大神: | あー、もしもし、こちら巴里の大神一郎、本日は晴天なりー。 |
さくら: | わあーっ、大神さーん、すっごくよく見えますーっ! |
紅蘭: | どうや、大型平面投射機に立体音声を組み合わせた、新発明の高臨場感キネマトロン! こんどこそ成功や、何かこげくさいけど爆発はせえへん! |
大神: | ・・・・・(←消火器を握りしめている) た、たしかに、これなら会って喋ってるのと全然変わりがないよ。しかし… なんだか最近、キネマトロンだけ技術が異常に進歩してないかい? |
紅蘭: | そ… それはもう、必要は発明の母っちゅうやつですわ。 |
さくら: | あああ、なんだか大神さんがあたしのすぐそばにいるみたい…(うっとり) |
紅蘭: | ちぇー。この発明、みんなには黙っといたらよかったかなー。そしたらウチと大神はんだけで夢のらぶらぶコール… |
さくら: | (紅蘭! そんな抜けがけ許さないんだからっ。この前みんなで話しあったでしょっ) |
紅蘭: | (わかってるがな、日本に帰ってくるまでは、帝劇のみんなで力あわせて大神はんのウワキを断固阻止やろっ。そのためにこのキネマトロンもやな…) |
大神: | おーい。そっちで何ごにょごにょやってるんだい? |
さくら: | というわけで、今日は巴里の大神さんに、1926年のヨーロッパについていろいろ教えてもらおうと思います! |
大神: | ああ、それなら任せてくれ。欧羅巴の政情習俗その他の調査分析も、こちらでの大きな任務のひとつだからね。じゃあまず、地図があるんだけど… そっちに写真、電送できるかな? |
紅蘭: | ほいほいまかしときなはれ。ぽぽんの、ぽんっと! |
大神: | これが1920年代の、西欧羅巴の地図だよ。 |
さくら: | 届きましたとどきました! あれ、なんだか今と全然変わり映えがしませんけど… |
大神: | そうなんだ。今と同じ国は丸文字で、違うところだけ太明朝体でわかりやすく書いておいたんだけど… |
紅蘭: | 今っていつやねん、今って。 |
大神: | …チェコスロバキアやユーゴスラビアが分裂したのはほんの数年前のことだし、そう考えると違いは東プロイセンとザールラントだけだね。あとは、ドイツが今よりも東側に広がっているくらいかな。(*1) |
さくら: | あたし、ヨーロッパっていったら、何とか帝国とか、何とか家とか、そういうのがいっぱいだと… |
大神: | そういう類は先の欧州大戦でぜんぶつぶれちゃったみたいだ。これでアジアを描くと、朝鮮半島から台湾までぜんぶ日本になってる不気味な地図になってしまうけど、欧羅巴は想像以上に現代と全然変わらないね。 |
紅蘭: | そやから現代っていつやねんー(><)/ |
(*1) 当時のドイツが東側に広い… その後の第2次大戦で、ドイツに勝ったソ連は自国の領土を広げるために、ポーランド全体を西側にぐいぐいっと移動させてしまいました。メチャクチャしますな(・・; |
アイリス: | じゃじゃーん!! というわけでぇ、花組・年少組、3たびとうじょーう! |
織姫: | だっからこのメンバー構成はそういうことですかー?! 華麗なるヨーロッパトリオでなかったですかー?!
|
レニ: | ボクたち、進歩ない…… |
大神: | うわっ、アイリスに織姫くんにレニ! どうしたんだいきなりっ。 |
アイリス: | んもーっ、さくらに紅蘭ずるいんだずるいんだーっ。 |
織姫: | そうデース。ヨーロッパの話題にわたしたちが出てこないって、頭かくしてシリまるだしってカンジー! |
レニ: | 織姫、それ、間違ってるうえにかなり恥ずかしい。 |
紅蘭: | あちゃー。今回もえらいまた人数増えてもうたがな…ウチのらぶらぶコール…(T▽T) |
さくら: | ま、まあいいじゃない紅蘭、せっかくだし、みんなの出身国の今の状況を、大神さんに伝えてもらいましょうよ。 |
レニ: | そうだね。欧州大戦後のドイツとフランスの情勢、ボクも知りたい。 |
大神: | ああ、巨額の敗戦賠償でドイツの物価は数兆倍、マルクは紙くず同然になってほんとにひどい状態… だったのはレニも知ってると思う。対する戦勝国フランスは、賠償の取り立てがままならないことに反発する勢力も強く、ドイツ国境のルール地方へ軍隊を進駐したんだ。 |
アイリス: | アイリス、レニとこんなになかよしなのにー。アイリスせんそうはきらいだよー。 |
大神: | うん、でも、状況はよくなってきたよ。新通貨「レンテンマルク」の発行でドイツの狂乱物価もようやく落ち着いてきたし、さすがにこちらの政府も敵対ムードを反省したのか、昨年の『ロカルノ条約』でドイツの国連加盟、フランスのルール撤兵とずいぶん雰囲気がよくなった。 |
織姫: | 中尉サーン、フランスとドイツばっかりじゃなくて、情熱の国イターリアの話もするでーす。 |
大神: | イタリアは、ムッソリーニがとっくにファシスト党の独裁政権を作ってるしね。「古代ローマ帝国の復活」とかいって… |
織姫: | あのハゲデブおやじ、まだくたばってないデスかー(><#) |
レニ: | ファシストといえば、ナチス党は? 彼らの動き、気になる。 |
大神: | ああ。3年前のミュンヘンクーデターは失敗したものの、昨年ヒトラー党首が刑務所を出所したからね。まだまだ取るに足らないような勢力だけど、どうもきな臭い。こちらでも情報を集めてるところだよ。 |
紅蘭: | 大神はん、難しい話はおいといて、いまそっちではやってる面白いもんとか教えてえなー。 |
さくら: | なんといっても華の都パリーですもんね、ああ、あたしも行きたい…もちろん大神さんと… |
大神: | いやー、それがね(・・;) 何だかこのところ、最近元気なアメリカの文化がこっちにもどっと流れ込んできてるような感じで… ジャズ音楽にブロードウェイ演劇、いわゆるニューヨーク風の文化がすごくもてはやされてるというか。
|
織姫: | んまー(・0・) そんなラベルの低い文化にそまってるですかー。それゆるせませーん! |
レニ: | 文化にレベルの高い低いはない。ついでに織姫、ラベルじゃなくてレベル。 |
織姫: | イタリア人だから英語だって間違いまーす!(>o<;) |
アイリス: | にゅーよーくなら、マリアがくわしいんじゃないかなー。 |
大神: | ああ、そうだね。でもマリアは、ニューヨークにはいい思い出がないだろうし。 正直なところ、自由奔放なアメリカ文化は人々を明るく開放的にしてくれるとともに、いささか悪い面もあることは否めない。そのあたりも含めて、シャノワールではパリの人々に、新鮮で斬新、かつみんな安心して楽しめる文化を届けられるように、がんばってるところだよ。 |
紅蘭: | さっすが大神はん、最後はまじめな話で締めはるわあ。 |
さくら: | それで大神さん、そちらに日本人のお知り合いとかは、たくさんいらっしゃるんですか? |
大神: | うーん、花火くんの父上、北大路男爵がいらっしゃるけど、ほかには… |
紅蘭: | それが、こっちでも調べてみたんやけど、軍人さんでそのうち有名になる予定のお人ってみんな、ドイツ行ってはるねんなー(*2)。フランス留学してるお人なんかおらへんねん、もしかして、大神はん、まどぎわ… |
さくら: | うわーーーっ! い、いや、何でもないんですよ、大神さん、あはははっ。 |
大神: | それって陸軍の人たちだろ。ドイツは海軍国じゃないから、俺が留学しても仕方ないんだ… とはいえ少し気になってる(;。;) |
(*2) みんな、ドイツ行ってはる… 石原莞爾、東条英機が数年前までドイツに留学/駐在してらしたそうです。でも、フランスに行ってた人って…? 詳しいことをご存じの日本軍まにあな方、教えてくださいー(><;) | |
大神: | おおっともうこんな時間だ。そろそろシャノワールの公演の準備にかからなきゃ。 |
紅蘭: | ほんまや! ウチらも今夜の出しもんの仕込みしとかな。ほんなら大神はん、回線切るでー。 |
さくら: | なにか帝都でお手伝いできることがあったら、いつでも言ってくださいね、大神さん。 |
アイリス: | お兄ちゃん、がんばってねー☆ |
大神: | あはは、ありがとう、とても心強いよ。それじゃみんな、またっ。 |
レニ: | …うーん。 |
織姫: | どうしたですかーレニ、むずかしー顔してまーす。 |
レニ: | …いや、さっきの隊長の言葉がちょっと気にかかるだけなんだけど。隊長が今いる劇場の写真、ある? |
紅蘭: | へ? シャノワールの写真かいな。ええ… っと、ほい、あるで。 |
さくら: | 看板が出てるわね、ええと、れす、れす…? |
レニ: | 「Les Chattes Noires」。アイリス、これ、読んでみて。 |
アイリス: | れ しゃっとのわーる(・0・) |
紅蘭: | あれ? なんか、シャノワールと違うような。 |
レニ: | やっぱり。「黒猫」の女性複数 Les Chattes Noires だと、発音がシャノワールにならない。 |
さくら: | ええっ? じゃ、なにが違うんでしょうか? |
レニ: | アイリス、雌の猫一匹は? |
アイリス: | ら しゃっとのわーる(・0・) |
紅蘭: | んー… これもちょっと、ちゃうような。 |
レニ: | 雄猫一匹。 |
アイリス: | る しゃのわーる(・0・) |
レニ: | 雄猫がいっぱい。 |
アイリス: | れ しゃのわーる(・0・) |
レニ: | うん。やっぱり、シャノワールは男性形なんだ。隊長、なにかボクたちに秘密のメッセージがあるんじゃ… |
織姫: | ちょっと待ってくださーい、巴里歌劇団がシャノワールだと思ってましたけどー、それがオトコってことはー… |
アイリス: | バラぐみみたいなひとたちがぁ… |
織姫: | ステージの上で、いっぱい… |
紅蘭: | お、踊ってる… |
さくら: | いやーーーっ! そ、そんなの、美しくなぁぁいっ!!! |
織姫: | ニッポンのオトコ、パリでもあわれでーす。 |
=海軍のお偉いさんで留学した人= 東郷平八郎元帥 明治4年にイギリス留学 東郷平八郎が留学先のイギリスで食べたビーフシチューの味が忘れられず、部下に命じて作らせたところ、醤油と砂糖で味付けした「日本的和風ビーフシチュー」つまりは「肉じゃが」ができあがりました。以後、海軍の艦上食「甘煮」として用いられ、全国に広がったと言われています。 秋山真之中将 アメリカ留学 日本海海戦のとき掲げたZ旗の「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ各員一層奮励努力セヨ」の文は、真之の作である。 高木兼寛東京海軍病院長 イギリス留学 広瀬武夫中佐 ロシア留学 日露戦争の英雄。軍神として崇められ、広瀬神社がある。 現在では歌われない文部省唱歌に「広瀬中佐」がある。 さて、海軍の留学先の中心はイギリスでした。日本の主力戦艦だった金剛型はイギリス製でした。当時のイギリス海軍の技術力が最高で、超弩級の語源になったのはイギリス製の戦艦ドルドリッヂでした。それが三〇年代に入り、ドイツに変わりました。 第一次大戦後、潜水艦などで軍事技術先進国となったドイツへの海軍の関心が高まったことなどが、その背景にあります。発展期のナチス政権は、士官たちにとって強大な政治指導者のもとに一致団結した国家に映ったそうです。 フランスへ行った大神君はやはり窓際…。 |
大神: | おーい! だれか、まだ起きてるかいっ。 … |
さくら: | あら、大神さんから入電してます。 |
紅蘭: | ふわわわ… 大神はん、こっちは夜の1時やで。一体どないしてんな。 |
大神: | いや、なんだかさっき最後のほうで、俺が窓際だとか何だとか言われてたような気がして… |
紅蘭: | え!? い、いややなあ、そんなひどいこと、思うてたかてだれも口にせえへんがな、なあ、さくらはん。 |
さくら: | え? ええ、そ、そうよね! 大神さんが窓際だなんて、そんな…そんな…うえええーん(ToT) |
大神: | やっぱり(;▽;) みんな、軍人の俺がドイツじゃなくて、フランスに留学したからそう思ってるんだろうけど。でも、やっと反論の証拠をみつけたぞ! |
紅蘭: | へえ? 反論の証拠? |
大神: | ああ。みんな、サクラ3のプロモーションビデオが公開されてるのは知ってるね。 |
さくら: | サクラ3のビデオって、イベント会場で放映されているというあれですか? |
大神: | そうだ。で、冒頭で列車がパリ駅に到着して、俺が客車を降りるんだが… その時に、俺が乗ってた客車の側面をよく見てほしいんだ。(図1) |
紅蘭: | 側面でっか。はいな、ちょい待ち。 |
(図1) 「寝台車」 |
(図2) 行き先表示板 |
さくら: | すちらふわげん? どういう意味なんですか、これ? |
レニ: | シュラーフヴァーゲン。意味は寝台車。 |
紅蘭: | ありゃ、レニやんか。まだ起きてたんかいな。 |
レニ: | 客車にドイツ語が書いてあるということは、国際寝台特急なのかな。 |
大神: | ご明察。つまり、俺は一旦ドイツで駐在武官か誰かにコンタクトをとった上で、寝台列車でパリに入ったということだ。 |
紅蘭: | ちゅーことは、大神はんはドイツにいる偉いさんとちゃーんと連絡とって、パリでの特殊任務にあたってる、ってこっちゃな。 |
さくら: | よ、よかったです、大神さんが窓際なんてことはないって、信じてました、うるるる(T0T) |
レニ: | でもちょっと待って。客車の行き先案内板、マルセイユとパリになってる。(図2) |
紅蘭: | それがどないかしたんかいな。ドイツ発のマルセイユ経由、パリ終着なんちゃうの。 |
レニ: | マルセイユはフランス南海岸の都市。ベルリンからパリへの列車が経由するとは思えない。 |
さくら: | てことは、どういうことなんですか? |
紅蘭: | フランス国鉄がドイツ鉄道の客車使おてるだけで、大神はん、マルセイユから乗っただけやったりして。 |
大神: | いいっ? い、いや、そんなはずは… あれ、自信なくなってきた… |
レニ: | 日本も今就職難だよ。首きられないように注意して。じゃ。 |
さくら: | おおがみさーんっ、うるるー(ToT) |
紅蘭: | あかん、頭痛なってきたわ… |
小説の主人公の一人に、秋山好古という陸軍騎兵将校がいます。 秋山実之の兄であるこの人物は、フランスに留学したのですが、そこでフランス軍とドイツ軍を比較して、騎兵についてはフランスの方が上である、としています。 戦車や飛行機のない当時に、最大の機動力を持つ騎兵の正しい運用方法は、敵の本体に急襲して戦機をつかむ、というものでした。言ってみれば、師団単位での戦略ならばドイツが上だが、少数精鋭で敵に切り込むことでは、フランスが上、ということです。 してみると、少数精鋭である花組を指揮する大神としては、フランスが妥当な留学先であったということになります。おそらく、日露戦争に陸軍として参加していた米田が、そう手配したのでしょう。 |
日本と違ってヨーロッパでは、列車の運行だけをする会社というものが存在しています。 クリスティの作品「オリエント急行殺人」に出てくるオリエント急行も、あれは線路使用料を払って車両を運行している会社のはずです。そのオリエント急行が、バブルのころに日本にやってきたことがありますが、その時の車両はドイツ製だったというので、当時の フランスにドイツ製の車両があっても不自然ではありません。 |