9/7 Fri. 山道レースを経て
本日のドライブ、ランチまでに三分の一ほど進んでいる。
これだけページを割いておいて、まだそんなものだ (^^ゞ。残すところ、あと150km!

午後1:33、ドライブインを出発するとガゼン交通量が増えてきた。とろいトラックなど居ようものなら、たちまち後続車が連なってしまう。それを、一寸の隙を突いて疾風のごとく追い越していく強者たち・・・。
  きゃあぁ!対向車がっ!
    ヒヤリとするシーンも少なくない。

山道をハイスピードで駆け抜けることに慣れているジモティーはみなイライラを隠そうともせず、前の車をあおるように走る。そんなに車間を詰めなくても・・・と思うが、それにはワケがあることに気づいた。
ここは弱肉強食の世界なのだ。最も気合いの入ったドライバーが後方から1台、2台、ときには3台くらいまとめて追い越し、対向車が来る直前にスッと前に割り込む。それを何度か繰り返せば、ソイツは誰よりも早くネックとなっている車両を抜いて、自由を手に出来るんだよね。
私のように 「ま、いっか~」 なんて思っていては、どんどん後方に追いやられるばかり。
車間は気合いのバロメーターです (苦笑)
これじゃあ事故が多いのも頷ける。

そんな競争に辟易して、20分ほどで一旦休憩することにした。
13:38 スタート直後から前を行くトラック。
皆が抜き去るとホッとする (^^ゞ

団子状態の車が行ってしまうと、ほら、こ~んなにスッキリ。
13:58 休憩場所からの眺め
現在地はちょうど↓このカーブ辺り
ところで、手頃な待避所を見つけたとばかりに乗り入れた空き地は、展望台と呼んでもいい場所だった。どうやらモラチャ川 (Morača) との合流地点らしい。ここで進路は西から南に戻り、今度はモラチャ渓谷沿いに下っていくことになる。
中程の谷間がモラチャ渓谷。この先通るはずの道路が見える。
しかし走り出せばまた追いついてしまう。首尾よく追い越しても、しばらくするとまた別の一団に捕まる。
マップでは比較的まっすぐなのに、実際はけっこうカーブ続き。そのうえずっと下り坂だ。大型車が下りカーブにさしかかるたび慎重に減速するものだから、後続車ははるか手前から時速20km、ということも増えた。もちろん一寸でも見通しの良い場所があったら、待ってましたとばかりに追い越し合戦が繰り広げられる。
14:13 下りカーブが続いている
14:59 ポドゴリツァまであと少し。線路とモラチャ川が並ぶ
コラシン付近から70km強、その大半が美しい渓谷を眺める余裕もない、緊張のドライブだった。そういえば道路から見える位置にあるはずのモラチャ修道院も目に入らなかったなぁ。

ようやく落ち着いて走れるようになったと感じたのは、平地に下りてカーブも少なくなってきた最後の10kmくらいじゃないだろうか。

15:08 ポドゴリツァ市街
そして3時ごろ、首都ポドゴリツァ (Podgorica) に到着した。

この町の歴史は古く、ローマ時代にはビルジミニウムと呼ばれていたそうだ。ポドゴリツァとなったのは14世紀。
1474年からは長くオスマントルコの支配下にあり、コラシン同様、1872年のベルリン会議でようやくモンテネグロへの帰属が決まった。
とはいえ第二次世界大戦で壊滅的な被害を受けたため、トルコ時代の面影も、その後、商業の町として発展した姿も、ほとんど残っていないらしい。
15:16 ポドゴリツァ市街2
いま目にできるのは、戦後、社会主義体制となった旧ユーゴ時代以降の近代的な町並みだ。
ちなみにポドゴリツァは、この旧ユーゴ時代にモンテネグロ共和国の首都となったのだが、当時はチトーグラードと改名されていたそうだ。なんだか "いかにも" という名前だねw

昨日は端をかすめただけだったが、今日はほぼ中心を縦断する形。改めてすっきり整備された都会、という印象を受ける。いくつも信号に引っかかって、通過するだけで20分近くかかったし。
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