推手をめぐって(2002年2月)

平成13年12月から14年2月にかけて,推手との出合いが3回も連続しました。

以前から推手にはとても関心があったのですが,なかなか機会が得られずにいました。それが,こんなに連続して貴重な機会が巡ってくるとは,ちょっと驚きです。きっと,太極拳の神様が,私にチャンスを下さっているのでしょう。

■函館のSさんと

1つは,函館で太極拳教室を営むSさんと,全道大会の合間に廊下などでお手合わせをしていただいたことです。Sさんは,私と同じ年。陳式の名手で,年に何度も中国に足を運び,研鑽を深めておられます。(以前から顔見知りだったのですが,直接教えていただいたのは今回が初めてです。)今回の全道大会でもSさんは陳式の演武で,見事な功夫を見せてくださいました。内面の気の動きが躍動して,それが勁力となって力強い震脚や突き,蹴りに発せられていました。

その様子を見て,「すごいですね。」と声をかけましたら,専門的な内功をなさっていることなどについて,いろいろと惜しげもなく教えて下さいました。そして,その延長で手を合わせて下さったのです。推手は,非常に精緻な技術ですので,この文章上で再現することはとてもできませんが,このとき「化(ホア)」を背中の「命門」を開いて行わなければ,簡単に攻め込まれ,つぶされ,飛ばされてしまうことを体感しました。

何度も飛ばされ,あるいは引き込まれ(Sさんがちゃんと手を押さえてくれましたので,もちろん怪我などしませんでしたが)ながら,自分の身体がいかに人と接すると緊張しているかが分かりました。やはり,内面の勁をもっと磨かなければいけないと痛感しました。それにしてもSさんの勁の動きの自然さには感動しました。

(ちなみに,この全道大会での私の成績は,24式で1位。総合で3位でした。他に,点数のつかない交流部門で24式集体,32式剣集体に参加しました。)

■北京のK老師と

次に,北京のKさんという老師の講習会に参加させていただいたことです。この講習会を教えてくださったのは,上のSさんで,当日は札幌に来ていたSさんと一緒に私の車で講習会会場の室蘭に向かいました。

この講習会は,午前中が「内功」。午後が「推手」で,どちらもとても興味深く,またとても楽しいものでした。

内功法では,途中から身体がふっと軽くなって,内蔵が柔らかくなるような感じがしました。そして,そのゆるんだ内蔵や筋肉の状態に,勁力を通すことができるといいのだろうなあ,と感じました。ですが,もちろん一朝一夕でできるものではありません。これから自己練習に取り入れていかなくてはと思っています。

ちょっと,というかかなり面白かったのが,内功の最後にK老師が「内功によって鍛えると,どんなパンチでも耐えられるようになります。腕に自信のある人は私のお腹を叩いてみなさい。」とおっしゃり,年甲斐もなく「はーい」と手を挙げて私に叩かせていただいたことです。太極拳の掌ではなく,空手の正拳突きでやってみました。

もう25年も前のことになりますが,大学生の私は机の上に縦に立てたブロックを正拳で連続2,3枚割るくらいは朝飯前でした。もう20年近く空手はやっていませんが,普通の人よりは少しは威力があると思っていましたので,試してみたかったのです。

1撃目は,8割程度の突きを入れてみました。K老師は,僅かに後ずさりしたものの,ニコニコ笑って「来(ライ)!」(もう一度おいで)。2撃目は,もう少し踏み込みました。力の集中も8割5分ほど。やはりK老師は僅かに動いたものの平気です。そして,その2つの突きでK老師が平気な訳が少し分かりました。私は腹部に向かって突きを入れましたが,力の到達点は,K老師の背中のつもりでした。ところが,実際に打ってみた感触は,せいぜい腹部の表面から7,8cmのところにしか到達していないのです。足を動かしたり,上半身をのけぞったり引いたりしているわけではありませんから,腹部を微妙に動かして「化(ホア)」されているのだということです。

そこで,3撃目は力も9割に,そして踏み込みをさらに前にして打ってみました。すると,私の拳が当たる瞬間までは不動のK老師の腹部がわずかに引き,そしてわずかに回転するのが,ねじこむ私の拳頭にかずかにかすかに伝わってきました。そこで,その回転の芯と思われる方向にわずかに方向を修正してみましたが,そこでもまたわずかにかわされるのが分かりました。これが,おそらく100分の数秒のうちに起こったことなのです。

3撃目にも,K老師はわずかに足を動かしはしたものの,平気でした。私は,手を合わせて感謝したことでした。

なお,この後ボクシング部の若者が腰を乗せたボディーアッパーを5発ほど打ち込みましたが,K老師は今度はまったく足も動かさずに笑っていました。聞けば,あちこちでお腹を叩かせていても,足を動かすことはないようで,休憩時間に,K老師は私に握手をしてくれて「君には功夫があるね。」と言って下さいました。

午後からの推手は,驚きの連続でした。手を合わせているだけで,すでにこちらの身体が崩されていくのです。肩を押させると,僅かにその肩を回すだけで崩されます。腕をつかもうとしても,K老師が腕を回すとどうにもつかめないのです。手から逃げてしまうのです。両手で胸に密着させた掌をそこから押そうとしても,胸がゆるゆると動くと手応えが消えてしまい,押せないのです。

K老師は,太極拳を修業すると言うことは「内功,套路,推手」の3つが必要。そのどれが欠けても太極拳ではない,とおっしゃいました。それが,実に納得がいった1日でした。

■札幌のSさんと

次は,札幌市の大会の折りに知り合った札幌のSさんです。Sさんは,台湾系の陳式をされているそうです。合間に,推手を教えていただきました。函館のSさんとはまた違った手の合わせ方で,とても手が重く,動きは小さく,そして転糸の勁を積極的に使うものでした。股関節の引きとゆるみから,実に無理なく自然な動きが繰り出されます。

双重の押し方と,股関節をきちんと使った押し方では,まったく違うことなどを身をもって教えて下さり,また目が見開かされる思いでした。推手の経験の浅い私は,つい合わさっている手に意識が集中し,身体全体のバランス,特に股関節などは固くなって双重になってしまっているのですが,それがSさんと手を合わせているととてもよく分かりました。

Sさんには,陳式のゴンツィの打ち出し方も教えていただき,その直後の演武では,それを意識してやってみたところ,少しはゆるんで打てたような気がしました。

さらに,Sさんは大気拳や大東流にも造詣が深く,その豊富な知識と「例えばね」とやって見せて下さる技術には,時間を忘れて見入ってしまいました。


(ちなみにこの大会での私の成績は,個人出場だった24式と総合でそれぞれ1位。集体の32式剣で2位,24式で3位でした。)

このように,貴重な機会が一気に訪れました。また新たな太極拳の世界に向かって,鍛えていきたいと思っています。

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