多くの他艦の兵士の救助にあたりました。波間から艦に引き上げた兵士に、かけてはいけない言葉は「もう大丈夫だ」だったそうです。何日も海上を漂って衰弱しきっている兵士に「もう大丈夫だ」と言うと、全身の力が抜け、そのまま死んでしまうことが多いからだそうです。
では、何と言ったのでしょう。
それは、「(救助を)手伝ってくれ」だったそうです。
「人は自分のことを考えるときには弱い。未来の夢や使命感をもつときに強くなる。」と、父はしみじみと小学生だった私に語りました。
石巻署員と消防隊総隊長の奥さんの言葉は、「将来、何をしたい?」と夢に向かわせ、「日本の救世主になってください」と使命感を燃えさせ、大変な状況に立ち向かう人を優しく奮い立たせました。
今日で1年間の学校の教育活動が終わります。全校朝会などでたくさんのことを子供たちに語ってきました。
しかし、「将来、何をしたい?」みたいな力のある言葉を、私は言えていないと感じています。まだまだ私の「子供にあこがれられる大人」への道は遠いです。
5年生の子供たちが、被災地へ送る文房具を集め始めました。涙が出るほどうれしく思っています。私が不十分だったところを、子供たちや職員が埋めてくれたと感じています。この優しく強い心の子供たちがいれば、日本の未来は明るいと希望がわいてきます。
この一年の保護者や地域の皆様のご理解とご協力に心から感謝いたします。来年度も、私たちは「子供にあこがれられる大人」に少しでも近づくよう努力いたします。皆様には、よい春休みをお過ごしください。