「あ、ありがとうございます・・・あの・・・親切にしていただいてありがとうございます。
あの・・・その・・・是非、お礼させていただきたいんですけど・・・お名前は?」
ああ・・・忌々しい・・・。
なんでアタシがこんな事を・・・。
「ワタシ、ですか?ワタシは”水島”です。じゃあ・・・ワタシはこれで・・・」
「あ・・・あの・・・待って!」
ああ・・・本当に忌々しいわ・・・。
その猫撫で声に、その目つきに、何かを期待しているような媚びた笑顔。
まあ・・・偽善者で、愛想笑いの一つも出来ない”あの女”ほどじゃないけれど・・・まあ、腹が立つ事に変わりは無いわ。
「ワタシは城沢の事務課にいますから。よろしければ、いつでも連絡して下さいね。じゃ。」
さり気なくヤツに関する単語を落として、アタシは素早くそのまま立ち去る。
・・・本当のアタシの名前は、火鳥。
下の名前?・・・その質問は、必要かしら?
あなたとアタシの間に、それ以上の関係が生まれるなんて事ないでしょうし、苗字だけで十分でしょう?
※注 下の名前はとっくにバレてますよ。火鳥さん。
アタシは、無駄な時間と人間は嫌いなの。
事は、手短に・・・そう、手短に済ませたいのよ!アタシとしてはッ!
”バンッ!”
勢い余って、力一杯車のドアを閉める。
(まったく・・・この呪いの忌々しさと言ったら・・・!)
ふざけた呪いに振り回される生活から抜け出す為とはいえ、アタシは今、身を削って仕事にも関係の無い事に時間を割いている。
その事が、本当に本当に本当に苦痛でならない。
人生の時間をこんなにも無駄にする行為があるだろうか・・・!
・・・しかし、こんな愚痴をこぼしても何にもならない。計画は進めなくちゃならない。
アタシは、溜息をついて冷静を取り戻す。
「ああっ!もう暑い!鬱陶しい!!」
※注 ”冷静さ”はどこへ行った?
車のエンジンをかけながら、アタシは忌々しいあの女のカツラを取る。
この制服だって・・・地味過ぎてアタシの趣味じゃないし。
フン・・・まあ、事務課のヤツには、お似合いね。
「・・・ふう・・・自分でコレを考えておいてなんだけど、もう限界・・・。」
計画したのはアタシ自身だった。
女難の呪いという馬鹿馬鹿しい呪いにかかった女が”一番嫌がるだろう状況へ追い込む”のが、この計画の重要なポイントなのだが・・・。
その計画の為にアタシは・・・多少の代償を払わなくてはならなかった。
とはいえ、まだ4人しか女を・・・。
女を・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・はあぁ・・・」
なんでこんな事を・・・とアタシは自分に問いかけようとしたが、無駄な事だ。(自分で考えた事なんだし。)やめよう。
全ては、水島という女をアタシの方へ追い込む為・・・の計画なんだし。
そういう・・・もっともらしい事情でもない限り、このアタシが、好き好んで”こんな事”をやる義理は無い。
・・・本ッ当に!やりたくてやってる訳じゃないんだからねッ!!あぁーッ!!!
※注 再び・・・火鳥さん、冷静さは何所へ・・・?
「・・・さて、次は・・・。」
こめかみに人差し指を当てて、目を閉じ、意識を集中させる。
微妙な痛みでもあれば、アタシは痛みを感じさせる方角へ向かうつもりだ。
(・・・・・・痛みは無い・・・今日のハンティングは終了ね。)
こめかみが痛む方向へと車を走らせれば、女・・・”女難”は勝手に現れる。
こめかみの痛みは一種のレーダーのような機能だ。これは便利というか、なんというか。
普段のアタシなら、真っ先にその場から逃げて、女難を回避する事も出来るが・・・
アタシは火鳥である事を捨て、水島になる事で、女難を回避する事を思いついた。
そしてアタシは、水島の名を語り、女難を水島へ流すだけ。
全ては、多少の苦痛が伴う「流れ作業」。そう思うだけでいい。
計画は、順調に進んでいる・・・。
そうよ、この程度で・・・
『アンタは、決して染まるんじゃないよ・・・』
この程度で、馬鹿な人間達に染まってたまるもんですか・・・。
アタシは携帯電話を取り出してボタンを押した。
「・・・あ、雪?これから、会社に戻るけど、トラブルの類は無かった?」
『あ・・・例の件、終わったんですね?』
少し小さめの聞き取りにくい声で関口雪がそう言った。
「ええ、そうよ。で、そっちは?」
『あ、はい・・・火鳥さんじゃないと処理できない件は2件だけです。それ以外は私が処理してます。今の所、特に問題もありません。』
「そう・・・じゃ、後で。」
『あの・・・火鳥さん・・・!』
携帯を耳から話そうとした時、ハッキリとした口調で呼ばれたので、アタシは溜息をつきながら切ろうとした電話をまた耳に押し当てた。
「・・・・・何?」
『あの、どうしても・・・必要な事なんですか?その・・・水島って人を追い詰めるのは・・・』
・・・愚問だ。
あの女を追い詰めないと、アタシの気が済まない・・・いや、身を削って進めてきたアタシの計画がパアになる。
「アタシのする事に余計な口を挟むなって、何度言えば解るの?」
『あ・・・す、すみません。でも私・・・』
雪の台詞を遮り、私はより強い口調で言った。
「何度言えば解るの?」
『・・・・・・申し訳、ありません・・・。』
無言でアタシは電話を切った。
助手席には、あの女・・・水島の髪型と同じカツラ。アイツの髪型ときたら、地味だし、前髪が目にかかって鬱陶しくて、しょうがない。
アタシはいつもより地味な化粧をし、城沢の制服を着て、運転席に座っている。
・・・変装なんてらしくもない。わかっている。
(だけど、こうでもしないと・・・)
・・・そうだ。このままでは、アタシの呪いを解く為に必要な材料が揃わない。
そして、アイツを一度は叩き伏せないと、このアタシの気が済まない。
[ 火鳥さんは暗躍中。 〜 もう一人の女難の女 その8〜 ]
「火鳥さん・・・今日も・・・ですか?」
スーツケースを取り出し、外出しようとするアタシに向かって、雪が書類を机に置きながら尋ねる。
「まあね。・・・ああ、その前にコーヒーくれる?」
「はい。・・・・・・・どうぞ。」
面倒で憂鬱な作業を開始する前の、このどうしようもない気分をどうにかする為、アタシは甘めのコーヒーを口にする。
・・・何故か、アタシの好みを把握してる雪は、コーヒーの入れ方から、アタシのスケジュール管理にもすっかり慣れたようだ。
いちいち癇に障る視線が鬱陶しいが、この女は一応、アタシの駒だ。
それに・・・呪いが解けたら、コイツもただの部下になる。
・・・それまで・・・
(もう少し・・・もう少しだ・・・。)
そう言い聞かせて、アタシは今日も街へ出る。
こめかみに痛みが感じる方向へ足を進めるのは、やはり気が進まないが、これも計画の為だ。
「・・・お困りのようですね?」
「あ、貴女は・・・?」
「ワタシは”水島”と言います。・・・ああ、ハイヒールのヒール部分が折れたんですね。肩貸しましょう。確か近くに靴屋がありますから。」
「あ・・・でも、大丈夫・・・です。」
「遠慮なんかしないで。さあ、手を。」
作り笑顔を浮かべるのも馬鹿馬鹿しい・・・。
馬鹿馬鹿しい会話に、馬鹿馬鹿しい呪いに、馬鹿馬鹿しい儀式・・・。
早く、この馬鹿馬鹿しい日常に、終止符を打ちたい。
・・・・・・・・・・そう、思って行動していたのに。(怒)
「あ、あの女が・・・(女難)全部受け入れた・・・ですって・・・!?」
「火鳥さん・・・一応、精神的に追い詰められたみたいですし・・・作戦は、一応・・・成功です、よね?」
”バン!”
雪から報告を聞いたアタシは机を叩いて、更に書類をなぎ払った。紙がハラハラと室内を舞い、雪がそれを慌てて拾う。
「どこがよッ!?ドコ見てモノを言ってるのッ!?・・・生温い・・・!まったく生温いわッ!!」
髪を掻きむしって、アタシは舌打ちをした。
途中までは、自分の計画通りに進んでいたのに、どうしてこうもアイツは・・・アタシの予想を超えるの!?
・・・このアタシにあくまでも逆らうっていうの・・・!?
「”水島”を追い詰めて、追い詰めて・・・アタシの方へ誘導出来なきゃ、意味無いのよッ!?
なのに、どうしてヤツは、英雄もどきになってんのよッ!?何で、全部受け入れてんのよッ!!」
女難を全部受け入れるなんて・・・計算外だった・・・!!
まさか・・・アイツ、女難に対して、免疫か何かでも出来始めているの・・・!?
それとも、只のお人好しなの!?大馬鹿なのッ!?
※注 小心者です。
「あ゛ーッ!!もう!どうしてこうなる訳!?御蔭で、アタシの時間がまた無駄になったわ!腹が立つッ!!こうなったら・・・!!」
火鳥は、再びスーツケースを開けた。
こうなったら、数だ。もっと数を増やすしかない。
「・・・また”水島”に変装するんですか?火鳥さん・・・。そのままで十分ステキなのに・・・。」
「・・・アタシだって、好きでこんな地味でダサい格好する訳じゃないわ。勘違いしないで頂戴、雪。
・・・こうなったら、トコトンやってやるわ・・・もっと、アイツをギリギリまで追い詰められる相手に接触しないとね・・・。」
そうだ、数もさる事ながら、女難の質にも気を配るとしよう。
(とびきり、ややこしい女難を送り込んでやる・・・!)
「でも、そんな事して大丈夫なんですか?・・・あの、火鳥さんは、一体何をしようと・・・」
「雪・・・アタシのする事に口出ししないで、貴女はただアタシの言うとおりに動けばいいの。そういう約束でしょう?
・・・それに、アタシは誰のモノにもなりはしないわ。アタシは、アタシだけのモノよ。・・・わかった?」
「・・・・・・・はい・・・火鳥さん・・・。」
・・・こうして、アタシは今日も水島に変装する・・・。
「・・・なんだか、疲れた顔してるね?」
薄暗いキャバクラの店内で瑠奈が隣に座るなり、そう言った。
相変わらず馴れ馴れしくアタシの腕を触るのが、気に入らない。
コイツも駒の一つだが、そろそろ利用し尽した。・・・水島の方へ流れてくれないだろうか。
「・・・実際疲れてるのよ。お酒くれる?」
腕を振り払って、アタシは酒を注文した。
「じゃあ今日は、ちょっと濃いめにしよっか?酔い潰れても瑠奈が、全〜部、面倒みてあげるし。」
「適量にして。」
「はぁい♪」
瑠奈が水割りを作っている間、アタシは今日の成果を思い返す。
・・・今日は、5人の女に恩を売った。
アタシのこめかみが痛む時、目の前に現れる女達は何かに困っている。
獲物を見つけたら後は簡単だ。優しい言葉をかけて近付いて、恩を売る。アタシは一般的にいう”良い人”を演じれば、それで良いのだ。
大した事はしていない。他人に少しだけ”親切”というモノを押し付けてやっただけ。
だけど、それはアタシがやった事じゃない。
・・・全部”水島がやった事”だ。
あとは女達が、アタシが演じた水島に勝手に好意を寄せて、勝手に群がっていくだろう。
今の所、水島の女難の数をこちらは、一応把握している。
調べた限り、会社関係の人間から、女子高生、同じマンションの人間・・・などなど色々出て来た。
当初、アタシはご愁傷様、と心の中で笑ってしまったが。
それらの女難に対し、水島も黙っている訳ではないらしく、自分に関わろうとする女達の性格を一応、ヤツなりに把握し・・・
自分の身にかかるだろう女難トラブルを避ける術を、ヤツなりに身につけているようだ。
もっとも、ヤツのトラブルの避け方なんて、ワンパターンそのもの。『走って、逃げるだけ』。
だから、アタシが水面下で水島となって作り出した正体不明の女難に対し、ヤツは対処出来ない筈。
水島が身に覚えも無い上、しかも処理もしきれない数の女難が、一気に周囲に増えていけば、ヤツはパニックを起こすに違いない。
そうすれば、アイツだって、早急に自分の呪いを解く気になって、アタシの元にやってくるだろう
・・・と予想していたのに。
だから、それまでの我慢。と思っていたのに・・・。
水島のヤツは、あくまで真正面から受け入れていくつもりらしい。
いや、正確に言えば、あくまで誰とも儀式する事なく、女難の日々から、ワンパターンなトラブル回避方法・・・『逃げ続ける』。
そして・・・確実に死に向かう無駄な生活を送るつもりらしい。
水島は、あの儀式以外で呪いを解く方法を見つける、などと言っていたが・・・
この馬鹿馬鹿しい謎の呪いに、色々な呪いの解き方なんてものが果たして存在しているのか。
いや、アタシが水島とやろうとしているあの儀式ですら・・・この呪いが解けるのかだって、怪しいモノなのだ。
しかし、試すしか方法は無い。
・・・まったく、馬鹿のやる事は理解に苦しむ。
まあ、今の調子で女難の数がどんどん増えていけば、いくら水島でも処理しきれなくなるに違いない。
その時が狙い目だ。
アタシは、そう考えていた。
それまでは、何の問題も・・・・・・・・・・・・あるけど・・・”無い。”って事にしておこう。下手に考えると疲れる。
明日は、仕事の合間に、何人の女に出会って、恩を売らなきゃならないのか・・・。考えるだけで溜息が出る。
だが、数は多ければ多い方が良い。ヤツを・・・今、水島を追い詰めるには”数”が必要なのだ。
”質”にも気を配ろうとは思ったが、あの女の手持ちの女関係も相当厄介なモノだ。
(・・・今は、やはり”数”か。)
「・・・で、そっちは上手くやってくれた?」
そして、今のアタシの興味は、女にも酒にもない。・・・”仕事”だ。
「うん、勿論。火鳥さんの会社は有力候補のひとつらしいよ。だから、あと一押しって感じ?
だからね、ちゃんと宣伝は済ませといたよ。そしたら結構単純だったよ、あっちは乗り気みたいだった。
でね・・・あっちが重要視してるのはね、企画の内容。それもインパクト重視だってさ。予算は2000万くらいって言ってたかな。」
「・・・ふうん、なるほどね、ありがとう。瑠奈。」
アタシは、それを素早く手帳に書き留める。・・・まず、取引相手のこれまでの企画を調べておいて・・・
(・・・・・・・ん?)
・・・ふと、妙な視線を感じて、アタシは横の瑠奈を見た。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・なによ?」
目を丸くして、ひどく驚いているような顔をしている瑠奈にアタシは、思わずそう聞いた。
「ん?・・・火鳥さんの口から、ありがとう、ってなんか初めて聞けたから、ちょっと感動してたトコ。」
そう言って瑠奈は妙な笑顔を浮かべて、酒の入ったグラスをアタシの前に差し出した。
「・・・・・・何を言うかと思えば・・・そんな、くだらない。」
くっとグラスを傾け、一気に飲む。喉を通り過ぎ、酒特有の熱が体に宿る。
「ふふっ・・・でも、”ありがとう”と”ごめんなさい”がちゃんと言える人って、良い人なんだよ?火鳥さん。」
・・・それを言われると、心底アタシは不快に思った。
確かに、今のアタシは”良い人”を演じているが・・・。
それは、水島のやる事であって、本来のアタシのする事じゃない。
「アタシは、違うわよ。」
「ふふふっ・・・火鳥さん、”悪い人”だもんね?」
その言い方にも少し不快を感じたが、アタシはあえて肯定した。
「そうよ。」
「・・・でも、そんな火鳥さん好きだよ。大体・・・人なんて、悪いだけじゃないんだから。」
そう言って、瑠奈もフッと笑って酒を口にする。
「・・・フッ・・・営業トークご苦労様。」
「あー!ひどい、ソレー!」
鼻で笑ったアタシに対し、瑠奈はガキみたいに騒いだ。
酒もある程度飲み、用事も済んだので、”アフターも付き合え”と引き止める瑠奈の腕を振り払い、アタシは店を早々と出た。
ほろ酔い気分で街を歩く。
(・・・なんだか、寒くなったわね・・・。)
―― 冬が来る。
この不平等が当たり前の世界でも。
時間は平等に流れていく。
(時間・・・。)
・・・アタシには、どれくらいの時間が残されているだろうか。
(それまでに、この馬鹿馬鹿しい呪いをどうにかしなくちゃ・・・。)
アイツだって・・・いくらあの水島だって、同じ事を考えている筈だ。
あの馬鹿馬鹿しい儀式以外で呪いをとく、だなんて格好をつけてはいたが・・・実際、呪いの正体も、馬鹿馬鹿しい儀式の有効性だってアタシ達はわからない。
わからないくせに、アイツは訳のわからない綺麗事を言って、起こすべき行動を起こそうとしない。
・・・それが、アタシは気に入らないのだ。
何故、試そうとしない?同じ人嫌い同士、後腐れのない関係を1夜、我慢するだけで良いのに。
他人は道具だ。アタシだって、誰かに使われている事がある。
使うか、使われるかのシンプルな関係。
どうせなら、使う側の人間でありたい。だから、アタシはその為に力をつけた。そして、その力を使って、人を使う。
それの何が悪いの?
今のアタシの抱えている厄介な人間関係を断ち切るのに、必要な道具・・・それが”水島”だ。
水島だって、割り切ってアタシを利用すればいいのだ。それをアタシは悪いだなんて思わない。
『だから…そんな貴女とするのは、尚更、嫌なんです。…どうするかは、自分で考えます。』
・・・なのに・・・アイツは、それを否定した・・・。
・・・何故・・・?
まるで、答えの無いテストを受けさせられている気分だ。
・・・胸糞が悪い。
人間が嫌いだ。
そう思って、アタシはアタシなりに生きてきただけだ。・・・水島だって同じ”人間嫌い”の筈だ。
それなのに。
まるで、それへのあてつけみたいに、呪いだなんて・・・何かの”罰”のつもりか・・・?
人間が人間を嫌う事、人を利用する事の何が悪いというの?
信じてなんかいないけれど・・・もしも、神様なんてものがいて・・・これは「人間嫌いの人間への罰だ」なんて言おうものなら。
それは、アタシへ喧嘩を売ってるとしか思えない。
(だったら・・・その喧嘩、買ってやろうじゃないの・・・。)
アタシはアタシなりの方法で、この呪いをとく。
水島は、その為に利用する。
その為に、アタシは・・・
アタシは、こんな事(水島への女難を増やす事)を・・・。
・・・ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
効率を考えて、そこら辺の女であの馬鹿馬鹿しい儀式を済ませようか、とは何度も考えた。
・・・だが、後々の事を考えただけで、アタシは寒気がして、やめた。
水島以外の女と儀式したら、それこそ、ややこしい人生の幕開け。アタシの今までの人生の幕が降りる。
同じ人嫌いで、そういう関係を結んだとしても、後腐れがなく別れて生きていけそうな人間・・・つまり”水島”だからこそ、儀式する価値があるのだ。
本音を言えば、アタシだって、あんな儀式を進んでしたい訳じゃない。
だけど、それ以外に呪いを解く方法が無いのだから、仕方が無い。探したけれど見つからなかった。打つ手は無かった。
「・・・なのに・・・」
水島は「あの儀式以外で、呪いを解く方法を探す。」などと悠長な事を言っていた。
アタシ達に残された時間は、少ないかもしれないのに。
「・・・あの、馬鹿・・・・・・ッ!」
空を見上げながら歩いていたせいか、いつもより早いペースで飲んだ酒のせいか、少し足元がふらついてアタシは壁にぶつかった。
肩に鈍い痛みが伝わる。
「大丈夫ですか!?火鳥さん!」
後ろから関口雪が走ってきて、アタシの腕を勝手にとって、肩を貸した。
「・・・雪?・・・なんでここに・・・」
「・・・あ・・・いえ、あの・・・昼間、渡し忘れた、資料を届けに・・・。」
触れている手が妙に冷たい事、そして、ツギハギだらけの雪の言葉に、酔っていてもアタシには、それが嘘だとすぐに解った。
「ミエミエの嘘をつくんじゃないわよ。・・・アタシを尾行してたわね?」
「え!?・・・あ・・・あの・・・っ!?」
アタシに指摘され、雪の視線は一瞬アタシから逸れた。・・・それで回答は十分。
人気の無い路地にアタシは雪の腕を掴んで、引き込んだ。
雪を壁に突き飛ばし、背中を壁に押し付け、顎に手を添える。
「痛ッ!?」
「・・・たかが、アタシのスケジュール管理を任せているだけで、アンタは一体、何を期待してるの?」
「た・・・確かに、おっしゃる通りかも・・・しれません・・・。でも・・・私・・・ただ、貴女の強さに・・・輝きに・・・惹かれてるんです・・・!
ずっと、一人で強く、輝き続けてる貴女に・・・憧れて・・・それが恋だって気付いて・・・」
・・・何を言うかと思えば。
「笑わせないで。」
『それはね、アタシの呪いのせいなのよ。』とはアタシは、あえて言わなかった。
雪は目を潤ませながら、更に戯言を吐き出し続けた。
「私・・・もっと貴女に近付きたい・・・貴女の・・・・・・心に触れたい・・・。」
近付きたい?
心?
アタシの”心”に触れたい?
「・・・私は・・・っ!?」
その先の言葉をアタシは塞いだ。
その先の言葉など、聞きたくも無かった。
女の唇なんかを奪うなんて、これで何度目だろう。
人の体温と感触・・・震えながらもしっかりとアタシのスーツを握り締める手や頬を伝う涙に、虫唾が走る。
「・・・さて・・・”物理的”にアタシに近付いてみた感想はいかが?」
アタシが笑いながらそう聞くと、雪はまた涙を流した。・・・余程の泣き虫らしい。
「火鳥さ、ん・・・。」
「アタシに何を思おうとアナタの勝手よ。でも、アタシがその思いに応えるかどうかは、アタシの勝手にさせてもらうわ。
大体、心なんて、目に見えないモノには、誰にも・・・自分でだって触れられないのよ。」
アタシは、てっきり泣きながら走って逃げていくものだと予想していたのだが、雪の目が泣き虫の目から、しっかりとしたものに変わった。
「・・・・・・水島のせい、ですか・・・?」
「・・・は?」
「水島って人が、貴女の敵なんですよね?
でも・・・どうして火鳥さんがあんな人、一人の為に、あんな真似をしなければならないんですか!?」
・・・まあ・・・アタシの行動を見ていたんなら、当然の疑問でしょうね・・・。
アタシだって、どうしてあんな女一人の為にあんな真似しなくちゃならないのか、疑問を抱けばキリがないわ。
「ねえ・・・その件については黙ってろって、前に言わなかったかしら?」
「これ以上・・・黙ってられませんッ!私、火鳥さんが・・・心配なんです!」
「余計なお世話。」
「承知の上、です・・・ッ!」
「・・・・・・・。」
睨み合うようにアタシと雪は黙って見つめあった。時間だけが経過していく。
雪の目は、涙をうっすらと浮かべながらも変わらない。・・・答えを得られるまで、一歩も引かない気だ。
(・・・面倒な女・・・。)
これだから、水島以外の女は、儀式には向かないのだ。
アタシに、こうやって絡んで、アタシの心とやらにやたら触れたがり、理解も出来ないクセに知ろうとする。
はあっと溜息を吐いて、アタシは口を開いた。
「・・・そうね、敵といえば敵だし、利用できるなら利用する。それだけの存在よ。アレは、その為に必要な事で仕方なく・・・」
無難な答えを口にしようとすると、雪がそれを遮った。
「本当に、それだけですか?」
「・・・何が言いたいの?アナタ。」
・・・あんまり、聞きたくないけど。
「・・・か、火鳥さんは、水島って人に特別な想いを・・・抱いているんじゃないんですか?」
雪の言葉に呆れる前に、アタシは目を見開いた。
少しだけ、驚いた。
「・・・どうして、そう思うの?」
思わず、そんな疑問が口から出ていた。
第三者から見て、アタシが水島なんかに関わるのが、そんなに特別な事に見えるのだろうか?
「あの人に変装までして・・・なんだか、火鳥さん・・・あの人に、とても執着してるような感じがするし・・・。
あの人の事になると、火鳥さんは見たことも無いような顔して、感情を爆発させてる・・・!」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・きっと、あの人も・・・火鳥さんと・・・同じ・・・同じ、人嫌いだから・・・!・・・だから、もしかしたら火鳥さんは・・・あの人の事を・・・!」
・・・・・・なんだ、それだけの理由か。
雪の言葉を聞き終わり、アタシはフッと笑った。
「・・・そう。・・・そうね、ヤツとアタシは、確かに同じ”人嫌い”だけど・・・」
雪の言葉に一部にだけ納得し、アタシは頷いた。
確かに、こんなにも個人に執着しているのは、自分でも珍しいかもしれない。
指摘されて今更、気付く。
・・・確かに、アタシは水島に対して、特別な思い入れがあるのかもしれない。
だけど、それは”恋愛感情”なんかでは決してない。それだけはハッキリしている。
「確かに、私とアイツは似てる、だけど違うのよ。アイツはアイツ。アタシはアタシ。全然違うの。
アンタが、水島とアタシの何を勘違いしてるのか知らないけれど・・・違うわ。恋愛感情の欠片も無いわ。アイツとアタシの間に、ソレは必要も無いのよ。」
水島は、とても近くて遠い・・・近付きたいとは思えない、でも近寄らざるを得ない、そんな存在だ。
最初は、アタシと同じタイプの人間かと思った。
だけど、違った。
アイツは嫌いだ。
アタシと似ているのに、全然違う。
いいや。実際は、ちっとも似てなんかいない。
見ているとイライラする。
話しているとイライラする。
”・・・まるで・・・・・・のようで・・・”
・・・いや、それは考え過ぎだ。
今や、一時でもアイツとアタシは”同じタイプの人間だ”と思った事にすら、アタシは後悔すら感じているのだ。
「そうね・・・水島って女は、アタシにとって、あくまで利用価値のある・・・あと潰しておきたい”敵”であって・・・
利用価値が無ければ、捨て置いていい女よ。
・・・アタシにとって・・・あの女は、それだけの存在よ。・・・これで、納得してくれる?」
少々ウンザリしながら、アタシがそう言うと、雪は頷いた。
「・・・・・・そう、ですか・・・でも、火鳥さんの敵なら、私にとっても敵です。」
雪は、珍しくしっかりとした口調で言った。
「じゃあ、黙って協力して。アナタは今の所、必要な人材よ。・・・尾行だの馬鹿な真似さえしなければ、ね。」
「・・・はい・・・ごめんなさい・・・火鳥さん・・・。」
「解ればいいわ。」
雪の頭を軽く撫でると、雪は、いやにうっとりとした表情でアタシの顔を見た。
「・・・今日はもう帰りなさい。タクシー代は出すわ。」
「え・・・でも・・・。」
「いいから。」
雪に金を掴ませて、強引にタクシーに乗せた。
これ以上、他人に一緒にいられるのは、アタシが耐えられないからだ。
雪と別れてからは、アタシはどこかで見たような道を歩いていた。
『・・・か、火鳥さんは、水島って人に特別な想いを・・・抱いているんじゃないんですか?』
ふと、さっきの雪の台詞が思い浮かんだ。
そうね・・・今までの腹いせに・・・儀式と称して、アイツをはり倒して、泣き喚くほど無茶苦茶にしてやりたい、という欲求は・・・ある。
それだけアタシにとって”水島”という女は目障りであり、この生活を抜け出す為に必要な道具なのだ。
・・・ある意味、それは特別な存在だと言っても間違いではない。
「・・・アンタは、縁の力の使い方が、上手くなったねぇ・・・。」
聞き覚えのある声にふと右へ視線をずらすと・・・ソイツは、いた。
「・・・・・・・・・・・。」
(・・・インチキ占い師のババア・・・!)
※注 普段から口が悪い火鳥さんですが、酔っていると大変、口が悪くなります。
紫の着物に身を包み、何がおかしいのかニヤニヤとこちらを見て笑っているババア・・・。
そうか、この道はいつか、このババアと水島に出会った道だった。
「・・・一体、何の話だか、わからないんだけど?」
アタシは自称:占い師のババアの方に向き直ってそう言った。
縁の力、とかなんとか・・・アタシにとってどうでもいい話だ。これ以上、自分の中にどうでもいい単語を増やしたくない。
「アンタの周囲には、これまでない程たくさんの縁が見える・・・だけど・・・どれもこれも中途半端なのが、残念だねぇ・・・。」
・・・一体、このババアには何が見えてるんだか・・・ここは、軽くあしらっておくか。
「あら、そう。・・・で?このふざけた呪いはいつまで続くのかしら?」
ババアの机に手を置いて、アタシは試しにそう聞いてみる。
・・・正直、良い答えは期待していない。
「そりゃ、あの儀式をやるか、死ぬか、だね。やっぱり、縁の呪いは、縁によって浄化しないとねぇ。」
・・・ほら、やっぱりね。とアタシは心の中で笑った。
「・・・浄化・・・ねぇ・・・。」
”浄化”の割には、随分とえげつない内容の儀式ね、とアタシは思った。
「ま、信じるか信じないかは・・・自由だよ。」
「・・・フン・・・まあ、いいわ・・・。」
アタシは、鼻で笑って言った。
信じるモノは自分だけ。
ババアの言う事を全部信じている訳じゃない。呪いやあの儀式を肯定したのも、自分の直感だ。
「・・・あんたは儀式をやるつもり、なんだろう?」
「まあね。」
「・・・相手はやっぱり、水島かい?」
「まあね。」
当然の答えをアタシは口にする。
すると、ババアの表情が急に真剣なものに変わった。
「・・・そうかい・・・じゃあ、その前に、ひとつ言っておくよ。」
「何?」
「アンタか水島・・・近い内、どっちか・・・・・死ぬよ。」
低い声で、まるで怖い話で子供を脅すように、ババアはゆっくりと、そう言った。
しかし、アタシは何も感じなかった。
「ふーん・・・あ、そう。」
アタシの返答に、ババアは少し物足りなかったのか、肩透かしを食らったような顔をした。
「・・・おやまあ、なかなか余裕じゃないか。」
「別に。人間いつか死ぬもんだし・・・大体、それまでに儀式すれば良いだけの話でしょ?違う?」
「おやおや、なるほど。これまた・・・随分、自信があるんだねぇ・・・。」
そう言ってから、ババアはニヤッと笑った。
アタシもニヤッと笑ってみせる。
「そうよ。水島は、必ずアタシの前に引きずり出してみせるわ。」
「・・・さぁて、そう上手くいくかねぇ・・・?」
「フッ・・・そんなの知らないわ。それに上手くいくかどうかの問題じゃない・・・
アタシはやると言ったら、絶対やり遂げるのよ・・・絶対にね。」
その答えにババアは、またニヤリと笑った。
「・・・アンタの強みは、その自信だね・・・いや、強過ぎるのも考え物かもしれないが・・・
いやいや、まったく・・・アンタ達は、見ていて心底面白いよ・・・。次にどうなるか楽しみだね。」
他人事だと思って、ババアはのん気に笑っている。
アタシは、それに対し、鼻で笑って答える。
「・・・フン・・・別にアンタの見世物になる気は、毛頭無いわ。じゃあね。」
それだけ言うとアタシは、サッサと歩き出し、タクシーをつかまえた。
早く家に帰って、熱いシャワーを浴びて、飲みなおしたい気分だった。
家に帰り、アタシはすぐに熱いシャワーを浴びた。
そして、ワインを飲みながら水島に関する資料を見ていた。
こんな馬鹿馬鹿しい生活に、早く終止符を打って、元の生活を送る。
それがアタシの望み。
「だから・・・アンタが必要なのよ。わかる?水島。」
パソコンに表示されているモニターの中の水島は、相変わらず無表情だ。
素直に儀式に応じてくれたのなら、生活の安定くらいは保証してやっても良かったのに・・・。
(・・・このまま、ヤツの女難を増やしていくのも良いけれど・・・)
やはり”確実に”水島をおびき寄せるエサが欲しい所だ・・・。
・・・そうだ・・・まだ水島に関する情報が足りない。・・・もっと雪に水島の事を調べさせようか。
アタシの決意は変わらない。
アイツの気持ちが変わらないのと同じように。
しかし・・・アタシは、必ず・・・必ず・・・
―― 必ず・・・水島をアタシの前に引きずり出してやる・・・!
※ しかし、その決意も空しく・・・数日後・・・火鳥さんは、水島さんと一緒に例の爆弾事件に巻き込まれるのでした・・・。
― 火鳥さんは暗躍中 その8 ・・・ END ―
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あとがき
はい、お馴染み修正も終わりました。またやるかもしれないですけど。
暗躍中シリーズも、やっとこさ本編に追いつこうとしています。
もっと火鳥さんをヒイヒイ言わせようかとも考えたのですが、水島さんと火鳥さんは”違う”という事を前面に出そう、と思いましてこの形になりました。
基本的に、火鳥さんは人の話を真剣に聞いてないんですよね。(笑)
本編「対決中。」の火鳥さんは、本気で来るようですが・・・どうなる事やら。