まるで。
まるで・・・・・・のようで。
アイツと知り合い、話してからというもの、アイツを見ていると、無性に腹が立つ。
考え方に”多少”の違いはあるのは、仕方が無いとして。
同じ人間嫌いで、同じ呪いなんてものにかかりながら・・・どうして・・・
・・・でも、そんな事は、もう、どうでもいいわ。
今夜、アイツはアタシの元へ来る。
儀式をやれば呪いが解けるとか、どうのこうの・・・確か、ヤツをアタシの前に呼び出す当初の目的は、それだった気がする。
でも、アイツに関わる理由は、もはや、それだけではなくなった。
アタシに逆らう水島という人間に、力に逆らう事が、いかに無駄な抵抗なのかを、その身をもって解らせてやる事。
絶対的な力の差を見せて、屈服させる事。
大きな力に小さな力ごときが、無駄な抵抗をしても所詮は無駄だった。
・・・それが骨身に沁みて解るだけでも、夢見がちな庶民の良い勉強になるでしょう。
水島にしてみたら、さぞや不本意でしょうね。・・・そう考えるだけで込み上げてくる笑い。
インターホンの音がして、アタシはゆっくりと客人を迎えた。
「・・・いらっしゃい、水島さん。さあ、中へどうぞ。」
「・・・・・・お邪魔します。」
いかにも安っぽいスーツ姿で水島はやって来た。
しかし、いつも無表情な筈のヤツの中にいつもと違う所が一点・・・珍しく真剣な目がアタシを捉えた。
ヤツはヤツなりに色々考えているのだろう。
・・・無駄なのに。
そう、無駄なのに・・・コイツは、無様に足掻いて、今までの出来事を乗り越えてきている。
運の良さで乗り越えて来た事を運も実力の内だなんて、自分の実力だと勘違いしているに違いない。
運は運だ。
現に、せっかくの運を生かす事をコイツは知らない。
アタシが水島なら、同じ街で同じ女難の女に出会う幸運を逃したりなんかしない。
単に”嫌だから”なんて、子供じみた理由で水島はアタシと儀式する事を蹴った。
・・・嫌な目だ。
いかにも”まだ諦めてません”という言葉が水島の目から、嫌でも解ってしまう。
でも・・・そうでなくちゃ、とアタシはひとまず笑って水島を部屋の中へ招き入れた。
アタシの部屋に入った水島は、キョロキョロと中を見回した。
「・・・さてと、飲む?」
そう言いながら、アタシは赤いソファに腰掛け、テーブルの上にあった赤ワインの入ったグラスを一気に傾け、飲み干した。
水島の顔が少し険しくなった。
その気に入らない顔から、アタシは視線を外さずにワインを飲み干した。
「早速ですけど、本題に入ります。」
「・・・何?」
ヤツは椅子にも座らず、本題を切り出した。
「・・・いや、その前に・・・えーと・・・あれだ。キャサリンは?」
※注 ジャスミンですってば。
本題に入ると言っておきながら、結局、話題は横道に逸れた。
まあ、水島を呼び出す事に成功したのだ、役目は十分だ。もう良いだろう。
「ああ・・・そうだったわね。少し待って頂戴。」
アタシは部屋へ行き、作者の嫌いで苦手な英語で話す。
※注 悪かったな。・・・という訳で、詳しい英語の会話は日本語でお送りしております。ご了承下さい。
『お迎えよ。』
『・・・お姉さん(予定)・・・!?』
ここ数日で良いと思える収穫だった。
・・・子供の外人。
ジーンズにダウンジャケット・・・長袖のTシャツには『武士道』と書かれていた。・・・Tシャツの選定に一言言いたい所をアタシはグッと我慢した。
『そうよ、貴女のお姉さん。(どうでもいい)』
アタシが一言そう言うと、ガキはアタシを睨みつけた。
『・・・貴女、お姉さん(予定)の友達じゃありませんね?』
『フン、嘘はついてないでしょ?
先に勝手に勘違いしたのはそっち。・・・現に、貴女のお姉さん(どうでもいい)は、こうやって迎えに来たでしょう?
水島の家の近くでウロウロしてたのを拾って、こうやって念願叶って会えたんだから。』
雪に水島の家を見張るように言っておいて、やはり正解だった。
『お姉さん(予定)会わせてくれた事に感謝はします。でも・・・貴女は、お姉さんを利用しようとしてますね?悪い人ですね?』
まったく・・・こいつといい、水島といい・・・”利用=悪い事”という図式が好きなんだから。勘弁して欲しい。
どうせなら”有効活用”と言って欲しい。
額に指を添えてアタシは、やれやれと外人にも解る様に呆れるジェスチャーをして見せた。
『・・・だったら何?』
アタシがそう聞き返すと・・・ガキの目つきが変わった。
『何があったか知りませんが・・・姉(予定)は、貴女に屈服なんかしません。』
・・・また、だ。
『へえ?どうしてそう思うの?』
・・・イライラする。
『私は、新しいお母さん(予定)に聞いてます。
姉(予定)は別れを告げたお父さん(知らない人)にソックリで、とても自分に素直で頑固な人だと。』
一体、何の根拠があって、そんな未来を口にするのか。
アタシには手段がある。実行すれば間違いなく、水島は手に落ちる。
・・・なのに。
”まるで・・・のようで・・・。”
違う。
断じて、違う。
『・・・・・・さあ?それは・・・どうかしらね?』
これから水島がどうなるかなんて、とても、このガキには聞かせられない・・・いや、いっそ人生の教訓として聞かせてやろうか。
アタシはチラチラと考えたが、結局面倒臭くなって、何も言わずにガキの背中を押した。
単に、ジッとこちらを見つめるガキの視線が鬱陶しくなっただけだ。
「・・・ほら。」
「・・・オ・・・オネエサン?」
水島にとっては、感動のご対面、と行きた・・・くは、やはり無いらしい。
「・・・・・・・・。」
現に水島の視線は空中を泳ぎまくっている。
なすがまま、という感じでガキに抱きつかれても何もしない。
・・・それが水島の女難への対処法か。だとしたら、実に甘い。
アタシならば、まず自分の体からガキを引っぺがして距離を取る。
「オネエサーン!ジャパァンは怖い所だと五臓六腑に染み渡るように感ジマシタ!地獄に仏とはこの事デース!!
オネエサン・・・助ケに来てくれる、ワタシ、ワタシ・・・信ジテ・・・マスダ!」
日本語になると途端に馬鹿っぽくなるわね。このガキ・・・。
「・・・逃げなさい。」
「デモ、オネエサンが・・・!」
アタシが会わせた姉と妹はしばらく小声で会話をすると離れた。
「・・・うん、ありがとう。・・・あと、”気を透けて”じゃなくて、”気をつけて”ね。」
「・・・アァリガトォウ。オネエサン、気を、つ・・・ツ・ケ・テ・・・」
ガキは玄関から逃げた。これで水島がここにいる理由は無くなった。
これでここにいる理由は無いのだから、黙って逃げればいいものを・・・。
だが、そこで逃げないのが”水島”だ。
キスをされた頬を手の甲で拭きながら、水島はアタシの方へ向き直った。
アタシは拍手しながら、笑って言った。
「さて・・・これで、感動のご対面は終わりね?」
本当に、つくづくコイツはアタシの計算通りに動くから困る。
計算外だったのは、コイツの女難やアタシの女難の出現だ。
それさえなければ、アタシは水島ととっくに儀式が出来ていたのかもしれない。
「・・・正直、ここまでされるとは思いませんでした。」
「フッ・・・言ったでしょう?打てる手段は全て打つ、と。」
「・・・今夜・・・私がここへ来た理由は一つです。こんな事しなくても貴女に会うつもりでした。」
「へえ・・・そう。何かしら?」
「今夜・・・私か貴女が・・・死ぬかもしれないんです。私は、それを回避すべきだと思って、ここへ来ました。」
”やはり、そうか。”とアタシは心の中で笑った。
死ぬだなんだというくだりをアタシは正直、最初から信じてなどいない。
だが、水島は偶然、一度死に掛けていて、それを恐れている。
しかし、それを回避する手段である儀式をしたくない、と主張するのだから子供の我侭にも程がある。
いやいや・・・それにも増して呆れるのは。
自分だけなら、まだ理解できるが・・・コイツがアタシの心配までしている、と言う点だ。
・・・どこまでお人好しの馬鹿なんだろうか。
アタシは空のグラスを手に取り、こう言った。
「じゃあ、答えは簡単ね。」
アタシは赤ワインの瓶とグラスを持って立ち上がり、そのグラスを水島に持たせるように向けた。
水島は受けとるべきか、迷っていたが静かにそれを受け取った。
アタシはグラスにワインを注ぎながら、こう言った。
「・・・儀式、やりましょうよ。アナタとアタシで。今夜が終わらない内に・・・。」
「・・・だから、私は貴女とあんな馬鹿な儀式をする気はない、と前に言いましたよね?」
やはり、ここまで来ても、水島にその気は無いらしい。
まあ、確かに外人のガキの言うとおり、水島は頑固かもしれない。ある意味、尊敬に値する。真似したいとは思わないが。
「・・・でも、アナタはココにいるじゃない。アタシはそれだけで十分よ。」
アタシは水島を見ながら赤ワインをぐいっと飲んだ。
「・・・・・・・・・。」
水島は黙り込んで自分の手にあるワイングラスを見つめていた
「話は、まだあります。・・・私達には縁に関する強い力があるんです。
元々、私達が呪われた原因は、その力を使わなかった事で邪気が溜まっているからで、今の私達の状況は、自分の強い縁の力が暴走している状態なんです。
・・・それを直す為には、あの儀式以外にも方法はあるんです。」
ほう、それは新情報だわ、とアタシはグラスをテーブルに置いた。
どうやら水島も、ただ単に逃げ回っていただけじゃないらしい。
「それ、どういう事?」
「・・・要は、私達は縁の力を上手く使っていけば、溜まった邪気ごと一緒に呪いの効果は消えていく筈なんです。」
(・・・縁の力・・・ねえ。)
少し考えてみたが、悪い夢の続きでも見ているようだ。
「・・・・・・ふうん・・・で、一体それは、どこからの情報?」
「・・・それは・・・・・・あの、占い師のオバサンです。」
・・・少し答えに詰まったが、水島は情報源を吐いた。
確かに、その情報源なら信用しろと言っても多少の無理がある。
そもそも、あのババアに信用なんて不釣合いな言葉をアタシは持ち合わせていない。
「・・・で、その”縁の力”を使うって言ったってどうすればいい訳?」
「縁の力を使うという事は、人との交流する事で・・・縁を結びまくる事・・・だそうですけど。」
話にならない。
「ハッ・・・冗談でしょ。そんなの散々無理矢理やらされたことじゃないの。」
アタシ達の縁の力は強く、アタシ達が関わるべき縁を切ってきた為に、その縁に邪気が溜まり
その影響で縁の力自体が暴走している状態らしく、結びたくも無い縁を勝手に結ばれしまい、結果、何故かアタシ達は女難に襲われている。
だが、この時点で、アタシ達の縁の力は私達にとって実に不本意な形だが”縁の力は消費されている”とも言えるらしい。
つまり、アタシ達は現在、女難に遭い続ける事で、誰かと縁を結ぶ事を強制されてはいるが、それは単に縁の力の捌け口に過ぎない。
・・・要は”もっと効率よく縁の力を使う方法”を見つければいいのだ。
水島の話を総合すれば・・・その効率の良い縁の力を使う方法さえ見つかれば、縁の力で邪気を解放してしまえば呪いの効果は無くなる筈、という事になる。
しかし、問題は。
その方法をアタシ達2人共、知らない事。
”このまま何の対策を打たずにクリスマス・イヴの今夜を迎えてしまえば、死んでしまうという残酷な結果が待っている。私は、それを阻止したい。”
そんな事を水島は、いやに熱心に語った。
儀式する、しない云々を言い争うよりも、お互い情報を共有し、協力しなくてはならない。
水島はそう説明した。
・・・本気で、アタシと同盟を結ぶ気で来たのか?だとしたら、本当に何も解っていない。
手っ取り早い方法と一晩という時間で解決するかもしれないのに、それをコイツは一切無視している。
「つまり・・・とにかく、その・・・この”縁の力の使い方”さえ解れば・・・この呪いは解けるんです。」
アタシは顎に手を添え、少し考えてからこう言った。
「・・・それは確実なの?」
「それは・・・わかりません。でも・・・これが、私の得た情報です。」
一応、話は聞いてはみたが水島に協力するには、あまりにも情報は足りないし、不確実過ぎる。
「・・・大体、仮にアタシ達に、その”縁の力”っていうの?アタシは、そんな馬鹿みたいな力の存在やアンタの話を、全部信用している訳じゃないけど・・・。
仮に。仮によ?そんなモノが存在していて、アタシ達が今、その力を使って出来る事は・・・他人と結びたくも無い縁を結ぶ事しかない訳よね?」
「・・・ええ。不本意ですけど・・・解っている方法は、それだけです。
だから、それ以外の方法でこの縁の力を使う方法を考えよう、と私は提案しているんです。」
それ以外の方法、とは・・・まあ、簡単に言ってくれる。
それが解ればアタシだってとっくにそうしている。
要は、策も無しに、とりあえず逃げ回る事に変わりない。
水島は、無駄な足掻きをアタシにまで強いるつもりなのか。
アタシは真剣な表情でこう言い放った。
「・・・アタシはせいぜい”女難として寄って来た女を利用する”事しかやって来なかったわ。
これだって立派に人との関わり・・・つまり、縁の力を使うって事になるわよね?
だとしたら、アタシは散々、女達と縁を結んで、その縁の力とやらを使った事になるわ。
・・・これでも、女を抱いた事もあるのよ?まあ、歳の数だけはしてないけど・・・これだって縁を結ぶ行為よね?
第一に、アタシは、あくまでも、儀式をしても後腐れ無く別れられて、リスクも少なく儀式出来るアナタと儀式したかったんだからね。」
アタシは、これまでやるべき事は色々とやってきたつもりだ。
だが、ダメだった。だから、儀式をしようと言っているのだ。しかも、それで呪いが解ける保障もない。
・・・対して。逃げ回っているだけの水島は・・・”何もしていない”。
しかも。この期に及んで、まだ逃げ回り、それをアタシにまで強制して、それでも策を”考えよう”だなんてぬかす。
「・・・・・・・・・・!」
水島はアタシの言葉に酷く驚き、言葉を失っていた。
「でも、この通り。・・・呪いは解けちゃいない。むしろ、悪化していく一方だったわよ。」
何もしていない上に、考えようだなんで悠長な事を言っている場合じゃないのは明白だ。
これ以上、何を考える事があるのか。
「・・・そ、それは・・・単に貴女の力の使い方が・・・間違っているから、じゃないですか?」
間違っている?
アタシが?
「フン・・・じゃあ何?まさか、この馬鹿馬鹿しい力を”正しい事に使え”、みたいな昔の正義の味方のような事、言うつもり?
人との縁って言ったって目に見えないあやふやなモノに、これ以上振り回されるのは、アタシはゴメンよ。
・・・大体、”正しい縁の力の使い方”なんてアナタ・・・知ってる訳?」
「そ、それは知りませんけど・・・。(私が知りたいくらいだし)
でも散々、縁の力を使ってきたという貴女の呪いが解けてない事が、貴女の力の使い方が間違っている事の証明になりませんか?」
正しい力の使い方?
力の行使に正しいなんて、あるのか?
そんなもの・・・全ては、力を持つ者に委ねられ、正しいか否かだって思いのままだ。
正しさなんてものは強者が決める、曖昧なモノだ。正しさなんて必要ない。
正しさなんて求めていたら、いつまで経ってもこのふざけた呪いは解けない。
アタシは軽く溜息をついて、自分のグラスにワインを注ぎながら言った。
「・・・フン、だったら・・・この馬鹿馬鹿しい呪いを手っ取り早く解く方法は・・・限られてくるわね?」
「・・・え?」
結局、あの方法しか、この呪いを解く方法なんてないのね。
「今夜にでもアナタかアタシが死ぬ訳よね?このままだと。」
「・・・え、ええ。だから、私はその対策の為に今、ここに」
「じゃあ、結局は、アナタとアタシで儀式をするしか方法は無いじゃない。・・・今日という夜が終わるまで、あと3時間よ?」
アタシは顎で、部屋にかけてある時計の方向を示した。
秒針が音も無くすうーっと時を刻み、長針がカチッと鳴った。
「・・・い、いや!そうじゃなくて!儀式なんかしなくても、私達が力を合わせたら、生き延びる方法が・・・きっと・・・!」
水島は、まだ力を合わせたら〜とか、運命を変えられるかも〜なんて甘い考えがあるのか。
それとも、”私は馬鹿エロ儀式をする為に、ここへ来たんじゃない”・・・なんてまだ言う気なのか。
まだ、そんなふわふわした考えだけで、アタシの前に立っているのか。
「・・・”きっと”?・・・確実じゃなければ、意味は無いわ。大体、アナタとアタシが力合わせて何が出来るというのよ?
肝心の”縁の力の使い方”もあやふやで解らない、余計な女難は増えていく、そして今夜・・・アタシかアナタが死ぬ。時間も無い。
・・・試してみる価値はあるわ。その為にアタシはアンタをここへ呼び寄せたのだから。」
「・・・でも・・・私は・・・!」
やはり、そうか・・・と思い、アタシは溜息をついた。
ここまで来ると、呆れてモノも言えないが、まあ水島だからしょうがない、か。
「まあ、でも・・・今のアンタの話聞いて、少し考え方が変わったわ。儀式しなくても、縁の力を使えば呪いは解ける、って情報が本当ならね。」
「・・・え?本当に?」
「ま、とりあえず、座って飲めば?・・・毒なんか盛ってないわよ。」
アタシは、ふとそんな言葉を口にして、ソファに手を置いてみせた
いつまでも赤ワインの入ったグラスを持ったまま、立っていられるのも正直落ち着かない。
なにより、水島の意思は、もう必要ない。
「もう少し、話を詳しく聞かせてもらえる?
・・・まあ、アタシもそれなりに行動して得ている情報もあるし、この際、お互い持っている情報を開示し合おうじゃないの。」
まず、水島を落ち着かせる。敵意など無い、と安心させる。
「・・・っはぁ・・・。」
水島はワインを3口ほど飲んだ。
量は不十分だが、まあ、それだけでも良しとしよう。
「・・・ふぅん・・・酒は苦手だってデータがあったけど、随分と良い飲みっぷりじゃない。」
アタシは満足だった。
「あの・・・タバコ、良いですか?」
「・・・どうぞ。」
そう言って、アタシはテーブルの中央から端へと灰皿を出した。
「・・・どうも。」
水島はやっとソファに腰掛け、アタシの隣でタバコを取り出し、火をつけた。
だが、水島の手からタバコが落ちる。その途端、私の顔を凝視する水島に対し、アタシは言い放った。
「・・・案外、馬鹿ね。それで今までの女難を乗り切ってきた女なんだって言うんだから、笑っちゃうわ。」
「・・・火、鳥・・・!!」
水島は、ワインを飲み干そうとしているアタシの肩をゆっくりと掴んだ。
やっと気が付いた?お馬鹿さん。
「・・・毒は盛ってないけど・・・”クスリは盛ってない”、なんて言ってないでしょ?」
「・・・お、ま・・・え・・・ッ!」
「最初から言ってるじゃない。アタシは、アンタと話す事なんかないの。欲しいのは、儀式に必要なアンタの身体だけよ。」
そう言って水島の手を振り払い、ゆっくりと軽く、水島の身体を押し、水島は力なくそのままソファに寝転んだ。
「そ、んな事・・・だから・・・呪われッぱなし、なんじゃ・・・ないのか・・・ッ!?」
水島は右手を挙げようとしたが、その動きは緩やか過ぎて、あくびが出る。
右の拳は空をきってアタシは、その右手首をあっさりと掴み、水島の上に乗る。
「大丈夫よ。今夜中にでも呪いは解ける筈よ。・・・アタシも、アンタもね。」
「バ、カ・・・ヤロ・・・ォ・・・ッ!!」
情けない声ね、と思っても、アタシは満足だった。
水島は、アタシの手に落ちたのだから。
だが、水島は舌に歯をあてて、今にも抜け落ちそうな力を振り絞っていた。
「・・・あらあら、舌噛み切られちゃたまらないわ。たかが、軽い睡眠薬でそんな事されちゃ・・・」
アタシは水島の両頬を掴み、無理矢理開口した。
・・・ヤツの両目は、アタシを捉えている。
気に入らない。まだ、気に入らない。
・・・イライラする。
「それに、儀式は儀式よ。形式的なモノなんだから、そんなに抵抗しなくても良いじゃないの・・・ねえ、水島さん?」
「・・・・・・ッ!」
何かを言おうと必死に抵抗する水島の力は面白い程に、みるみる無くなっていき、瞼も閉じていく。
アタシは水島をベッドへと引き摺って、あらかじめ用意しておいたベルトや縄で手足を縛った。
携帯電話で忍を呼ばれても面倒だ。アタシは携帯電話を取り上げた。
「・・・これでも、まだアタシに儀式以外の方法で、なんて馬鹿な事言える?」
すっかり眠り込んでいる水島の頭を軽く小突く。
「・・・フン・・・寝顔は、ガキみたいね。」
脱力したままの水島に襲い掛かっても良かったのだけど、徹底的にコイツを叩き伏せたかった。
(起きてから、じっくりという手もあるか。)
勘違いして欲しくは無いが、別に女を抱くという事に喜びを見出した訳じゃない。
ただ、この日まで長かった・・・。長すぎた。
この水島という人間に、アタシは必要以上に関わり過ぎたせいもあるのかもしれない。
本当に色々と腹立たしい日々だったが、終わりは来る。
馬鹿馬鹿しい女難に振り回され、お人好しの馬鹿とあーだこーだと話す事も無くなる。
・・・いや、今の所、確定では無い。あくまで儀式をして、呪いなんてふざけたものから解放される、そういう可能性の話。
とにかく、ここまで水島という人間に引っ掻き回され、ペースを乱されたアタシは事態をここまで深刻にした水島をどうにか屈服させなければ気が済まなかった。
それに、あの目。
瞼を閉じてはいても、気に入らない、あの目。
ヤツのあの目の光を失くしてしまいたかった。
”まるで・・・のようで・・・”
「・・・フン・・・。」
ふと、熱いシャワーを浴びたくなった。
”まるで・・・のようで・・・”
頭に浮かぶ下らない事をかき消す。
最後の最後まで、水島のあの目はアタシをイライラさせ、ペースをかき乱す。
アタシは、馬鹿じゃない。
アタシは、馬鹿には染まらない。
アタシは、ずっとアタシのまま。変わらない。
ずっと、一人で、このままで。
アタシは不変を求めた。
とはいえ、周囲は変化していく。それを止めるのは、無理だとは十分解っている。
アタシが嫌う変化とは、周囲の馬鹿に染められて変わってしまう自分自身の変化だった。
誰にも曲げられない、壊されない、自分を求めた。
昔・・・馬鹿達のせいで、大切だった人が悲しみに染まっていくのを、アタシはただ見ているしか出来なかった。
存在を疎まれて、人生の最後まで捻じ曲げられ、笑われ、アタシはそれを間近で見ていた。
自分が自分でいられない。自由も何もない、あの白い部屋で、あの人は悲しそうに笑っていた。
『・・・決して、染まるんじゃないよ。』
だから、変わるわけには、馬鹿の思想に染まるわけにはいかない。
もしも、あの笑顔を見ていなかったら、あの言葉がなければ、アタシの人生は変わっていたかもしれない。
いや、変わってくれて良かった。自分が馬鹿だと知らずに生きていくのなんて、みっともない。考えただけで寒気がする。
アタシは、染まらない。
アタシは、ずっとアタシのままだ。
・・・水島の目を見ていると、イライラする。
諦めない。
どうあっても、自分の道を行く。
”・・・まるで・・・のようで。”
・・・違う。
シャワーのお湯を止めて、アタシはバスローブを着た。
「・・・無駄よ。水島。」
目を覚ましたらしい水島は、まだ抵抗する気があるらしくもぞもぞと動いていた。そこへ、ゆっくりとアタシは近付く。
手で水島の探し物である携帯電話をプラプラと振ってみせる。
「・・・これを・・・縄を取れ!火鳥ッ!」
水島が声を荒げる。アタシは髪の毛をバスタオルで拭きながら、またゆっくりと近付く。
「フン・・・”はい、そうですか”って取る訳ないでしょ。・・・軽い薬とは聞いていたけど、思ったより早く目が覚めたようね。」
そう言った後、アタシはバスタオルを床に投げ捨てた。
「私は儀式なんかしたくないって言ってるでしょうがッ!」
水島は首だけを上げて、叫ぶように抗議した。
まったく、ここまできてまで・・・往生際が悪いと言ったら無い。
「・・・あくまでも、そのつもりのようね。でも、無駄よ。アタシはやると言ったらやるのよ。」
そうやって自分に言い聞かせて、今の今までやりたくもない事をやってきた。
「でも・・・アタシは、もう嫌なのよ・・・この生活に早くケリをつけたいのよ。」
「その為なら、ここまでやるのか!?」
愚問。
当然だ。
「・・・ええ、そうよ。これ以上、馬鹿に付き纏われる生活は・・・嫌なのよ!!」
アタシは水島の上に馬乗りになり、スーツのボタンを外した。水島は、まだ足掻く。
「だからって・・・他人を利用して、こんな事までしてまで、呪いを解きたいかッ!?」
理解出来ない、という顔で水島はそう叫んだ。
「人は生まれながらに役目ってモンを背負ってるのよ。利用する側とされる側に分かれるの。」
力がある馬鹿程、手に負えないし、力の使いどころも何も解っていない。
そんな馬鹿に染まらない為に、アタシは、それを下すだけの力を手に入れた。
「利用されるのが嫌なら、それを覆すだけの力を持つ事が必要なのよ。・・・まあ、今のアンタには無いでしょうけど!」
現に、水島・・・アンタは何も出来ないじゃない。手足を縛られて、何も出来ない。
Yシャツのボタン、これ以上外れちゃっても良いのかしら?と見せ付けるようにアタシは笑う。
「・・・や、めろ・・・っ!こんな事しなくても・・・!」
こんな状況になっても、水島の目は・・・変わらなかった。
イライラする。
― 自分次第で、この呪われた運命は変えられる。 ―
そんな事を、コイツは、まだ馬鹿みたいに信じているに違いない。
「・・・どうせアンタはアタシを理解出来ないんでしょ?そんな馬鹿は・・・馬鹿は、黙ってアタシに利用されていれば良いのよ!」
アタシが水島の考え方を理解出来ないのと同じように、コイツもアタシの考え方を理解出来ないのだ。
同じ人嫌いで、同じ女難の女でも・・・いや、誰もこんな事知らないし、理解なんかしてくれない。
誰もアタシの邪魔をする権利なんか無い。
自分より劣る馬鹿になんて、アタシを理解する事も、アタシの邪魔をする事も、何もする権利も無い。
「アタシは、そこらの馬鹿とは違うの。アンタとも違う。アタシは”馬鹿を知ってる”から、馬鹿にはならない・・・。
馬鹿には染まらない!だから、アタシは、”特別”な人間なのよ。」
「・・・何が特別だ・・・いつまでも、テメエの世界ン中、一人で酔ってんじゃねえよッ!!」
・・・その怒号にも似た声にアタシは手を止めた。
相変わらず、目は変わらない。
いや、怒りを含んで、余計嫌なモノに変わっている。
「・・・なんですって?自分の置かれてる状況考えてモノを言いなさいよ。水島。」
状況は、アタシの方が一方的に有利な筈だ。
「アンタが、どれだけ金持ってるのか、仕事出来るんだか、頭良いんだか・・・アンタの事をよくは知らないけどな!
アンタは、人を馬鹿にする事しか出来ないじゃないか!!」
何を、言ってるの?コイツ。
「・・・はァ?馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ?」
「アンタの言う馬鹿達に出来る事が、アンタに出来るか!?」
何故、そんな事をアタシがしなくちゃいけないの?
「馬鹿みたいに人を想ったりした事があるのか!?馬鹿みたいに走った事あるのか!?馬鹿にするだけなら誰でもサルでも出来るわ!
利用される人の気持ちを少しでも考えた事があるかッ!?他人を”馬鹿”の一言だけで片付けて、アンタ自身は何もしてないじゃない!」
何故、アンタにそんな事を言われなくちゃいけないの?
「アンタは、馬鹿な事をしないんじゃない!偉くもない!単に馬鹿な事も”出来ない”だけの、ただの人間だ!」
アンタに、何が解るの?
「特別でもなんでもない!馬鹿にもなりきれない中途半端なヤツだ!!
ただ、そうやって力ずくで押し潰して、見下して、馬鹿にして利用する事”しか”出来なかったんだろっ!?」
”しか”出来ないって、じゃあアンタには何が出来るのよ・・・!
「水島・・・調子に乗るのも、いい加減にしなさいよ・・・少し、黙りなさい・・・!」
イライラする。
「・・・本当は、誰かに自分を理解して欲しいくせに!アンタは勝手に諦めたんだ!」
『決して・・・染まるんじゃないよ』
アタシも、あの人も、好きでそうなったんじゃない。周囲が、あまりにも馬鹿だったから。
「誰にも理解されないと決め付けて!だから、自分を理解しないヤツを”馬鹿”だと決め付けて、自分の人生から追い出しただけだ!」
違う。
アタシは、誰かに理解なんかして欲しくない。どうせ無理に決まってる。
違う。
アタシは・・・
アタシは、もう・・・そんなの・・・
アタシは、もうそんな考えを・・・捨てた・・・。
「それが賢い選択だと思い込んでるだけだ!だけど、それはただ自分が楽に生きられるから、そうしただけだろ!?」
楽に生きる為?
馬鹿に染まらないように、アタシは少なくとも努力をしてきた!ちっとも楽なんかじゃなかった!コイツなんかに一体、何が解る!!
ちっとも楽なんかじゃなかった!
「・・・黙れって言ってんのよッ!」
「勘違いするなッ!今のアンタは特別な人間なんかじゃないッ!
今のアンタは馬鹿にもなりきれない、ただ人を馬鹿にするだけの!ただの人間だッ!!」
ふざけるな。アタシは馬鹿をたくさん見てきた。だから、馬鹿を知っている。
あんな馬鹿達のようには、絶対ならない!
・・・その目で、見るな・・・。
「黙れッ!!」
その目で、アタシを・・・見るな!
「何度でも言ってやるわッ!私もアンタも、特別でもなんでもない!そこら辺を歩いてる、ただの人間と一緒だ!一緒ッ!!」
そこら辺の人間とアタシは一緒だと、水島は言った。
アタシは、アタシの周囲の馬鹿と一緒だと言われたも同然だった。
その瞬間、顔がかあっと熱くなった。
” バシンッ!! ”
気が付いたら、アタシは水島を思い切り、引っ叩いていた。
「・・・はぁッ・・・はぁッ・・・!」
気が付くと、アタシは肩で息をしていた。
・・・感情を抑えきれずに、爆発させてしまったらしい。
目を逸らさずに、アタシに嫌な目を向けたまま、水島は静かに言った。
「もうやめよう、火鳥。私とこんな馬鹿儀式してる場合なんかじゃない。他にも呪いを解く方法がある筈なんだから。
・・・その可能性がある限り、私達は諦めちゃダメなんだと思う・・・。」
”まるで、昔の・・・”
「・・・・・・・・・・・・。」
その目は。
”まるで昔の・・・の、ようで・・・。”
無力なくせに、何か出来る筈だと自分を信じて進むような、無謀ともいえる目。
大切な人に悲しそうな笑顔しかさせてあげられないくせに、それでもどうにかなると闇雲に信じていたあの頃のアタシ。
だが、信じているだけじゃダメだ。願うだけじゃ何もならない。ましてや、他人に何かを期待する事自体、間違っていたのだと思った。
周囲の馬鹿達は、誰も理解してくれないし、自分の利益にならない限り、誰かに協力する事もない、と思い知らされた。
・・・だから、アタシは・・・ヤツの言うとおり・・・”諦めた”・・・。
(・・・!!)
違う。今、一瞬浮かんだ考えは、違う!
アタシは、自分の理想を自分の思い通りに押し通せる、その他の邪魔なモノを叩き潰す程の”力”が必要だと考えている。
その考えは今でも変わっていない筈だ・・・!
アタシの目の前に現れた水島は、アタシとよく似ていた。
・・・だから、出会った当初は、もしかしたら、と思った。
コイツにアタシを理解してもらおうだなんて、今では思ってないが、出会った当初は”もしかしたら・・・”なんて、馬鹿な期待を一瞬でも抱いてしまった。
だけど・・・本当は・・・
(・・・だけど、アンタは・・・アタシとは・・・。)
「・・・大体・・・その・・・やっぱり、お互い・・・ぶっちゃけちゃうと、この儀式やりたくなんかないでしょう?」
水島は、静かにそう言った。
・・・その通りだ。アタシだって、好きでこんな事しているんじゃない。
「・・・・・・うるさい・・・水島のクセに・・・。」
アタシは両手をブラリと下に下げた。・・・なんだか、急に力が抜けた。
こんなヤツの言う事に構わなくてもいい筈なのに。
儀式をしなくちゃ、いけないのに・・・いい加減、こんな馬鹿げた事を終わらせたい、それだけなのに。
コイツと喋っていると、何故か頭の中で何かがチクチクと疼き始める。
・・・一体なんなの?この気分は・・・!
「・・・とにかく、この縄を・・・」
そう言いかけた水島の声に割って入ってきたのは、小さな弱々しい声。
「どうして・・・。」
その細い弱々しいどこか聞き覚えのある声が聞こえた。その声の主は、ベッドへ向かってくる。
アタシは、急に頭痛を感じた。・・・あの痛みだ。
(嘘でしょ・・・!?)
まただ。またしても女難だ。
アタシは、声の方向に振り向く。
「・・・誰!?」
「・・・どうして・・・。」
その声の主は、関口雪だった。白いコートを着たまま、ぼうっとこちらを見ている。
「・・・雪・・・?」
一体、どうやって中に・・・水島の後でもつけてきたのか?
いずれにしても・・・また計算外の出来事が・・・!
「どうして・・・貴女みたいな人が、どうして・・・どうして、火鳥さんなんかと・・・。」
・・・どうして、水島といる時に限って、こうもポンポンと予測外の事が起こるのだろう。
「あ、あの・・・とりあえず、コレ取ってもらえませんか!?」
・・・水島・・・アンタ、どんだけ必死なのよ!
少しでも悪い事したかも、なんて思ったアタシが間違ってたわ・・・ッ!!
アタシは水島をチラリと見てから黙って水島の上からそうっと降り、雪と距離を少し取った。
「・・・それは出来ません。」
「え、ええ!?ど、どうして・・・!?見て解らないんですか!?私は今・・・」
「・・・解っています。・・・正直、解りたくもなかった事ですけど・・・でも、私は・・・火鳥さんのモノだから。」
(何を・・・言ってるの・・・?)
雪は後ろに手を回したまま、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
嫌な予感が、頭の痛みと共にアタシをどんどん包んでいく。
「雪・・・どうして、ココにアンタが・・・!?」
「・・・・・・火鳥さんのしたかった事って、これなんですか?」
雪はアタシの質問に答えなかった。
「あ・・・アンタには、関係の無い事でしょ・・・!?」
「そうですか・・・でも、その女がいるから、火鳥さんは苦しんでるんですよね?あんな真似までして、悩んで、苦しんで・・・。」
一体、何を言ってる・・・!
「な、何を言ってるの?・・・それに、アンタ・・・一体いつからアタシの部屋に入って来たの・・・!?」
「私、火鳥さんの為なら・・・私、なんでもしますよ?・・・儀式の相手だって、なんだって・・・しますから・・・だから・・・」
雪はアタシの質問に答えなかった。
それどころか、アタシが雪にすら話していなかった筈の儀式の事もいつの間にか、知っているようだった。
・・・雪はナイフを取り出した。
「・・・雪、アンタ・・・一体、何をしようとして・・・!?」
アタシの問いに雪は、また答えなかった。
水島をただ睨みつけたまま、ナイフを握る手に力を込めると悲鳴に似た叫びを発した。
「火鳥さん!今すぐ、その女から・・・離れて下さいッ!!!」
間接照明の光が彼女の持つ、ナイフに当たりギラリと光る。
――まずい。雪の狙いは・・・水島だ!!
水島のベルトや縄を解こうにも時間は無い。
”・・・バラバラバラバラ・・・”
「・・・ん?」
ヘリコプターの音らしき轟音が近付いてくる。
その音はどんどん近付いて、やがてハッキリとヘリコプターの音だと解った瞬間、ヘリのライトが室内を照らし出した。
その眩しさに、アタシは咄嗟に手で目を覆った。
「・・・眩しっ!?」
「きゃあ!?」
指の隙間から、眩しいくらいの光に包まれた、ヘリコプターが見えた。
「な、何!?ヘリコプター!?」
そして、次の瞬間――
”・・・ガッシャーン!!”
ヘリコプターの轟音の中で聞こえたのは、ガラスの割れる音だった。
飛び散るガラス片と、よりくっきり聞こえるヘリの音。
「「ぎゃあああああああああ!?!?!?」」
アタシは思わず悲鳴を上げた。水島の悲鳴も聞こえた。
そして、ガラスが割れると同時に、一人の人物が転がるように受身体勢で室内に入ってきた。
(・・・だ、誰・・・!?)
アタシは、ただ部屋に入ってきた人物を薄目で確認しようとした。
黒いライダースーツに黒いヘルメット、体のラインを見る限り・・・多分、女だ・・・!またか・・・!もういいわよ!女なんか!!
「・・・はあっ!」
その女は更に素早く起き上がると、今にも水島を刺しそうな雪の手からナイフを蹴り飛ばした。
「きゃあッ!?」
一体、人の部屋で何をしているのよ・・・!
なんなの?こいつ・・・!
もしかして、この女・・・水島の・・・女難か!?
まさか、ヘリに乗って、わざわざ水島を助けに来た、なんて事じゃないでしょうね!?
「・・・な、なんなのよ!?なんなの!?何したの!?水島ッ!!」
「知るか!私に聞くなッ!私にだってわかるかーッ!!」
ああ、もう無茶苦茶だわっ!!なんでこうなるのよ!!
「ふう・・・待たせたわね!!」
気さくにこちらに手を挙げて挨拶する女に対して、水島の反応は・・・。
「・・・・・・・誰?」と、この期に及んでのん気なものだった。
「アンタが知らないのに、アタシが知るか!」
「・・・お久しぶりね、水島さん・・・全てを許して、貴女の元へ帰ってきたわよ!」
そんあ訳のわからない事を言って、ヘルメットを取ったその女の顔を見て、水島の表情が凍りついた。
「え゛・・・!?」
続いて水島は悲鳴を上げた。
「い・・・いやああああああああああああああああ!!!!」
やはり、知っていたか・・・。
「うるッさい!!女一人に何よ!!」
アタシは水島を一喝して、落ち着かせようとした。
水島の怯えようといったら、無かった。・・・さっきまでの勢いがまるで無い。
・・・よくもこれでアタシを説得しようだなんて思ったわね・・・。
― 火鳥さんは暗躍中 その9 ・・・ END ―
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