野口論文「伝え合う力」を語るvol.10ー2001年1月  

道順の伝え方にも小さなコツ
北海道教育大学函館校教授    
         野口 芳宏

1.よくない教え方
 道順を尋ねるという必要は誰でも感じたことがあるだろう。私もいろいろな所に出かけるので行先を尋ねることがよくある。自分が教えて貰う立場にあり乍ら不満を述べるのは恐縮だが,次のような場合には正直言ってこちらが迷惑をする。

(1)よくわからないのに教える
 親切な人なのだろう。聞かれたので教えなければいけないという親切心が先に立つらしい。しかしこれは困る。
 大体の場合道を尋ねるのは早くそこに行きたいからだ。それを考え,考えゆっくり説明をし,最後に「多分そうだろうと思います」などと言われたのでは本当にがっくりしてしまう。「よくわかりません」と断ってくれる方がよっぽど親切である。

(2)詳しく話しすぎる
 その土地に不案内だから問うのである。詳しく教えるというのは細かく教えるということである。それでは不案内な者にとってはついていけない。
「二つ目の角を右に曲がり,山田銀行の前でもう一度お尋ねになるといいでしょう」というような教え方が賢明だ。「私もそちらに参りますのでご一緒に」と親切に言われて恐縮しながらついて行ったところその方の勘違いで別のところに行ってしまったという苦い経験もある。親切の失敗には怒れない。

2.上手な教え方のポイント
(1)はっきりわからなければ断る。
(2)行く先を必ず復唱する。曖昧であれば確認する。「第一ホテル札幌」と「札幌第一ホテル」と「札幌第一ホテル別館」はそれぞれ全く別のところにある。
(3)明確なところだけ教える。到着点まで教えようとすると無理が生ずる。「そこでもう一度お尋ねなさい」というのがむしろ親切な教え方である。
(4)距離と時間も付け加える
 方向はわかったがどのくらい遠いのか,時間がかかるのかわからないのでは不安である。場合によっては徒歩を諦めることもある。「大したことはないですよ」という言い方ではなく,「十五分もあればいいでしょう」というように数値で述べるべきだ。

3.上手な道の尋ね方
(1)「すみませんがちょっと教えて下さい。」と,まずお願いをする。
(2)「大山中小学校はこの近くですか」とまず問う。「近くですか」と問うとよい。
(3)次に,「行き方をご存じですか」と問う。この問いによって,よくわからない人は断るだろう。その方がよい。
(4)知っているようであれば,「途中までで結構ですのではっきり分かるところだけ教えて下さい」と依頼する。これで教える方はかなり教え易くなる。
(5)「ありがとうございました。ではそこまで行ってみます」必ず礼を言うこと。中には用件だけ聞くとすぐに歩き始める人がいる。よほど急いでいるのだろうと善意に解するが気分はよくない。道案内一つでもちょっとこだわってみると伝え方が上手になる。
近況とご案内

 たくさんの方々に,私の小さな文章を読んで戴けて大変光栄です。有難うございます。心より御礼申し上げます。
 いよいよ,私の函館ぐらしもあと3か月足らずとなりました。退官を記念した出版をしたいと考え,秒読みの迫った日々を忙しく過ごしています。『国語人』の発刊をせねばと思いながら,目の先のことに追いまくられています。
 しかし,4月からは千葉県に戻り,かなり自由の身になれそうです。それからの時間は,主として執筆と出版,全国の若い先生方との勉強会への応援と出席,家庭人としての充実などに充てるつもりです。
 本画面をご愛読くださっている方の中で勉強会やイベントをやってみたいとお考えの方がいらっしゃいましたならば,どうぞ気軽にご一報ください。喜んで仲間入りをさせて戴こうと考えております。なお,今年度内はすでに余裕がありません。次年度からのことです。
 ご愛読に感謝しつつ近況ご報知まで。合掌。


感想・ご意見のコーナー

■吉田志津雄  (倶知安町立名駒小学校)

 いつもながら、野口先生の論文を読むと、普段わたしちがどれほど曖昧な、そしていい加減な言葉を使っているのか気づかされますね。たしかに、突然道を聞かれたりすると、心の準備が出来ていないせいもあって、ポイントを得た教え方ができないことが多いな、と思います。これは、普段からはっきりと、しかも簡潔にものを言う(書く)ことを心がけていないとなかなかむずかしいのでしょうね。世の中、どうでもいいことばかりの情報はたくさん流れていますが、肝心の本当に知りたいことというものは案外少ないなと思います。
 野口先生が3月で退官されるということを知りました。本当にご苦労様でした。これからも、ますますのご活躍を期待申し上げます。


■ 平藤 幸男 (水沢市立黒石小学校)

岩手の平藤と申します。
「道順の教え方にも小さなコツ」を読ませていただきました。
伝え合う力の典型的な例としてこの道順の教え方があると思います。
私はどちらかというと道を聞かれやすいタイプでよくこういう場面に遭遇するのですが、的を射た話し方をしてこなかったと反省しています。
道順は一期一会ですので、とにかく、相手が納得するまで、繰り返し教えることが大事だと思っていました。顔の表情を見ながら相手がわかってその方向へ進んでいく、ということに気をつけていました。
今回、さらに新たな視点を教えられました。ありがとうございました。
私は、バスの席があいているときのことばも大切だと思っています。
普通は、「空いていますか。」「いいですか。」というように聞きますが、あるとき年配の方に次のように付け足されました。「お願いします。」
今まで隣の席をゆずってこんなに丁寧に言われたことは、ありませんでした。それも私のような年下の者に向かってです。実にさわやかな気持ちでしばし、一緒にバスにゆられたことを覚えています。
一期一会での言葉を大切にしたいとつくづく思いました。
ありがとうございました。

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■ 神藤晃 

 先日、「国語人」の申し込みを指せていただいた群馬の神藤です。
 マル道改め「道徳教育改革集団」(深澤久氏代表)本部事務局の末席で学んでいます。
 No.10の野口先生のご指摘、一つ一つなるほどと思いました。
 道順の伝えかた一つにも言語技術があること。それは、子ども達に指導する際の重要な教育技術の一つになること。 
 おおいに勉強になりました。
 特に、「詳しく話しすぎる」という部分は、教師にとっても痛いところを突かれたという思いです。
 とかく教師(というより神藤)は、道順の伝え方に限らず、話が長くなりがちです。子ども達には「短く話せ。結論から先に言え。」と指導しているにもかかわらず、です。
 また、「わからなければ断る」というのも大切な言語技術だと思いました。話すことだけが「伝える」わけではないのですね。
 また、伝え方が悪いと言うのは、単に言語技術の問題であるだけでなく「相手を尊重する態度」の問題でもあると思いました。
 相手を大切に思うからこそ、「わからなければ断る」のであり、「距離と時間も付け加える」という配慮にまで神経が行き届くのでしょう。
 上手な尋ね方についても同じ事が言えます。
 道順の伝え方という言語技術を通して相手への配慮を行動に表す、と言ったらよいのでしょうか。
 野口先生のご論文は、管理職や同僚に毎号紹介させていただいております。いつか、校内研究・PTA講演会の講師にお招きできたらという思いが募ります。 
 追伸 昨年8月の土浦の講座、「注文の多い料理店」で3回手を挙げて3回とも間違えたのは神藤です。 

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■ 横藤 雅人 (札幌市立北野平小学校)  

 野口先生の国語教育に対する構えには,いつも「望ましい言語技術の獲得を通して,望ましい人格を育てる」という方針が一貫しています。今回の「伝え合う力」連載においては,この方針が特に色濃く打ち出されていると感じています。
 そして,今回のご論文でも,同じ事を感じました。「親切心が先に立つのはいけない」「詳しく話すのはいけない」というご指摘は,まったくその通りだと思います。相手の感じ方を相手の立場に立って想像していく力を養わなくては,「伝え合う力」も単なるテクニックになってしまうことでしょう。野口先生の,物事をとらえる深さと,端的によくない点を指摘される勇気と申しますか,主張の展開にまたも感動いたしました。
 ありがとうございました。

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