日常における見取り〜アサガオと回り将棋

 子供の「見取り」は,研究のベースです。授業研究があるから,と特別な見取りをするのではなく,日常子供たちと接している中から子供のすばらしさを見つけるような見取りをこそ,目指したいと思っています。私の拙い実践から「見取り」について2題。どうぞご笑読ください。

1.アサガオへの気付き
今年度,私の得た「見取り」からクイズを出題します。

Q1 アサガオの栽培をします。芽が出て,双葉,本葉と成長するアサガオに,1年生の子供たちは毎日感動します。さて,子供たちがなかなか気付かない本葉の特徴とは,次の3つのうち,どれでしょう。
 @本葉には,細かい毛が生えている。
 A本葉の色は,双葉よりも濃い。
 B双葉は円いが,本葉はとがっている。

 実は,上の「見取り」は,5回目の1年生を受け持った時にちょっと気付き始め,「もしかすると,1年生の本葉に対する気付きの法則とでも言い得るのではないか。」と,ひそかに温めていたものです。
そのような予想をもちながら,子供たちのつぶやきに耳を傾け,カードの絵や文章を見ていくと,やはり子供たちの気付きには,はっきりとした法則性を見取ることができました。(さて,予想は立ちましたか?ちゃんと予想を立ててから先へ進んでくださいね。)

 では,正解を言いましょう。正解はBです。
「毛が生えていること」や「色が違うこと」は,かなり早い時期に気が付きます。しかし「形の違い」については,なかなか気付きません。どうやら「1年生の子供たちは部分への着目は容易にできるが,全体像をつかまえるのは苦手なのではないか」と,私は考えているのですが,どうでしょうか。(ちなみに,この私の「見取り」をいくつかの授業研究の場や原稿などで披露してみましたが,すでに同じ「見取り」を持っている方はいないようです。今後,多くの学級で追試していただきたい見取りです。)

 ところで,このようなクイズを考えていただいたのは「見取り」というものの原理を考えるのによいネタだと思うからです。
 まず,見取りには,子供たちのつぶやきやカードなどへの表現に,無心にアンテナを広げて,まるごと受け止めようとする「広い目」での見取りがあります。日常では,そういう見取りが主です。
 子供を広い目で見ることができないと,子供の世界も広がっていきません。
 子供を無心に見て,感動する心がないと,やっぱり子供の世界は広がっていきません。

 その次に,広い目から,上の例では子供たちの気付きという観点ににしぼり込み,さらにその気付きを分析的に見取ろうとする「鋭い目」での見取りが必要です。そして「予測の目」,「確かめの目」で子供たちを観察しようとしています。上のクイズは,ここを問うているのです。

 このように考えると,一口に見取るといっても,大きく分けて2つの「目」で見取ることが必要なのではないでしょうか。しかも,この2つの目は矛盾しています。広く見よと言いながら,鋭く見よと言い,無心で見よと言うのと同時に,観点を持てと言います。一体どっちなんだと思われるかもしれませんが,この相矛盾する2つの目を持っていなければ,子供を見ることはできないのではないでしょうか。そして,私達教師の専門性が問われるのは,この矛盾する目を両立させるところにあるのではないでしょうか。

 いずれにせよ「心ここにあらざれば,あれども見えず」と言います。子供たちのつぶやきや行いの一つ一つに,「心」を寄せてしっかり見取り続けたいと思います。

2.回り将棋で見取る
 1年生の教室に,2学期の初めころから回り将棋が流行し始めました。始めのうちは,ぼちぼちといった感じだったのですが,11月ころ外遊びができなくなったので多くの子がやり始めるようになりました。
 ところが,T君はあまり興味を示しません。彼は,子供同士で遊ぶよりも,担任の膝に乗っかってベタベタ甘えることの方が好きなのです。彼は数を数えるのが苦手で,2学期後半になっても「5と7は,どっちが大きいの?」と聞いても,当てずっぽうに答えるだけでした。そんな彼にとっては,かなりルールの複雑な回り将棋は,手が出せないものだったのでしょう。

 ところが,12月になってから,他の子が将棋盤を囲んで楽しそうに歓声をあげるところに,少しずつ目を向けるようになりました。私は,チャンス到来と考え,ゆとりの時間に学級全体に回り将棋のルールを教えました。そして,私も一緒にやる輪の中にT君も引き入れていきました。
 ご存知のように,回り将棋は4枚の金を振って,将棋盤の周りを一周するごとに,歩から香車,桂馬,銀将,角行,飛車,王将と出世するゲームです。まず,この駒の漢字を読めなくては楽しくゲームができません。また,金が全部ひっくり返ると20,立つと10,1枚でも盤からはみ出ると「しょんべん」(1回休み)など,なかなか数え方も複雑です。T君は,私の膝に乗りながら,少しずつやるようになりました。しかし,例えば駒が3を示している時,彼は「1,2,3!」と言いながら,ます目を4つ進んだり6つ進んだりするのです。その度に,他の子からは「ひとつにひとつ!」などと叱咤激励されながら,やり直すのでした。そして,やがてかなり上手にゲームができるようになりました。
 それだけでなく,私から離れ,自分から友達の名前を呼んでかかわろうとするようにまでなったのです。

 さて,ここで問題です。

Q2 T君は,回り将棋を通してめきめきと変化していきました。では,彼が初めにできるようになったことは何でしょう。また,なかなかできるようにならなかったのは何でしょうか。下の4つに順序をつけてみてください。
 @ます目をきちんと数えること。
 A金が縦に立ったら10,横に立ったら5と読み取ること。
 B金が立って5,上向きのものが2枚で合わせて7と読み取ること。
 C最後に王将が盤の中央に向かっていくとき,駒を斜めに進めること。

 これは,子供によって個人差の大きいところだと思いますので,一般的な順序というのはないと思います。
 T君の場合は,@→B→C→Aの順でした。
 1学期から算数でブロックを使って数量の指導をしてきたことが,わずかながらでも基礎になっていたせいか,「1対1対応」や「たし算」は,比較的早くできるようになりました。しかし,彼は空間認識が苦手で,なかなか縦に立っている駒と,横に立っている駒を区別することができないのです。三角形と四角形の区別もよくつかない状態ですし,紙に描いた三角形を示して,その横に同じように三角形を描くように指示しますと,ほとんど楕円を描いてしまうのです。ます目を斜めにたどることも同様です。
 
 それにしても,回り将棋にいそしむようになってからの,彼の変化はめざましいものがあります。新しい学力観では,関心・意欲・ 態度が重視されていますが,彼を見ているとこの考え方って本当だなあと思わされるのです。
 これまで,学習時間にはかなり長いことT君のそばにしゃがみこんで,文字通り手を取って指導してきました。その中で,「三角形は認識できないが,円は認識できる」「4以下の数量は,直感的に把握できる」「スプーンとコップのような簡単な分離量については,1対1対応や保存ができる」などと,見取りを行ってきました。もちろん算数以外の教科でもたくさんの見取りを行い,たくさんメモをしてきました。それは,まったく無駄だったとは言いませんが,どうもこういう見取りは,正鵠を射たものではなかったのではないかと思うのです。
 つまり「私のねらいに対応させて,T君の能力がどこにあるのか」という見取りをいくら積み重ねても,彼の本当の成長には結びつかないのではないかと思うのです。それよりも,T君が何に興味を持つのかをこそ見取り,彼が心楽しく取り組めることを一緒にさがしてやること,そしてその中での彼の成長に感動していくような見取りを積み重ねることが本当に彼にとっての教育なのではないかと思うようになったのです。

 ところで,この話題を「勉強のふるわない子は,勉強以外の場面で伸ばすのがよい」などと勘違いされては困りますので,補足します。
まず,回り将棋を彼に勧めたのは,「友達とのかかわりもできるのではないか」というねらいのほかに,「もしかすると,数量や空間認識を把握するひとつの場になり得るのではないか」というねらいもあってのことでした。
 また,低学年においては「単なる遊びも学習である」と言われますが,それは遊びがすぐれて総合的な学習の要素をもっているからです。遊べる子は,考えることのできる子です。遊べる子は,自分の世界を広げていける子です。そういう意味合いを考えての遊びへの導入だったのです。
 また,回り将棋にいそしむ彼の姿を,それ以前と同様に私はメモしています。ます目を正しく進めるようになったのはいつのことか,駒の漢字を覚えたのはいつのことかなど,たかが遊びですが,彼の貴重な成長の足跡と考えて見取っています。

 キルパトリックは,総合的な活動の評価基準として「Whole-hearted-purposeful-activity」 (全知全霊を傾けた目的的な行動)という概念を提唱していますが,遊びはまさに,そしてすでに総合的な活動なのです。その中で,それまでけっこう手をかけてもあまり変化の見えなかったT君が,急に成長したのは考えてみれば当然なことなのでしょう。

 文部省は総合的な学習への取り組みにおいて,子供の興味・関心に沿った課題をと強調していまず。あまりむずかしく考えずに,まず「子供の喜ぶこと」から始めたいと思います。低学年なら遊びを核に,中学年以上なら遊び心のある活動を取り入れて,「キラリ」いっぱいの活動に構成していきたいものだと思います。

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