識別信号:青



ステージ:11A 邂逅1

 シャトルは天を目指して駆け上がっていた。
 今この瞬間、バズに掛かっているGは一三・二Gに達していた。通常の装備ならかなり
の確率で死人に変わっているはずの数値である。
 鎌倉基地に置かれた司令室では、バズの身体データをモニターしている。それによると
まだ生きているらしい。猛烈なストレス環境下にあるにしては結構な数値であるというの
が、コンピュータの判断だった。
 もちろん、コンピュータの判断はともかく、こんな状況でバズに操縦できるはずがない。
ドッキングまでに処理しておく必要のある仕事は、地上と宇宙の側で片付けてやらなけれ
ばならない。地上では横須賀基地の管制官たちが、宇宙からは『ハインライン』の管制官
たちが、それぞれ任務に就いていた。鎌倉基地のシェリーはそれを総轄し、司令室の面々
に効率よく伝える仕事である。
 もっとも、実際にシェリーがしなければならない仕事はほとんどなかった。特に横須賀
基地の管制官たちは、さすがに本職だけあって、降って涌いたような無理のある任務であ
っても、速やかに対処し解決した。
 やはりミノフスキー粒子を気にしなくていいことが大きかった。情報収集には衛星軌道
にある各種の艦船や人工衛星などを使い、膨大な計算も地球圏に散らばる大型コンピュー
タをネットワークで結んで一挙に処理していったのである。考えてみれば、ほんの半年少
し前まではごく普通の事だったのだが。
 シェリーが手元に送られてきた情報を、スクリーンに映しながら報告した。
「ドリルのコースデータ最終予測シークエンスに入ります。ザクとのランデブーまで九分
四十秒後」
「了解──あと三十分強か……」
 ミシェルはスクリーンのカウンターを見て呟いた。つい先ほどまでシャトルの打ち上げ
時刻を映し出していた部分は、バズがドリルと合体して地表に帰還するまでの予定時間に
変わっていた。
 ギニアスがミシェルの声に反応するように言った。
「敵の動きが鈍ったことが救いだが──なぜだ?」
 無論、疑問を向けたのはミシェルに対してではなかったが、彼は律儀に応えた。
「分かりません。ただ、そのおかげで再配置の猶予を得られました」
 それまで沈黙を続けていたテム・レイが口を開いた。
「しかし、『エンジェル』がシャトルを狙ったのは確かです。この時点であのザクを危険
と認識した事になりますな」
 ギニアスは顔をしかめた。
「あれだけの事からそこまで判断していいものかどうか……。まあ、たしかに予想される
一番悪い可能性に備えるのが正しいことは分かりますが──」
「我々にも『あれ』にも、手の届かないところにありますからな。今のところは」
 入室してきたモスク・ハンが言った。
「先ほどの爆発に巻き込まれたのではないかと心配してましたが──ご無事で良かった」
 レイがそう言うと、彼は苦笑して応えた。
「ちょうどこちらに向かっている最中でしたから」
 それに対してギニアスが何か言おうとして口を開いた瞬間、シェリーが叫んだ。
「ミノフスキー粒子濃度増大!」
 ギニアスはうなり声を洩らした。顔色が変わっている。
「奴め、ミノフスキー粒子まで生成するのか」
「『ハインライン』およびシャトルとのデータリンク、フォルトしました」
 シェリーの報告に、ミシェルが訊ねた。
「シャトルへのデータ転送は?」
「まだです。シークエンスの八三パーセントで中断。リンク回復までの時間的猶予は三分
五十三秒」
 スクリーンに映し出されていた、シャトルに対する情報転送状況を示すバーの下に、時
間的猶予を示すカウンターが表示された。この時間内に通信を回復しないと、シャトルは
ドリルとランデブーできない。
「…………」
 司令室を沈黙が覆った。
「ギニアス」
 野太い声が訊ねた。
「は」
「説明しろ」
「現在、ドリルは速度を殺すために、大気圏上層部をウェーブライドしています」
 猛スピードで航行していた『ハインライン』から、マス・ドライバーでさらに運動エネ
ルギーを与えられたドリルは、ザクとドッキングするにはあまりに速度がありすぎた。大
気圏内とは異なり、宇宙では慣性の法則がそのままに適用される。減速手段を持たないド
リルは猛烈な速度を維持したまま地球に向かっていた。
 これを減速させる手段として一番手軽な方法は、何らかの障害物で障壁を作ってやるこ
とである。つまり、地球の大気を挟んでやれば勝手に減速する。
 しかし、余り急激な減速は問題があった。単純に減速だけを考えるのなら、一番効率の
良い、地表に対して垂直方向にドリルを打ち込めばいい。無論、それではドリルは摩擦熱
で燃え尽きてしまう。それに、正反対の方向を目指しているバズのザクとはベクトルが大
きくなりすぎ、ドッキングすることもできない。
 逆にあまり突入角度が小さすぎると、ドリルが大気の層に弾かれてしまい、脱出速度以
下に減速することが出来ず、虚空の彼方へ跳んでいってしまう。
 普通はその間の、弾かれない程度に深く、燃え尽きない程度に浅い角度を採用する。
 今回はドリルの突入角度はそれよりも僅かに浅くなっている。こうすることにより、大
気圏上層で弾かれたドリルは、脱出速度を超えない程度に減速される。すると再び地球の
重力に引かれ、大気圏に「落ちる」。その過程で速度を得たドリルは再び弾かれ……と、
水を切って弾け跳んでいく小石のように大気圏を跳ね回る。このウェーブライドによって、
ドリルはザクを搭載したシャトルとのランデブーを行える程度のベクトルを維持したまま、
減速を行うことが出来る。
 もちろん、双方共に猛烈な加速度の中で行われる行動である。人間の能力の及ぶところ
ではない。少なくとも、信頼を抱いて任せられる仕事ではなかった。当然のようにコンピ
ュータの全自動である。
 問題は、ミノフスキー粒子によってコンピュータに正確な情報を送ることが出来なくな
ったことだった。シャトル単独の情報収集・処理能力は、地上や軌道上に管制施設のそれ
には及ぶべくもない。
「つまり、電波以外の手段によって、なんとかシャトルとの連絡を回復する必要があるわ
けです」
 そう言ったギニアスに、ドズルは鼻を鳴らした。
「レーザー通信は使えないのか?」
「ここからシャトルに直接繋ぐことは出来ません。シャトル自身が放つ電磁波に妨害され
ますので。横須賀基地の通信施設から軌道上の適当な中継点を使って、間接的に送ること
になります」
「それだとどんな問題があるのだ?」
「通信にタイムラグが生じます。コンマゼロ以下の時間ですが、もっとも微妙な調整を邪
魔するには充分なものになります。最終段階はパイロットのマニュアルになるでしょう」
「その場合、ランデブーの成功率はどの程度なのだ?」
 ギニアスは言葉に詰まった。しばらく考え込み、絞り出すような声で答えた。
「……シミュレートしている時間はありませんが、限りなくゼロに近いと思われます」
 再び司令室を沈黙が覆った。スクリーンに示された残り時間は二分を切った。
 ドズルは目を閉じた。
 十秒ほどして目を開く。低い声でギニアスに確認した。
「他に手段はないのか?」
 質問を予想していたのだろう。ギニアスは即答した。
「ありません」
 ドズルは微笑を浮かべた。涼やかというよりは凄味を感じさせるあたりは仕方がない。
「確率なんてのは目安に過ぎん。奴の勇気にカバーしてもらおう」
 そう言うと、ミシェルに命じた。
「情報転送手段をレーザーに変更。作戦を続行する」
「了解。レーザー通信に切り替えます。シェリー、頼む」
「了解」
「バズとの通信が回復したら、状況を説明する。準備を頼む」
「了解」


ステージ:11B 邂逅2

「……グラハム軍曹、応答願います。って、あ−、バズ、聞こえる?」
「……うー、聞こえるよ。寝てたか、俺」
 シェリーはディスプレイに映るバズの身体データを確認した。失神していたらしい。脳
波がまだ寝起きだが、すぐに戻るだろう。
「深呼吸してみれば?」
「……息、しづらいな」
 意識は正常だし、初期加速は終わっているから肉体への負担も、まあ大丈夫のはずだし
……、あ。
 シェリーは、強烈なGからバズの身体を保護するという任務を担っていたGゾルの状態
をチェックすることを忘れていた。満足なチェックリストも与えられずに突貫作業を続け
ていると、こういう些細なミスが頻発する。
 Gゾルとは、注入時、つまり1G環境下においては液状だが、高いGを受けると、ゲル
化するという特質を持つ高分子化合物のことである。ゲル化とは、簡単に言えば液体があ
る程度の弾性を保ったまま、ゼラチンのように固化することだ。要するに現在のバズは、
こんにゃく布団に敷かれてうなされている、とでも言うべき状態にある。あまり適当な比
喩ではないが。
 ゲル化したGゾルは、触媒と電流を流し込んでやると、簡単に元に戻るようになってい
た。こうした操作も一応は教えられていたはずだが、やはり経験がないことだけにすぐに
出てこなかったらしい。
 シェリーはいちいちバズに指示する前に、遠隔操作でゲル化を解除した。
「お、息がしやすくなった」
「落ち着いたらしいな、バズ」
 ミシェルが呼びかけた。
「手順が変わった。ドリルとのドッキングはマニュアルで行う」
 普通のパイロットなら、理解に数瞬の時間を要して、その後にパニックに陥っても不思
議のないところだが、バズは状況を分かっているのかいないのか、普段通りの口調で応え
た。
「了解。で、どうするんです?」
 もちろん、打ち上げ前のブリーフィングでは、手動でのドッキングなど想定されていな
い。
「正面モニターのレティクルにドリルを入れて、ドリルの尻とレティクルの円とを一致さ
せるように機体位置を変えろ。相対速度はゼロプラス10を超えないようにしてくれ」
 ちなみに現在、一秒間に七キロメートル近い距離を移動している。もちろん、問題にな
っているのは相対速度であることには違いないが、手動で合体することを期待される状態
ではなかった。
 が、バズの返事はあっさりしたものだった。
「了解」
 それが気になったのだろう。ギニアスはミシェルに訊ねた。
「えらく簡単に言ってくれるが、彼は状況を理解しているのか?」
「『理解している』かどうかは分かりませんが──」
 ミシェルは落ち着いた口調で応えた。
「彼はするべき事を心得ています。任せていいと思います」
 ギニアスは納得できないという表情を作ったが、口に出しては何も言わなかった。彼は
頭で理解することに最大の価値を置く気質の人間だったが、この世には理解できないもの
が存在するということも理解していた。特に、今も隣で腕を組んだまま黙り込んでいる上
司と接するようになってからは。
 その上司はスクリーンに映し出されている配置図に目を遣り、言った。
「『奴』は今、どうしている?」
「連邦軍の攻撃が続行中なので、正確な情報は出ませんが、目立った被害を受けている様
子はありません。連邦軍に対する攻撃を行っており、移動は停止しています」
「充分だ」
 ドズルは呟くように言った。ギニアスが続けて質問する。
「二機のザクは?」
「再配置完了」
 シェリーが応えた。
「了解した」
 ギニアスは残り時間を刻むカウンターが、残り二十秒分の時間を刻んでゆくのを見守っ
ていた。


ステージ:11C 邂逅3

「ランデブーシークエンス、ファイナルに入ります。ザクパケット、パージ」
 シェリーが告げると、ザクはドリルを求めてシャトルから飛び立った。
 もっとも、その情景を俯瞰する者がいたとしても、さほど壮観とは感じられなかったか
もしれない。さすがにこの高度になると、速度を比較する対象物が無くなるので、妙に厚
ぼったいザクがドリルにゆっくりと近づいていくようにしか見えない。唯一、ザクもドリ
ルも機体先端部から赤いコーンを発生させている点が、バズの置かれている環境を示す材
料になるだろう。
 もちろん、地上から見えている情景はまた異なる。地球の自転速度に抗して、突入角度
と突入速度の限界を計りながら、ザクとドリルとが虚空を切り裂いているのである。
 ここまでの微妙な調整は、シャトルやザクに搭載されている各種センサーと、地上のコ
ンピュータとが協力して行った。しかし、その二つを結ぶレーザー通信の効力はそろそろ
切れる。
 ここから先はシャトルのコンピュータとバズの五感に任せるしかない。
「バズ、残り時間十秒。あとは任せるよ。グッドラック」
「おう、任されるぞ」
 気楽な声で応え、バズは右手のスティックに手を添えた。
 ドリルの後端がモニターに映る。見る見る大きくなってくる。
 バズは左脚にごく僅かな力を込めた。通常、フットペダルやスティックなど、操作に必
要なデバイスには必要以上の反応を避けるためにある程度の遊びが設けられているものだ
が、操作系の設定を変え、ほとんどの遊びを無くしている。この瞬間のザクは、バズの身
じろぎにすら反応するように設定されていた。
 バズの命令に従い、ザクは僅かに前方噴射を行い、減速を始めた。それに満足したバズ
は、同じようにしてスティックを握る腕に力を込め、ザクの右腕を動かした。
「……?」
 違和感があった。ザクの腕が動かないのだ。
 彼が装着している高加重環境服が、バズの腕から発生したごく僅かな力を吸収してしま
っていた。フットペダルの時に問題が生じなかったのは、必然的に大きな力の掛かる靴底
部分のアブソーバーが強力なため、圧力センサーを装備していたためである。手のひらや
指先部分にまで、そのような機能は備えられていなかったのだ。作戦計画の前提として、
マニュアルで操作することを想定せず、しかも計画をチェックするための時間を充分に掛
けられなかったことから生じたインシデントだった。
 バズはそこまで理解していなかったが、とにかく自分の操作が正確に入力されていない
ことは知覚できた。
 ゆっくりとドリルが大きくなってきたのに、モニターに映るはずの右腕が見えなかった
からである。インシデントがアクシデントになるまでに残された時間は、一秒を割ってい
た。


ステージ:11D 邂逅4

「信じられんことをする……」
 テム・レイはようやく言葉を絞り出した。隣にいたモスク・ハンも、蒼白な顔色のまま
頷いた。
 がたっという音がした。ギニアスが壁に身を持たせ掛けたのだ。右手を左胸の上に当て、
左手を首元のスカーフに突っ込むと、そこから錠剤を取り出した。そのまま飲み下す。
「閣下!?」
 ミシェルは間髪入れずにシェリーに命じた。
「軍医を」
「いや……いい。しばらくすれば楽になる」
「──了解」
 シェリーは、一瞬、ミシェルの方に目を遣ったが、彼が頷くのを見てギニアスの要求に
従った。
「ザクの状況は?」
 唯一平静と変わらなかったドズルが訊ねた。つくづくこの男だけは敵に回したくないも
のだと思いながら、左胸に手を当て脂汗を浮かべているギニアスに替わってレイが報告し
た。
「ドリルとのドッキングが〇・一一秒ほどずれましたので、若干予定より遅れる可能性が
出てきました。しかし、一番デリケートな部分は切り抜けられましたので、誤差範囲内で
計画を続行できると思います」
 多少声がうわずっているが仕方がない。確実に寿命を縮めさせられた。そう思っている
と、ドズルはぶっきらぼうに言った。
「その程度のことはやってもらわんと話にならん」
「……は」
 致命的なワンテンポのずれを取り戻すため、ザクは左手で一瞬だけドリルをホールドし、
改めて右腕を捻り込んだのである。ホールドというよりはパンチを喰らわしたという表現
の方が正しいだろう。赤熱した状態で高速回転を続けるドリルにパンチを喰らわせたので
ある。
 しかしまあ、よくやるよ。ハンは思った。本能と反射だけでしのぎきったのだから、バ
ズとかいうパイロットの能力は相当なものだ。だが、問題もある。左手の受けたダメージ
もバカにならないし──。
「リー軍曹、右腕に受けたダメージの評価は出来るか?」
「最大で許容限界の一七パーセントです。ほとんど全てのダメージが肘部第一関節と手首
に集中しています」
「データを回してくれ」
 ハンは、つい先刻までのダメージを全て忘れ去ったような勢いで命じた。ドリルとの接
合部分など、関節系の改修はほとんどを彼が担当していた。気になるのだろう。
「ドリル側のMCジョイントは問題ないな。やはり機体側の限界か──」
 早速データの検討を始めたハンを横目で見ながら、レイはシェリーに命じ、ザクの軌道
を再計算させた。ドッキング予定時刻の限界を〇・一一秒ほど遅れていたことが、どのよ
うに響いてくるのか予想がつかなかったのだ。
 現在、ザクは地球の自転方向へ向かって「進み」ながら降下している。実際には地球の
自転速度の方が早いので、降下を終えたときにはちょうど鎌倉沖に着水するように計算さ
れていた。
 しかし、この僅かなずれの結果、降り立つ座標がずいぶんとずれる可能性がある。もち
ろん降下中に修正することは可能だが、この場合消費する時間が問題になる。『エンジェ
ル』も、いつまでもおとなしくしてくれるという訳ではないだろう。
 レイがそう思ったのことに応えるかのように、横須賀基地の連邦軍から、『エンジェル』
の行動再開が告げられた。海岸沿いに、北へ。二十分もしないうちに『エンジェル』はこ
こまで到達するだろう。その時がタイムリミットである。
「横須賀基地から撤収の勧告が出ています。横須賀基地も十五分後に撤収する予定です」
 シェリーの報告を受け、ミシェルは振り返ってドズルに言った。
「閣下、ここは危険です。一時後退し、後方から指揮されるよう進言します」
 ドズルの反応は予想の通りだった。あるいは予想を越えていた。
「つまらん冗談を言うな。そんなことよりジャブローとズムシティに繋いでくれ」
「は」
 言葉少なに答え、シェリーに命じたミシェルは、ドズルの意図を察して内心で溜め息を
もらした。それに気付いたのか気付いていないのか、レイがドズルにただした。
「しかし、撤収しないと核攻撃に巻き込まれますが、どうされるのです?」
「知れたことだ」あっさりとドズルは言った。「俺がここに居座っていることを双方の軍
首脳に告げれば、無理な攻撃は出来まい」
 むしろ嬉々として攻撃を仕掛けてきそうな気もするが──。そう思ったレムだが、すぐ
に考えを改めた。確かに、これでは政治的理由から攻撃できない。運用に当たっては政治
的事情に大きく作用される核兵器を、都市圏で、しかも公国軍最高首脳の一人を巻き込ん
で使えるはずがない。たちの悪い男だ。
「しかし、連邦軍の人間を巻き込むつもりはない。博士たちには撤収を許可する」
 冗談じゃない。そう思ったレムは、苦笑を浮かべた。自分自身も術中に陥ったことに気
付いたからだ。ディスプレイから顔を上げてこちらを見たハンに軽く頷くと、ドズルに答
えた。
「いえ。我々もこの目でザクを見てみたいと思いますので」
 ドズルはニヤリと笑っただけで、何も言わなかった。


ステージ:12A 阻止1

「……だ、そうな。どうします?」
 シェリーに状況の報告を受けたアントンは、ワンを促した。それぞれ独自の行動を認め
られているとはいえ、一応先任の意見は尊重すべきだった。
 もっとも、答えは聞くまでもなかった。開戦以来、同じ中隊で戦い抜いてきているので
ある。その程度のことは分かる。
 即答するかと思ったが、ワンはシェリーに訊ねた。主語や目的語は省略されているが、
意味は明瞭である。
「三十分ってところね?」
 作戦前、バズがドリルとのドッキングを終えた後、地表まで降下するのに、二十分を少
し上回る程度の時間を要すると思われていた。この時間はいわば理想値で、現実にはさら
に数分の時間が必要となる。戦前ならともかく、コロニー落着の影響やミノフスキー粒子
の散布によって、大気上層の気象状況などの予報はほぼ不可能になっており、秒刻みのタ
イムテーブルなど組めようはずもなかった。
 それに加えて、ドッキングの際に発生したタイムロスがある。ザクとドリルとがドッキ
ングするのは、横須賀から発射されたザクが描く軌道の頂点にあたる位置である。同時に
一番余裕のない位置でもあり、ここで生じた時間の遅れは、再び横須賀に帰ってきたとき
にはかなり大きなものになっている。
 ワンの質問は、そうした時間の遅れを見込んだ到着時刻を問うものだった。
「そのあたりが一番確率が高いみたい。それより遅くなることはあっても、早くなる可能
性は期待しないでね」
「了解。じゃ、三十分稼ぐから」
 例によってあっさりとした口調で言ったワンに、アントンは訊ねた。
「『エンジェル』が鎌倉基地に到達するまであと二十分弱ですが、どうやって十分稼ぐん
です?」
 鳴り物入りで持ち込まれたビームライフルも、効いた様子はありませんが?
 彼の表情が、口では省略された質問を発していた。
「そりゃ、足止めすればいいんだから」ワンのザクがビームライフルを持ち上げた。「こ
れでいいんじゃない?」
 銃口から発せられた輝線は、次の瞬間、ゆっくりと歩を進める『エンジェル』の足下に
繋がった。


ステージ:12B 阻止2

「インチキくさぁ〜」
 戦闘区域の少し後方で、モニターに映し出される『エンジェル』が、ゆっくり倒れるの
を見たミユキは、思わず母語で叫んだ。日本語を知らないナンも、ガンタンクの操縦席に
座っている部下が、どういう意味の言葉を叫んだのかは容易に推察できた。
 ワンは、『エンジェル』の脚が地表を踏みしめる瞬間、そこを吹き飛ばしたのである。
いきなり多量の熱エネルギーを与えられ爆散した土砂が『エンジェル』に叩きつけられる
が、もちろんそれは『絶対領域』に阻止され、『エンジェル』を揺らめかす、つまり運動
エネルギーを与えることすらなく、周囲にエネルギーと土砂をまき散らす結果に終わった。
 そして『エンジェル』は、何ごともなかったかのように脚を降ろし、にわかに虚空と変
わった空間を踏み抜け、バランスを崩し、倒れたのである。
 ちょうど、小さな落とし穴に片足を突っ込んで倒れるようなものだ。『エンジェル』が
人間同様の骨格と関節とを持ち、それを用いて歩行を行う以上、このようにバランスを崩
されてしまうと、構造的に転倒してしまう。
 ワンのビームライフルは、盛大に水蒸気をまき散らしながら、銃身と機関部の冷却を開
始した。出力を最小に設定しているのでずいぶんと短くはなっているが、それでも数秒間
は射撃が出来ない。
 ワンに告げられるまでもなく、アントンはビームライフルの照準を定めた。
『エンジェル』は、左手をついて、起きあがろうとした。
 アントンはトリガーボタンを叩いた。
 爆発が生じ、左手は虚空を突き抜けた。
「なんだか、間抜けですね」
 部下の感想に、ナンは苦笑を浮かべて言った。
「断っとくが、ありゃ見た目ほど簡単なことじゃないぞ」
 ミユキはガンタンクの操縦員であり、砲手のナンほどには、初めて扱うビームライフル
を用いて精密射撃を行うことの意味を理解していなかった。
 テルアビブで、ここ半年ほど対MS自走砲と小型ビーム兵器の研究開発を行う実験部隊
の指揮官を務めてきたナンにとって、あっさりとビーム兵器を使いこなした二人は驚異以
外の何者でもなかった。たとえあの二人が公国軍特殊部隊の狙撃手であるとしても、だ。
俺の部下に欲しいよなぁと思いながらも、まもなく二人が窮地に陥ることを予測した。デ
ィスプレイの一面に表示されている地形図を見ながら、部下に指示を出す。
「ミユキ、前に出るぞ。方位一六八に五百メートル。全速だ」
「了解」
 普段やかましい彼女も、命令が下るとおとなしく従う。原型よりずいぶんと軽くなった
とはいえ、それでも七〇トン近くある巨体が、かろうじて地面にへばりついていたアスフ
ァルトの残滓を巻き上げながら前進を始めた。
「それで少佐、いいんですか?」
 おとなしくしていたのは命令を下した直後だけだった。上手に走行させるにはかなりの
面倒が伴うガンタンクも、直線道路の上ではさほど苦労しない。地に足のつくものなら大
抵は手なずけてしまうミユキの場合、普通の車を走らせているのと同じようなものなのだ
ろう。
「なにがいいんだ?」
「このガンタンク、使ってるのがばれたら怒られません?」
 この地に赴任する際にナンに与えられた命令は、公国軍部隊に対するビームライフル運
用指導だけだった。普通なら、戦闘開始と共に撤退すべきだった。百歩譲って、先ほどそ
うしていたように、戦場後方からの観戦というところだろう。連邦軍の秘中の秘であるビ
ーム兵器運用技術を、むやみに公国軍の目にさらすべきではない、そう考える者がいても
おかしくはない。
 が、ナンは気にも留めなかった。
「普通なら横須賀あたりに指示を仰ぐところだが、あいにく俺は正規の命令系統から外れ
いている。この場で俺に命令できるのは、現場の最高位者だけだ」
 人の悪い表情をつくると、ナンはミユキに言った。
「誰だか分かるか?」
「──ドズル中将?」
「ご名答。あのゴリラがどういう返事を寄越すかは知らんが、取り敢えず差し迫った問題
を片付けてからだ。十一時の丘につけろ」
「はぁ。揺れますよ」
 納得していないという意味を込めた返事を返し、ミユキはガンタンクの進路を変えた。
コロニー落着の際に発生した津波に破壊され、かろうじて一階部分のみを留めた家屋に突
っ込み、本物の残骸に変える。ガンタンクは、残骸を踏みつぶしながらゆっくりと丘を登
っていった。


ステージ:12C 阻止3

「あまり保ちそうにないですね」
 アントンはワンに他人事のような口調で言った。
 ワンは黙ったままトリガーを叩く。ビームが『エンジェル』の左膝の下側を吹き飛ばし
た。またもバランスを崩した『エンジェル』は、うずたかく積み上がった土砂の中に見え
なくなった。
 結局、『エンジェル』を一カ所に留めておくことは出来なかった。ビームで表土を吹き
飛ばし、転倒させるという芸当も、『エンジェル』が巻き上げられた土砂の中に隠れてし
まうと使えなくなる。
 仕方なく『エンジェル』が立ち上がるのに任せ、少し歩かせたところで再び足下を狙う
ということを繰り返したのだが、さすがに同じ手を何度も喰らうほど『エンジェル』の知
能は低くなかった。小刻みな小ジャンプや、不規則に進路を変えることにより、二人の狙
撃手はかなりの困難を強いられることになったのである。
 この時にはアントンが足下、ワンが『エンジェル』の予想着地地点を同時に射撃するこ
とで、なんとか転倒させることに成功した。その時には双方の距離はずいぶんと縮まって
いる。少し距離を置きたいが、それだけの余裕を与えてくれそうになかった。おまけに─

「横須賀に言ってやれ。現状の射撃頻度を少しでも落とせば、阻止は不可能だ」
 ミシェルは憮然とした表情と声で、シェリーに告げた。横須賀基地から電力の供給に問
題が生じたことを告げられたのだ。ここで電力の出し惜しみをされると、作戦の前提が崩
れてしまう。その程度のことが分からないのか。彼女に責任がないと分かっていても、ど
うしても口調がきつくなってしまう。
「了解。それと少佐、ジャコモ中尉からです」
「回してくれ。──どうした?」
「ビームライフルの冷却液、補充の必要があります。ここは私一人で充分です。イワタと
ラウルを任務から解除させてください」
 彼ら三機のザクは、鎌倉基地に置かれた司令部が、連邦軍の大規模核攻撃の前に撤収す
るための時間稼ぎとして置かれていた。つまり、その配置転換とは、全てのカードを現行
の作戦のためだけに使うということを意味する。バズとザクに全てを賭けるだけの度胸が
あるのか、ということだ。
 ミシェルは迷わなかった。作戦の選択は彼の権限である。一応上司に尋ねてみてもいい
が、返事は分かり切っていた。
「許可する。ストロスカーン少尉とイワタ曹長は、バズーカを除装、鎌倉基地で冷却パッ
クを受領し、前線まで輸送すること。復唱はいらん」
「了解」
「少佐、横須賀基地からです。供給電力の件ですが、先ほどの『エンジェル』の攻撃で送
電機能の一部が損傷したため、現行規模の送電は、あと五分以上になると不可能とのこと
です」
「連邦め、ごちゃごちゃ言ってきた理由はそれか。ダメコンに失敗したのか?」
「その、核攻撃直前で、人員も撤退中だったと思われますし──」
 そんなことは分かっている、という言葉を飲み込んで、代わりにミシェルは溜め息を洩
らした。それに応えるかのように、通信が入ってきたことをシェリーが告げた。
「作戦司令、ロード少佐だったか?こちらは地球連邦軍のナン少佐だ。パーティに乱入す
る許可を頂きたい」


ステージ:12D 阻止4

「おっと」
 アントンは殺気を感じた瞬間、先刻からの意図をあっさりと捨てて機体をひねり、ビル
の陰に飛び込ませた。
 次の瞬間、光の槍が通り過ぎていった。後方で爆発。
「アントン」
 ワンがぶっきらぼうに、どこか咎めるような口調で呼ぶと、照準を少しずらしてビーム
を発射した。
 ビームは『エンジェル』の足下に命中するが、その時には『エンジェル』は小さくジャ
ンプして回避していた。
「無茶言わんでくださいよ」
 距離が詰まってきたことから、『エンジェル』の反撃が始まった。戦闘のイニシアティ
ブは、まだこちらが保持しているが、それが失われるときつい。
 しかも、このままではそれが失われるのは時間の問題だった。攻撃を許しているという
時点で、すでにかなりまずい状態にあると言える。
 かといって、他に採れる手段もなかった。そんなものがあれば、とうに試している。
「ここから奴が基地にたどり着くまで、十分はかかるから」ワンはかなりきわどいタイミ
ングで光の槍をかわしながら言った。「あと二・三分持ちこたえたら充分ね」
「三分も保てばの話でしょ」
 アントンは、ほとんど時間をおかずに再び攻撃態勢に移った『エンジェル』の足下にビ
ームを放ちながら言った。
 二条の輝線が交差し、一本は『エンジェル』の足下にクレーターをつくって、『エンジ
ェル』を四度目の転倒に追い込み、もう一本はかろうじて身をかわしたザクの左脇をかす
めた。
 ザクには命中しなかったが、ザクの後ろ側にあったビルの残骸に命中し、ちょっとした
爆風をまき散らした。敵とは違って便利なバリアーなど持たないザクにとって、至近距離
で飛散する石の飛礫はかなりの痛手となる。
 爆風の衝撃に耐えたアントンは、コンピュータが警告を発していることに気付いた。
「まずいですね。冷却水タンクにクラックが出来たみたいです。あと二発もビームを撃て
ばオーバーヒート確定。多分、ケーブルもやばいと思います」
 他人事のような口調でワンに告げる。
「──そう」
 ワンは素早く思考をめぐらし、この場を放棄することにした。司令室のシェリーにその
旨を告げる。
「ジャコモ中尉に予備のケーブルと冷却タンクを持たせに向かわせたところだが、持ちこ
たえられんか?」
 シェリーの肩越しにミシェルが訊ねた。アントンが答える。
「交換に時間がかかります。冷却液の補充まで考えると、足止めしきれないでしょう」
 ジャコモが割り込んできた。
「少佐、核バズーカで足止めします。一時、基地まで戻る許可をください」
「──少し待て」
 取り敢えず通信を切り、ミシェルは振り返って司令席のドズルに告げた。
「閣下、先ほどの連邦の申し入れを受けたいのですが、よろしいでしょうか」
 無論、返事は決まっていた。保留していたナンとの回線を再び開く。
「ナン少佐、作戦司令のロード少佐だ。先ほどの申し入れを受けたい。貴官の部隊を迎撃
部隊の序列に編入させてほしい」
 ガンタンク一機とパイロット二人で「部隊」もないもんだけどと、ミユキがブツブツ言
っているのを無視して、ナンは返答した。
「了解。では命令を、司令」
「ザクの一機が損傷した。部品交換のための時間を稼いで欲しい。具体的にはワン軍曹と
の共同迎撃だ」
「了解。ただし、アントンのビームライフルと同じ真似は出来ないが」
「手段は貴官の任意に任せる。ワンとの回線を開いてくれ。以上」
 すぐさまワンとの回線を繋ぐ。
「聞いていたな、軍曹?こちらの機体データを送る」
 短い沈黙の後、データを受け取ったワンが訊ねた。
「ビームカノン二門?交互射撃ならあたしたちと同じ戦力になりますか?」
「いや、ジェネレータ出力とコンデンサの容量が足りない。交互射撃で、ようやく君たち
のビームライフルと同程度の射撃頻度になる」
「ケーブル引きずって走り回る必要がないんだから、満足するべきだと思いますが」
 アントンが割り込んだ。人によっては怒鳴りつけられかねないところだが、気にする素
振りも見せず、ナンは続けた。もっとも、彼自身こういう点については、褒められた経験
がない。
「その通り。あと、こちらの方がセンサーの精度が高い。機体の安定度もな。よって君た
ちより後ろが射撃ポジションになるが、悪く思わんでくれ」
「機体の運動性を考えると妥当な結論でしょうね。了解しました」
「よろしい。ではアントン、君は後方に下がりたまえ。ジャコモ中尉がこちらに向かって
いる」
「了解」
 アントンは最後の一発を、起きあがろうとした『エンジェル』の右手の下に撃ち込むと、
ザクを後退させた。
「ワン,君も少し距離を取れ。君の一発分はこちらで引き受ける」
「了解」
 ミユキが質問した。
「隊長、あんな事言って。あのザクの一発を引き受けたら三発分連打しなきゃいけないじ
ゃないですか」
 RX−77用のオプション装備として開発されたビームカノンを試験的に搭載したRX
−75ガンタンクは、外部電源に頼らなければならないアントンやワンのザクほどビーム
兵器の運用に苦労しないが、ジェネレータやコンデンサの方でかなり無理をしていること
に変わりはなかった。出力をミニマムにしたところで、三発の連射はかなりきつい。これ
からしばらくの間ビーム攻撃を続ける必要があるだけになおさらである。
「なぁに、問題ないさ」
「どうするんです?」
 疑わしげな部下の言葉に、ナンはトリガーを叩きながら言った。
「こうするんだよっ!」
 ガンタンクは両肩に装備された二門のビームカノンから、ザクの放つものより一回り太
い光条を放った。
 二条の光線は『エンジェル』より少し離れた地表に突き刺さり、エネルギーを開放した。
光条は閃光と爆風に姿を変え、『エンジェル』を包み隠した。
「……隊長、ミニマムとマキシマムって、意味逆ですよ?」
「気にするな。どうせ一発ネタなんだから、景気よく掘り返してやった方が親切ってもん
だろ」
『エンジェル』は、ガンタンクが穿ったクレーターに、下半身のほとんどを沈めていた。
「でも、すぐに登ってきますよ」
「先手を打つさ」
 ナンは兵装セレクターを切り替え、両腕のポップミサイルを用意した。次いで攻撃位置
と方法を手早く指示する。
 ガンタンクの両腕に装備されているポップミサイルは、腕を振り上げたガンタンクから、
名前の通りに跳ね上がるようにして『エンジェル』の上方に射出され、次の瞬間『エンジ
ェル』の頭上から降り注いだ。
 本来ならばトップアタックするのだが、『絶対領域』に護られた相手では効果がない。
ナンは『エンジェル』を沈めたクレーターの周囲を取り囲むようにミサイルを着弾させた。
クレーターの縁はえぐられ、確かに登るには難しくなったようだ。
「ま、これで時間は稼げるだろう」
「諦めておとなしくしてくれれば、もひとついいけど」
 一方、歩行では登れないことを察知した『エンジェル』は、光の槍をクレーターの縁に
かすらせた。土砂が熱エネルギーを受け取って爆風に変わり、『エンジェル』の視認を困
難にした。ミサイル攻撃の妨害と同時に、適当な傾斜をつけて登るつもりらしい。なかな
か諦めてはくれそうになかった。




次回予告

「……で?」
 今回は色々と言い訳があるぞ。
「──聞きたいものです」
 ……やっぱ、やめさせていただきます。ダメ人間の証明を一つずつ積み上げていく必要
もありませんし。
「(溜め息)で、次回で本当に終わるんでしょうね?」
 大丈夫。あとはもう降りてくるだけだし。
「前回、『ドリルをくっつけて地上まで降りてくるだけ』というセリフを聞いたような気
がしますねぇ」
 だから、ドリル、くっつけただろうに。
「それでこの枚数?」
 …………。
「まあ、あまり多くは望みません。年内にこの『一周年記念』を終わらせてください」
しくしくしくしくしくしくしくしく……




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