野口論文「伝え合う力」を語るvol.1ー2000年3月  

本義,真義をとらえる
北海道教育大学函館校教授    
         野口 芳宏

    


1. 本質をとらえる大切さ

 物事には根幹となる部分と枝葉に当たる部分とがある。根幹は,本質であり,理念であり,目的でもある。これをしっかり把握しておかないとどんなに豊かな実践を生み出してもその真価は覚束ない。根幹を忘れた枝葉の繁りは見せかけの虚勢になりやすい。実践者はこの点にいつも注意して事に当たらなければならない。
 私は辞典や事典の類をかなり多く持っている。概念規定や定義,理論的な根拠などを知るうえで欠くことができない文献だからだ。私の専門は国語教育なので,どうしてもそれにかかわる類が多くなる。そして,まず私はそれらを開いて自分なりの納得を改めて行うことに努めている。私の論文に辞書や事典からの引用による用語規定が書かれているのはそのためである。
 なるほどと納得できる人はぜひこの姿勢をとり入れてほしい。とても大切なことだからだ。

2.学習指導要領の『解説書』を買おう

 「伝え合う力」という用語が,新しい学習指導要領の国語科の目標に加えられた。これについての最も根幹となる説明は『小学校学習指導要領解説,国語編』(文部省発行,東洋館出版社刊)に出ている。誰もがまずこれを読まなくてはいけない。
 因みにこの解説書は何とたったの110円である。こんなに中身が濃くて,大切な情報だけが載っている国語科教育の文献はほかにはないと言ってよい。そして,これほど安価なテキストもない。教師ならば一人残らずが持たねばならぬ本だ。私は大学用に1冊,宿舎用に1冊と2冊持っている。2冊買ったって僅か220円である。

3.「伝え合う力」の本質は何か
 前掲書の8ページに次のように書かれている。これが公的な唯一の解説である。

 この「伝え合う力」とは,人間と人間の関係の中で,互いの立場や考えを尊重しながら,言語を通して適切に表現したり正確に理解したりする力でもある。これからの情報化・国際化の社会で生きて働く国語の力であり,人間形成に資する国語科の重要な内容となるものである。

 ここにはいくつかの重要な内容がある。
 第一は,「互いの立場や考えを尊重しながら」という文言である。そもそも言語というのはその人の思想や思考を表明したものなのだから「相互に尊重し」合うことは当然のルールなのだが,昨今言葉が軽んじられているためのトラブルがやたらに多い。下手をすれば相手の言葉を尊重したばっかりにとんだ災難に遭うということだってある。「話半分」とか「仲人口」などという言葉は,言葉への警戒を促すものだ。
 しかし,国語教育はよりよい言語生活を求めてこの忌わしい現況を破って進もうとしているのである。

■ 小さなPR ■
 会員制年刊の私家版国語教育雑誌『国語人』(B5判150ページ)を発行しています。ご希望の方はメールにてお申しこみください。年2冊同時刊,会費2,500円です。
 
  お申し込みは,こちら 氏名(ルビつき),郵便番号,住所,電話番号を添えてください。


感想・ご意見のコーナー

■ 横藤 雅人 (札幌市立北野平小学校)  yokofuji@peach.plala.or.jp 

 このホームページの管理人です。いつも野口先生の骨太,簡潔でしかも味わい深い主張に魅了されております。今回からの連載をとても楽しみにしておりました。私は,生活科を中心に研究・実践をしておりますが,具体的な活動と同時に,「伝え合う力」の重要性を強く感じてきました。生活科などでよく見られる光景に「カラオケ型発表会」があります。話す方はまずまず意欲的なのですが,聞く方は上の空というやつです。「伝え合う」の「合う」部分が希薄なので,見ていて空しくなってきます。では,どうすればこれを回避できるのか。これは,生活科という週3時間の中だけでどうこうできるものではなく,子どもたちの言語生活そのものに働きかけていくべきものですね。「互いの立場や考えを尊重しながら」進める活動,態度を日常から育てたいと思います。今後とも,先生の,豊富な体験をくぐらせた理論と方法論に学びたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。


■ 左巻健男 (東京大学教育学部附属中・高等学校,法政大学工学部兼任講師〜理科教育) 

 辞典類,事典類をしっかりそろえて調べながら文章を書いているというのに同感。ぼくもそいう基本文献類をPCのまわりに置いたり百科事典や国語辞典をPCに入れて置いたりして基本定義など確認しながら文章を書くように心がけています。
 それにしてもぼくより10数歳上なのに写真はお若いですねえ,野口さん。
 
 文部省の「解説書」のほうは,教科書執筆にさいして読みますが内容的には知人友人達が書いているので信頼感がいまいち。理科の場合ですけどね。


■ 船山 純 (札幌市立東橋小学校) 

 船山@札幌です。
 十年以上も前になりますが,野口先生とは何度か書簡の往復をさせていただき,大変お世話になりました。また,『国語人』の方も愛読させていただいております。

 この度,横藤氏のご紹介で野口先生の論文を拝見できることになり大変喜んでおります。今後ともよろしくお願いいたします。

 私は野口先生の語り口調・書き口調(勝手に「野口節」と命名させていただきましたが…)が大変好きであります。もちろん,書かれている中身も同様でありますが。

 「根幹は,本質であり,理念であり,目的でもある。これをしっかり把握しておかないとどんなに豊かな実践を生み出してもその真価は覚束ない。根幹を忘れた枝葉の繁りは見せかけの虚勢になりやすい。」
 これは名文ですね。声を出して何度も読んでみました。教育に携わる者として忘れてはならない正に根幹に関わる言辞と言えます。横藤氏も「骨太,簡潔でしかも味わい深い主張に魅了されております。」と述べているように,野口節は名口調であり,人を魅了いたします。

 野口先生は,『「伝え合う力」の本質は何か』の中で,「そもそも言語というのはその人の思想や思考を表明したものなのだから「相互に尊重し」合うことは当然のルールなのだが,昨今言葉が軽んじられているためのトラブルがやたらに多い。」と述べられておりますが,私は前提になる「ルール」が成り立っていないのではないかと思うのです。「言葉が軽んじられている」以前の問題として,「ルール」の喪失を危惧します。言うだけは言うが,相手の話を聞こうとしない子ども(もちろん大人にもおります)がとても多くなったように感じています。

 最近の教室の中における様々なトラブルの大元は,この「ルール」不在,あるいは「ルール制定機能」を持つ教師の力不足,このあたりにあるのではないかと思う今日この頃です。

 次回の論文期待してお待ちしております。ありがとうございました。


■ 大谷 典夫 (台北市日僑學校)

 台湾の大谷です。
 野口先生とは私的研究会で何度か講義を受けさせていただきました。先生が千葉県で教鞭をとられていた頃に発行されておられた「国語教室」の愛読者でもありました。
 日本を離れて1年。野口先生の論文がリアルタイムで拝見でき,インターネットの有り難さを感じております。「伝える力」の重要性は私も強く感じておりました。
 本校は,海外施設という特殊性から,国際家庭の子供たちも多数在籍しております。言葉の壁・生活習慣の違いからのトラブルも起こり易いのです。
 「生きて働く国語の力」育ててあげたいと思っております。自分の思いを伝える,相手を思いやるそんなことを国語の授業においてどう育てていけばいいのか試行錯誤しております。
 この続き早く読みたくてたまりません。楽しみにしております。それでは失礼いたします。

   野口論文のトップページに戻ります

   「共に育つ」のトップページに戻ります