野口論文「伝え合う力」を語るvol.5ー2000年7月  

短く切る。短く言う。
北海道教育大学函館校教授    
         野口 芳宏

    

1.この発言の意味は?

 ある席での2つの発言を,テープから文字に移してみた。
ア.「一秒が一年をこわす」の仕組みを全体的にみると,(1)(2)(3)が筆者の問題提起になっていって,(4)から事実の例を述べる記述となっています。
イ.(1)(2)(3)(4)に限定して,これを2つに分けるとしたらどこで分けるかと問われていたので,その観点からいくと,確かに(4)は具体例になるのですが,それ以降は含まれていません。ですから(1)から(4)までで考えると(1)と(2)が科学技術の肯定,(3)(4)がそれに伴う問題点という分け方が望ましいと思います。

 
よく読み返せばわからないことはない。また,話材になっている文章を見ればもっとわかりやすくなるかもしれない。しかし,決してわかりやすい言い方にはなっていない。「伝え合う」という実態の一つがここにある。こういう形でわれわれの日常の「伝え合い」は何とか用を足せているのだが,これを改めていくことから事を始めなければならないだろう。子どもにとっての言語環境としての教師の言葉はもっと明快でなければならない。

2.切らないからわからない

 子どもの作文の中に「だらだら作文」「ずらずら作文」と言われるものがある。文をひとつずつ完結させないで「〜たら〜たら」というように続けていく形の作文である。「一文を完結させる」「適切な接続語で次につないでいく」という2つが話し言葉,書き言葉をわかりやすいものにしていく大原則である。
 
先の2つはいずれも教師の発言である。しかも高いレベルに属する方のものである。ということは,われわれの日常の言語行動は伝え合うとは言いながら,その内容は「察し合う」ことに近いのではないかと思われる。
 
先の言葉は次のようにすればわかりやすくなる。これなら「伝え合い」が成立する。
ア.(1)から(3)までは問題提起です。(4)はそれを受けた事実の例です。
イ.問題は(1)〜(4)を2つに分けることです。(1)と(2)は科学技術の肯定です。(3)と(4)は科学技術が生む問題点です。(4)は事実を述べていますが,それは(3)と同格の事例です。

 
先の文の長さのおよそ半分に短くなった。しかもわかりやすい。

3.伝え合うには短く言うべし

 
長い話は詳しくなるからわかりやすいと考えられがちだがそうではない。「詳しい」のではなく「複雑」で「混乱」しているのが長い話の正体である。
 
伝え合いをスムーズにするためには,「一文を完結させる」「一文を短くする」に限る。これに努めるだけでも日常の音声言語はおおいにわかりやすいものになる。ぜひそこから努めてみよう。

感想・ご意見のコーナー

■ 横藤 雅人 (札幌市立北野平小学校)   

 論文を読み始めました。まず題名が「短く」とありましたので,「きっと,だらだらとした例が出てくるぞ。」と予想しました。予想通り,2つの例が出てきました。「ははあ,アの方が良い例で,イの方が悪い例だな。」と思いました。アの方が短かくて,イよりは切れていたからです。
 ところが次に,「決してわかりやすい言い方にはなっていない。」とあるのを見て,ちょっとあわてて読み返しました。そこで,やっと気づきました。アの文も,切るべきところで切っていないことに。そこで,これをどう言うべきかを考えてみました。

横藤→「一秒が一年をこわす」の仕組みを全体的にみましょう。(1)(2)(3)が筆者の問題提起になっています。(4)からは事実の例を述べる記述となっています。

 このように考えてみました。これ以上は,短く切ることも,短く言うこともできないと思いました。そして,読み進み,うなりました。

野口先生→(1)から(3)までは問題提起です。(4)はそれを受けた事実の例です。

 「それを受けた」に,うなりました。野口先生は,「短く切る」と言いながら,言葉を足されました。言葉を足したのに,短くなっています。短くなったのに,(1)から(3)までと,(4)の関係が鮮やかに浮かび上がっています。「複雑」で「混乱」していないからです。「それを受けた」の一言で,「整理」されたからです。
 これが,短く切る。短く言うということなのだと,感動しました。
 単に「短く切る」だけでも,「伝え合う」ためには,かなりプラスだと思います。特に,話し言葉では効果的でしょう。
 しかし,「短く言う」ためには,まず論旨を「整理」するべきなのですね。私の失敗は,単にテクニックで「。」を挿入しただけで,「整理」に思いが至らなかったためのものでした。目からウロコの連続でした。ありがとうございました。


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