2011年3月号
【近つ飛鳥博物館、風土記の丘百景】
今月の特集

蕗の薹味噌

万能書き出し

文庫本「賢治先生がやってきた」

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

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このたびの震災、ことばもありません。
ただ祈るばかりです。
せめて祈りを寄り添わせたいと。
東北は宮沢賢治を生んだ風土。
賢治ならどんなふうに行動したろうかと想像をめぐらしたり、
こころは、そんなふうです。
物心の物の面は、また別。
こちらは何かできることがあるかもしれません。
何かできることはと考えているのですが……。

2011.3.1
蕗の薹味噌

今年も蕗の薹の季節になりました。
もうそろそろかなと前栽を探してみると、ありました、蕗の薹が芽を出しています。 古い渋柿の根元あたりでちらほらと、小さい蕗の葉の陰や柿の枯葉に隠れていたり、 石を退けると顔を出したり。結局、まだ葉を閉じているものを六、七個収穫しました。
そして、さっそくふきのとう味噌作りにとりかかりました。
去年も作ったので、ほぼ覚えているのですが、念のためにインターネットでレシピを検索。 そのレシピにしたがって、湯を沸かし、重曹を少し入れて蕗の薹を湯がきます。 水で晒してから、炒めて味噌や酒、味醂とまぜてできあがり。 夕食に温かいご飯に添えて食べると、蕗の薹の香りと苦さが、口中に広がります。
まさに春の味わい。

蕗の薹湯がく香りの部屋に満つ

こういう生活って恵まれているのでしょうか。
けっして贅沢しているわけではないし、エコな生活ですから持続可能なレベルに近いし、 これって意外にこれからめざすべき 生活かも知れませんね。

先月の「古墳群」句会、兼題は雪間、猫柳、実朝忌等々、席題が梅、春の雪でした。
で、拙句は次のとおりです。

大根の雪間をつなぐ穴の列

「秘密基地」覆ふ葎(むぐら)の猫柳

ホコ天に公暁(くぎょう)潜むや実朝忌

百均にチョコも凶器も実朝忌

梅を剪る鋏の音の遠響き

春の雪錆色伝ふ陶の壁

実朝忌の句、物議を醸したようなところがありますが、いまこうして読んでみると、 発見も品もなく、思いつきだけの駄目句だと分かります。
俳句、むずかしいです。


2011.3.1
万能書き出し

最近また創作意欲が少しもどってきたようです。
ある日、目覚めたとき、何か夢の余波のようなものがあるのに気がつきました。
夢の細部はなにも残っていないのですが、目覚め際にナゾナゾをかけられたようなかすかな記憶があります。
「夢の中でかけられたナゾナゾはとけるんだろうか?」という疑念がふとこんなふうなことばとなって 脳裏をかすめました。
具体的なナゾナゾは消失しているのですから、一般的に夢の中のナゾナゾはとけるようにできているのか、と 考えたわけです。
その言葉を繰り返している内に、ふと親子が会話している場面が浮かんできました。
つぎのような会話です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ある日曜日の朝のことです。
トオルくんが起きてきました。もうかなり前に食事を終えたお父さんは、居間で新聞を読んでいます。
トオルくんは、お父さんが座っているソファの肘掛けにちょっと腰掛けて、いつになくまじめな顔でたずねました。
「お父さん、夢でかけられたナゾナゾはとけるのかな」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ここまで書いて、続きを想像してみました。
何にしようか、短篇の小説にするか、童話にするか、それとも落語にするか、そんなことを考えている内に、 これが万能書き出しであることを発見したのです。
京大の山中教授が創られた万能細胞(iPS細胞)というのがありますね。あれは、どんな細胞にも変わることができる細胞 ということですが、この書き出しは、小説にも、詩にも、童話にもなる、 まさに万能書きだしだということです。
そのときは、ちょっとハイだったので、すごい発見だと自画自賛したくなったほどです。 しかし、私としては、それを証明しなければなりません。
私は、さっそくこの書き出しが万能書き出しであることを証明するために、 詩「夢のなぞなぞ」短篇小説「夢の入口」(あるいは落語原案)を書きあげました。
続いて、絵本も来月号に掲載する予定です。来来月号には童話を、つぎには脚本を載せる予定です。
ほんとうにそんなことができるかどうかは、見てのお楽しみです。
では、とりあえずあの書き出しからできた二つの作品、もし興味のあるかたはお読み下さい。

詩「夢のなぞなぞ」
短篇小説「夢の入口」(あるいは落語原案)
絵本(次号に掲載予定)
童話(次々号に掲載予定)
脚本(掲載未定)


2011.3.1
文庫本「賢治先生がやってきた」

2006年11月、「賢治先生がやってきた」を 自費出版しました。
脚本の他に短編小説を載せています。
収録作品は次のとおりです。
養護学校を舞台に、障害の受け入れをテーマにした『受容』、 生徒たちが醸し出すふしぎな時間感覚を描いた『百年』、 恋の不可能を問いかける『綾の鼓』など、小説三編。
 宮沢賢治が養護学校の先生に、そんな想定の劇『賢治先生がやってきた』、 また生徒たちをざしきぼっこになぞらえた『ぼくたちはざしきぼっこ』宮沢賢治が、地球から五十五光年離れた銀河鉄道の駅から望遠鏡で 広島のピカを見るという、原爆を扱った劇『地球でクラムボンが二度ひかったよ』など、 三本の脚本。
『賢治先生がやってきた』と『ぼくたちはざしきぼっこ』は、これまでに、高等養護学校や小学校、中学校、あるいは、 アメリカの日本人学校等で 上演されてきました。一方 『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、内容のむずかしさもあってか なかなか光を当ててもらえなくて、 はがゆい思いでいたのですが、 ようやく08年に北海道の、10年に岡山県の、それぞれ高校の演劇部によって舞台にかけられました。
脚本にとって、舞台化されるというのはたいへん貴重なことではあるのですが、 これら三本の脚本は、 読むだけでも楽しんでいただけるのではないかと思うのです。 脚本を本にする意味は、それにつきるのではないでしょうか。
興味のある方はご購入いただけるとありがたいです。
(同じ題名の脚本でも、文庫本収録のものとホームページで公開しているものでは、 一部異なるところがあります。本に収めるにあたって書き改めたためです。 手を入れた分上演しやすくなったと思います。『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、 出版後さらに少し改稿しました。いまホームページで公開しているものが、それです。)

追伸1
月刊誌「演劇と教育」2007年3月号「本棚」で、この本が紹介されました。
追伸2
2008年1月に出版社が倒産してしまい、本の注文ができなくなっています。
ご購入を希望される方はメールでご連絡ください。

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