野口論文「伝え合う力」を語るvol.6ー2000年9月  

非対面の伝え合い
北海道教育大学函館校教授    
        野口 芳宏    
1.折り鶴を添えて
 この夏も,ずいぶんいろいろなホテルにご厄介になった。ホテルによってその表情はいろいろだ。
 ベッドにゆかたを置き,その上にいつも折り鶴を乗せてあるホテルがある。キャンデーが3つ,千代紙を畳んで作ったちいさな折り函の中に入れてある。
 ゆかたはむろんのこと糊が効いて小ざっぱりと畳まれている。
「お疲れ様でした。本日は当ホテルをご利用下さいましてまことに有り難うございます。どうぞごゆっくりとおくつろぎ下さいませ。」
 こんな小さなメッセージまで添えられている。小松の宿である。
 見知らぬ一夜の旅客への心づかいがほのぼのと伝わってきて旅の疲れが消えていくようだ。答礼に私は一首を詠んでホテルに置いた。
  
折り鶴をゆかたに添へて客迎ふ  
    小松出湯に旅衣脱ぐ

2.直筆の言葉を添えて
 奈良のホテルのメッセージも紹介してみよう。
「いらっしゃいませ。本日はご宿泊下さいまして,誠に有り難うございます。このお部屋は私が清掃いたしました。どうぞごゆっくりとおくつろぎ下さいませ
                        客室係  松本静子
 ※ご意見がございましたら裏面にご記入ください」
 
裏面には「ご感想」とあって横の罫が引かれている。また,表の半面には英文の歓迎の辞が印刷されている。
 
ホテルにはこのようなメッセージカードが用意されている例が多いのだが,手書きの言葉があるのは珍しい。
私のお薦めスポット
 奈良公園から南へ,春日大社までの静かな原生林が映える趣のあるコースをお楽しみ下さい。
 私は,和らいだ気持ちになってこのボールペンの文字に見入った。松本さんのお仕事は決して暇ではあるまい。かなり忙しいのに違いない。その忙しい合間に,メモをされたのであろう。

3.非対面の伝達の重み

 
伝え合うという言葉には何となく「対面して」という感じがつきまとう。対面しての「伝え合い」は,相手の反応が即座に確かめられる点で易しいように思える。それに比べて非対面の伝え合いはやゝ難しい。

 ホテルのメッセージは非対面である。しかし受け手である私にはその心の内が十分に伝わってくる。むしろ,音声という騒がしさを伴わないだけ静かな伝わり方で心の中に沁みるようにさえ思う。
 メッセージを送る側のホテルや,部屋の清掃を担当する方々に,客の側からの「返事」はおそらく滅多にないことだろう。
 私もいちいち返事を書いたり伝えたりしたことはない。しかし,私の心の中には十分な反応が生じ,感謝の思いが湧く。形を伴わない「伝え合い」が立派に成立しているように思えて嬉しい。

感想・ご意見のコーナー

■高橋康夫 (株)現代教育新聞社代表取締役社長  

野口先生
はじめまして
現代教育新聞社の高橋です。

非対面でも感情が伝わりますよね。
先生の文面からも,先生の人柄伝わってきました。

すがすがしい気分になりました。
ありがとうございます。


■中野英康 (上海日本人学校) 

野口先生,覚えていらっしゃいますか?
2年前,上越教育大学附属小学校で一緒に授業をさせていただいた中野英康です。
私は今年から上海日本人学校に勤務することになりました。
たとえ上海勤務でも,野口先生から学び続ける姿勢は変わりありません。今後ともど
うぞよろしくお願いいたします。
なお,こちらに旅行の際は,お立ち寄りください。


■間嶋 哲 (新潟大学教育人間科学部附属新潟小学校) 

野口先生の論文,いつも楽しく拝見させていただいています。
今回は,「非対面での伝達の重み」まさに,その通りだなあと思いました。私自身は,算数のコミュニケーションの研究をしており,視覚的表現にスポットをあてていますので,おっしゃっていることがよく分かりました。

これからも,どうぞご活躍ください。


■桃崎 剛寿 (熊本市中学校)  

熊本市の桃崎といいます。中学校数学教師,11年目です。
野口先生の教育哲学・技術が大好きで今まで鳥栖や熊本でのセミナーに4回参加し,著書を買い込み勉強させていただいたものです。
先生に2年前に書いていただいた色紙「耐雪梅花麗 経霜楓葉丹」には当時大変励まされ,我が家の宝物です。
10月の熊本の講座は,私の家内(中学国語)が参加し,学ばせていただきます。

先生の「非対面の伝え合い」の中にホテルに勤める方のプロ意識の高さを感じました。
今,全国の中学校で職場体験学習が行われます。私の勤務校も来週実施です。学活の時間にこの資料で話し込みたいと思います。

すばらしい論文ありがとうございました。


■森 健 (栃木県壬生町立藤井小学校) 

野口先生,すっかりご無沙汰してしまい申し訳ありません。
野口先生の講演会がある日に限って用事が入り,久しくお目にかかれませんでした。でも,こうやって,野口先生の最新の論文を目にできることをありがたく思っています。インターネット様々です。

>ホテルのメッセージは非対面である。しかし受け手である私にはその心の内が十分に伝わってくる。むしろ,音声という騒がしさを伴わないだけ静かな伝わり方で心の中に沁みるようにさえ思う。
今回の論文を読んで,たとえ顔が見えなくても,相手の心を感じることができれば立派な出会いと言えるのですね。
「伝え合う」ことへの関心が高まっている今だからこそ,相手への細やかな気配りを大切にしたい,そう思いました。

画面から野口先生の「元気」を分けてもらったような気分です。ありがとうございました。


■ 横藤 雅人 (札幌市立北野平小学校)   

 この連載をさせていただいている私は,野口先生とのご連絡を,ほとんどファックスとお電話でしております。先生からファックスが届くたびに,その紙面から数度お会いしただけの先生の顔が浮かび,お声が聞こえるような気持ちになります。それほどまでに,人と人が会うということは大きなことなのでしょう。しかし,野口先生は一度も顔を合わせない方にも,いや一度も顔を合わせないからこその出合いに,お心を寄せていらっしゃいます。ホテルの手紙も簡にして明な優れものでありますが,野口先生の感性の豊かさ,思いやりの心の深さが偲ばれます。
 今回のご論文を読み,私は先生の『フーちゃん,がんばれ』(明治図書)を思い出しました。ここには,他の人なら見過ごしてしまうようなことに目を向けられる先生,他の人ならマイナスにしかとらえないであろうことに,価値を見いだす先生の目がたくさんの心温まるエピソードと共に紹介されています。今回のご論文は,『フーちゃん』の続編かな,と感じました。心がほっとしました。ありがとうございます。

追伸
『フーちゃんがんばれ』には,「子どもと楽しむ一日一話」と副題がついています。珠玉の短編エッセイ集です。野口先生の感性の豊かさや思いやり,そしてユーモアといったものが随所にあふれる好著です。我が家では家内も,子どもたちも愛読し,感想を話し合うこともあります。この本を居間に置いたおかげで,家の中の空気が和やかになりました。まだお読みでない方は,ぜひお読み下さい。


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