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アタシの名は、火鳥。


下の名前?・・・その質問は、必要かしら?


あなたとアタシの間に、それ以上の関係が生まれるなんて事ないでしょうし、苗字だけで十分でしょう?

アタシは、無駄な時間と人間は嫌いなの。事は、手短に済ませましょうよ。





[ 火鳥さんは暗躍中 〜もう一人の女難の女 その4〜]






(・・・ホント、手短に済ませたいものだわ・・・。)



夕方、仕事がもうすぐ片付くって時に、急に呼び出されて、夜の会食に招かれるのは初めての事ではない。

自分のスケジュールを狂わされるので、あまり好ましくは無いが、相手は取引先。

仕事が済むまでの我慢だ。


モノを売り込まなくてはならない取引先は”わがままである”と相場が決まっているのだ。



コートを脱いで、ウェイターに預けると、アタシは奥へと案内された。

店は随分と賑わっていたが、奥へ行けば行くほど、その賑わいの声は無くなり

階段を上がる頃には、クラシックの音楽だけが支配する空間に変わった。


落ち着いたクラシック音楽が流れる、赤い絨毯の敷かれた廊下を真っ直ぐウェイターが歩いていく。


アタシは背中の開いた真っ赤なドレスに身を包み、ウェイターの後ろを歩いた。

背中の開いた、割と気に入っているドレス。下品で無駄な色気を感じさせない所が気に入っている。



やがて、一番奥の個室のドアを開けられた。



「…こちらでございます。」



これも仕事とはいえ、仕事相手と食事なんて、あまり気乗りはしなかった。




「失礼します…遅れて申し訳ありません。」


アタシは頭を下げた。




”・・・チクン・・・”


(・・・ん゛ぅ・・・!?)



頭を下げた瞬間に痛みが…まさかと思い顔を上げる。



「あぁ火鳥さん・・・急に呼びつけてすみませんでしたね。

 おや、素敵なドレスですね。」


個室の中には、取引先の高岡社長がいた。特別正装もせず、スーツ姿だった。

そして、アタシを見るなり立ち上がって、笑顔でドレスを褒めた。



「・・・ありがとうございます。」


笑顔を作りつつも、アタシの警戒心は解ける事はなかった。


どこ・・・どこから来るの・・・?まさか、店員じゃないでしょうね・・・!


アタシは動揺していた。


この女難トラブルイベントには…未だ慣れない。

しかも…これがプライベートなら、いざ知らず…仕事中、しかも取引先が目の前にいては…

逃げ出す事も・・・何も出来ない!




「まだ前菜です。さあ・・・席へどうぞ。」

「ど、どうも・・・」



席に着こうとすると、私の左隣に人間がいることに気付いた。



「こんばんわ、火鳥のお姉様。」



・・・高岡社長の娘、高岡円だ。娘連れとは優雅な晩餐ですこと・・・。


「こ・・・こんばんわ。・・・円、ちゃんだったわね?」


「パパ、火鳥のお姉様、円の事、覚えててくれていたわ。」

「はっはっはっは・・・」

覚えたくて覚えたんじゃないわ…とアタシはうっかり口から零しそうだった。

親子の和やかムード等知ったことか。

アタシは、ウェイターのやってくるだろう方向をチラチラと警戒しながら見ていた。


しかし・・・それは無駄な行動だった。


個室にやってくるのは、男のウェイターにソムリエ。


だったら・・・この女難の前触れのような・・・あの痛みは・・・なんだったのか?



「いやね、火鳥さん。ウチの娘が・・・仕事場で貴女を見てから、すっかりファンになってしまったようなのですよ。」


「え・・・ファン?」


広いテーブルの上のグラスにワインが注がれるのを見ていたアタシだが、社長の言葉を聞いて

すぐにアタシの脳みそが回り始めた。


まさか・・・この間のプラチナ・アイでの会議の最中感じた予感は・・・・・



・・・まさか・・・そんな、馬鹿な・・・!!



アタシは恐る恐る、左の席に座る円に目をやった。



「あの日は、上手く挨拶できなくってゴメンナサイ。

 スーツ姿が、あんまり凛々しくて素敵だったんだもの。」




やや子供らし過ぎる喋り方の中学生という印象があったが・・・ココに来て、その喋り方が鼻についた。



・・・・・・ワザと、らしい。


口調、仕草…子供っぽいと一言で片付けるには、どうにも鼻につき過ぎる。


…自分を幼く、そして守ってあげたい、と思わせる仕草や言動をこのガキは知っているのではないか?

大人が喜ぶ言葉や行動も、無邪気という意味も知っているのではないか?



・・・大人・・・特に男ともなると、そういうものには気付かないかもしれない。



アタシはガキの目を見た。


「・・・・・・・・。」

「・・・・・(ニコッ)」



アタシと目を合わせると、円は・・・目で笑った。


まるで『気付いたよね?』とでも言うように、アタシ個人に向けて、目で笑った。



「・・・!(このガキ・・・)」


その高岡の娘の目を見た瞬間、アタシは悟った。

子供だろうとなんだろうと・・・同じ女なら気付かない訳が無い・・・。


(・・・こ・・・コイツか・・・!!)



やはり女難は、すぐ近くにいた。

アタシはてっきり・・・あの秘書だと思っていたが。



(この、中学のガキがアタシの女難ですって・・・このガキが・・・?)



子供など脅威ではない、とアタシは思おうとしたが・・・胸騒ぎがしていた。

こめかみの奥の痛みが警告している。


予感なんて信じる柄じゃないけれど…アタシの経験上、確かなことが一つある。



…子供のフリをするガキは…とんでもない悪ガキだという事…。



「さあ、乾杯しましょう…」

「さあ、お姉様、グラスを…」



 ”ピリリリリ…”



グラスを持ち、乾杯をしようとすると社長の携帯が鳴った。



「・・・・・・やれやれ、こんな時に・・・失礼。

 円、憧れのお姉さんからお話を聞いて、社会勉強させていただきなさい。」


「はあい」


「・・・・・・・・。」




本当にこんな時に電話をしてくるヤツに、アタシは心の底から、このワインをひっかけてやりたいと思った。


社長は、娘との食事会を邪魔されたのが嫌なのか、険しい表情で席を立ち、部屋を出て行った。





部屋を出るなり、円は溜息をついた。



「…お姉様、やっとちゃんとお話できるわね。・・・あの手の電話なら、20分は戻ってこないから。」



そう言って、円は”初めて笑った”。


「・・・ちゃんと、喋れたのね。普通に。」


さっきまで、くねくねしてた子供らしい仕草はどこへやら。

いや、こちらが本性と言ったところでしょうね。



「…あ、やっぱバレてたんだ。流石〜お姉様。

 できれば、無邪気な妹って感じでお近付きしたかったんだけどなぁ〜・・・なんてね。」



子供が、無邪気に笑っているのとは訳が違う。

無邪気すらも演じてしまうこの子供には、無邪気なんて無いのかもしれないが。



(・・・このガキ・・・やっぱり・・・。)

「…何故、アタシに会いたかったのかしら…?お嬢ちゃん。」



アタシはとりあえず、会話を試みる。目的を探ってとっとと帰りたいのが本音だった。

大人が、このアタシが・・・こんなガキの女難に振り回されてたまるか。



「…アレ?伝わらなかったかなぁ…?結構、送ったんだけど。

 ていうか、今も送ってるんだけど?」



昨日今日得た喋り方と笑い方じゃない…

とっくに、このガキの頭の中は出来上がっているのだ。


・・・そうだ。


やはり、この子供は・・・子供らしく見せようと先程から”演じていた”のだ。


大人の事なんて、たかが知れてる。大人は子供の事を解っちゃいない…とか思い込んでいる時期。

世の中の事も解ってないガキが、それっぽい情報をニュースで見て聞いて、それっぽく学習して知ったかぶる時期。

だが、それでも…子供には変わりなく、まだ自分の感情を抑える事や、自分の立場や役割を理解するなんて出来ない。


・・・扱いが、最も厄介で難しい・・・。


…身に覚えが無い訳じゃないけれど…自分もこんな時期があったという過去は、さっさと忘れるに限る。




ガキはガキでも、コイツは社長の…取引先の娘…。

返ってくる答えは大体わかってはいるけど、慎重に対処しないと…



「・・・何を送ってくれたのかしら?」



アタシがそう聞くと、円はテーブルに肘をついて笑った。





「・・・・・・”スキスキ光線”・・・目から。」




「・・・・・・・・・。」




・・・恥ずかしい台詞もなんのその・・・中学生という年齢は、恐れも恥も知らないらしい。




「あ、今…円の事、若いなーとか馬鹿だとか思ったでしょ?」



「・・・別に、何も言ってないじゃない。」

(ただひたすら、恥ずかしかっただけよ・・・。)


というか、取引先の娘に馬鹿正直に答える舌は持っていない。


「ふうん。」


「・・・円、ちゃんは何が目的なの…かしら?」

(帰りたい…帰りたい……でも…仕事がッ…!・・・くっそ・・・!)


血圧が上がりそうなのを抑えながら、アタシは冷静を保った。

円は、グラスの中のオレンジジュースを揺らしながら言った。


「…言ったじゃない。円、お姉様とお話したいな〜って思ったの。」


アタシの顔は引きつってきていた…。

このガキ…取引先の娘じゃなかったら、往復ビンタして泣かせた後、足で踏んでやりたい……!


「…どうして?」


アタシがそう聞くと、余程本性を抑えているのが、辛かったのか・・・円はぺらぺらと喋り始めた。

作った表情とは違い、コロコロと表情はよく変わった。

「働く女ってさ・・・よくカッコイイとか、お洒落とか言うじゃない?

 でも、円は全〜然そう思わないの。今まで会ってきた女は…皆、中途半端だったもの。

 …仕事に生きる〜…とか口だけ。結局、結婚したいになるんだって。誰かに幸せにしてもらうって夢に走るの。

 結婚したーいって言っても、楽したいだけなのよ。孤独に見られるのが嫌なのよ。そういうヤツの本音なんて。」


・・・中学生、よね?このガキ・・・。・・・今のTVってそういうのも流すのかしら・・・。

今度関口に、リサーチでもさせようかしら…



「…でもね、結局そういう女って、結婚しても、仕事続けても一緒。中途半端なの。

 途中で、男や子供の為に、必死になってやってきた仕事、家庭の為にとか何とか言って、捨てたりしてさー。

 仕事続けていても、いかにも『ワタシ、良いママやりながら仕事も両立してますぅ〜』って周囲に見られたがったりしてさ…


 そうやって…『私は自分以外の何かの為に、自分の好きな事を捨てました』って胸を張るの。


 ・・・子供もいい迷惑だわ。」



と、そこまで喋っておいて・・・急に円の口調が、重くなった。



「それでね・・・数年経つと、悩むくらいならまだ良いけど・・・自分の選択に『後悔』しだすの。

 自分の人生はこんなんじゃない、こんなハズじゃなかったってね。私の自由はどこだって泣くの。


 …自分で選んだくせに。

 
 …仕事を捨てた事、あたしを生んだ事も…。」



アタシは腕を組んで目を瞑った。


話の内容から、容易に想像できる。特に最後の台詞で。


…円の母親の事を。




ワインを一口飲み、アタシはゆっくり言った。




「・・・貴女のお母さん、みたいに?」





そう言うと、円は目を見開いた。





多分、仕事と家庭どちらかを選ばなくては成らない選択を迫られ、円の母親は家庭を選び…

そして、失敗したのだろう。

自分の捨てたものの価値を十分理解していなかった証拠だ。自分が悪い。



アタシはそう思った。



なんとなく同じような、誰かから聞いたような・・・そんな記憶があるから、かもしれないが。


子育て・仕事どっちでも結構。


アタシには、関わりのない事だ。

その問題を、アタシにまで被せなければ、いくらでも、もがくなり、愉しむなり、苦しめばいい。







「・・・あ、なんでこんな話までしてるんだろ・・・あたし。えへへへ…

 ・・・・・あー・・・やっぱり、火鳥のお姉様は、聞き上手だし、理解力もあるね。」 



照れ臭そうに円は笑った。

・・・なんだ、ガキらしく笑う事も出来るのか、とアタシは思ったが、すかさず忠告した。




「・・・もっと言うと・・・アタシは、貴女のママじゃないわよ?代わりでもないし。」



思春期にありがちな憧れだの、お母さんに似てるだの…そんな理想像を勝手に重ねられた挙句

恋愛感情にすり替わったりでもしたら、それこそ厄介だ、とアタシは思ったので、そう言ったまでだ。



しかし・・・ただのマセガキだと思っていたら、少しは考えているらしい。



「・・・うん、そういうと思った。 

 安心して。火鳥お姉様は、ママなんかとは全然違うもの。

 あ、それから別に、円は母性を求めてなんかいないの。


 円はね、お姉様と会って・・・初めてちゃんとした”働く女性”を見た気がしたの。


 だから、お話してみたかったの。どう?仕事って楽しい?どういう気持ちで仕事してるの?」


…それは、お世辞かどうか。

円という子供が、アタシにものすごい好意を抱いているのは、嫌と言うほどわかる。


・・・本当に・・・高岡社長は戻ってこないし。


・・・だから、アタシは質問に答えてやった。



「まあね。仕事は自分の為ね。自分の手に入れたいモノの為にしている訳だし。

 自分が楽しくなるようにしてるわ。自分の仕事・行動には・・・基本、後悔はしないようにしてるわね。」


アタシは考えている事をそのまま言った。


大体、素直に答えるという、選択肢しかない。

答えずに、逃げる訳にもいかないし。


・・・適当に答えても良かったのだが、それもそれで、子供の円に”適当ね”と見透かされた時を考えると、しゃくだった。



「やっぱり・・・。火鳥お姉様は、そういう人だと思った。

 円も・・・そういう生き方がしたい。」


子供にしては…強い眼の力だった。

一体どういう動機から、そんな生き方したがるのかは大体の予想はつきそうだが、あえて、知らないふりをしよう。


(…身近な大人が、反面教師、か。)


アタシの親もロクでもない馬鹿だったけど…

今のアタシがこうしているのも、ある意味、ああいう反面教師とも言うべき馬鹿共の御蔭だ。

円の両親や周囲に、どんな馬鹿がいるかは知らないし、知った事ではないけど。



(未来ある若者へ…社会勉強、か…。)


高岡社長が『社会勉強させてもらえ』と言ったのを思い出したアタシは、ちょっとしたアドバイスをしてやろうと思った。

・・・勿論、気まぐれだ。




「・・・・・・”したい”だけじゃダメよ。円ちゃん。」



アタシは、キッパリとそう教えてやった。



「・・・え・・・?」


「したいって思うだけじゃダメ。

 …”する”のよ。実際に行動に移すの。

 勿論…ちゃんと計画を立てて、頭使って考えなくちゃね。」



アタシは、体の向きを変えて、腕を伸ばし、円の頭のつむじを人さし指でトントンと軽く押した。


子供なら、明らかにムッとするだろうが、円は違った。

円は明らかに嬉しそうに・・・はにかみ、アタシが指でトントンと指で押した所をさすりながら言った。



「・・・この話したら、きっと・・・そんな風に言ってくれるって・・・思ってた。」




ガキの予想通りの回答をしてしまった自分自身に、少し腹が立ちそうになった。


・・・というか・・・アタシは何をしてるんだか・・・


ガキとはいえ・・・コイツは、女難・・・。



(・・・仕事の話が出ないのなら、早く帰りたいわ・・・我が身が安全なうちに。)



「・・・ねえ、火鳥お姉様・・・今度、円と2人で会ってくれない?」

「・・・ど・・・どうして?」


円の目からは、例の”スキスキ光線”とやらが出ている・・・らしい。


・・・うぇ。(吐)


・・・・・・はあ、カンベンしてよ・・・仕事相手の娘なんて・・・しかも、中学生よ・・・中学生・・・。


アタシは、力なく答えるしかなかった。


「・・・・・今度、会えたらね・・・仕事のスケジュールの空きが、まだ解らないから。」


仕事していれば…会う事も無いだろう。

高岡社長にまた食事に呼び出されても、行かなければいいし。(なんだったら、関口に行かせよう。)


すると、ガキは笑いながらこう言った。


「・・・社交辞令じゃなくて、約束よ。お姉様。…じゃないと、パパに言うから。」


「・・・ちょっと・・・」

(このガキ…アタシを脅迫するつもり…?)



「さっきお姉様、言ったわ。”したいって思うだけじゃダメ。実際に行動に移すの。”って」



「・・・・・・・は・・・」


アタシは・・・今、社会人になって、初めて自分の発言を後悔している。

どうやら・・・このクソガキは、頭だけはそこら辺の子供より良いようだ・・・。


そして、個室のドアが開き、高岡社長が戻ってきた。


「お、盛り上がってますね…どうだい?円、勉強になったかい?」

「ええ、パパ♪火鳥のお姉様は、円の思ったとおり、とっても親切で優しいわ。」


しらじらしく、また子供らしく円はそう言って笑っていた。


「・・・・・・・。(く・・・クソガキ・・・!)」


高岡社長が戻ってきて、食事会が再開されたが・・・あまり味がしなかった。






大きな仕事を抱えながら、一方で女に振り回され、それを操らなくてはならない生活。

 ※注 実際振り回されっぱなしの生活。 



・・・想像以上にストレスが溜まる。

体に異変が起きるのは、言うまでもなかった。





(・・・だるい。)



次の日の朝、ベッドから起き上がると、頭痛がして、体が鉛のように重い。

胃もなんだか、もたれている…不快な感じがする。


そういえば、昨日の食事・・・味が薄かった気がする。


…風邪でもひいたか?風邪薬は出社してから関口に買いに行かせるとしても…


…胃の不快感と共に、痛みまでやってきた。


前々から、時々胃の不快感はあったけれど…今は、食べ物すら見たくない。



「・・・・・仕方がないわね・・・。」


”効率”を考えれば、当然の事だ。

仕事の為に、多少の我慢は出来ても…自分の体を壊すなんて馬鹿馬鹿しい。


アタシは、会社に遅れて出社すると伝えると、真っ直ぐ知り合いの病院へと向かった。



・・・本音を言えば、アイツにあまり世話にはなりたくないのだが。






白い壁に消毒薬の臭い。病院とは、特殊な場所だ。

進んで来たくは無い場所だが、生きていれば病気の一つもするだろう。


アタシは、例え医者でも、自分の体を見られるのは好きではなかった。

医者嫌いとまではいかないが…親族にその医者がいるのが関係しているのかは、知らない。



「お待たせしました、どうぞ・・・・・・あら、珍しいじゃない。病院嫌いの貴女が来るなんて。」


白衣姿の烏丸忍は、アタシの顔を見て、少し驚いてから笑った。

その懐かしそうに微笑まれるのが、なんだか癇に障った。


烏丸忍。

アタシの従姉妹だ。

幼い頃、親がやたらと烏丸家に遊びに行っていたので、幼いアタシも無理矢理に連れて行かれた。

あの頃は…アタシも忍も子供だったし、子供らしく遊んでいるのが仕事みたいなものだった。

親の話と期待には、興味はなかった忍とアタシは一応共通点は多い方だったから自然と会話が増えた。


だけど、それは子供時代だけの話で。


大人になった今。


幼少の頃よく遊んだだの、泣いただの…そんな話には微塵も興味は無い。



「…フン、別に来たくて来る訳ないでしょ、病院なんか。とっとと診てよ。」


アタシが忍の所へ来るのは、烏丸忍にではなく、医者の烏丸先生に診察してもらう為だけだ。

それ以外に、親戚の世話になる覚えは無いし、関わりたくもない。



「あら、私を指名したの、そっちでしょ?・・・相変わらず、可愛くないわねぇ。」



(…ふざけるな…。)


まず、その姉ぶった態度が気に入らない。

未だにアタシの事を、あの頃のままのアタシだと思っている。


貴女の幼少時代知ってます、私の方が年上です…のような余裕がチラチラ見えるのも、気に入らない。


下手な女難トラブルより腹が立つ。


「フン、お互い様でしょ?レズ装ってる女医さんに言われたくないわ。」


「あら、悩んでる私にアドバイスくれたの、貴女じゃないの。”いっそ女の恋人でも作ったら?”って」


忍は、笑ってそういうけれど・・・アタシはまったく覚えていない。

多分、忍のハッタリだろう。


「・・・アドバイスなんかした覚えないわ。やめてくれる?

 アタシがアナタを唆したみたいじゃないの。医療界の権力者の一人に、睨まれる様なトラブルは、ゴメンよ。」


忍の父親はまだ話は通用するが、母親の方は”ブッ飛んでいる”。

自分の家を守る為なら、となんでもやる女だ。文字通り・・・”なんでも”ね。

ヒステリックにキーキーと蝙蝠のように金切り声上げながら、忍を殴っていたのを2,3度見た事がある。


忍をレズに唆したなんて、あのババアが勘違いでもしたら、父親の権力を使って、アタシの邪魔をするかもしれない。

もしくは、アタシを包丁やら火かき棒やらで、刺すかもしれない。



「・・・あんまり辛口きいてると、その引き締まったカワイイお尻に、太い注射打つわよ。」


「・・・・・・フン・・・。」


忍がニッコリ笑いながら、注射を打つジェスチャーをする。

(まあいいわ。とっとと終わらせて、帰りたいわ。)


アタシは、目を細めて視線を横に逸らした。




「にしても…変わる所は変わるのに、変わって欲しい所は変わらないわね…」


頬に手をあてて、忍は私の目の下を見た。


「…成長って、言ってもらえる?”忍おねーさん”」


どうでも良いから早く胃薬をくれ、とアタシは思いながら、口を開けた。



「ふふ・・・久々ね、その呼び方。でも、従姉妹だからって、白々しいわよ?はい、服まくって。」


(だから、その懐かしそうに笑うのはやめなさいよ。)


段々、イライラしてくる。


あいにく、従姉妹と会話を愉しむような精神の余裕は持ち合わせていない。


アタシには、やる事がある。

医者の忍でもどうにも出来ない…女難の呪いをとっとと闇に葬らないといけないのだから。


そういえば…。


忍も『人嫌い』じゃなかったか?


…どうして、コイツじゃなくて…このアタシが呪われて…コイツが平然と過ごしているのよ!


…ああ…忌々しい…ッ!



「…白々しいのは、アンタでしょ、忍。ニコニコ作り笑いはやめなさいよ。」


嫌味を言ってやったが、当の忍は落ち着いた口調のまま、診察を続けていた。


「随分、絡むのね。…はい、息吐いて。」



腹の中でグラグラと煮立ってくる怒りをアタシは、息と共に吐いた。


「はぁ〜……

 …アンタが、レズのフリなんかするから、見合いの話がこっちに飛び火してくるんじゃない。

 いい加減、偽装でもいいから結婚したら?楽よ?」


…親戚の中年共は、どうして暇な時間を有意義に使わないんだろうか。

大人しく年金の話しながら、畑いじって、不安がっていればいいのに。


忍やアタシもいい迷惑だ。


「・・・はいはい気が向いたらね。嫌でもする事になるわ。でも、今は仕事が恋人よってね。

 ・・・・・・・はい、もういいわよ。

 それに、人嫌いの貴女から”結婚”を勧められてもねぇ…そっちこそ、どうなの?」



アタシが女難の呪いにかかっている事は、忍には知られたくない。

従姉妹・医者という関係だけで、十分だ。


(…無関係、無関係…これ以上、余計な女性関係増やしたくないわ…)



「…………はいはい、アタシが悪かった。

 今は、アタシの人間関係の話はしないで頂戴。胃が痛くなるわ…」


アタシは、そう吐き捨てて、会話を強制的に終わらせた。


「だから、ここに来たんでしょ?胃だけじゃなく、たまには、ガン検診も受けときなさい。

 手遅れになっても知らないわよ。」


余計なお世話、と怒鳴ろうとしたアタシに…アタシのこめかみの奥から…


”…ピクッ…!”



「・・・・・ぅ・・・!?」

(…嘘でしょ…?…こ、こんな所まで…)


アタシの目の前には、まさに女が…よりにもよって、女の…烏丸忍がいる。

まさか・・・この忍が、新しい女難だというの?冗談でしょ…!?


やめてよ…!自分の幼少期知ってる女が女難なんて…!!

まるでその頃から、関係があったみたいじゃないの…ッ!!



それに…この女は………この女だけは、嫌…ッ!!




「ん?・・・どうしたの?」


「・・・いや、なんでもないわ。」



頭を振る。


落ち着け。


まだ、忍がアタシの女難かどうかは、確定していない。

例え、忍がアタシの女難だったとしても、落ち着いて行動すれば、この前みたいに回避できる。

(女難の正体をちゃんと把握して、ちゃんと回避すれば、円にも出会わなくて済んだのだけれど。)



だから…今回も回避しようと思えば、回避できるハズだ。

回避した後も、迂闊に忍に近付かなければ…完全に回避できるハズだ…。




「頭痛?だったら、話が違うじゃないの。胃が痛いって言うから…」



(早く、帰らないと…)

「これは、違…いや、なんでもないったら、うるさいわね。早くしてよ。仕事あるんだから。」


アタシは忍を睨んで、早くしろと言った。

忍は溜息をついて、紙切れの内容を要約して説明し始めた。



「・・・はいはい・・・検査の結果からするに胃が荒れてます。」



胃が悪いのは解っているのだから、説明を聞き終わったら、薬を受け取って帰ればいい。


くそッ…こんな事なら、妥協して忍の兄・誠一の方にすれば良かったか…?

でも、イマイチ信用と技術がないのよね…あの兄…。


いっそ…日曜日に病院に乗り込めば…人も病院関係者も少なくて…………。



ふと・・・アタシは、視線を感じた。

淡々と説明を続ける忍の後ろから、感じる…


そう…円のいう・・・”スキスキ光線”というヤツを・・・



(…まさか……病院、関係者……看護師…!?)


忍の後ろで作業していた若い看護師の目は、アタシを確かに捉えていた。



・・・確信した。



(…コイツ、だわ…!)



アタシの女難は…忍の後ろにいる看護師の女だ。




「…その分だと、ストレスでしょうね。」



…あらかじめ、忍に人払いしてもらえば良かった。なんて後悔しても遅い。

昨日今日で女難が連続して起こるなんて、考えてもいなかったアタシが甘かった。


アタシが看護師の視線に気付いても、看護師は目線を逸らす事無く、作業の手は、完全に止まっていた。


(…仕事しなさいよ…!)とアタシは、叫びたい気持ちになった。


全身に悪寒と発汗。

早く逃げなくては…



「・・・ちょっと、聞いてる?」


何も知らない忍が、むっとした表情で、そう聞いてきた。

こっちは、そんな場合じゃないのに。


「・・・・・・・・聞いてるわよ。」


下手に言い返して、この部屋に長くいるのだけは避けたい。

チラチラと、後ろの看護師の様子を伺いながらアタシは椅子を少しずつ、出口の方向へずらした。

説明が終わり次第、アタシは薬を受け取って素早く帰らないと…



忍の診察終わりの”帰ってよし”が出たら、素早く部屋を出る。



「胃酸を抑える薬…その他モロモロ出してあげるわ。ちゃんと飲みなさいよ。」



忍の”帰ってよし”が出たら、素早く部屋を出る。



「薬飲みきっても、痛みがあるならまた来なさい。」



忍の”帰ってよし”が出たら、素早く部屋を出る。



「・・・・・ええ、わかったわ。」



忍の”帰ってよし”が出たら、素早く部屋を出る。





「・・・じゃあ、以上。帰ってよし。」




看護師が一歩踏み出すより先にアタシは立ち上がり、素早く無言で診察室を出た。





「・・・失礼この上ない患者ね。」




忍の呟きなんて聞いてる暇もない。


胃の痛みを抱えながら、アタシは病院内を走って移動した。




― その4  END ―


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 ―あとがき―


えーと…まずはお詫びです。亀のような速度の火鳥編で申し訳ないです。

火鳥の性格上、語りが長いから、本当に全然進まない…。

あと、人も多い…。

なかなか、写真まで話進んでいかないねーって…。(泣)

・・・あと、なんか・・・火鳥、水島っぽくなってきたな〜〜と思ったり。