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アタシの名は、火鳥。

下の名前?・・・その質問は、必要かしら?


あなたとアタシの間に、それ以上の関係が生まれるなんて事ないでしょうし、苗字だけで十分でしょう?

アタシは、無駄な時間と人間は嫌いなの。




事は、手短に済ませましょうよ。





まあ、どこまでアタシに興味があるのかは知らないけれど・・・




アタシは、アンタに興味は一切無いから、安心して頂戴。




・・・・それが、お互いの為よ。






あの日。

いつも通りアタシは、オフィスで仕事をしていた。


あの日。

…嫌な予感は、薄々感じていた。



だが、アタシは”予感”なんて、不確かなものを信じてはいなかった。



直感よりも、蓄積された確かなデータ。

宝くじを買うよりも、株を勉強してやった方が、金は手に入った。




だから、あの日。


自分のこめかみから響く、何の根拠も無い、その予感を、アタシは・・・無視した。





そして、あの日。

・・・決定的な事件が起こった。








      [ 火鳥さんは暗躍中。 〜 もう一人の女難の女 その2〜 ]






それは…オフィスの孤島こと、アタシの個室から始まる。


アタシの部屋には、本棚にぎっしりと詰め込まれた専門書、ビジネス関係の書物が並んでいる。

広めのデスクには、最新鋭のPCと、書類の束。

それでも、圧迫感は少しも無い。アタシ自身が、ゴチャゴチャして、狭い空間が嫌いだからだ。

アンティークも好きじゃない。なるべくならば、最新式のライトや時計を置く。




(…さてと…そろそろ…コーヒーでも…)



”…ピクッ”



・・・突然、左瞼が痙攣し、チクリとこめかみの奥が痛んだ。



「・・・・・・・・・!!」

(・・・また、だわ・・・!)




PCを操作しながら、与えられた資料に目を通す…いつも通りの仕事中に

またしても、妙な頭痛がアタシを襲い、アタシは、おもわず作業の手を止めた。



生理痛でもないし…熱や風邪の類でもない。

本当に”妙”な、頭痛だ。





しかも、この頭痛の後は、何故か”不快な出来事”ばかり起こるので、アタシはこの頭痛がする度に嫌な思いをしていた。



この妙な頭痛は・・・原因がわからないので、アタシは、それにも悩まされ続けていた。




一体、アタシは、どうしたというのか。本当に、どうにかなりそうだ。




・・・・・・遂に、”ノイローゼ”にでもなったか?

・・・ふっ・・・このアタシが?


(冗談じゃないわ…馬鹿に、頭の痛い思いはしても…

 馬鹿に振り回され続けた上、病気になってたまるもんですか・・・!)





もし、病気、あるいはその類のものじゃないのなら・・・






   『…お嬢さん、呪われてるよ。』






ふと…あの時の、存在感のない、インチキ占い師のババアのあの一言が、頭に浮かんだ。



呪い?それこそ、馬鹿馬鹿しいこと、この上ないじゃない。



 『…ややこしい女に好かれやすい、女難の相が出てるよ。

  これから、どんどんそれは増えていくよ…呪いの対策、聞いていかないかい?』



たしかにややこしい女ばかりだったが、人間関係がややこしいのは、今に始まった事じゃない。

大体、女難なんて、男に起こる事だし、現代に呪いも何もあるわけが無い。


 『まあ、アンタは信じないだろうとは思っていたよ。・・・そう、3週間後くらいかね、またココへおいで。

  今度は、全部説明してやるし、聞く気も出てくるだろうさ。』





(・・・3週間・・・そういえば、あれから今日で、3週間になる・・・)




・・・あのクソババアの言う事がもしも、本当ならば・・・アタシは・・・




自分で思い浮かべておいて、アタシは笑って首を振った。

間違っても、インチキ占い師のクソババアの元になど、行くものか。



(…アタシは、疲れているのかもしれない。)



そうだ。

これは・・・この頭痛は、きっとストレスと疲労のせいだ。

立て続けに起きていた不快な出来事は、単なる不快な偶然だ。



休めば、いつも通りの日常に、いつも通りのアタシだ…。


再びPCの画面を見つめて、仕事を再開する。


すると、弱々しいノック音の後、アタシの個室のドアが開いた。

ノック音で解る。



その人物は…




「あの…コーヒーです、火鳥さん…ちゃんと、お砂糖3つ入ってますから。」



「・・・・・・・・・。」


アタシの部屋には、未だに…田舎娘の関口 雪(せきぐち ゆき)が”懸命さと純情さ”を背負って、コーヒーを持ってきていた。

前から、秘書になりたいとかほざいていたけど、まだ諦めていないらしい。



生憎・・・アタシは仕事中、仕事に関係の無い話を、人と話す気は無い。



「……頼んでないわよ、ワタシ。飲みたい時は、自分で淹れるから。」


素っ気無くアタシは、コーヒーを拒んだ。



コイツとは・・・あまり、関わりあいたくない。


アタシの事が好きだから、秘書になりたくて、その一心で通い詰める…なんと単純で馬鹿馬鹿しい動機だろう。

そんな、ふわふわした気持ちで、自分のスケジュールを管理されては堪ったもんじゃない。



おまけに、部屋を出たら出たで、関口が、他の馬鹿達に囲まれて、『今日の火鳥はどうだった?』と

そろいも揃って、馬鹿面を引っさげ、ニヤニヤしながらアタシと関口が、どんな会話をしているのか?


・・・と嬉しそうに、関口に聞いているのをアタシは知っている。




そんなつまらない事を聞いて、アンタらの人生に何が加わるというのか。

知らなくてもいい事と、知っても何にもならない事、そして…

知ったとしても、理解できない事があるのを、奴らは知らないのだろう。



・・・馬鹿だから。



関口はヤツらに何を聞かれても、『いえ、大した事は別に…』と言ってはいるみたいだが

アタシがいない時に、誰に何を言っているかは解らないし。


仮に、関口が、アタシをかばう態度を取る事で、アタシの信用を得ようというのならば…


そんなモノは無い。





「あの…すみません、火鳥さん…でも、そろそろコーヒーの時間かなって…」


関口がハニカミながら、コーヒーを差し出す。


…確かに、アタシは…この時間、コーヒーを淹れに部屋を出る。


…それよりも…


アタシがこの時間、コーヒーを淹れに行く事と、こっそり砂糖を3つ入れて飲んでいる事を、いつの間に調べたのか…。

  ※注 火鳥さんは、どうやら”甘党である事”を隠しているらしい。



「あっそ。でも、結構よ。」


アタシが、素っ気無く返事をしてPCに顔を向け続けても、関口は部屋を出ない。

コーヒーを持ったまま、部屋の中央に突っ立ったまま、アタシをじっと見ている。


正直、気味が悪い。


「…何?」


アタシは睨みながら、関口に”ここにいる理由”を聞いた。


「あの…火鳥さん…秘書の件、考えてくれましたか?」


やはり、そうきたわね。全く、察しが悪いというか…本当に馬鹿ね。この田舎女は。


アタシは、元々他人なんかに自分のスケジュールを預ける気はない、というのに。

・・・”考えておく”とは遠回しに断っている、という事なのに。



「…仕事中に、そんな事考えるわけ無いでしょう?結論はいつでも良いんじゃなかったの?」


「あ、はい・・・そう、なんですけど・・・なかなか、お返事が聞けないので・・・あの私・・・」


モジモジと小声で話す関口に、アタシはイライラした。


そんな風に弱々しく話せば、誰かが優しくしてくれると思っているの?



それは、逆よ。馬鹿女。



自信なく話していれば、弱みを露呈しているに等しい。そこに漬け込まれる。

弱みを見せれば、そこは攻めどころだと、攻撃されるに決まっている。


弱みを見せても、優しくしてくれるのは『かわいそうに、気が弱いんだね。』と同情してくれる馬鹿くらいだ。

そして、そんな同情をかってまで、気を遣ってもらって何が嬉しいんだ。

それとも”弱い女”を演じて、守ってもらおうなんて、浅はかな事を考えているのだろうか?



アタシは、強い弱い関係なく、自分の邪魔になるモノ・・・


敵は、全て・・・・・・潰す。



「…そんな事より、貴女、仕事したら?ワタシ、そういう人にスケジュールは預けないから。」

「…はい…でも…」


関口は相変わらず、モジモジとはっきりしない態度で、アタシの目を見つめ続けていた。


「何?」

「…あ、あの…」


関口はそのまま、何を言うまでもなく、ただ、モジモジと意味ありげな目で、じぃっとアタシを見つめた。

アタシはアタシで、関口が早く発言してくれないかどうか、睨みながら見ていた。


「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」


そのまま、沈黙の時間は続いた。



ー 2分経過 ー



(・・・・・・ああ、もういい。イライラするわ。)


とっとと、コーヒーだけ受け取って、部屋を出て行かせよう。

 ※注 火鳥さんの我慢限界時間は、約2分。



「……わかったわ。その件は、考えておくから。コーヒー、そこに置いて、早く出て行って。


 ・・・・邪魔よ。」


「・・・はい。」



捨て犬みたいな目をして、関口は部屋を出て行く。


それを最後まで見送る事無く、アタシはそのままパソコンの画面に視線を注いだ。



関口の持ってきたコーヒーに、口をつける事無く、アタシはキーボードを叩き続けた。

オフィスの中にある、アタシ専用に与えられた個室は、やっと心地良い静けさを取り戻した。




今までは、用件以外・主に仕事で、自分の周りに人が集まるなんて事無かったのに。


…例え、馬鹿と関わらなくてはいけなくても、それは仕事だから、仕方なく付き合っていただけ。

仕事上の関係は、大体”社交辞令”という言葉で片付けられる。


本音など、アタシが他人に、晒す必要はない。


プライベートに関して、あれこれ詮索されるよりも、仕事の話。

仕事の話がなければ、他人と話す必要なんかない。




他人は、自分の欲しい物を得る為の手段の一つ。

仕事の為の『道具』か『足手まとい』・『競争相手』でしかない。



その馬鹿が、よってたかって、このアタシにまとわりついて、足を引っ張るだけじゃなく、振り回すなんて。





ふと手を止め、バッグからコンパクトミラーを取り出し、自分の顔を見て、アタシは溜息をついた。



(・・・やっぱり。少し、やつれたわ・・・。)



…改めて。


ふと、最近の出来事を思い返してみる。



先程の”関口”に通われる事といい…

会社内で名前もわからない女に呼び止められ、食事やら何やらに、誘われる事といい…

挙句、仕事で行っただけのキャバクラ嬢に一目惚れされる始末…。



外出先でも、同様…妙な女ばかりが寄って来て、妙な展開になるし…






先日も…









あれは、出張先のホテルの静かなバーで飲んでいる時だった。

程よい柔らかい照明に、ジャズが似合う、雰囲気の良いバーだった。


軽くカクテルとジャズを楽しんでいたアタシに、バーテンダーが、静かに”マンハッタン”を差し出した。


アタシと同じ、赤いカクテル…もっとも、アタシが飲んでいたカクテルは”マンハッタン”ではなく”ロブ・ロイ”なのだが・・・。


違いは…ロブ・ロイは、イギリスのウィスキーをベースにしていて

マンハッタンは、アメリカまたは、カナダのウィスキーをベースにしている。


 ※注 作者はカクテルに関しては、素人です♪




”…ピクッ”


・・・突然、左瞼が痙攣し、チクリとこめかみの奥が痛んだ。


・・・・・・あの頭痛だった。


違和感を感じつつも、頼んでいないカクテルをそのまま受け取る事は、しなかった。


「頼んでないけど?」

「・・・あちらのお客様からです。」



あちら、と静かに指し示すバーテンダーの手の方向を見ると・・・

・・・女がいた。


白を基調とした、落ち着いた感じのドレス。茶色い髪の毛には、少し強めのカールがかかっていた。

20代後半から、30歳くらいで…何がおかしいのかは知らないが…含み笑いがなんだか、いやらしくみえる。


その女に手を軽く振られたが、アタシは無視を決め込んだ。


「お隣、宜しいかしら…?」


「・・・・・・・・・・・・。」
(・・・・・・・げ。)


断る返事を聞かぬまま、女はアタシの隣に座り…そして…。


「女2人…ゆっくり個室で、飲みませんか?」


そう、アタシの耳元で囁いた。


(個室に誘われるのは・・・やっぱり、そういう意味、しかないわね。)


ダンマリを決め込んだアタシの耳元に更に、女は囁く。


「…貴女を一目見て、気になっていたの…貴女は………どう?」


息が耳にかかるのが、思った以上にカンに障ったので

アタシは、ほぼ無意識で、飲みかけのカクテルを、思い切りその女にひっかけた。


「・・・結構よ。」


白いドレスが、赤く染まるのを見る前に、アタシは一万円を2枚カウンターに置いて、バーから出た。


「・・・奢るわ。それから、これはクリーニング代込みよ。その程度で済んだこと、感謝するのね。


 ・・・それから、相手が欲しけりゃ、今度はもっとマヌケな女を”買い”なさい。」



(やれやれ…最近誘われるのが、女ばかりと、は…)


”ガシッ!”

立ち去ろうとするアタシの腕を、ガッシリと掴む手。


(・・・ね・・・っ!?)


アタシの二の腕に…5指が食い込んでいく。

尋常じゃないその力の入れように、アタシはゾクリと悪寒が走った。


「…ッ!!」


振り向いたアタシの目に飛び込んで来たのは、女の真剣な眼差し。

情欲に満ちていて、それでいて、憎しみもこもっている…『これ以上、自分に逆らうな』という意味合いを込めた…


”睨み”に近い。


「・・・待って・・・私はただ・・・貴女を・・・」


「・・・・・・・・。」


この女に捕まったら、嫌な展開が待っていそうなのは、考えなくとも解る事だ。

だが、そのまま大人しく捕まっているほど、アタシは馬鹿じゃない。


「・・・・ふんっ!」


咄嗟に、手首を掴み、ねじ上げると、女の指が離れた。


「ーあっ・・・!?」


指が完全に離れたのを確認すると、アタシはそのままバーを出た。








ま、あんまり・・・なエピソードよね。




自分でも、そう思うわ。バーで初めてあった女に関節技決めるなんて…。



・・・要は・・・名前も知らない人間と関わる時間が増えたのだ。




…思えば”あの頭痛”が、始まるようになってから…こんな事が起こり始めた。



女が、揃いも揃って、アタシを好きだと言ってくる。

勝手に好きになっておいて、アタシの時間を自分と一緒に過ごせとやって来る。


アタシの日常を、アタシらしさまでも、壊していく。


恋愛感情を他人に向けるなら、勝手にどっかでやればいい。

アタシには、そんなモノ必要無い。


このアタシの貴重な時間を、馬鹿と過ごして無駄にするなんて、本当に無駄な時間だ。



良い事等、何一つ無い。



ここ数日、愛だの恋だの騒いでいる馬鹿共に、接し過ぎているせいだわ…。



周囲の人間の視線や笑い声だけで、不快だってのに、このままでは、頭痛や胸やけがひどくなるばかりだ。

イライラする出来事ばかり起こって、ロクに食事も酒も飲めやしない。


一人になろうとすると、決まって女が寄ってくるし、ややこしいトラブルに巻き込まれる。



(一体なんだっていうのよ…アタシは、何もしてないじゃないの。)



考えても、馬鹿のやる事は、アタシには想像は出来るが、理解はできない。



(・・・・・・あぁ、ダメ。これ以上、ここにいると気分が悪いわ・・・。)



仕事に打ち込もうにも、すぐ傍に、神経を逆なでするようなヤツらしか

いないのだから、腹立たしいと言ったらない。


・・・あまり、思い出したくない内容まで思い出したせいで

ますます気分は最悪になった。


幸い、今日は打ち合わせを一本終わらせれば、良い。残りは家でも出来る仕事だ。


アタシは、他社での大事な打ち合わせの後、そのまま直帰すると上司に伝え、オフィスから出た。




地下駐車場に向かいながら、仕事用の携帯電話のメールをチェックする。


 ※注 火鳥さんの携帯は、仕事用・プライベート用・イタ電用の3種類がある、らしい。


(・・・仕事は順調・・・なのに、どうして…こんなモン・・・。)



・・・仕事のメール以外に、個人的なメールも増えた。

仕事とは無縁の・・・女からのメールだ。

友人関係も、何も…アタシはプライベートの時間を馬鹿と共有するつもりは無いというのに…


断っても、断っても…いつの間にか、復活してアタシの進路の邪魔をする。



…先日、知り合ったキャバクラの女からは、毎日のようにメールと留守電メッセージが入って来る。


面倒なので付き合う気は無いが、使えそうな女だと思って、自分の手駒として利用する気だったが…


・・・それほど、あの女を使うような機会や、出来事が、全くと言っていいほど、無かった。


あの女が使えるといっても、どうせ・・・・

性の欲望に正直で扱いやすそうな、単純思考回路の狸ジジイ共の機嫌取りくらいにしかないだろう。



それに…使い手となるハズのアタシ自身が”こんな状態”なんて…目もあてられない。


「・・・チッ。」


”バタン!”


愛車(先週戻ってきたばっかり)のドアを乱暴に閉めて、アタシは額をハンドルにつけて、溜息をついた。

イライラする。


(…まったく…嫌になるわ…。)


振り切るようにアクセルを踏んで、アタシは取引先の会社へと移動した。

何はともあれ…アタシは、アタシのすべき事をすれば、良い。

小さい事で、イラついていても、仕方が無い。


アタシの仕事は、馬鹿には任せたくない。アタシの仕事は、アタシにしか出来ない。


今日の打ち合わせ先は、城沢グループだ。


「…と、以上です。…何かご質問はございますか?」


さすが、天下の城沢グループ。

広い副社長室。家具も、機能的な良い物ばかりだ。


・・・副社長は、ヤクザ顔だけどね。


「なるほど……ん?…あれ?阪野君、僕の万年筆、どこだったかな?」

「はい…こちらですわ、副社長。」


顔はヤクザだが、紳士的な副社長。

慎重派で頭がきれると有名なので、交渉や打ち合わせにも気を遣う。

単なる打ち合わせだというのに、自らが出向くなんて…慎重というべきか…単なる物好きか。


秘書は秘書で、少々色気が出過ぎているような気がするが…

態度は控えめで、まあ、優秀な方だろう。



「…火鳥様、コーヒーのお代わりは?」


・・・整った顔で笑っている、ように見える。


「お気遣いありがとうございます、でも、結構ですわ。」


(さすが、天下の城沢…。社交辞令も、愛想笑いも完璧ね。)


この企業は、対応のパターンが豊富だ。


妙な中小企業と違って、やたら『人とはこうあるべきだ』とワンマン人間論を振りかざすような

カリスマ気取りの社長が、いないからだろう。


「そうそう、火鳥君…ここのプラン内容なんだがね…僕が思うに…」

「はい…」



いつも通りに仕事は進む。

仕事達成の為の会話は、すこぶる愉しいのに。




しかし、どんなに仕事に打ち込んでも

何かを忘れようとどんなに車のアクセルを踏んでも



どこか・・・・・・何かが・・・違う。



何かが付き纏っているような……そう…これは”違和感”。


いつものアタシの日常には、こんな”違和感”などなかったのに。



…一度、病院に行くべきか?


病院、という言葉で、思わず嫌な事を思い出し、アタシは頭を振った。

病院は、嫌いだ。


(・・・フン・・・馬鹿馬鹿しい・・・)




「じゃあ、今日の打ち合わせは、このくらいにしようか…」

「そうですね。この部分とさっきおっしゃった部分は、こちらで、修正します。」


ヤクザ…いや、副社長に一礼し、アタシは退出した。


副社長室前には、秘書の仕事スペースがあり、そこで先程のお色気秘書が、電話をしていた。

先程の愛想笑いは一転、真剣な顔だった。


「…彼女、今日は…あぁ、有給ですか?…いえ、それなら、結構です。

 ありがとうございます。近藤係長。では・・・」


秘書に軽く会釈をして、アタシはそこから退散した。



(有給、か…)


その単語は、ここしばらく聞いてなかった…どうやら、本当に疲れているみたいだ。

今の仕事に一区切りつけたら…ゆっくりと有給をとって、地中海にでも羽を伸ばそうか。

…ヨーロッパでも、カナダでもいい。



…その前に…


(ランチの時間ね…思ったより、打ち合わせは早く終わったし…近くに肉料理の専門店ないかしら)


一つ仕事をこなした所で、急に空腹を感じ始めたアタシは、時計の針の位置を見て納得した。


もう今日は、会社に戻る事は無いのだし、ゆっくりとランチを楽しめそうな場所でも探そうと、アタシは歩き始めた。



ところが。


”ピクッ”


・・・突然、左瞼が痙攣し、チクリとこめかみの奥が痛んだ。


(・・・また・・・!?)



…思わず、振り返る。


オフィス街のいつも通りの昼下がり。


働き盛りの人間が、ぞろぞろと目的地に向かっている。

どいつもこいつも、同じような顔で、歩いている。


風景と同化しそうなほど、覇気の無い顔をしているオッサンに、仏頂面のOL

楽しそうな表情を浮かべている人間など、一握り程度だ。



(そうよ…何もある筈、ないじゃない。)



アタシは、自分でも不思議なくらい・・・周囲で起きる出来事に、警戒していた。


今まで、こめかみへの痛みの後は…決まって、不快で嫌な出来事…




つまり、馬鹿が寄って来る事で起こるトラブルが、起きる。




(…何、ビビってんのよ…くだらない…!)



首を振って、アタシは再び歩き始め・・・


「あの…。」


か細い声。

女の…声…。


「…っ!?」


たかが、女の声に、過剰反応する自分。

アタシは自分のビビリ具合に内心、情けなさを感じていた。


(いや、振り向かずに…このまま、無視をすればいいだけだわ・・・)


アタシは無視を決め込んで、先程よりも早足で歩き始めた。

カツカツとハイヒールが鳴る音の後ろに、またカツカツと追いかけてくる足音が聞こえる。


「・・・・・・。」


…一旦足を止めると…追いかけてくる足音も止まった。


「・・・・・・。」

(・・・はあ・・・まったく・・・こんな真昼間から、アタシは何をやってるのよ・・・)


イライラは頂点に達した。

どうして、アタシがこんな目に、何度も何度も遭わなくてはならないのか。


再び、歩き出す。


(その馬鹿ツラ、拝んで、ガツンと…言ってやる…)


アタシは、そのまま狭い路地へと入った。…街中で大声を出す訳にはいかないから。

狭く、ゴミの臭いがする汚い路地。


アタシは、周囲の人気を感じなくなった所で、振り向いた。


そこにいたのは…あのバーで関節技を決めてやった女だった。

太陽の下で見ると、30代くらいに見えた。



「・・・・何か用?人の事、つけ回してまで。」


低い声で、睨みながら、そう尋ねる。

すると、女は寂しそうに笑った。


「・・・やっぱり、覚えていらっしゃらないのね・・・火鳥さん・・・」

「・・・・・・は?」



「加藤 時次郎(かとう ときじろう)の家内・・・綾(あや)です。」


「・・・・・加藤時次郎って・・・・・・加藤フーズの社長・・・まさか・・・奥さん?」


アタシの手がけた仕事の取引先のひとつ。加藤フーズ。

この女との面識は無かった、と思い込んでいたが…その会社名には聞き覚えがある。


「最初から、主人の名前を言えば良かったのね…皮肉なものね…。」


確か…一度、加藤フーズの10周年記念パーティーに招かれた事があった時。

社長は50代で、加藤夫人は2回りも年下の後妻とかなんとか…って聞かされたっけ…。

覚えていないけど…挨拶程度は、したかもしれない…


 ※注 もうお分かりの方もいらっしゃると思いますが…水島さんも火鳥さんも、人に関して忘れっぽい傾向がある。


コレは、マズい。


(・・・忘れていたとはいえ・・・取引先の奥さんの関節を決めてしまったとは…)



・・・しかし、あのバーの出来事は…誘ってきたのは、あっちの方だ・・・。

周囲にバレて困るのは、加藤夫人の方だ。


だから、アタシは、強気な姿勢を崩さなかった。


「・・・それで・・・社長夫人が、一社員に何のご用です?」


睨む目は、そのままに。

あちらがどうこう言ってくれば…こちらも、切り札を出そう…。


「…綾と…呼んで下さいます?」


加藤夫人は、あの夜とは打って変わって、実にしおらしくなっていた。

あの夜は…欲情の塊に見えたのに…。


「・・・そういう訳にも、いきません。一社員、ですから。」


アタシが、そうキッパリと言い放つと…加藤夫人の目が変わった。


「…好き、なの。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





「・・・いや、意味が解りません。」


「だから、貴女の事が好きなんです。」


・・・・・またか?


「は?みてわからないんですか?女ですよ。私。」


そう、アタシも、アンタも女。


「はい!…女性の貴女が、好きになってしまったんです…私だってこんなの信じられない…!」



(…信じられないのは、アンタの声の大きさよ!)

「ちょ、ちょっと!大声でそんな事言わないで頂戴!大体!結婚してるでしょう!?」


女同士で、不倫だなんてWパンチもイイトコでしょ…!

瑠奈のようなキャバクラ嬢や、独身女なら、ともかく…

担当が代わったとはいえ…取引先の後妻と不倫関係なんて、結んだら、間違いなく…仕事がしにくくなる…。


冗談じゃないわ…そんなトラブル抱えてまで、アタシは加藤フーズと関わる気はない。



「いいえ…主人はもう歳だし…もう、私は単なるお飾りなの。夫婦なんて…形だけよ。

 このまま、単なる飼い猫のまま、ただの社長夫人の看板を背負ったまま…女の一生が尽きていくのは嫌…。


 そんな時…貴女と会ったの。貴女をパーティーで初めて見た時…私…一瞬で、貴女に惹かれたわ。

 貴女となら、今の生活を捨てても構わない…一瞬でも、そう思ってしまった・・・。」


「・・・・・・。」


口が・・・ぽかんと開いてしまう。

・・・この人・・・一体、何を言い出すの・・・?・・・昼ドラ、見過ぎじゃないの?



「貴女とどうにかなりたい・・・そう思ってしまったの!

 あのホテルのバーで偶然、貴女に再会してから…もう、この気持ちが・・・抑えられなくなったの…!

 これまで抑えてきたけれど…一時も忘れたこと、無かったわ…貴女の…その強くて綺麗な目を…!」


「………」


呆れて、モノも言えない。

どこまで・・・どこまで・・・”独りシンデレラ”気取ってるの?この女は。


結局…自分の寂しさを埋めてくれる相手を探していたら、アタシに出会った、というだけの話だ。

…アタシは、アンタのシナリオ通りに、アンタの性欲を埋める道具じゃない。



アタシは…パーティーで挨拶しただけだ。

ホテルのバーで会ったのも只の偶然。


(・・・おめでたい、女ね・・・。)


沸々と、怒りが沸いて来る…。

こんな女に、自分の時間を割いている事が、我慢ならなくなってきた。


アタシは、語気を強めた。


「…なんでも、かんでも、カミングアウトして、カッコつくと思ったら大間違いよ。

 貴女は、気にしなくても、コッチは関係あるの。取引先の妻と不倫なんて…まっぴらゴメンよ。

 ・・・妙な関係迫らないで頂戴。」


敬語を使う必要はもう無かった。こんな失礼な女には、これで十分だ。


ああ、頭が痛い…。

大企業の後妻になる女って、もう少し賢いかと思っていたのに…

こんなイタイ馬鹿女だったとは…。



「…貴女を好きになって…私の生活は変わったわ…

 気持ちを受け入れて、とまでは望まないわ…せめて…一晩だけでも…

 貴女に抱かれたくてたまらないのよ!!」



感情に任せて、喋るものだから…言っている事が、支離滅裂も良い所だ。

…女を抱く?このアタシが?

馬鹿も休み休み言え!


「無理に決まってるでしょ!?何を訳の解らない事を…!気色の悪い…!」


吐き捨てるようにアタシは、そう言い放った。


男だろうと、女だろうと・・・・アタシは、人様と恋愛関係…それも不倫だなんて、ハイリスクな関係など、結ぶ筈もない。

冗談じゃない。





「待って!!」


女が、立ち去ろうとするアタシの腕を、スーツごと掴む。

物凄い力で引き寄せられて、アタシはバランスを崩して倒れこんだ。


アタシの上に覆いかぶさる女の表情は、あの夜のバーで見た…欲情の顔…。


「…一度で良いのよ。火鳥さん…私…このままあの家にいたら、狂いそう…お願い…!」


どうやら・・・アタシにどうにかされたい、というのは、本当らしい。

アタシに言わせれば、狂いそう、ではなく…もう狂っていると言っていいだろう。

…物凄い力で…アタシの肩を、腕を掴んでくる。



「・・・痛ッ・・・!性欲有り余ってんなら、そこら辺でオナニーでもしてなさい!!

 
 この馬鹿女!!」



これ以上、コイツに構っていると、こちらまで狂いそうだ…。

女の押さえつける腕を振りほどこうと、アタシは動きまくった。


・・・スーツは、地面やら石やらで、確実に汚れていくが、これはこの際、仕方がない。

背に腹は変えられないし…アタシは誰かに見下ろされるのは嫌いだ。


「貴女を見てから、こんな風になってしまったのよ!!私は…もう、元に戻れないの!責任とって!」


責任?アタシのせいですって?

それは、元々…アンタの性癖じゃないの?



「アタシに責任なんて、どこにも無いわよッ!見当違いもいい所よ!!」



「いいえ…貴女のせいよ…!

 貴女が…貴女が…そんなに若くて、綺麗だから…!」



・・・どうあっても、アタシのせいにしたいらしい・・・。


アタシは、溜息をついた。


…一呼吸置いて、アタシは女へ微笑んだ。


「・・・・あ、火鳥さ・・・」


女がアタシを好きになった、というのは本当らしい。

アタシの作り笑い一つで、簡単に女の腕の力が緩んだ。



”・・・ドっ!!”


「・・・うっ!」


アタシは、冷静だった。


自由になった拳で、腹部へ1発。女を傍らへ転がすと、起き上がった。


・・・・これは、不可抗力・・・正当防衛。

それに・・・今は、誰も見ちゃいない。

なんとでも、なる。



「…話にならないわね…。感情に任せて、このアタシを押し倒すなんて、ただの猿じゃないの…

 …せめて、ちゃあぁんと、人に進化してから、話しかけなさい…奥様?」


「・・・あ、あ・・・火鳥さ…」


這い蹲る、哀れな社長夫人を、アタシは見下ろした。


「…それから言った筈よ…・・・相手が欲しけりゃ、今度はもっとマヌケな女を”買い”なさい、とね。

 ・・・この話、ご主人や周囲の人には、知られたくないでしょう?」


一応、釘を刺す。

…こうでもしないと、アタシの仕事に差し支えたら困る…。


アタシは、女を置いて歩き出した。



明るい道に戻ってくるなり…道行くオッサンの一人が、アタシの姿に少し、ギョッとした。

続いて、OL3人組も、ギョッとして、すぐにアタシから目線を逸らした。


「・・・・・・?」


・・・・ふと、店の窓に映る自分の姿を見て、ギョッとした…。



(…ヒドイ…。)


予想以上に、それは酷かった。

綺麗な窓に映るアタシは…髪の毛はボサボサになっているし、スーツが少し破けているし、ストッキングも破れているし…

とにかく…酷かった。



(何…コレ…?)



アタシは、10秒ほど、そこで呆然としていた。



(嘘…嘘よ…このアタシが…?)



今まで、こんな惨状になった事がないアタシにとって…今の自分のこの状態は、とても信じられなかった。


今、目にしている自分は、”幻”だと、自分で自分に言い聞かせた…。

だが、間違いなく…アタシは今…女に迫られて、ズタボロで…


たかが、パーティーに出席して挨拶しただけでも、女が寄って来るのならば…

アタシは…もう、パーティーにすら、警戒して行かなくては、ならなくなる。



いや、今の仕事場すら…女のトラブルがあるというのに・・・



(・・・このまま、ずっと・・・こんな事が続くの・・・いや、増えていくの・・・?)


アタシの心は折れかけていた。

気を抜けば、プツンと音を立てて、今まで築きあげてきた…アタシの全てが崩れる…!


危機感。

焦燥感。




アタシは”予感”なんて、不確かなものを信じてはいなかった。

でも、感じる。

こめかみの奥が痛めば…女のトラブルが起こると。


直感よりも、蓄積された確かなデータ。

蓄積されていくのは、アタシの疲労とストレスと…はた迷惑な女共との出会い。



…”喪失感”に、変わる前に…この状況をなんとかしなければ…!!



考えろ…。

考えろ…。

考えろ…。




アタシは、どうすれば、良い・・・?









       『…お嬢さん、呪われてるよ。』






・・・情けないことだけど、思いついたのは、それしかなかった。


あのクソババアは呪いだとか言っていたけど…あのクソババアが、コレに関して、何が知っているのだとしたら・・・

3週間後にまた会うだなんて、具体的な日数をアタシに宣言したのは…

やはり、黒幕はあのババアか…もしくは、やはり誰かに雇われているのか…

いずれにせよ。



あのクソババアを、放って置く訳には、いかない。




(・・・・考えたら・・・動く・・・・!!)




…12秒後…アタシは走り出した。





・・・・あの、クソババアの元へ。




…こんな惨状を経験してしまった以上…使える手段を全部使ってでも、アタシは…!



(・・・あの、ババア――――!!!!)



そして…走り続ける事20分…。





「……やっと、見つけたわよ…!!」



クソババアと・・・・・・・・”・あの女”に出会ったのだった。




 ― 火鳥さんは暗躍中 その2  END ―


『その1』を読み返す。

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…あとがき…


なんと…暗躍…未遂のまま2話目終了!!(殴)

予想以上に長くなってしまって…病院編との暗躍が描けなかったです…申し訳ないです。


しかし!次回こそは、暗躍を!!


まあ、今回…色々伏線が張ったり、張れなかったり…と…無駄に長かった…。(反省…)

とにかく。

これで、火鳥さんが、水島さんに会う前に、女難にどういう対応をしてきたのかが、ちょっとは、見えたかな〜と思います。

・・・・いやぁ・・・女性って、時々愛おしくて、時々恐ろしいですね♪(???)



口の酷さとハッキリ言う事…に関しては、水島さんより上な火鳥さん…。

神楽の場合・・・どっちが好き?というか、どっちもどっちで、極端な性格なので、書いていて楽しいです。



多分、これから火鳥編は・・・より『えーオイオイ火鳥ぃ・・・』な、感じになっていくんじゃないかと思います。

・・・ホラ、暗躍しなくちゃいけないから(苦笑)


それから、火鳥さん…結構、あっさりと放送禁止用語を使ってましたが…ど、ドウナノカシラ?

キャラクター的に…そういう毒舌というか…そういう事あっさり口にするライバルキャラって・・・

あと、社長夫人もまた出演する・・・かもしれないです。(既婚者初めて出しましたけど…)



じ、次回こそ!!暗躍させるぞッ!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・多分。