6 調教師 マーシュとスズキがアッガイの整備を終えたのは、作戦開始の一時間ほど前だった。 まさかこんな機体が隠されているとは思わなかったが、かなり状態の良い機体だったので、整備にあまり面倒はなかった。イワタの左手では整備できそうにないので、航海が始まる前にでも、充分な整備を受けていたのだろう。 もちろん機体自体は、一年戦争中にジオンが少数生産したものの一機であるはずだった。連邦軍はこの機体を生産していないからだ。それに加えて、左手が満足に使えないイワタ用に、操縦系がかなりいじられていた。 一年戦争期から長らく一般的だったジョイスティックタイプではなく、九〇年代に入ってからアナハイムや連邦軍の一部で採用されていた、トラックボールを用いたアームレイカータイプの操作系だった。たしかに、手で握って操作するスティックではなく、手のひらと腕全体を用いて操作するアームレイカーなら、イワタにとって都合が良いはずだ。他にも、左手が担当するはずの武器・通信系のセレクターなどは、右側に配置されていた。 一方で右側にあったはずのエマージェンシー用のエジェクションスティックなどは、左側に配置されていた。もっとも、アッガイのコクピットは満足な水中脱出機能を持っていないので、水中で被弾したらほとんど終わりだろう。ちなみにカプールなどは、コクピットのリニアシートが耐圧カプセルの機能も持っているので、よほどの深度でない限り、脱出自体は不可能ではない。アッガイにその機能が組み込まれていないのは、コクピットブロックが狭いというよりは、小さな機体に合わせてかなりいびつな形状になっているためだろう。 「一体何に使うんだ?」 マーシュは首を傾げた。コクピットの座席の後ろが、かなり広くなっていたからだ。普通、MSという兵器は、兵器であるが故に無駄なスペースを嫌う。無駄なように見えるスペースがあれば、それは何らかの目的を持っていると考えていい。 「調査用の機材を搭載するんじゃないのか?」 スズキが推理してみせた。なるほどそれらしく聞こえる。 作業が終わり、艦橋に戻ったところでイワタに訊ねてみると、まさにそうだった。もともと特殊任務用に開発された機体だけあって、特殊なペイロードを運用できるようになっているらしい。 「今回の積み荷はラシーダか」 「うまく納まってくれるといいですけどねぇ」 イワタとマサフミが言葉を交わしているのを黙って聞いていたスズキは、ややあって口を開いた。 「先生、俺を連れていってくれませんか」 マーシュは、表情には出さなかったものの、内心では驚くとともに、舌打ちしたいような感情も感じていた。 素養と経験とに基づいた、筋金入りの現実主義者であるイワタにとって、スズキの価値はほとんど存在しない。彼が必要としていたのは、MSを操縦できる彼自身とマーシュ、そしてイーディスと彼女を管理するマサフミだけだった。それ以外の人間は、たとえ彼直属の助手であるオーティスですら必要としていなかったのだ。スズキにしても、イワタは『レーリュンド』に送り込むつもりだったはずだ。 イワタの返答は、マーシュの予想の通りだった。 「駄目だ。意味がない」きっぱりそう言った後に、さらに続けたのがマーシュには意外だった。 「それとも、ラシーダを奪還するのに、『レーリュンド』まで連れていって、何かメリットでもあると言うのか?」 ある意味、残酷ですらある。マーシュはそう思った。自分は戦闘能力を持っていない、つまりこの局面では無能であるということを認めろ、そう言っているのと大差ないからだ。 「むしろここでマサフミのサポートにあたってくれた方が、より有効だと思うのだが?」 そう言ったのは、イワタの心遣いというものだろう。本来ならばここまで言ってやる必要はない。相手が大人だったら言わないだろう。 スズキより一つ年下のマーシュがそこまで考えられるのも妙な話だが、なんといってもマーシュはイワタとのつきあいが長い。それこそ物心の付いた頃から彼を知っている。だから、イワタがスズキに気を遣っていることがよく分かった。 ここでスズキがさらに主張を続けるということは、イワタの好意を踏みにじるということでもある──そう考えていたので、スズキが口を開いたときには、マーシュは失望した。 しかし、彼の言葉を聞いたとき、マーシュはあっさりと切り捨てられないものを感じた。 「俺がこの船にいても、マサフミさんほどの技能は持っていないから、あまり意味がありません」それは全くその通りである。マサフミは一応とはいえプロである。 だから── 「『レーリュンド』に直接乗り込んで、内部から端末を操作した方がいいと思います」 これは盲点だった。たしかに『ボナドヴェンチャー』と『レーリュンド』を遮るミノフスキー粒子により、ここから操作を行うのはほとんど不可能である。中に乗り込んで操作を行えるならそうした方が良い。イワタの左手は使い物にならないし、もともと彼は、ハード・ソフトを駆使して端末から操作を行うという技能については不得手だった。 マーシュは困惑した感情を表情に浮かべないようにしながら、イワタの顔を見た。 一瞬ではあるが、イワタも虚をつかれたような表情を浮かべた。マーシュの経験によると、これはかなりの金星である。彼は虚をつかれたふりをすることはよくあるが、本当に虚をつかれるということは、ほとんどない。まあ、これもマーシュが勝手にそう思っているだけなので、実際の所はどうか分からないが。 イワタの脳裏をどのような思考が飛び交ったのかは分からなかったが、彼はにやりとした表情を作ると、「好きにしろ」と応えた。 マーシュは、どうもどこかでたちの悪い詐欺にあったような気分を拭いきれなかった。 「ドーター、プリチェックは?」 カプールのコクピットの中で、コンソールを指でいらだたしげに叩きながら訊ねた。 「完了、問題なし」 イーディスと同じ声だが、今ひとつ無機質に感じられる音声が、無愛想に応える。 「問題がなかった場合も、チェックが終わったら報告しろ」 「イエス・サー」 それを言うならアイ・アイ・サーだ。反射的にツッコミかけて、危うく思いとどまった。 とてもそうは見えない、あるいは聞こえないにしても、「彼女」が懸命なのは分かって── 「マーシュ、準備はどうだ」 マサフミが訊ねてきた。 「チェック完了。いつでも行けます」 「了解。ドーターの調子はどうだ?」 「まあ、なんとかなりそうです」 「そりゃあたしの娘だもん」 イーディスが割り込んできた。例によってどこかから盗み聞きしていたらしい。 マーシュとスズキがアッガイの整備を終えて発令室に戻ってくると、カプールからイーディスを除装したことをイワタに告げられた。 理由は『ボナドヴェンチャー』の戦術サポート。イワタが前線に行ってしまうので、司令塔に指揮能力を持ったイーディスを置かなければならないらしい。 かなり一方的な話であるが、マーシュは抗議しなかった。 イーディスを除装したもう一つの理由が、すぐに想像できたからだ。説明を受けたわけではなかったが、これまでの経験から、充分に推測可能である。 イワタは平然としていたが、抗議の一つや、最低でも嫌味ぐらいは言われるかと覚悟していたらしいマサフミは、すこしばかり怪訝そうな表情を浮かべた。 「ま、それで、その替わりといってはなんだが──」用意しておいたらしい申し訳をマーシュに告げた。 「カプールの拡張メモリ空間に、イーディスのエミュレーションを構築させた。まあ、多少の助けにはなるだろう」 「エミュレーション? そんなものが載るんですか?」 マーシュより先にスズキが反応した。スピーカーの声が応えた。 「ふっふっふ、調査用にほとんど意味もなく拡張しまくった上に、ここしばらくあたしが使いやすいように勝手に最適化しまくったカプールのメモリーなら、あまり長時間でなければ、充分エミュレートできるのさ」 まともなツッコミに浮かれて、かなりやばいことまで口走っているような気もするが、その点については黙っていることにした。他の三人もその点については同感らしい。 「それで、使い物になるのか、その──」マーシュは言葉に詰まった。 「イーディス二号」 「誰が二号じゃ」 期待通りのレスが返ってくる。 「なんて呼べばいいんだ? おまえのエミュレーション」 「あたしの娘」 「イーディス・ドーター?」 「ドーターでいいじゃない」 「しかし、おまえ、たしか四歳じゃなかったか?」 「いいの!」 マーシュがからかい半分に訊ねると、かなり子供っぽい断言を返した。 「まあ、ドッグイヤーを適用したら二八歳だしな、別に構わんだろ」 マサフミが人の悪い笑顔を浮かべて言った。ドッグイヤーとは、もともとコンピュータ関係の進歩の速度を経験則的に表した言い回しである。実年数の七倍が相当する。この時代では、進歩の早い分野を表す形容詞の様に用いられていた。もちろん、マサフミは原意に即して言っている。 マーシュは、イーディスがどう反撃するか期待していたが、予想に反して平静さを装った声が発令室に流れた。 「じゃ、ドーターに戦術データベース転送するの手伝ってね、おじいちゃん」 実際、成長したもんだよな。マーシュは、カプールが速度三〇ノット、深度五〇〇メートルを維持していることを確認すると、目的地に到達するまでの時間をぼんやりと過ごすことにして、イーディスのことを考えていた。 一年前、マーシュたちが、それまで住んでいたフォン・ブラウンから地球に降りる直前まで、イーディスにまともな自我は存在していなかった。 マーシュも関わったちょっとした事件がきっかけで、彼女の自我が目覚めたわけだが── そうすると、考えてみれば、自我が目覚めたときのあいつの精神年齢を三〜四歳として、ドッグイヤーを適用したら、いまの精神年齢は一一歳ぐらいか。 そんな考えが頭に浮かんだ。その頃の彼女を思いだし、思わずにやけてしまう。 年頃の姪を前にして、彼女がよちよち歩きだった頃を思い出している叔父のようだと思い、表情を引き締める。引き締めながら、つい先ほどまで持て余し気味だったドーターの扱いようが分かったような気がした。 なるほどな。ドーターもあの頃のイーディスのように扱えばいいわけだ。 「ドーター、目的地までの最適航路を算出、表示しろ」 「どのような条件下において、最適というのか?」 声こそイーディスと同じものの、棒で鼻をくくったような返事が返ってきた。 我々の仕事が何か分かっているのか……分かってはいるんだよな、これが。マーシュは辛抱強く答えた。 「敵主力の陽動だ」 「了解」 コンソール脇に設けられたサブディスプレイに航路が表示される。これがどの程度妥当なのか、正直なところマーシュにも分からない。が、取り敢えず従っておく。 「了解した。それと、今のうちにグラブロからの回避パターンを、幾つか組んでおいてくれ」 「了解」 アッガイを収納したハンガーが閉鎖され、センサーが注水可能な状態にあることを告げた。 「閉鎖確認。注水準備完了」 確認したイワタは、コンソールの通信用モニターに映るマサフミに告げる。 「了解、注水開始」 ごわっという轟音が発生し、すぐに連続音に変わる。シャッターによって閉鎖されていたハンガーに、水の柱が吹き込むのが見えた。 本来、U級潜水艦には発艦用のエアロックが設けてあり、ハンガーからそこまで運ばれた後、出撃するようになっている。ハンガーから直接発艦することも不可能ではないが、ハンガーの処理が面倒なので、原則として緊急用とされていた。しかし、『ボナドヴェンチャー』はエアロックを除装しており、ハンガーから発艦するしかない。 しばらく待つと、喫水線がモニターを越え、音が小さくなる。 ほどなくして音が消えた。マサフミの報告が聞こえる。 「注水完了。水圧等圧確認。ハッチオープン可能」 「ハッチオープン」 イワタが命じ、マサフミが復唱する。頭上で何かが動く気配と、僅かな水圧の変動で機体が揺らぐのが感じられた。アッガイの足裏は電磁ロックで固定されているので、下半身は動かない。 「先生──」マサフミが言ってきた。彼にしては珍しく、歯切れが悪い。 「マーシュは大丈夫ですかね」 「分からんね」イワタの返事は素っ気なかった。 「ドーターに関しては俺よりおまえの方がよく分かっているだろ。どうなんだ?」 「たしかに──」何かを思い出すような声で、マサフミは応えた。 「彼には特殊な才能があります。イーディスの時と同様、ドーターも使いこなせるでしょう」 「ならばいいさ。俺の評価も同じだ。グラブロをいなす程度の才覚は見せてくれるだろう」 メインディスプレイに表示が出て、イワタはハッチが開ききったことを確認した。 「あとはあいつの運次第だ。俺が見るところ、不足しているとも思えんがね。じゃあな、出るぞ。ロック解除してくれ」 「了解。グッドラック。スズキ君、君もな」 「ありがとうございます。じゃ」 スズキが応えたところで、アッガイの身体が浮き、『ボナドヴェンチャー』から切り離されたことが体感された。同時にマサフミとの連絡も絶たれる。 この次顔を会わせられるのは、全てが終わってからのことになるだろう。 カプールと違い、全周囲モニターを採用していない、正確にはそんなものが出来る前の機体であるアッガイの場合、あまり視界は良くない。全周囲モニターを搭載したリニアシートを積み込めないか、色々と試してみたこともあったらしいが、現実を見る限り、アッガイの機体設計の完成度が、予想以上に高いことを確認できただけに終わっていたようだ。 よって、パイロット用のシートの裏側に無理矢理設けたスペースに納まっているスズキの位置からは、外の様子はほとんど見えない。 おまけに、アッガイは俯せか仰向けのどちらかの姿勢でしか、長時間の航行ができない。現在は仰向けである。つまり、中にいる二人の姿勢も仰向けである。俯せにならないのは、人間というモノが長時間シートベルトに吊り下げられるように出来ていないからである。この点カプールは、陸上と同じ姿勢で航行できた。人型にこだわらず、合理的に球状の形態を採用したアクシズ設計陣の勝利であるといえる。 ──と、頭上の様子を表示するはずのトップディスプレイに、付近一帯の概略図が表示された。 「退屈してきただろう。ひまつぶしにちょっと確認しておくぞ」イワタが告げ、ディスプレイに幾つかの表示が映し出された。 フィリピン北部と台湾を画面の西端に置いた海図に、青い菱形と赤い丸が表示された。そして、丸が南東方向に進んでいくのを遮るように、ルソン海峡から東に進む菱形の軌跡が延びた。 菱形から二つの三角が飛び出した。一つはやや先行し、少し離れたところまで進むと、まっすぐ丸に近づくコースを採りだした。 もう一つはやや遅れて出発し、コースも菱形のそれを先行するような楕円に近い軌道で、丸の行方を遮ろうとしていた。 「見ての通り、我々と『ボナドヴェンチャー』は、『レーリュンド』の頭を押さえにかかっている。マーシュはおとりだ」 二つの三角には、それぞれ三つの数字が振られていた。情報のIDの他に、深度と速度を表している。 カプールを表す三角には、F〇〇〇二というIDの下に、五〇〇と三〇、アッガイの方はF〇〇〇三に、二〇〇と三三。 後ろの二つはそれぞれメートルとノットの表示だが、『ボナドヴェンチャー』の方では深度六〇〇メートルを一五ノットというのが気付かれない精一杯だというのと比べると、いかにも速い。おとりのマーシュはまだしも、アッガイのそれは速すぎるようにも思える。 「まず、気付かれないね」スズキの疑問に、イワタは断言した。 「このあたりの変温層は、おおよそ深度三五〇メートルだから、我々を見つけるのは不可能だ」 現在、彼らが持っている知覚は、敵味方を問わず聴覚に限られている。つまりソナーだ。 ソナーとは音を使って相手の位置を探る手段だが、海中における音というものは、じつに奇妙な動きを見せることがある。 空気中の場合、音を遮るものはない。 たとえばついたては視覚を遮ることが出来る。しかし、聴覚の場合はそうはいかない。音は回折して、ついたてを「回り込んで」くる。 しかし、海中においては、空気中とは異なるルールが音を支配している。 支配者は密度である。あるいは温度だ。水というものは温度が変わると密度も変化する。付け加えるなら、水深が十メートル増すごとに、水にかかる圧力も一気圧ずつ増えていく。 ちなみに海中とは、あえて乱暴な二分法を用いると、大気の影響を受ける世界と、影響をあまり受けない世界とに分かれている。境界線はやはり水温によって決まっている。海流や地形により水深二〇〇メートルから一〇〇〇メートルとかなりの幅があるが、ある一定の深度から、急激に水温が低下する。こうした層のことを変温層(サーモクライン)、あるいは単に層(レイヤー)と呼ぶ。 水中を突進する音は、変温層に達したときの角度が浅すぎた場合、鏡に当たった光のように反射してしまう。 具体的には、変温層の上にいる船舶や潜水艦が、ソナーを用いて変温層の下にいる潜水艦を発見しようとしても、ある一定の距離が開いている限り、それは不可能となる。イワタが言っているのはそのことだった。 もっとも、その弱点を埋め合わせる方法も存在する。変温層の下にソナーを置けばよい。可変深度ソナーと呼ばれるものだ。ひも付きのソナーと考えればいい。変温層の上下にソナーを置けば、死角はなくなる。弱点はソナーを曳航している艦が変針を行えないこと。変針によってソナーの列が曲がり、パッシブモードでは音源の方向を特定できなくなるからである。アクティブモードにすれば問題ないが、むやみに音を放つのは、海面下の戦闘では自殺行為である。 つまり、グラブロは『レーリュンド』とつかず離れずの位置から、ソナーを曳航して聞き耳を立てているわけだ。 それに対してマーシュのカプールは、『ボナドヴェンチャー』からちょっとした仕掛けを持参していた。潜水艦が魚雷に回避するのに用いる、大型のおとりである。カプールはこれを二本、両手から曳航していた。 デコイにはカプールの推進音を発するように設定されており、聞き耳を立てている者には、合計三機のカプールが隊列を組んで航行しているように聞こえるはずだった。 「カプールがおとりというのは分かってますが、ちょっと露骨すぎませんか?」 スズキが感想を疑問形にして述べた。イワタはそれに応えた。 「あれでいいんだ。奴が演じているのは『何も知らない連邦軍』だ。両用型MS数機を擁するにっくき海賊共には、カプール三機もぶつけてやれば充分さ。MSの持っているソナーなんぞ、大した距離は探知できないから、今しばらくは高速を発揮してもよし。 一方、海賊側はグラブロ一機とMS二機を持っている。彼らのイニシアティブは、連邦軍が予想もしていないグラブロを持っていることから、敵より先に探知に成功していること。スズキ、君が海賊の指揮官ならどうする?」 「グラブロを使って先手を打ちます」 「その通り。グラブロのサブロックでスタンドオフ攻撃を仕掛ければ、ワンサイドゲームだろうな。グラブロの方がソナーのレンジが広いから、カプールに捉えられる前にサブロックの射程に入れられる」 淡々と説明するイワタに、スズキは疑問を述べた。 「マーシュはどうするんですか?」 「二回分の攻撃はデコイが受けてくれる。そのためのプログラムは、イーディスがドーターに組み込んである」 「そのあとは?」 「サブロックの魚雷がデコイに命中すると、海水が撹拌されてしばらくソナーが使えない。二度の攻撃が終わった時点で、グラブロのパイロットはサブロック攻撃よりも直接攻撃を選択する距離に入る。そこからはマーシュとドーターの腕次第だな。もっとも、その頃には俺たちが『レーリュンド』を襲っているわけだ。逃げ回るカプールを追い回すほど、グラブロのパイロットも暇じゃないだろう」 イワタの説明を聞いても、スズキは釈然としないようだった。 「どうも虫がいいような気がするんですが……」 言い方がまずいか、とスズキは思ったが、イワタは気を悪くした素振りも見せずに応えた。 「普通ならそうだ。が、今回は相手の戦力がほぼ完全に分かっているし、使っている装備も予想できるしな」 「どうしてです? グラブロだって、改装しているんじゃないですか?」 「MSや潜水艦ならそうだがね、グラブロの装備なんて、一年戦争時期の頃のままだよ。特殊すぎるんだ。せいぜいサブロックや魚雷ぐらいだな。こいつについてはイーディスが地球圏で使われているデータを全部持っているから、一番効率のいい回避パターンも準備できるんだ」 「つまり、マーシュを捕まえるのは絶対無理ということですか」 「戦場に絶対という言葉はないがね」イワタはベテランらしい言い回しで訂正したが、スズキの言葉を否定しなかった。 |