アタシの名は、火鳥。


下の名前?・・・その質問は、必要かしら?


あなたとアタシの間に、それ以上の関係が生まれるなんて事ないでしょうし、苗字だけで十分でしょう?

アタシは、無駄な時間と人間は嫌いなの。


事は、手短に済ませましょうよ。


占い師のババアと水島という女に出会い、アタシはとりあえず、自分が置かれている状況を把握した。

把握って言ってもね…呪われていて、ややこしい女に好かれやすくなってるってだけの話。


非現実的にも程があるし、ふざけている。




呪いを解くには一応条件があって

人間と1晩に自分の歳の数だけヤレばいいだけ。



・・・ふざけるにも程がある。



だが、呪いを解く事で、この苦痛の毎日が終わり…自分の命が助かると言われたら…。



・・・・・・はあ・・・・・。



・・・・ババアのいう事を全部信用する気は無いのよ。

だけどね、自分の身に起きているこの馬鹿馬鹿しい出来事を止める手段が…他にない以上…


・・・・・・・・・・はあ・・・・。





・・・後は察して頂戴。

馬鹿でも一応、予想は大体つくでしょう?





で、問題は一つ。


『儀式する為の相手。』


アタシが儀式する為の条件を満たしている女が、私の近くに、一人いる。



あの場にいた同じ女難の女『水島』。

水島は、偶然にもアタシと同じ”人嫌い”だった。




だったら、話は早い。




コイツとすればいい。



人嫌いなんだし、お互い1晩我慢すれば、こんな毎日と簡単にサヨウナラできるのだし。




ところが、同じ女難の女でも・・・


水島とアタシの頭の構造は、別だったらしい。



アタシの提案に対し、水島ときたら・・・




 『…そんな貴女とするのは、尚更、嫌なんです…どうするかは、自分で考えます。』



水島の一言に、アタシは心の底から、呆れた。


アタシが呪いを解く儀式をやろうという提案に対しての、回答がコレとは。






口だけの馬鹿に限って、大きい事をいう…


絶対に、後悔するに決まっている。




いずれ、女難の毎日に根をあげ・・・




・・・根をあげて・・・妥協して・・・”誰か”と儀式するかもしれない。




その可能性…あの馬鹿なら、あり得る。



・・・そうなったら、アタシが困る。



儀式するしか、呪いを解く方法が無いのだとしたら、あの女”だけ”が、先に呪いを解いてしまわれては、困る。


あの女でなければ…


ただでさえ、女とナニをするのも、我慢ならないのに…

女と恋愛関係を結び、生活を共に〜…なんて、とてもじゃないが我慢ならない。




だから・・・儀式をするなら水島のような、人嫌いがいい。


呪いを解くのに、目の前にこんなに効率の良い条件があるのに、あの女…同じ人嫌いなのに…何故解らない。

理解に苦しむを通り越して、怒りすら沸いた。




…しかし、今の水島には、アタシと儀式する気が無いのなら、仕方ない。



アタシはアタシなりに、この力を利用するとして。



…水島は…今は泳がせておこう。


もしかしたら、アイツが、あの儀式以外で呪いがを解ける方法を見つけるかもしれないし。


…だが、あまり期待は出来ないだろう。

アタシだって、黙って過ごしていた訳じゃなかった。

自分のコネクションで出来うる限り調べたが、あんな馬鹿げた呪いなんて、そうそう無い、という結論しか無かった。




だから、水島には…



今は、したくなくても。




・・・いずれ・・・・・その気になって頂くしか、ないでしょう・・・?



私は、グラスを軽く上げた。



「・・・・乾杯。」



私は、ワインを一気に飲み干した。








[ 火鳥さんは暗躍中 〜もう一人の女難の女 その3〜]











「…やだ…火鳥さん…怖い顔してる。」




助手席に座る瑠奈が、足を組み替えながら、こちらを見てそう言った。


横目でチラリと下からすくい上げるように見るんじゃなかったと、運転席のアタシは後悔した。

おかげで、アタシの視界に瑠奈の太ももが入ってしまった。


瑠奈の顔を見たら見たで、一体何が面白いんだか、こちらを見て嬉しそうに笑っている。

視線を前に戻し、アタシは答えた。


「・・・コレ、素なんだけど。」


その答えに、瑠奈はアタシの方へ身を寄せ、頬を撫でながらアタシの顔を、自分の方へ向けた。



「……嘘ばっかり。瑠奈、火鳥さんは…本当は、もっと…」


その後は、小声で ”可愛いと思うな” と囁くように言った。


「やめなさい。仕事の話まだ済んでないでしょ。」


それ以上近付くなと、アタシは、じゃれ付いてくる猫を押しのけた。

この女は、油断すると、すぐに身体をひっ付けようとする。


「はーい……で、どうゆうお客様?」


「…高岡 修三(たかおか しゅうぞう)…”プラチナ・アイ”の社長」


「あぁ…あの有名な…景気良いらしいわね?あそこの専務、3回くらい来たかな…

 たしか…カオリがテーブル着いちゃってー…無理してハイペースで飲んで酔っ払って

 結局グダグダになっちゃったのよね・・・」


「余計なエピソードはいいわ。・・・後は、このファイルに情報があるから。頭に叩き込んでおいて。」


「かしこまりました〜…………で。」


”で”の後は、本題だ。


それは、瑠奈にとっての本題であり、アタシにとっては本題でもなんでもない。

むしろ、すっ飛ばしてもいい事だ。


「・・・・・・。」


夜の港は、静かでいい。

時間帯と場所を少し間違えると、腕力にしか能の無い柄と頭の悪いヤツに捕まるが

この場所は、よく警察が警邏で回るらしいので、一般市民のアタシは問題ない。

面倒だが、別に調べられても、何も出ないし。



女2人が、車の中で、どういう事をしようとも、だ。



瑠奈のクスクスという笑い声と、吐息が耳障りだが、アタシは黙って”作業”を続ける。


しかし、不快感を口の中に感じた。



「・・・っ・・・・・・ちょっと、瑠奈。舌、勝手に入れるなって言ったわよね?」



私は瑠奈から離れると、右手の親指と4指で瑠奈の頬をぐっと持ち上げ睨んだ。

瑠奈は即座に、叱られた犬のような顔をしたが、子供じみた言い訳を口にした。


「・・・だって、火鳥さんだって入れる時あるじゃない・・・」


アタシがやったら、自分もいいのか?ふざけるな。

それに、アタシが舌を入れるのは、アンタの舌をこっちに入れない為に、押し返しているのよ。馬鹿女。


してみれば、何の事も無い。

たかがキス。


気分は悪いが、目の前の犬には、うってつけの”餌”だった。



「入れていいか、どうか・・・全てはアタシが決めるの。」


そう言うと、瑠奈はあからさまにムッとした表情で黙った。

私は、そのままドアを開けて瑠奈を足蹴にして、港に置き去りにしたい衝動に駆られたが…




「それに、ご褒美は仕事が終わってからよ・・・でしょ?瑠奈。」


・・・ここは、大人の対応を。



「・・・・・・ホント?」


「成功したらね。・・・・下着、ちゃんと履きなさい。この間みたいに車に置いていったら、捨てるわよ。」


「は〜い。」


(ホントに、理解してるんだか…)


アタシは、とりあえず車を発進させ、港から瑠奈を同伴する客との待ち合わせ場所の近くまで送っていった。



「・・・着いたわ、よ…!?」


車を止めると同時に瑠奈はシートベルトを外し、アタシに抱きついた。

さすがに怒ろうと思ったが、瑠奈はアタシに囁いた。



「…瑠奈、頑張るよ…火鳥さんの為に。」



瑠奈の突然の行動にアタシは少し身構えたが、瑠奈が大人しく抱きついているだけなのだと解ると

アタシは、瑠奈の背中を優しく撫でて、こう言ってやった。



「…期待してるわ。」


満足げな表情で、瑠奈はアタシから離れ、車から降りた。



瑠奈は無邪気な笑顔を浮かべながら、男の元へと歩いていく。

営業用の笑顔を浮かべて。




「さて…」


アタシは、再び車を発進させた。




…なるほど。



好きという感情を抱かせるだけで、人はここまで冷静な判断力を失い、自由に動かせるのか。


無駄だと思っていた恋愛という人間関係も”面倒”で”気色が悪い”というリスクはあるけれど…



なるほど、なるほど…。実に、活用し甲斐がある関係だ。



”呪い”とはいえ…実にアタシは、それを良く利用できていると思う。


まあ、釣れた女に応じて、使い方と扱い方さえ間違わなければ…だが。


しかし、それもいつまでも続けるわけにはいかない。

引き際が自分でコントロールできるのなら、どんなに良かっただろう。


あくまでもこれは、呪い。

腹の立つことに、これは…アタシの意思で自由に解いたり、再びかけたり出来ない。


引き際を自分で決められないという事は、非常に危険だ。

まあ、呪いなのだし仕方のない事か。

いずれは、解かなくてはならないし、いつでも解ける状態に持っていかなくてはならないだろう…。



その為に。



アタシは…呪いを利用しつつ、自分の呪いを解くための鍵である、水島の情報を集めるだけに徹している。



今頃、人のいい水島のヤツは、ヒイヒイ言って逃げ回っているだけだろうが…



”…ピクッ…!”


「・・・・ッ・・・!?」


その瞬間、アタシは、ざあっと鳥肌が立ち、小道に侵入し、様子をうかがった。


”…ピクピクッ…”


しかし、それは瞼が、痙攣しただけだった。

あの不吉な女難の前触れの・・・”こめかみの奥からの痛み”ではなかった。


「・・・・はぁ・・・」

アタシは、ハンドルに突っ伏した。

この呪いに、アタシはまだ慣れないし、信じられない。

このアタシが、どうしてこんな事に…なんてボヤきたい気分だ。



(…何も、ビクつく必要ないじゃない…どうせ、来るのは女にまつわるトラブルだけよ…!)



そう・・・相手は、たかが人間だ。

どうせ関わらなくてならないのなら、今まで以上に利用して利用して…利用しつくしてやるわ…。









次の日。


携帯から、メールの受信を告げるバイブレーションの振動が、スーツ越しに伝わった。


(・・・・・・・瑠奈?)




『火鳥さん、昨日は上手くいったよ。火鳥さんの指示通り。

 大成功♪ 火鳥さんの会社、火鳥さん中心にオッサンには、お勧めしておいたからね。

 火鳥さんのプランに、すごい乗り気みたい。

 …ちゃんと、上手くやれたんだから、今度こそ…その対価払ってくれるよね?』


私は、鼻で笑って、すぐに返信する。



 『勿論よ。ただし、ちゃんと結果が出たらね。

 言った筈よ?仕事は、結果が出てこそ、全てだとね。』


瑠奈からのメールは5分以内に、すぐに返ってくる。



『はーい…でも、瑠奈…ちゃんとやりきるからね?火鳥さん』



私はまだ続いているメールの文章を、下へとスクロールしていく。





 『大好きよ、火鳥さん』






「………………馬鹿な女…。」




返信をせず、携帯を閉じて、アタシは鼻で笑った。


(大好きだなんて、随分簡単に言うのね。…まるで、主人に腹を見せる犬じゃないの。)


まあ、女に好きだなんて…どこまで本気なのか知らないけれど…

こちらの思うように動いてくれるなら、アタシをどう思おうが、構わないわ。


・・・正直、瑠奈との関係は、面倒くさいし、その気もなかった。

仕事は今まで通り、自分の力だけでやりたかった。

だが、何度振っても瑠奈は、ただ力になりたいとやって来る。関口も同様だ。


だから、利用する事にした。



取引先や交渉相手は、大抵は男。

仕事の内容に、自信はあるが…未だ、この時代に、女の仕事なんか等と言って、目を向ける事もしない輩がいる。



…まあそういう…どうしても男じゃないと信用ならんとかいう輩がいる場合

そういう馬鹿には、同じような考え方の馬鹿にアタシのプランを持たせて、向かわせる事にしている。


…だが、そういう馬鹿ほど、単純で…”キッカケ”さえ掴めば、後はどうとでもなる。


会社の利益にさえ、なればいいのだ。



そのキッカケ作りにおいて…キャバクラ嬢・瑠奈は、実に使いやすい人間だった。














「・・・という、プラン内容です。修正案、いかがでしょう?ワタシに任せてもらえませんか?高岡さん」


その日。

満を持して、アタシは”プラチナ・アイ”に企画書を持ち込んだ。

社長の分刻みスケジュールのせいで、今まで相手にもされなかったが、コネクションの御蔭でこうして交渉の席に着ける。


玩具会社だけあって、プラチナ・アイの社内は、様々な玩具でごちゃごちゃしている。

会議室にまで、ロボットがある始末だ。


今、この会社のキャラクター玩具が注目されている。

ただ、この会社は商品が一流でも、恐ろしい程に宣伝・営業活動が3流以下だ。


我が社は、そういう会社の味方を仕事とする事もある。


社長の高岡は、思ったよりも堅物で…交渉に少し時間がかかってしまった。

こだわりがあるのは、別に構わないけどね…まあ、妥協するくらいなら、社長にはなっていないだろう。


アタシは、ホワイトボードにプランを書き出し、ド派手にアピールした。



・・・その甲斐あって、やっと高岡社長は首を縦に振った。



「・・・ふうむ・・・いいでしょう。・・・ところで…責任者は貴女だけですか?」




そぅら、きたきた。

やっぱりね。

女だけには、任せられないってね。

馬鹿10人より、アタシ一人の方が、はるかに効率が良いのに。



「・・・はい、そうですが・・・男性をご希望でしょうか?」




用意していた答えをアタシは、笑顔ですんなりと答える。


アタシ自身、企画書さえ通れば、あとは他人を介して指示すればいいので、それでも構わない。

我が社の利益に繋がれば、アタシの株が上がるのだし。



ところが。



「いや、そういう意味ではありませんよ。噂によると、貴女は多忙のようですからね…

貴女にとっては、企画の一つかもしれませんが…我が社にとっては、商品が生きるか死ぬかなんでね。

最後まで責任を持って、誠意ある対応をしてくれる人に、任せたいんですよ。」


・・・ああ、そういう事か。

アタシは、社長の向かいの椅子に、ゆっくりと腰を下ろすと、真っ直ぐに社長の目を見つめ、ゆっくりと言った。


「現在、仕事の掛け持ちはしておりませんわ。この企画は、規模が大きいですし、ワタシ自身全力を注いでいますから。」


「…ふうむ…」


社長はまだ迷っているようだ。やはり、部下の男を一人でも連れてくるべきだったろうか。


すると、今度は会議室の扉がノックされた。


「社長…宜しいでしょうか?」

「…ん?どうした?緊急か?」



社長がドアを開けると、秘書らしき女が、困惑した表情で立っていた。

そして、その困惑の理由を口にしようとしたその時…アタシが最も恐れていた事が起きた。




”ピクッ・・・!”

(・・・んぅ゛…ッ!?)




こんな時に…そう思った。

なんて、アタシはツイてないんだ…と。


大事な仕事の時に限って、こうなる。




「あの、あッ…!まだダメですッ!」


秘書の慌てふためいた声。


こめかみの奥に痛みの後…秘書とドアの隙間から、小さい影が社長に飛びついた。



「パパッ!来ちゃった〜ッ!」


「おっ!円(まどか)かぁ〜!」



(・・・こ、子供・・・?)



それは、中学生くらいの子供だった。


(確か・・・あれは、高岡社長の娘・・・。)


高岡の娘、円(まどか)だ。


子供は、社長を”パパ”と呼び、パパと呼ばれた社長は、デレデレと笑顔を浮かべ”パパ”の顔になった。


「ダメじゃないかーパパまだお仕事中だぞー?」


(・・・注意するなら、しっかり叱りなさいよ・・・)


先程の仕事の顔はどこへ行ったのか…高岡社長は、中学生の娘に甘い顔と声で、ニコニコ話をし始めた。

噂通り…いや、噂以上の溺愛ぶりだ。



「ごめんなさーい。でも、お食事一緒に出来るの久々なんだものー。」


中学生にしては、鼻につく喋り方に聞こえた。

”子供らしさ”が…妙に強調されている…ような印象。

いや、実際まだ子供だし、ああいう子供もいるんだろうけど…。



「そうかそうか…待ちきれなかったかぁ…」

「そうなの、円、パパに早く会いたくってー。」


親が親なら、娘も娘だ…

要はあの娘が、アタシの嫌いな典型的な子供のタイプにぴったりと当てはまる、という事だ。



(・・・だから、仕事中だってのに・・・。)



アタシを置いて、親子2人は盛り上がり始めた。

せっかくの交渉中だが、親子にツッコミを入れたいのはやまやまだが、機嫌でも損ねられたら困る。



いや、それよりも…アタシが気になるのは、女難の前触れである”あの痛み”がした事だ。


そして…その”女難”になるであろう…ドアの前で口をぽかんと開けている秘書の存在…。



(きっと・・・あの女だわ・・・こんな時になんて厄介なの…)



アタシは、一旦顔を企画書で隠し、秘書から見えないようにした。



「・・・でもね、円は我慢して待っているわ。パパは家族の為にお仕事をしてるんだもの。」


「うんうんうんうん…パパ、頑張るからね…」



ああ、やっぱり見るんじゃなかった…。



企画書越しにみた高岡の顔は、デレデレに伸びていた。


まったく、子煩悩もここまでくると見ていられないどころか、聞いてもいられない。

そんなに可愛いか?自分の遺伝子を持ってるだけの人間が。


・・・今すぐにでも契約書を取り出して、とっとと判を押させて、アタシは帰りたかった。

女難から逃げるにしても、交渉を投げるわけにはいかない。

アタシは椅子に座りなおして、顔を隠し続けた。



「・・・あのぅ・・・社長・・・」


秘書が、社長に小さい声をかけた。

その途端、社長の伸びきった声と顔は元通り縮んだ。


「・・・・・ん、ああ・・・円、ごめんね。パパは、仕事の途中なんだ。」


娘は、一気に声のトーンを落とした。


「…うん…」

「お嬢様、行きましょう・・・」


秘書に促され、お嬢様は退場した。

この部屋に、女はいない…。


…女難は、無事に回避できた…。


なんだ、こんなにも簡単に回避できるんじゃない…。やはり、所詮は”人間の災難”。



「・・・いや、お待たせして申し訳ない…」

「いえ、可愛らしいお嬢さんですね…円ちゃん。」


とりあえず、社交辞令のお世辞を口にする。


「あぁ…お恥ずかしい所を…。いや、自分で言うのもなんですが、親馬鹿ですよ。

いや、女の子はあの歳まで成長すると、父親なんて嫌われるだけかと思っていたんですがね…

あんな父親想いの娘になってくれて…あ、失礼。…本当に親馬鹿ですな、ははは。」



(そうね。馬鹿ね。)と思いつつ…

「・・・いえいえ。可愛らしくて、当然ですわ。事実ですし。」と笑顔で社交辞令。


社長は、照れくさそうに椅子に座ると、アタシの顔を見て言った。


「…ところで…火鳥さん、すごい汗ですが、暑かったですか?」


「ぅ…あぁ、いえ…御気になさらず。…それで、こちらが契約書です。」


アタシは、そそくさと契約書を差し出した。

5〜6分少々の細かな質疑応答の後、社長はハンコを取り出した。


まあ…社長の”迷い”は、娘の登場で既に吹っ飛んでしまっていたようだった。




「…では…これから、よろしくお願いします。」

「ええ、全力でやらせていただきます。」


アタシは、形だけの握手の後、契約書を手に帰社しようと、ドアを開けた。


「それでは、失礼…」


ドアを開けるとそこには、先程の社長の愛娘がいた。

アタシと目を合わせると、少し怯えたような目でアタシを見上げ、2,3歩後ずさりした。



「……こんにちは。円ちゃん。」


愛想の一つでも、とアタシは笑顔で挨拶をしたが


「・・・・・・・。」


愛娘は、更に後ずさりした。


(可愛気の無いガキね…将来、アンタも嫌でも笑顔作るようになるのよ。)


どうやら嫌われたようなので、アタシはサッサと帰社する事にした。


…ま、ガキに好かれるとは思っちゃいないけどね…好かれても困るし。


「…円、どうした?挨拶なさい。」


後ろから高岡社長が、不審そうな顔で娘とアタシを交互に見た。


「あ…えと…こんにちは…」

「すみませんね…いつもは、怖がらないで、誰にでもすぐにちゃんと挨拶するのに…」


何?ソレ…どういう意味?とアタシは心の中でムッとした。

それでは、まるでアタシが”娘を怖がらせた”…とでも言いたいのか。


「…いえ、気にしておりませんわ。」


勘違いされちゃ、たまらないわ…言っておくけど、アタシは睨んだりなんかしてませんからね。

このガキが、勝手に怯えてるだけですからね。


「では、ワタシはこの辺で失礼させていただきます。本日はどうもありがとうございました。」


アタシは、軽く頭を下げると、その場を立ち去った。

先程の秘書に会わないように、階段を使って素早く帰社した。


駐車場に駐車していた車にキーを差し込んだ所で、アタシはやっと安心した。

周囲に女の気配は無く、駐車場には中年の警備員がいるだけだ。


(…ふう…とりあえず…さっきの女難は、完全に乗り切ったようね。)


アタシは、車に乗り込み、ミラーで自分の顔を見た。


いつも通り、ベストな自分だ。

これこそが、いつものアタシだ。


自信に満ちた顔が、それを物語る。



今、オマエはナルシストだ、とどこかの馬鹿に指差され、笑われ言われても、痛くも痒くも無い。

自己愛と自信の違いもわからないような馬鹿に、何をどう言われても、ね。





車を発進させて、アタシは悠々と会社へと戻った。




大手との契約書を持って帰ったことで、上司は上機嫌だった。



のんびり椅子に座って、ゴルフクラブを磨きながら、アタシを褒めているのも、今の内だ。

来年の今頃には、その椅子は…アタシのものだ。



アタシは、オフィスの個室に戻り、自分の椅子に背中を預けた。

部屋には西日が差し込み、夕日が部屋を赤く赤く照らしていた。


気持ち良い程の赤色に、自分まで染まっていく。




「・・・・・フン・・・何が、女難よ。・・・乗り切るのなんか、簡単じゃない・・・。」



アタシは、改めて、そう思った。

人間の出来る行動なんて、たかが知れている。

どうせ、馬鹿のする事だもの。



そういえば…馬鹿で思い出したが…


水島の馬鹿は、どうやって切り抜けているんだろう。

女難が、こんなにもあっさり簡単に乗り切れるのだとすれば…。


いくら、頭の回らないOLの水島でも…あまり時間を与えては、アタシのように女難を回避する術を身につけてしまうかもしれない。


ゆっくりと様子をみてやろうかと思ったが…水島を追い詰める計画を少しずつ進めなくてはいけない。




…その為に必要な事…それは…




”コンコン…”


「・・・・・・はい?」


遠慮がちなノック音で、ドアの外にいる人物はすぐに解った。


「火鳥さん、関口です…。」

「…入って。」



いつもなら、考え事をしている時に、入室なんてさせないのだが…

アタシの頭には、あるプランが出来上がっていた。




「…失礼します…。

 あの、お疲れ様でした、契約上手くいったそうですね。やっぱり、さすが火鳥さんです。」


関口は、余程西日が眩しいのか、目を細め、右手で光を遮るような格好しながら話を始めた。


「世辞は良いわ。当然だもの。」


「ええ。火鳥さんは、素晴らしい人です。私、そんな人の下で、働きたいんです。」


やはり、関口 雪は…アタシ専属について仕事をする事を諦めていないらしい。



「ああ、そういえばそうだったわね。返事、延ばしに延ばしたけど…

 ねえ、貴女にアタシのスケジュール、預かれるの?」


「…はい!!」


アタシの問いに、関口は今までに無い、大きな声で返事をした。

西日の光に細められた目は、慣れたのか…しっかりと開かれアタシに向けられていた。



「…言っておくけど、アタシの専属の部下になるって事は、アタシの言う事を聞くって事よ。」



「はい!なんでも聞きます!」



・・・そう、それさえ聞ければ、資格は十分。



「・・・・・じゃあ、誓いなさい。関口。」


「…誓う?」




アタシは椅子から立ち上がると、まず手懐ける為…”餌”を与えた。


関口の顎に右手を添え、左手は関口の細い手首を強く掴んだ。


「・・・っ!?」


強く掴んだ左手が痛むのか、関口の表情が僅かに歪んだ。

しかし、アタシの目を見ると、関口の苦痛に歪んだ表情は、徐々に和らぎ始めた。


「関口。アタシの言う事を、なんでも、聞くと…誓いなさい。

アタシはね…アタシを信用して、最後までついてきてくれる人間にしか、自分の”気持ち”を預けられないの。

仕事でも、プライベートでも、ね。…わかる?」



アタシは更に顔を近づけ、ゆっくりと言い聞かせた。


「……わ…わかり…ます…。」


関口の表情や視線に、やがて、ある種の熱が宿り始めているのは、解っていた。

この熱を引き出し、上手く調節すれば……使える。


「…アタシはこんなだから、敵も多いわ。会社内にも、わんさかいるわ。

だから、どんなに些細な事でも…アタシの事に関する情報は、誰にも言わないで。


 …誓える?」



アタシの問いに、関口はアタシの欲しかったキーワードを口にした。



「…ち、誓えます…私…尊敬する火鳥さんの為なら、私…なんでも、します…。


 ・・・だって…あの、私…火鳥さんの事、好き、ですから…」



「…ありがとう…そういう事、会社で言うもんじゃあないわよ………雪。」


下の名前を呼んでやると、関口は顔を一気に紅潮させた。


「……ぁ…はい…」




餌は、十分与えた。

では、早速、働いてもらうとしよう。


アタシは、関口から離れると、椅子に座った。






「…じゃあ、早速…やって欲しい事があるの。」


「はい。」





(………望みどおり”使って”あげるわ…骨の髄までね。)





…とまあ、ここまでは良かった。



計画の序盤から、まさか…狂うだなんて。




アタシが反省すべき点は、女難が”成人女性”限定で起こると、思い込んでいた事くらいか。



その女難は


アタシのオフィスから遠く離れたフレンチ料理屋のテーブルで、こんな会話をしていたのだ。



「…ねえ、パパ。」

「ん?どうした円。」


「…あのお姉さん…今度、食事会に誘ってあげたらどうかな?」

「いいのか?怖かったんじゃないのか?」


「えぇ?パパには、そんな風に見えたの?」

「ん?違ったのかい?」


「…全〜然。大ハズレ♪…ねえ、良いでしょう?パパ。円、あのお姉さんに会いたい。」

「そうか、そんなに火鳥さんが、気に入ったのか。…なんだ、じゃあ照れてただけか?」



「…ん〜……それも、ちょっと違うかな、ウフフ♪」





・・・・まったく、ふざけてる。


何が、女難だ…。いつもいつも、肝心な時にアタシの邪魔をする。






まったく…水島さえ、あの時、素直に儀式をやるとアタシに従ったなら、あんな苦労をしなくても済んだものを・・・。






― その3  END ―


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  その4へ進む。



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―あとがき―


…あ…暗躍(ちょっとしか)して無えぇー!!と書きあがってから気付きました。

あの例の写真事件に辿りつく前に、伏線だけで終わるなんて…どういうペースなのよ!私ッ!


まあ・・・その・・・ゆっくり行こう!

車の運転もSSも安全第一、ゆっくりゆっくり。

・・・あ、はい・・・スイマセン、次回、頑張って進めます・・・