主題の探し方 《前編》
1.「主題」とは何か

 「主題」とは「芸術作品などの中心となる思想内容」の意であり,国語教育の世界では文学作品についてこの語を当てている。説明的文章の場合は,「主題」と言わずに,「趣旨」とか「要旨」と言うのが一般だ。
 子どもの読解力,鑑賞力を育てることを目的として文学教材を読ませる授業は多い。文学教材は国語教科書の中でも最も多く採られ,編数もページ数も教科書の半を領してきた。これに際して,教育課程審議会は今回の指導要領改訂に対して「文学教材の詳細な読解指導の在り方を改め,論理的思考力,表現力を育てるようにしたい」と提言した。
 このことによって文学教材の授業時間数が減ることになったが,依然として文学教材の指導の大切さやそれへの情熱に変化が生じているわけではない。
  文学教材の指導内容は大略次の通りだ。

              理(論理)
            /
       内容美 −相(情景)     
            \
      /      情(心情)
総合美       

      \      律(リズム)
            /
       形状美 −体(構成)
            \
              語(言葉)
 文学作品の読みとりの場合でも,そこに書かれている事象,事件,筋,展開,人物関係,思想等といった「論理」をきちんと読みとらなければならない。この「論理」の読みとりの終結が「主題」の読みとりである。主題を読みとることなくして,些末,末梢の事柄を断片的に理解したとて何になろう。読みの完成は,その文学作品が言わんとした中心思想の深い理解そのものによってなされるべきなのだ。
  ところで,「作者」はどのようにして主題を読者に伝えようとするのだろうか。このメカニズムを知ることが主題をとらえる大きなヒントになる。
 物語や小説を成立させる三要素としては人物,筋,事件が知られている。これらのどれ一つが欠けても作品は成り立たない。
 作者は,自分の主題を人物に託し,事件を潜らせ,様々な筋を辿らせ乍ら語っていく。
  人物の中の最も主要なそれを「主人公」と言う。主題は,主人公に託して語られる。脇役や端役に主題を語らせることはしない。
  また,主題は多く「山場」で強調される。ストーリーの最初に主題が語られ終わったり,中途で語られ終わったりすることはない。もし,そうなれば物語はそこで終わる。後を続ける意味がないからだ。だから「主題」は,山場(クライマックス)から終末にかけて語られるのが一般である。
 文学作品の「主題」の正体,内容は何か。それは,愛であったり,業であったり,情であったり,憎しみであったり,不撓の魂であったり,恋であったり,仇討ちであったり,至純の優しさであったりと多様である。しかし,いずれにせよそれらのいちいちは,人物の中にあり,人物が求め,憧れ,あるいは忌否する「徳目」であり,「価値」である。
 文学作品は,人間を描き,人間を探り,人間存在の解明に向けて様々のドラマを生み出し,人間の求める「価値」や「徳目」を追求していく。
  このように考えてくると,文学作品のいわゆる「主題」を次のように定義づけることができるだろう。  
主人公の言葉や行動によって語られ,限定される価値あるいは徳目である。

2.「主題」はどこにあるか

 「主題」をこのように定義すれば,主題は次のようにして「探る」ことができる。
  ア,「主題」は「主人公」が担っている。
  イ,「主題」は「主人公」の言葉や行動の中で語られる。
  ウ,それは「山場」を中心として語られる。クライマックスを中心として語られる。
  エ,「主題」は,一般的,抽象的なものではなく,主人公の言動によって限定され,特殊化されている。

 ※ つまり,「愛」とか「悲しみ」というのではなく,「ごんが兵十に傾け続けた一途な=愛」とか,「ごんが,とうとう思いが通じた時には,殺されなければならなかったその=悲しみ」というように,特定された,極めて個別の「価値・徳目」こそが「主題」なのである。
 つまり「主題」は,主人公とともに「山場」を中心として存在する。だから,主人公には特別の関心を注ぎつつ読んでいかなければ主題はつかめない。山場をいいかげんに読んでいたのでは主題はつかめない。

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