第一章 ルウム


3 遁走曲(フーガ)



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分一四秒 サイド5付近

「敵艦視認しました……? 大尉、ボールがいます」
 列機のグリフトが報告する間にも、ハウザーの機載コンピュータがメインモニターの隅に敵艦の拡大映像を表示した。どの艦にも四機から六機程度のボールがへばりつくように配置されている。ちょうど曳航索が切り放されたばかりだったようで、艦のメインスラスターの噴流に煽られて吹き流しのように揺らめいていた。宇宙空間では何とも珍しい光景である。航続距離の短いボールを連れて来るために、敵の指揮官はかなり無理をしているらしい。ボール自体の機動性能は大したことはないのだが、加速を続けていた艦から切り放されたため、かなりの速度を持っている。つまり交戦時間は非常に短いものとなるはずであり、同時に双方の射撃武器の威力が大幅に増すということでもある。
 どうも敵の指揮官はボールの性能を全く信用していないようだな。ハウザーは心の中で苦笑した。確かにMS相手では話にならないだろうが、他の指揮官はもう少し積極的に使おうとしたはずだ。そういえば緒戦の敵も似たような方針を持っていたように思える。あるいは同じ敵を相手にしているのかもしれないな。そうだとすると、判定負けを喫した緒戦のリターンマッチということになる。ハウザーは今度は表情に笑みを浮かべた。気の利いた話じゃないか。通信機のチャンネルが大隊系であることを確認して回線を開く。
「各中隊、自分の獲物を確認したな?各艦ともボールを一、二小隊ほどお供に連れている。注意しろ。以上」
 次いでチャンネルを中隊系に切り替えた。中隊とはいっても各小隊とも二機ずつの合計六機しかいない。
「第二小隊はボールに集中しろ。私と第三小隊でサラミスを叩く。おそらく敵は緒戦でやり合ったのと同じ奴等だ。今度こそ引導を渡してやれ。以上」
 敵艦の対空砲火の射程に入ろうとしていた。ハウザーはスロットルを一気に開いてさらに距離を詰めていった。



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分一七秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 内周防衛ライン

 来た来た来た来た。ディスプレイが次々とマーカーと数字で埋められていく。レクティルが反転し、ビープ音が敵を一八〇ミリ砲の射程に捉えたことを告げる。
 当たれっ。心の中で念じながらトリガーボタンを押す。振動がボールの機体を揺らす。『エクゼター』も機関砲を撃ちだした。レーダーが使えないのでレーザー照準に頼るわけだが、微粒子に弱いレーザーが戦場という環境下で万全に機能するのはごく短距離においてのみのことである。その間合いは敵も心得ているため、普通なら近距離での射撃戦は好まれない。しかし、練達の腕前を持つパイロットなら、航空機を圧倒的に凌駕する機動性を駆使して、対空砲の間隙を縫って懐に飛び込むという芸当を行うこともできる。危険は大きいが、一度取り付ければまず確実に沈めることが出来る。
 核バズーカどころか通常のバズーカさえ弾切れで携行できなかった公国軍パイロットは、対艦兵器としては威力不足のマシンガンで対艦攻撃を成功させるために、むしろ積極的に虎穴に飛び込んでいった。
 既に公国軍では三機の定数を揃えた小隊がかなり少なくなっており、二機単位で編成される小隊がほとんどだったが、一機が囮となってボールや対空砲を相手にしている間にもう一機が飛び込むという強引な戦術に、四三戦隊は対応しきれなかった。かなりの損害を与えたはずだが、『エクゼター』・『アガノ』の二艦はそれぞれ一機のザクに取り付かれたのだ。



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分二二秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 巡洋艦『エクゼター』 第一艦橋

「敵MS、内周防衛ライン突破、本艦に急速接近します」
 モニターにザクの姿が大きく映った。かなりの損傷を受けたらしく、左腕を吹き飛ばされていたが、右手に握られた一二〇ミリマシンガンは健在だ。そのザクは右腕を振り上げ、モニターに、つまり艦橋に照準を合わせようとした。



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分二三秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 内周防衛ライン

「いかん、あのザクを狙えっ」
 ナンが叫ぶ間にもそのザクは見事な機動で火箭をかわし、『エクゼター』の艦上に取り付いた。右腕を振り上げ、照準を付ける。
 くそったれ。ナンが洩らした罵声を遮るように、ネフの声が飛び込んできた。
「大尉、構わないから撃て」
「しかし少佐」
 口ではそう言いながらも、ほとんど無意識のうちに照準を精密射撃モードに切り替える。
「他に助かる方法があるか、さっさと撃てっ」
 通常よりも小さなレクティルがザクの腕の付け根を狙う。ザクの右腕にはシールドが装備されているので、上手く関節部に当てられるかどうかは分からない。
「外しても恨まないで下さいよ」
 ナンの指がトリガーボタンを押し込む。ほとんど同時にザクのマシンガンが火を噴いた。
 ボールの放った一八〇ミリ砲弾が、宇宙空間では指呼の間合いといえる二千メートルの距離を埋める間に、八発の一二〇ミリ弾が発射されていた。
 九発目の一二〇ミリ弾が弾倉から薬室へと送り込まれている最中に、一八〇ミリ砲弾がザクの肩に命中した。ナンが危惧したとおり、命中箇所は右肩のほとんど全てを覆っているシールドであったため、ザクの機体そのものには損傷はない。しかし、砲弾の破片が爆風とともに機体を痛めつけ、マシンガンの銃身を切り裂いた。もちろん、その時には八発の一二〇ミリ弾が『エクゼター』の艦橋前の対空砲のあたりから駈け昇るように命中していた。



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分二七秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 巡洋艦『エクゼター』 第二艦橋

「第一艦橋、応答ありません」
「呼び出しを続けろ」
 通信士の報告にそう答えたネフだが、内心では第一艦橋が完全に機能を停止したことを疑っていなかった。艦体内部に埋め込まれた第二艦橋とは違い、文字どおりに『艦橋』に置かれている第一艦橋は、とかく打たれ弱い。当たり前といえば当たり前の話である。水上艦艇でさえ百年以上も前に機能の限界を指摘された艦橋という設備が、完全な宇宙船に装備されるという話もおかしなものである。しかし現に連邦軍、公国軍ともに、宇宙船であるにも関わらず、大きな艦橋を備えた艦艇ばかりを建造している。レーダー、光学系どちらであるかを問わず、より有利に索敵を行うために艦の幅を大きく取ることを要求されたという事情、あるいは威圧を目的とした砲艦外交のために、より「軍艦らしい外見」をすることが必要だと考えられたこと、幾つか説があるが、どれも説得力を欠くことは自明である。結局のところは、双方とも戦争のために軍艦を建造しているという意識が薄かったのかもしれない。
 ネフはヘルメットのセレクターに手をやり、艦内のスピーカーに自分の声を流した。
「副長は第一艦橋の機能停止を確認、ただ今より艦長の権限継承を宣言」
 もともと第二艦橋はこのような情況を想定して設けられているので、とりあえず必要な人員や機材は揃っている。とはいえ第一艦橋で使っていたものと全く同レベルの指揮が執れるほど揃っているわけでもなく、またここから指揮を執らざるを得ないという情況は、艦の機能自体にダメージが入っていることの裏返しでもある。せいぜい、個艦レベルの指揮が執れれば上々というところだろう。旗艦機能はかなり損なわれていると考えるべきだ。しかし、困ったことにネフは艦隊の防空戦の指揮も継続しなければならない。はっきり言って無理のある情況である。自動化が進み少数の乗員で操艦が可能になったことの代償だ。やはりダメコンには人手があった方がいい。昔の軍艦のようにダメコン専門の士官を設けるべきだ。今度進言してみよう。まあ、それはそれとしてこの情況でこれ以上指揮することもないか。ネフはモニターの機能が回復して外界の姿を確認するまでの一瞬、そんなことを考えていた。それにしても、あのザクはどうなったのだ?



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分三二秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 巡洋艦『エクゼター』 甲板上 第三砲塔付近

 マシンガンをやられたか。やはり火力不足だな。しとめ損なった。
 グリフトはディスプレイに映る艦橋の残骸を見て、そう思った。あと残る武器といえば格闘戦用のヒートホークのみである。ザクの数十倍ではききそうにない巨体を、斧だけで切り裂けというのもかなり無理のある注文といえる。
「軍曹、無事か」
 ハウザーの声が聞こえてきた。反転してきたらしい。もっとも、グリフトの機体のセンサーには捉えられていない。それよりもボールだ。
「大尉、しとめ損ないました。ボールを排除して下さい。俺はヒートホークで何とかします」
「無茶言うな。どれだけ時間がかかると思っている。あと三十秒もすれば帰還時刻だぞ」
「しかし……」
「命令だ。援護してやる。離脱しろ」
 軍人にとっては魔法の言葉だ。普段ハウザーがあまり権威的な表現を好まないことを知っているだけに、グリフトも主張し続けるわけにもいかなかった。
「了解」



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分三七秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 内周防衛ライン

 新しい爆発が砲塔を吹き飛ばした。『アガノ』は艦体のそこかしこから炎と煙を吹き上げている。地球上とは違い、風の影響が無いので炎や煙をたなびかせるという光景は見られない。それ自身が持つ僅かな慣性と戦場に働く弱々しい力によって少しずつ後ろに流れて行くが、加速のほとんど止まった『アガノ』の姿は死に装束のように纏った煙のためにほとんど見えない。艦内では必死の、しかし絶望的な消火作業が続けられているはずだが、それは既に艦を生きながらえさせるためではなく、残り少ない乗員を退艦させるだけの時間稼ぎのためとなっていた。総員退艦の命令は下っていたが、それが間に合うかどうか、ナンには分からなかった。
 もっとも、ナン自身はそんなことにはほとんど関心を向けていない。自分の眼前、わずか二千メートル先でヒートホークをラッチから外したザクだけに全ての注意力が集まっている。普通なら軍艦相手にヒートホークでどうこうできるはずはないのだが、既に艦に取り付いた状態で、今の『エクゼター』相手なら話は別だ。もう一度危険極まりない精密射撃を行ってでも阻止しなくてはならない。
 それも今度は一撃で仕止めなければ、艦橋がスクラップ同然の状態から本物のスクラップに変えられてしまう。一撃喰らうと、艦橋内で行われているはずのダメコンが失敗し、『エクゼター』の命運すら危うくなる。
 一、二発の流れ弾はやむをえんか。覚悟を決めると、部下のボールに回線を繋いだ。
「ラィツェル、ミユキ、フォーン、お前たちもあのザクを狙え。精密射撃だ。外すと『エクゼター』が吹っ飛ぶぞ。発射タイミングは今の順だ。俺から始める」
 さすがに固い声で了解の返答が来た。
 さて。



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分三九秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 内周防衛ライン

 警報が鳴り響き、脅威警戒ディスプレイとメインモニターのマーカーが、『アガノ』の爆炎と煙に紛れ込んだザクの狙撃を告げるのと、ナンの左側を占めていたボールが爆発するのとはほぼ同時に起きた。
「大尉、フォーンが殺られました」
 ぬかった。『アガノ』の爆発は身を隠すのに最高の隠れ蓑となる。そんなことぐらいは子供でも分かりそうなもんだ。『エクゼター』上のザクに気を取られ過ぎた。
 いくらボールの装甲が薄いといっても、一二〇ミリ弾を一発喰らった程度で即爆発ということは滅多にあるものではない。しかし、ボールの側面は他の機動兵器の例に漏れず、姿勢制御スラスターなどが集中して設けられている。後部のメインスラスターや主武器の一八〇ミリ砲の弾倉などに直撃を喰らえばひとたまりもない。フォーンはその「不運な一発」を喰らったようだった。
「くそったれ、ライツェル、ミユキ、敵は『アガノ』の爆炎だ。撃ちまくれ。俺は『エクゼター』の奴をやる」
 そう指示を下して再びザクを狙おうとしたのだが、今度も後手に回った。『エクゼター』艦上のザクがスラスターから盛大に炎を吹き出してこちらに突っ込んできたのだ。ちょうど彼の部下は『アガノ』の爆炎に隠れているハウザーのザクをいぶり出すために向きを変えつつあるところで、ナンは一人でザクの突撃に向かい合うことになった。ザクはヒートホークを振りかざしたままの姿勢である。ナンのボールに切りかかるつもりらしい。
 上等じゃねぇか。ナンは急激に大きくなってくるザクの姿を睨み付けて、武器管制セレクターに掛けられた指を動かした。俺様のボールを収穫祭でぶち割るカボチャとでも勘違いしているらしいが、ジャック・オー・ランタンにすねを蹴飛ばされてみるってのはどうだ?



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時二分四二秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 内周防衛ライン

 指揮官機らしきボールがこちらに照準を向けるのはグリフトの予想の内だった。高速で突っ込んでくるザクに、一八〇ミリ砲を命中させようというのだ。まあ、他に武器もなく、戦闘機動能力では圧倒的にザクに劣るボールに取りうる選択はそれしかないだろう。もちろん一八〇ミリ砲が命中することはまずあり得ない。基本的に近距離の標的を対象とした兵器ではないのだ。高速で機動している標的を狙うために目まぐるしく変動する射撃データを処理し終えてグリフトの機体に照準を合わせ、ようやく発射。せいぜい一発撃つことが出来ればいい方だろう。しかしそれではまず命中を期待できない。必然的に生じる射撃誤差を解決するには、ある程度の弾数が必要とされるのだ。
 そう考えていたから、突然ボールの姿が大きくなって、グリフトのザクに迫ってくることは予想していなかった。
「なっ」
 何、と叫ぶ間もなくボールがヒートホークの間合いに入り、すり抜けようとする。慌ててトリガーボタンを押し、ザクの右腕が振り下ろされたが、僅かにボールの速度が上回った。ボールの胴体前部の作業腕がザクの胸部にぶつかり、へしゃげ、ボールの底部がザクの頭部にぶつかった。単純に重量差だけを考えればボールが吹き飛ばされてもおかしくないところだが、相対速度が大きかったことが影響してザクの頭部の方が吹き飛ばされ、双方ともにスピンを起こし運動の法則に従って離れていった。



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時三分一七秒 サイド5付近 連邦軍第四艦隊第四三戦隊 巡洋艦『エクゼター』 第二艦橋

「敵MS、離脱します」
 ナンのボールと派手に衝突したザクは、忙しく腕や脚を振り回して機体のバランスを回復すると、『アガノ』の爆炎からの支援射撃を受けながら撤退していった。とんでもない奇襲を受けた割には鮮やかな撤収である。
 モニターを通してそれを見ていたネフが敵ながら見事なものだと思っていると、通信士がナンとの回線が繋がったと報告してきた。
「なんだ生きていたのか」
「ひどい言われようですね」
 モニターに映るナンはヘルメットを脱いでいた。額をぶつけて割ったらしく、血が滲み出ている。ネフと話しながら消毒布を当てていた。
「あんな派手な衝突を見たら誰でもそう思う。ヘルメットはどうした」
 傷口がしみるらしく、ナンは顔をしかめて答えた。
「俺の頭蓋骨のかわりになってくれました。メインモニターがぶち割られて、どういうわけかモニターのフレームがメットを張り飛ばしましてね、まあ、俺はメットの破片を喰らっただけで済みましたが」
「運がいいな」
「俺もそう思います。ところで第一艦橋はどうなりました?」
「艦長はおそらく命に別状はないだろう。右腕を潰されて出血でショックを起こしているが、十五秒程前にダメコンチームが確保した。今、軍医が処置している。意識はまだ回復していないが、問題はないだろう。大尉がちょっかいを出さなければ助からなかったとは思う」
 まあ、それは『エクゼター』を含めて我々全員が、だろうが。
「なるほど。では俺は感状ものですな。それと戦傷見舞と、ついでに休暇ももらえるとありがたいですな」
「ボールをスクラップにしてくれたことについての始末書はまけておいてやる。他のたわごとはルナ2に帰ってから艦長に言え」
「根が謹み深いもので……、とコンタクト。『エクゼター』インサイト。オートでアプローチ出来ないのでマニュアルで着艦します」
 ネフは通信士に頷いてみせた。
「かまわん、ガイドビーコンを出してやれ」
 可視領域のレーザー光によるガイドビーコンはマニュアルでの着艦をより確実で安全にする恵みの光であるが、同時に誘蛾灯にもなりかねないので戦場では歓迎されない。しかし、もうジオンの空襲は終わりだろうとネフは判断していた。攻撃可能圏にジオンのMSがいたら、とうの昔に襲ってきているはずだ。それよりも足元すらおぼつかないボールを操縦するナンに褒美をやった方がいいだろう。
「それと『アガノ』からの脱出艇にも教えてやれ。回収し次第離脱する。『ニューオーリンズ』に通達しろ」
 我々の仕事はここで終わりだ。ネフはディスプレイに表示されている『ネレイド』を意味するマーカーに視線を動かした。カニンガン准将が残りの艦艇全てを引き受けてくれたので、もはやこちらではなにもすることはない。『ネレイド』が任務を全うし、なぶり殺しにされるのを見守るだけだ。
 四三戦隊とは違い、なんらなす術もなくただなぶり殺されるだけ。一歩違えば我々があの立場にいることになったはずだ。もしそうなったとして、俺は准将と同じ命令を下せるだろうか? そこまで考えたところで通信士がこちらを振り返ったことに気付き、我に返った。
「『アガノ』の脱出艇と連絡が取れました。本艦の航行経路上に移動するとのことです」
「了解した」



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時一三分 サイド5付近 連邦軍第九艦隊旗艦 戦艦『ネレイド』 第一艦橋

 カニンガンは艦橋下に拡がる情景に視線を這わせていた。
「味方はどうした?」
 今日に入って何度した質問だろう。情報士が答えた。 「第二・第九艦隊は敵の追撃を振り切り、脱出に成功しました。四三戦隊も離脱に成功しつつあります。今のジオン軍に追撃の余力は残っていないでしょう」
「そうか」
今や『ネレイド』は廃艦同様の惨状を呈していた。半数の砲塔が破壊され、残る半分もあまりに激しい連続射撃の結果、砲身の加速リングがオーバーヒートしてしまっていた。対艦ミサイルなどとうの昔に使い果たしている。もっともそれはジオン軍も同様らしいが。
まあ、やれるだけのことはやったか。残存兵力をほとんど全て逃がすことに成功したのだ。負け戦の収め様としては上出来だろう。その結果『ネレイド』の部下には貧乏籤を引かせることになってしまったが。
最後の力を振り絞るように、生き残った砲塔から閃光が延びた。次の瞬間、赤黒く変色した砲身が力無く歪み垂れ下がるようにしなった。ついにコイルが溶けてしまったらしい。無重力の世界なのに、どうして垂れ下がったのだろう。それが彼の最後の思考だった。



宇宙世紀〇〇七九年一月一六日 五時一四分 サイド5付近 公国軍総旗艦 巡洋艦『ファルメル』 艦橋

 敵の戦艦に三本のビームが同時に突き刺さり、火球に変わる有様を見て、参謀長が呟くように言った。
「最後までしぶとい敵でしたな。降伏してくれると良かったのですが。なぶり殺しというのは、正直申し上げてあまり性には合いかねます」
「まあそうは言うが、敵の指揮官を貶めることも出来んな。味方の撤退を最後まで援護して死ぬのだ。軍人としては死に場を得たと言うべきだろう。それに我々とてああならないとは限らんからな」
「そうですね。連邦との戦いがこれで終わってくれるといいのですが……」
 ドズルは一瞬、今回の戦いの成果について考えた。連邦軍の宇宙戦力はこれでほとんど失われた。しかし、我々にもコロニーを落とすだけの余力は残ってはいない。この先、講和が締結されて我々の勝ちに終わるかどうか、まだ確かなことはいえない。
「あるいはまた、地球攻略を本気で考えねばならないかもしれませんな」
 ドズルと同じことを考えていたのだろう。参謀長が言った。
「そうだな」
 そう答えたあとで、ドズルは戦勝将軍にふさわしい表情と声を作った。
「しかし、今日の我々は十二分に勝利を得たのだ。凱旋を飾ることにしよう。通信士、全艦艇に集合命令を出せ」




次回予告

「惨憺たる敗北を喫し、地球連邦は戦意を失った」
いやぁー、普通、八割方沈められて総大将捕まったんじゃ、白旗ぐらい揚げるでしょ。
「公国政府は短期決戦という目標を達成するため、南極での講和会議を求めてきた」
でもなぁ。ジオンも長期戦を嫌がってるんだがね。
「圧倒的な優位にある公国政府交渉団は、連邦政府に事実上の降服を求めてきた」
だからといって、こっちのお偉方は、もうやる気、ありませんよ。
「囚われとなったレビルの南極入りによって、それは決定的になろうとしていた」
……だわなあ。やる気を絞り出させる材料がないものなぁ。
「そのレビルを奪還すべく動き出す情報局」
しかし、なんですこのナレーション。
「死中に命を拾おうとするファンの作戦は成功するのか」
ちょっと待て、パク、何読んでんだ?
「次回、一年戦争記第二章 『戦闘の終わり/戦争の始まり』を、みんなで読もう!!」
少佐ぁ、通信系が完全に開きっぱなしでしたよ……。
……げ。


つづく

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