第三章 地球へ


3 迎撃部隊を迎撃せよ



宇宙世紀〇〇七九年三月一日 一七時三四分 地球軌道上 連邦軍第九艦隊第九三戦隊 マゼラン級戦艦『ロドネー』 第二艦橋

 幾条もの光箭が虚無を切り裂き、闇へと消える。
 レーザーとは違い、高熱のミノフスキー粒子が光を放つため、目でそれを追うことが出来る。もっとも、そんなものを眺めていられるほど余裕のある人間は、それほどいない。誰もが生き残るために必死なのだ。
 虚空に光球が発生した。艦橋内に小さなどよめきが起こるが、人間よりも遙かに冷静なコンピュータは、それが囮であると告げた。半ば以上予想されたことでもあるので、とくに罵声が飛び交うわけでもない。生き残るのに必死なのは、こちらだけではないのだ。
「わかっていたことだけど」ルロイは、傍らに立つオコンネルにぼやいた。
「当たらないものね」
「ミノフスキー粒子濃度が七を越えています。双方ともに戦闘散布を行っていますから、やむを得ませんね」
 ミノフスキー粒子濃度が六を越えると、船舶のような大型目標であっても命中が難しくなる。七を越えると僥倖に任せるしかないと考えられている。ただし、短時間で拡散するため、濃度は時間の経過に伴って下がっていく。また、ミノフスキー粒子の生成はジェネレータ出力を喰うため、あまり気前よく使い続けていると機関の出力やビーム兵器の運用に支障が出る。
 つまり、しばらく待てばこちらの攻撃が命中するということになる。それは向こうも同じだが、同程度の兵力であれば砲力に優るこちらが勝つ。もちろん、そのころにはMSが殴りかかってきているので、優雅な艦砲戦など楽しんでいる暇はなくなっているはずだった。
それが一週間戦争からルウム戦役に至るまでの、典型的な戦闘の展開だった。
 こちらにMSが配備されたというわけではないので、戦力の質としてはそれらの時とたいして変わらない。ルロイの率いる三隻が寄せ集めであることを考えると、とくに防御力の面では劣っているとさえ言える。鈍重な艦船が機動兵器から身を守るためには、身を寄せあって濃密な対空砲火を形成し、その傘の下に入るしかないからだ。運動性能が異なり、戦隊運動の訓練も行っていないのでは、身を寄せあうことも出来ない。下手をすれば衝突の危険すらある。三隻が複数の通信手段で戦術情報リンクを形成して、それぞれの艦の航法コンピュータで情報を共有しあっているとはいえ、攻撃をかわすためにばらまかれる各種のチャフ・フレアーなどの欺瞞手段のため、レーザー通信によるリンクが狂ってしまう可能性がある。決して軽視していい危険ではなかった。
 連邦軍にとって、有利な条件はほとんどなかった。
 もともと半個艦隊、つまり完全二個戦隊の兵力しかなかったところが、二つの目標をほぼ同時に叩くことを要求されていたため、二つに分割する必要があった。おまけにさらにその半分は、補給や編成のため同時に戦闘に参加することが出来なかったので、実質半個戦隊の兵力しか持たない四つのグループが、ばらばらに降下艦隊を目指しているということになる。
 まさに軍人が忌み嫌う戦力分割の見本である。これでは各個撃破されに行くようなものだった。
 数に劣るだけではない。機動兵器の質では勝負になっていなかった。『ゴーリキー』の報告によると、『ゴーリキー』とセイバーフィッシュ二機が奇襲を掛けて、ようやく撃退に成功したという有様である。正面からの殴り合いでは勝ち目はない。
 戦闘前にルロイやオコンネルたちが検討した結果、正攻法で挑んだ場合、第九艦隊が保有するマゼラン級戦艦一隻・サラミス級巡洋艦八隻・セイバーフィッシュ二四機の戦力では、一個中隊一二機のMSにすら勝てないのではないかと思われていた。部隊としての練度が低いことが悪影響を及ぼしている。
 今回の任務で第九艦隊に下されていた命令は、公国軍降下部隊に対する迎撃だった。分かりやすいように表現すると、地上の空軍や陸軍が、空挺降下してくる公国軍を迎撃するために必要な時間を稼ぎ出せということになる。
 これまでの偵察や分析から、公国軍の降下目標が黒海沿岸と中国北部ということが分かっていた。だが、それが分かったからといって、部隊の配置が瞬時に出来上がるわけではない。他の方面に配備されていた部隊を再配置するのには、それなりの時間が必要なのだった。
 地球最大の資源地帯である黒海沿岸は、連邦軍が予想していた降下地域のリストに、最上位で入っていた。しかし、ここだけが目標ということはないはずだった。他にも重要な地域は存在するし、あまり一カ所に集中しすぎると、降下部隊の規模が運用に支障がでるほど大きくなりすぎるためである。
 他の候補地として、鉱物資源が豊富で、現在連邦政府や議会が存在するアフリカ西部のダカール、やはり資源が豊富で、地球最大の工業地域でもある中国北部、つい昨年まで政府と議会が置かれ、経済の中心地でもある北米東部都市群などが挙げられていた。危険に過ぎるため考えにくかったが、連邦軍本部がある南米のジャブローを直接目指すという可能性もあった。
 しかし、降下地域間の距離がありすぎると相互に支援が出来ず、降下後に困ることになる。それを考えると、同じユーラシア大陸の黒海方面と中国方面が最初の目標となるのではないかと思われていた。
だからといって、他の方面をないがしろにしてわけではない。なまじ距離があるだけに、裏をかかれた場合、対応のしようがないからだ。低軌道から高軌道にかけての制宙権をほぼ押さえられ、公国軍が降下作戦を実施するに当たってほぼ完全に主導権を握っていたことが、連邦地上軍の迎撃を困難にしていた。
 つまり第九艦隊の最大の任務は、公国軍の降下作戦を撹乱し、分散配置を強いられている地上軍が再配置を行うまでの時間を稼ぎ出すことだったのである。
 それならば大戦力は必要ない。むしろ、満足な戦力をそろえられない宇宙軍にとって、唯一の選択肢であるとも言える。だからといって、それが容易なものであるというわけでもなかったのだが。
 しばらく無言で手元の携帯端末に視線を落としていたオコンネルは、小声で言葉を続けた。
「それに、もとより当てることを期待してはおりませんから」
 砲戦距離のことだ。ルロイは曖昧にうなずいた。
 こちらは攻めかけ、あちらは逃げる。それほど加速度に差があるわけでもないので、時間ばかりが過ぎてゆき、ザクが全てにけりをつける。
 ルウムで描いた悪夢を再現しているだけ。
 分ってはいるが、どうも面白くなかった。



宇宙世紀〇〇七九年三月一日 一七時三八分 地球軌道上 チベ級重巡洋艦『コルフ』 第一艦橋

 今のところ、迎撃作戦は順調だった。マ・クベたち降下艦隊司令部ではそう判断していた。
 二個戦隊規模の戦力からなると評価された連邦軍艦隊は、降下艦隊が二つに分かれたことに対応し、同様に二手に分かれていた。降下艦隊が大気圏に突入するタイミングに合わせて襲撃を行うつもりなのだろう。降下作戦が困難なものである以上、一番効果的なタイミングで攻撃を仕掛けてくるのは当然のことである。
 自転を行う地球のある一点に降下するということは、勢いよく回転させた地球儀上の一点に指を立てるのと同じぐらい困難な作業である。降下船の推力は、地球の重力や遠心力に抗うには哀れなほどのものでしかなかったし、対流圏では刻々と気象条件が変化する。ちょっとした気圧の変化を受けるだけでも降下中の混乱は増大する。コンピュータの支援を受けていても、困難は減少しない。より表現の正確を期するならば、コンピュータと人間の脳の全力を尽くして、ようやく目途がつくというべきだろう。確かに重力の井戸を昇り降りするための能力は、その黎明期に比べると格段に進化していたが、今回の降下船団の規模は、それを打ち消すのに充分なものだったのだ。
 そのため、降下作戦の立案を行った参謀団や、それを実行するマ・クベ達に許された軌道と時間の自由度は、ごく僅かなものでしかなかった。遥か昔から「窓」と呼ばれてきた、時間的にも空間的にも余裕の少ない隙間に、二個師団を押し込まなければならなかったのである。
 そして、人類史上初めての大規模な軌道降下において、人為的な障害――迎撃がどの程度の問題となるのか、まだ誰にも分っていなかった。
「現在、敵の攻撃は第五師団に対するもののみのようです。第九師団の防衛ラインとの触接は七分後、一七四五時の予定」
 副官の報告を受け、静かにうなずいたマ・クベだが、頭の中では活発に思考をめぐらしていた。
 予定通りの展開だが、あまり面白くない。このままいけば、確かに連邦軍は壊滅するだろう。教科書通りの展開といっていい。
 だが、現実において教科書通りの展開など、まず起きない。一週間戦争やルウム戦役のころならともかく、MSの恐ろしさを肌で知っている今の連邦軍が、開戦劈頭と同じ反応を示すはずがなかった。何か考えているはずだ。
 考えられる可能性は色々とあるが、説得力のあるものは存在しない。手持ちの情報が少なすぎた。
 ミノフスキー粒子が高濃度でたちこめる現在、レーダーは何の役にも立たない。かといって光学索敵が行える距離でもなかった。艦船や機動兵器の発する熱量を測定し、その規模を推測する長距離索敵が唯一の目となっている。有効な手段ではあるが、充分な情報量を提供してくれるわけではないし、自身の赤外線放出量を増大させる戦闘機動に入ると、ほとんど役に立たなくなる。戦闘中は光学索敵で充分まかなえる――というよりは、有視界距離でないと戦闘が起きなくなったため、これまで赤外線索敵の問題について深刻な疑問を抱いた者はそれほど多くはなかった。
 マ・クベは疲れた目を閉じると、スクリーンに映し出されている戦場全体の俯瞰図を思い浮かべた。ここ数時間そればかりを見ているので、目を閉じていてもほとんど不都合はなかったのだ。
 地球に対して、二つの線が周回軌道を形成しつつある。マ・クベがいる降下艦隊司令部は、どちらに対しても支援を行えるように、その中間に位置していた。多少距離はあるが、レーザー通信の届かない距離ではない。
 二つの線の片側、中国北部の降下ポイントを目指している第五師団の直衛部隊は、連邦軍との長距離砲戦に入っていた。双方の距離が光学索敵による視認距離に僅かに届いていないため、連邦軍部隊の規模はあと数分間は赤外線レベルと砲撃密度から推測するしかないが、おおむね一個戦隊四隻のサラミス級巡洋艦からなると判定されていた。姿の見えない相手であっても、赤外線の放出量や砲撃に用いられるメガ粒子の軌跡から、かろうじて座標を推測することで、砲戦を挑むことはできる。もちろん、満足な命中率は得られない。連邦は命中率の低い遠距離での砲戦を嫌い、距離を詰めつつある。それに対して直衛部隊は、一個MS中隊を差し向けつつ、間合いを取ろうとしている。今のところ第五師団本隊は安泰といっていい。
 少し離れた位置でオデッサに向かいつつある第九師団に対しても、連邦軍部隊が迫りつつあった。連中が有視界距離に到達する頃には、現在発艦作業中の一個MS中隊が待ち受けることになるだろう。このまま行けば順当に各個撃破の対象となる。司令部に置いてある予備中隊に手をつける必要もなさそうだった。
 なにが気に入らないのか。マ・クベは目を開くと、もう一度スクリーンを見た。
 地球の周りをめぐる二本の線。司令部。交戦中の敵。まだ見えない敵。
 見えない敵。マ・クベは頭の中で繰り返した。スクリーンでは赤い縦長の楕円で表示されている。不確定情報なので、この場合、楕円のどこかに敵がいることを表している。楕円の中に記された数字と棒グラフが赤外線の強度を示している。
 スクリーンには第九師団に向かいつつあるもの以外にも、赤い楕円が描かれていた。
 その全てが敵というわけではない。ほとんどがこれまでの戦闘で破壊された艦船の残骸や、双方が放ち続けている囮であり、司令部のコンピュータが自動的に赤外線の強度と移動のベクトルや加速度などから脅威度を判断し、無害であると評価を受けたものだった。
「参謀長」マ・クベは振り返ると、背後で控えていた女性に声を掛けた。
「はい」リョウコ・オカムラ中佐は、手元の携帯端末から上官に視線を移した。
「連邦の機動兵器について、君はどう評価しているかね?」
「連邦軍の機動兵器は、基本的に攻撃用兵器と防御用兵器に分かれています」突然の質問に、彼女はよどみなく答えた。
「そのいずれもが我が軍のMS相手では力不足です。セイバーフィッシュは継戦能力に乏しく、ザクの防衛ラインを突破して対艦攻撃を行うことは難しいですし、ボールは機動性に乏しく、ザクに防衛ラインを突破されてしまうと対応が出来ません」
「なるほど。では、ザク抜きではどうかね」
「我が軍のドクトリンは、MSの存在を前提に立てられております」それ以上は口にしなかった。上司が饒舌を嫌う人間であるということは、着任以来のひと月ほどで理解できていた。
「ふむ」マ・クベはその返事で満足したのか、それ以上の質問は口にせず、沈思にふけりこんだ。
「ハウザー少佐」ややあってマ・クベは、MS部隊の指揮官を呼んだ。
「哨戒ラインをもう少し前進させられないか?」
「不可能です」ハウザーは即答した。本来、第一六MS大隊の大隊長であるハウザーは、艦隊の索敵計画を立案する立場ではない。しかし、人的資源の乏しい公国軍では、ラインとスタッフの区分は明瞭ではなかった。組織の原則という観点からすると望ましいことではない。連邦軍なら専任の幕僚を配置していただろう。だが、公国軍の士官にはそうした負担をごく普通にこなすだけの能力を持った人材が多かった。
「現在の計画でも迎撃に支障が出かねない状態です。連邦軍の動きが単調なので対応できていますが、これ以上索敵機を増やすと、予備がなくなります」
 ハウザーの言葉は道理だった。各師団の直衛として配備されているMS中隊は、一個中隊の定数である十二機を割り込んでいた。平均して一個小隊不足の九機程度である。ちなみにこれは降下部隊でも同様で、ひどい場合、半数の二個小隊しか持っていない中隊も存在したほどである。一週間戦争やルウム戦役での栄光は、それなりの代償を要求していたのだ。
 連邦軍の艦隊が赤外線による長距離索敵に発見される数時間前から、MSによる索敵は継続的に行われていた。直衛中隊は、その任務名とは裏腹に、部隊の目としての役割も負わされていたのである。これにおおむね一個小隊が割かれていた。実際には三機からなる一個小隊を索敵任務に専従させるのではなく、中隊を四つから五つ程度の二機編成のペアに分割し、それらを索敵往路→索敵復路→着艦整備→発艦直衛のローテーションに組み込んでいたのだ。当然ながら、パイロットに大きな負担を強いるものであった。
 ベテランのMS乗りでもあるハウザーは、そうした索敵重視の姿勢にあまり賛成ではなかった。こうしたローテーションはパイロットを疲労させるし、『ゴーリキー』と交戦した二機のザクがそうであったように、情報と引き替えに大きなダメージを受けるものも出てくる。
 これがまだ、部隊のほとんどが練度の高いパイロットによって構成されていたために問題とはなっていなかったが、練度の低いパイロットだと、低くない確率で艦隊に帰り損ねるものも出ていたはずだ。その場合、もちろんパイロットも機体も失われることになる。
 本来ならば、索敵専門の部隊を編成し、それに担当させるべき任務なのだ。それが無理だとしても部隊の頭数がもう少し多ければ、反比例してパイロットの負担は小さくなる。要するに、定数割れの一個大隊にそこまで求める方が無理なのだ。
 彼は、現行の戦力であれば、艦載の赤外線センサーに長距離索敵を任せてしまい、MSは純粋に攻撃・防御任務にのみ当たらせた方がいいと考えていた。確かにそれでは敵にこちらの位置も暴露してしまう。しかし、それは甘受すべきリスクだろう。遠距離での迎撃が理想的だが、この戦力でそれを望むのは無理がある。
 実際、マ・クベにその旨を進言してもいる。が、却下された。
 別段、彼の判断が誤っているというわけでもない。公国軍の士官として珍しくないが、彼もまたMSの搭乗資格を持っているので、ハウザーの意見が当を得ていることは理解していた。しかし、ハウザーとは異なり、情報畑の参謀としての経歴の方が長い彼にとって、情報というものはそれだけの無理をしてでも手に入れ、また隠す価値のあるものだったのだ。
 そうはいっても、ない袖は振れない。索敵任務に機体を割いていることで、すでにMS中隊としての打撃力は低下していた。たとえば現在、第五師団の直衛部隊から攻撃に向かいつつあるMSは四機だった。それに加えて二機のザクが発艦中である。中隊所属のMS数は九機だったが、残る三機は現在索敵任務からの帰還・整備中だった。一個戦隊規模と推測される敵を叩くのに、半個中隊六機のザクしか用意できない。ルウム戦役の時とは異なり、核砲弾を装填したバズーカを使えないことを考えると、この戦力だけで敵を叩くのは、かなりの困難が予想されていた。ただし、反復攻撃を行うことにより、最終的に勝利するのは公国軍であるということは疑われていない。今回のお互いの任務の性質上、反復攻撃が行われるかどうかについては疑問があったが。
 降下艦隊司令部の手元に残してある一個中隊の予備に手を付けるつもりは、ハウザーにもマ・クベにもなかった。MS部隊の任務は護衛であり、敵の殲滅ではない以上、当然のことだ。また、まともな指揮官なら極力手元に予備を残そうとする。
 第五師団に向かってきた敵の規模が一個戦隊と判断されていることから、第九師団に向かっている敵も、同じく一個戦隊と推察されていた。敵の規模がおおむね半個艦隊二個戦隊ということは、これまでの偵察結果や連邦軍に対する各種諜報機関の分析などから確度の高い情報を得ていたので、まず信用してよい数字と考えられていた。
 そうすると、連邦軍の戦力は、基本的には全て確認できたことになる。セイバーフィッシュなどの機動兵器については未確認だが、連邦軍の艦艇が機動兵器の運用能力面で劣ることは、すでに知られていることだった。機動兵器自体の能力も、オカムラが述べたように、決して高くない。MSの迎撃効率を落としさえしなければ、さしたる脅威とも思えなかった。
 しかし、索敵ラインを延長する、言い換えれば索敵任務に投入するMSの数を増やしてしまうと、迎撃任務に投入すべきMSの数が不足する。MS部隊の運用に責任をもつハウザーにとって、認められることではなかった。
 ハウザーが反対することは、マ・クベも予想していたのだろう。軽くうなずくと、重ねて要求するわけでもなく、思考に戻る。
 通信員が報告してきたのはその時だった。
「『ダンケルク』より通信。MS部隊の目視情報により、敵部隊1の規模はマゼラン級戦艦一隻とサラミス級巡洋艦が二隻と断定」
 ムサイ級巡洋艦『ダンケルク』は、第五師団を守っていた第一九戦隊の旗艦だった。彼女のもたらした情報に従って、ディスプレイの表示が更新される。赤い楕円は三つの円に変わった。ほぼ一列にまとまっている事から、三隻が単縦陣を構成していると分る。先頭の一隻がマゼラン級だった。
「妙だな」情報参謀のシャピロ大尉が漏らした。常識的には、複数の艦種が同じ部隊に存在することは、特に砲戦の場合は珍しい。
「連邦の迎撃艦隊はかなりの無理をして編成されたんだ、こういうこともあるんじゃないか?」シャピロに並んで立っていた作戦参謀が応える。
「そうですね」シャピロはそう応じたが、気に入らないらしかった。ディスプレイに食い入るような視線を向けている。
「仮定の話で申し訳ないが」マ・クベは誰にというわけでもなく、つぶやくように言った。
「マゼラン一隻とサラミス四隻、セイバーフィッシュを数機持っているとする。目的は降下部隊に対する妨害。連邦軍の戦力はMS一個中隊と同等と評価する。防御側はMS二個中隊。どうやって攻撃する?」
「囮を使って、MSを降下部隊から切り離します」ハウザーが応えた。
「脚の遅い艦艇を前に出してMSの攻撃を誘引し、前もって切り離しておいたセイバーフィッシュに戦場を迂回させ、降下部隊に切り込ませます」MSというより、騎兵部隊の指揮官に相応しそうな案だった。
「迂回させるといっても、戦闘を始める前に長距離索敵に捉まるぞ。それにセイバーフィッシュの索敵能力じゃ、降下部隊を捉まえられないと思うが」作戦参謀が反論した。
「降下部隊の位置は予測が可能ね。長距離索敵については……」オカムラは少し考え込む表情をみせた。
「簡単に、索敵レンジ外でバラバラになって、慣性航行でいいんじゃないの。わたしなら一個戦隊そこそこの部隊に、MSを二個中隊もぶつけないでしょうけど」
「一九戦隊は、まだセイバーフィッシュとは接触していないようですね」戦況表示ディスプレイを見ていたシャピロが言った。
「セイバーフィッシュが『死んだふり』をしている可能性を検討してみます」そう告げると、端末からコンピュータにシミュレート開始の指示を打ち込み始めた。
「作戦前のシミュレートなので精度は低いですが、可能性としては検討済みです」端末と格闘しているシャピロを横目で見ながら、作戦参謀が言った。
「迎撃は可能ですか?」ハウザーが訊ねた。
「なるべく早い段階で迎撃に向かわせた方が効率よく敵を叩けるが、デブリとセイバーフィッシュの区別をつけられるのは、かなり距離が詰まってからになるはずだ。結論としては、多少の損害を受けるリスクを負ってでも、引きつけてから迎撃させた方がよいとなった」
「それで、現在の情報量じゃどうなる?」ハウザーはシャピロに訊ねた。
「クサいのが幾つか出てきました」ディスプレイに浮かんでいたデブリの幾つかが、非脅威を示す灰色から、警戒対象の黄色に変わった。
「しかし、警報を出すだけの脅威レベルではないようです」
 公国軍が地球降下作戦の実施を検討し始めた時期は、公国軍の創始とほぼ同時期にまで遡る。
 もちろん、それぞれの時期で公国軍の戦力や戦略目的などのパラメータは全く異なっているので、作戦案の内容もそれにしたがって変容を遂げている。たとえば初期の案では、その目標としてジャブローや連邦政府などの重要拠点に打撃を加え、連邦の意思決定能力にダメージを与える事を主目的にしたものが多かった。ジャブローに対するコロニー落としを図ったブリティッシュ作戦などは、その集大成とでもいうべきものだろう。
 公国軍の戦力が増大し、特にMSの開発・採用に伴って、連邦軍とのミリタリーバランスが以前ほど不利ではなくなってきた頃から、地球のある地域を占領し、その資源を奪取するという長期戦を見込んだ作戦案が提出されるようになってきた。その過程で、公国軍や連邦軍がとる戦術レベルの可能性まで、基本的な検討は行われている。
 南極会議での講和に失敗し、地球降下作戦が決定されてからのひと月で、過労による死者まで出しながら見直されてきた降下作戦の実施案においても、基本的な部分はすでに検討されたものと大差はない。降下作戦司令部が用いている戦術情報評価プログラムも、その線に沿ってあらゆる情報を検討しつづけている。連邦軍が採用している迎撃計画がどんなものかはまだ分からないが、ある迎撃計画を採用する確率が一定値を越えると、自動的に警報を発するようになっていた。人間が全ての情報を扱う時代は、遥か過去のものとなっていたのだ。
 しかし、どの程度にまで機械任せにするかという点については、いまだ議論があった。プログラムが警報を発する閾値(いきち)などは、その一例だろう。
 あまり急いで警報を出しても対応する人間が疲労するだけだし、過剰な対応を行う事で時間や機材を消費してしまうことによって、肝心の時に必要な対応が出来なかったりする危険もある。そこで危険度を数値化し、ある一定の基準を越えた場合に警報を出すようにすれば、それぞれの段階において適当な対応を無理なくとれる。
 その基準値を閾値と呼ぶのだが、この存在をあまり快く思っていない参謀も少なくない。参謀という人種は、とりわけ勤勉という美徳を持ち合わせている人間の多い事で知られており、彼らは機械にあまり多くを任せすぎることに警戒心を抱くからだ。特に公国軍で参謀や部隊指揮官を務める中堅将校たちは、個人的にも高い能力を持っており、その能力を十全に発揮する事を当然と考えていた。
「現時点で、一番脅威レベルの高い可能性は何だ?」幕僚達の議論に水を注さないよう、それまで沈黙を守っていたマ・クベは、シャピロに訊ねた。
「『死んだふり』をしているセイバーフィッシュによる一撃離脱です」
「連邦軍がその計画を採用するメリットとデメリットは何だ?」今度は作戦参謀に尋ねる。マ・クベは慎重だった。
「われわれの予備戦力を囮に誘引することにより、降下部隊に混乱を起させる可能性は高くなります。その代償として、囮部隊となる一個戦隊と、攻撃に使うセイバーフィッシュが受ける損害は非常に大きくなる事が予想されます。現在の連邦軍にとって、リスクの高い、極めて攻撃的な案だと判断します」
「分かった」マ・クベは、画面の一番上のほうで展開している護衛艦隊に視線を向けた。連邦軍の一個艦隊――おそらく、最後の正規艦隊だ――が、降下艦隊を窺おうとしているのを牽制している。誰もが囮だと気付いてはいたが、あまりに巧妙な艦隊運動のため、現行の警戒線を維持したままでは、うかつに戦力を引き抜けないのだ。
 愚かなことを。動きの鮮やかさから見て、連邦の指揮官はティアンムだろう。艦隊指揮官として、彼の右に出るものはいない。しかし、よだれのたれそうな獲物が護衛艦隊のすぐ背後にいるのだとしても、今の連邦が、彼に攻撃を許すはずがないではないか。あそこで展開しているMS一個中隊だけでもこちらの手元にあれば、こんな面倒な決断など不要だったものを。
 幕僚達は、マ・クベの顔を見守っていた。行うべき進言はすでに終わっている。決断は彼が下すのだ。
「ハウザー少佐」マ・クベは命じた。
「予備中隊をもって、連邦軍の攻撃隊を迎撃せよ」



宇宙世紀〇〇七九年三月一日 一七時四二分 地球軌道上 連邦軍第九艦隊第九三戦隊 サラミス級巡洋艦『マクシム・ゴーリキー』 第一艦橋

「敵は『ロドネー』一本に狙いを絞っているようです」アンツネスは、九三戦隊周辺の戦術情報を表示しているディスプレイを睨みながら言った。
「向こうの懐具合も厳しいようですな。本艦をもう少し前進させるべきです。連中の接敵機動をもう少し難しくしてやっても、罰は当たらんでしょう」
「航宙士、本艦の位置を、マイナス1、プラス6、ゼロ」シーは、旗艦との位置関係を変えるように命じた。戦闘に入ると、ただでさえ少ない言葉数が、さらに惜しまれていた。
「マイナス1、プラス6、ゼロ、アイ」航宙士は艦長の命令を復唱すると、三隻で編成されている戦隊の中で『ゴーリキー』がとるべき新たな座標を、航法コンピュータに入力した。
 情報は戦隊内の各艦とも共有されているので、ほぼ同時に他の艦にも伝わっているはずである。本来ならば対空戦闘を指揮する調整官の仕事だが、急造の戦隊である上に艦種まで異なっているため、個艦での対応が許可されている。
「敵MS二機、射界に入ります」情報士のガサンディが告げた。自動化された対空砲火は、すでに対空戦闘開始の許可を受けており、コンピュータが最も効果的であると判断した瞬間から攻撃を行うことになっている。
 九三戦隊に所属する三隻は、戦闘が始まる直前に、縦一列の単縦陣から進行方向に対して三角形を描く三角陣に陣形を変えていた。三角形の頂点に一隻ずつ位置することで、対空能力が低いとされている艦底方向をお互いに支援しあっている。もちろん、宇宙空間でのみ成立が可能な三次元的な陣形である。
 ちなみに宇宙空間での対艦攻撃は艦の周囲を周回しながら行うことが普通だったので、艦底方向の防御火力が弱いこと自体は致命的な問題ではないとされていた。例外は一撃で轟沈してしまう核攻撃の場合だが、南極会議で核攻撃は禁止されたため、可能性は低い。もっとも、連邦軍の艦長には核攻撃の有無について、かなり懐疑的になっている者も少なくなかったが、大きな声にはなっていない。核攻撃に対処するためには、ある程度艦と艦との距離をとる必要があるのだが、それでは通常兵器を装備したMSあっさり切り込まれてしまう。通常兵器による攻撃に対処するだけでも充分に困難な仕事なのに、あるかないか分からない核攻撃のことまで心配していられないというのが、大多数の艦長たちの本音だった。
 四機のザクで編成された公国軍の攻撃部隊は、二機ずつのペアを作って襲い掛かってきた。
 普通、公国軍のMS小隊は、三機で構成するとされている。もちろん、故障したり戦闘で被害を受けたりして定数をそろえられないことは充分に考えられるので、二機編成であったとしても意外というほどではない。
 三機編成の優位は、前衛・後衛の二機に加え、攻撃・防御の双方に使える余裕が存在する点にある。そのため、機動兵器の能力差を無視したとしても、公国軍の戦術ユニットとしての有効性は、二機編成のユニットを機軸とする連邦軍の航宙機部隊よりも高いとされている。
 そのかわりに戦場で運用するために必要な練度は、二機編成よりも遥かに高くなる。部隊編成の容易さという点では、連邦軍に軍配が下るだろう。どちらが優れているというわけでもなく、短期決戦を根幹においていた公国軍と、地球圏全体という広大な領域を警備するために創設され、必然的に巨大な軍隊を短期間で編成する必要のあった連邦宇宙軍の違いという程度のものであろう。戦争の後半に入り、長期戦による人的資源の消耗を経た上での継戦能力が試される時期に至って、双方の編成の差異が問題になってくるのだが、それはまだ先の話である。
 とはいっても、この時期には既に、慢性的な戦力不足に喘ぐ公国軍が二機のペアでユニットを編成させることも珍しくなくなっていた。なし崩しのままに『ゴーリキー』に居残り、対空戦闘の参謀役を務めているアンツネスにとって、一ユニットあたりの数が少ないことは、まだましとでも表現すべき状況であろう。
 彼は、戦術情報ディスプレイのとなりに設けられている作戦全体の状況図に目を移した。すでにミノフスキー粒子の散布が行われているため正確な情報ではないが、それでも各部隊の大まかな位置関係は理解できる。
 九三戦隊を表す表示から少し離れて、四つのユニットが配置されていた。二六五航宙隊と二八七航宙隊の八機である。ユニットの横に置かれたカウンターの数字が残り少なくなってきている。そろそろ、戦闘機動を開始する時刻だった。数字に視線を向けた彼は、一瞬、気遣わしげな表情を浮かべた。
 作戦前、アンツネスは困難な選択を迫られた。
 手元に四機あるセイバーフィッシュに、誰を振り当てるのかという問題である。
 二八七航宙隊は、先ほどの補給の際に、公国軍との戦闘で消費した物資の補充に加えて、一機のセイバーフィッシュも受け取っていた。元々四機のセイバーフィッシュを保有していたから、これで五機になったわけである。
 しかし、その一機はアンツネスの手駒として与えられたのではなかった。二八七航宙隊同様、ルナ2で再建を行っていた二六五航宙隊への増援だったのである。より正確に表現すると、わずか三名の基幹要員と四機のセイバーフィッシュを持っていた二六五航宙隊の稼動機数を、二つのウィングを編成するのに必要な四機にするための引き抜きだったのだ。
 二つのウィングが成立すれば、公国軍の小隊に相当するダイアモンドが編成できる。付け加えるならば、公国軍の中隊に相当するのが航宙隊で、一六機のセイバーフィッシュが定数とされている。編成途上の二個航宙隊を、本来ならば指揮を行うべき基幹要員まで駆り出してようやく半個航宙隊相当の兵力を捻出するのが、今の連邦宇宙軍の限界だった。
 それはともかく、アンツネスはまず、二六五航宙隊に送り出す人間を決めなければならなかった。
 二八七航宙隊には、アンツネスを含めて六人のパイロットを擁している。そのうち、副官のパク少佐など四人はベテランといってよく、能力的には何の心配もない。  だが、残る二名は訓練過程を早期修了させられた新米である。もちろん基本的なレベルはクリアしているが、それでも不安を払拭するのは難しかった。
 そして、一人を二六五航宙隊に送っても、まだ一人余る勘定になる。誰かを『ゴーリキー』に残さなければならなかった。
 結局、アンツネスは自分の列機パイロットを務めるクラーク中尉を二六五航宙隊に送り、自分が『ゴーリキー』に残る事にした。困難を極める事が予想される攻撃任務に、本当は自ら指揮をとるつもりだった。二八七航宙隊の任務遂行のためには、その方が有効であることは言うまでもない。
 だが、困難に直面するのは『ゴーリキー』も同じである。そして、機動兵器の運用経験を持ち、参謀教育も受けた自分と、士官学校での教育しか受けていない新米パイロットを比べれば、どちらを残した方が『ゴーリキー』の任務遂行にとって有効なのか、それもまた論を待たない。
 アンツネスは作戦前、パクと二人だけになったときに肩をすくめて言ったものである。
「いくらヒヨッコでも、飛び方ぐらいは分かっている。が、ここに置いておかれたんじゃ、本当の役立たずになってしまうからな」
 パクも反対しなかった。二八七航宙隊のことだけを考えるならばアンツネスがセイバーフィッシュに乗るべきだが、彼らは第九艦隊の迎撃作戦の成功率を高めることも考えなければならなかったのだ。
「敵MS、『ロドネー』の射界に入ります」ガサンディの告げる声が、アンツネスの注意を引き戻した。
 これで敵のMSは本丸に取り付いたわけだが、二隻の対空砲火を浴びながら攻撃を行うのは、それなりの技量と運とを要求する。残る二機のザクは、『ハンヤン』の側から『ロドネー』に切り込むようだった。



宇宙世紀〇〇七九年三月一日 一七時四三分 地球軌道上 連邦軍第九艦隊第九三戦隊

 暴力に満ちた光球がディスプレイの片隅を駆け抜ける。光度を調整した星々のものとは比べ物にならないほどの輝きを見せている。
 オスカー・ロート伍長は、もちろん輝きに見とれているほどの余裕はなかった。命が懸かっている最中だし、第一、八G近くに達する加速度を出してキリモミ飛行を行っているのでは、意識を保っているだけでもかなりの困難なのだ。
 最初の予定では、もう少し楽が出来るはずだった。
 作戦前に受けたブリーフィングでは、敵艦隊には機動兵器がいないか、いてもごく少数ということだった。
 敵の艦船には機動兵器の運用能力が無いので、判断自体はおかしくはない。ルウム戦役などでは無理やり曳航してきて戦場に投入していたが、整備性や継戦能力にかなりの支障が出ていたらしく、その意味ではルウムを例外と考えていいとする楽観論もあった。
 もちろん、実際に刃を交えるパイロットたちは、根拠の薄い楽観論に頼るほど愚かではなかったが、機動兵器の妨害がなかったことを不審に思ったりもしなかった。そういうことを考えるのは、パイロットの仕事ではないということもある。
 それよりも、対艦攻撃の難易度が予想以上に上がっていることの方が、はるかに問題だった。戦前の平和な時代に訓練を受けたベテランたちは、自分達の受けた訓練が核バズーカによる攻撃を前提とした事を、南極条約の条文を見せられるまで忘れていたのだ。
 通常弾頭による攻撃では、一撃でしとめることは難しい。ルウム戦役での戦訓を取り入れて、さらに濃密になった弾幕を何度もかいくぐらなければならなくなったというわけである。
 小隊長のロボフ少尉の駆るザクが、敵の旗艦の周囲を巡っている。
 相対速度が秒速数百キロもある中では、いくら相手の図体が大きくても命中は望めない。攻撃の瞬間には、相対速度は秒速数百メートルから数十メートルまで下がることになる。ほぼ静止している事も珍しくない。もちろん、被弾する確率も同様に跳ね上がる。相対速度の低い時間は、可能な限り短い方がいい。
 ロートの仕事は、相対速度が低下しているザクの援護である。少しばかり離れた距離からマシンガンの弾をばら撒き、敵の目をひきつけ、敵の狙いを甘くする。
 人間というものは、自分が狙われていると感じると、どうしても冷静さを保てなくなる。つまり自身の狙いが甘くなる。
 全自動で機能する対空砲火が動揺することはないが、操艦する人間やその指揮官などで、マシンガンの弾幕を無視できる者はそれほど多くはない。実際に何発か被弾すると、なおさらである。
 そうなると、回避行動に注意を向けるようになる。対空砲火に限らず、あらゆる兵器にはそれがもっとも有効に機能する方向や距離が設けられており、回避がそれに優先するということは、ただちに対空砲火の有効性が低下する事を意味する。
 実のところ、公国軍パイロットや参謀の一部にはそれを疑問視する声もあった。マシンガンの威力では艦艇に重大な損害を与えられない。それを知っている連邦の艦長たちが、マシンガンを脅威と見なすだろうか。
 脅威と見なされないのでは牽制にならない。彼らは、対艦攻撃をかけるユニット全てにバズーカを装備させるべきだと主張していた。これなら外見からは、囮役と攻撃役との区別がつかない。
 一方の機体が攻撃をかける「ふり」をして注意をひきつけ、その隙にもう一機が攻撃を仕掛ける。よほど近接しない限り防御砲火に捉えられる可能性は低いので、囮役の機体が被害を受ける可能性は低く、危険なほど近接する、もしくは相対速度を落とす必要のある攻撃役は、比較的安全に攻撃を行えるはずだ。
 ハウザーはその意見を取り入れ、一部の部隊にバズーカ装備の比率を上げさせていた。自身のルウムでの経験も参考にしている。この戦いで、彼と列機のパイロットはまさにその方法で戦果を挙げていたからだ。このときに使ったのは核バズーカなので、通常弾頭のバズーカにそのまま当てはまると考えるわけにもいかないが、参考にはなるはずである。
 もっとも、全面的にそれを採用するには判断材料が少なすぎたし、弾速が遅く命中率の悪いバズーカは、機動兵器との戦闘には向かないので、艦隊防御には使うべきではなかった。MSの頭数が多ければ役割を分担するなりすればいいが、降下艦隊の保有する数少ないMSの使途を限定するわけにもいかなかったのだ。
 ただし、ロートがマシンガンを持たされている理由は、単に彼が新兵だからというだけのことである。ロボフは彼に牽制以上の仕事を期待していなかった。だったら当てるのが難しいバズーカなど必要なかった。
「いいか、敵と会っても俺が許可しない限り、決して攻撃するな。判断がつかなければとりあえず逃げろ。勇敢な新兵なんぞ、敵も味方も感心してくれんぞ」
 ロートもパイロット教育受けている時に、新兵の帰還率について注意を受けていた。自分自身の能力については幻想を抱いていない。少なくともそのつもりであった。
 現実はどうか。距離を詰めてがっちりと陣形を固めた連邦の戦隊は、二機のMSに対して三隻分の火箭を浴びせてきた。ロートには知る由もないが、同じく攻撃を掛けているもう一つのユニットも、苦労していることには変わりないはずである。
 普通、僚艦のいる方向には流れ弾を当てないように火力を落とすものだが、一隻のサラミスがやや前進し、僚艦との安全範囲を大きく取って、遠慮なく弾幕を展開している。突出した分、そのサラミスが狙いやすくなっているのだが、二機のザクではそこまで手が回らなかった。主目標はマゼランと、明瞭な命令を受けているのだ。
 もちろん、それを見越した上での突出なのだろうが、手が出ない事には変わりない。歯噛みしながらも、敵の攻撃を浴びつづけるしかなかった。悠長に照準している暇など、どこにもなかった。
 ロートには四方八方から敵弾が飛んでくるように思われた。無音の宇宙空間にいるはずなのだが、機体のさまざまな振動音に加え、かすめ飛んでいく弾が残していく衝撃波が、連続して叩きつけられる。
 混乱して、牽制攻撃を行うにはどう移動すればいいか、判断がつかない。自分が失禁した事にも気付かなかった。
 声にならない悲鳴を強烈な加重の力を借りて噛み殺しながら、訓練で叩き込まれた回避操縦を、なかば無意識のうちに行っている。新兵とはいえ、充分な訓練を受けていた彼だからこそのことである。
 なんとか対空砲火をやり過ごし、少し離れた位置から照準し直そうとして敵艦の方向に機体を向けると、ロボフの機体を意味するマーキングが前面モニターに表示された。ロート以上に複雑な軌道を描いて飛び回っていたので、これまで一瞬以上の時間、モニターに残りつづけたことはなかったのだが、敵艦間近にいるため、同時に映し出されたのだ。
 モニターに映るほど長い間――それでも一秒に満たない時間のはずだが――静止するということは、バズーカによる攻撃が行われることを意味している。同時に、敵の攻撃を受ける確率が、最も高くなっているということでもある。現に、それまであらぬ方にそれていた火箭の密度が目に見えて濃くなって、ロボフのザクを取り巻いた。
 ザクが構えたバズーカは、前後から炎を吐き出した。ロートには、ほんの一瞬だけ、バズーカの先端から何かが飛んでいくのが見えたような気がした。
 次の瞬間、火箭がザクを捉えた。高速移動の最中ならまだしも、相対的に静止同然の状態である。立て続けに命中弾を浴び、弾けるように回転し、そして爆発した。



あとがき

一ヶ月で挙げるという野望──野望か、言い得て妙な(他人事モード)。

いえ、パソコンがぶっ壊れて七月中は結構やばかったとか、いくつか言い訳のネタはありますが、全部使っても八月中頃には出来上がっていましたな。
おまけに予定よりまた分量が増えているし。
さらにはいくつか設定ミスを見つけたりするし。そのうち直します。

はたして、いつザクは大地に立つのか。
その前にザクって、パラシュート降下が出来るのか。

連邦側の迎撃がどうとかいうより、そっちに方が気になるのですが。



つづく

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