楊貴妃(ようきひ)ではありません。
ですが、楊貴妃とマリー・アントアネット、ちょっと似てますよね。最後に殺されてしまったというところ・・・だけ? いえ、私の知るかぎり、二人の体型はけっこう似ている・・・はずです。
1789年10月5日。
一人の美女が、けたたましい騒音に気分を害していました。
「どうにかならないのかしら、あれは」
美女に、あれ、呼わばりされた音は、人間の声でした。一人や二人、百人、千人の声ではありません。
「飢えるわ、飢えるわ、福祉をくれ!」
welfare(ウェルファー・・・飢えるファー・・・飢えるわ)、意味は福祉・・・受験生のときは、くだらないことやってました。
つまり、食料を求めてデモ行進をしている人々の声だったのです。
「我々にパンを、パンをくれ!」
人々は、そう必死に叫んでいます。美女は、ため息をついてつぶやきました。
「パンがないのなら、お菓子を食べればいいでしょうに・・・」
現代日本人が言いそうなセリフです。
こんなことを言ったのが、マリー・アントアネットです。事実か疑わしいそうですが。
この人の旦那さんはルイ16世ですが、この二人は、劉邦(りゅうほう)と呂后(りょうこう)に負けないくらいおもしろ夫婦です。
ルイ16世は、フランス革命のあった日、日記に「何もなかった」と書きました。おいおい、何もなかったわけないでしょう、と言いたくなりますが「狩りの獲物は何もなかった」という意味で書いたのです。さすがに王様、どんな大事件にも慌てることはありません。16世ともなると、王としての高貴な血も、さぞや薄くなっていたのでしょう。
ちなみに、マリーとの結婚式当日の夜も、彼の日記によると「何もなかった」そうです。これは、女好きの劉邦とは大きく違います。
舞台を中国に移します。
恵帝(けいてい)という人が、皇帝だった時代です。
この皇帝は、はっきり言ってバカ殿でした。さすがに、顔に白粉を塗っていた、ということはありませんでしたが。
この人が皇帝になると決まったとき、臣下の人々が、
「嗚呼、もったいない、もったいない」
と今まさに、もったいないお化けがでるのでは、と思わせるほど、もったいないという表情をして、玉座をなでたということです。
なぜ、こんな人が皇帝になれたかというと、恵帝の息子さんがとても優秀な人だったからです。恵帝の父である先代皇帝は、この孫の才能を知っていました。そこで、この孫を皇帝にしようとして、仕方なく、バカ息子の恵帝を皇帝に指名したのです。
これは、恵帝からすれば、いい迷惑だったかもしれません。さすがに、自分の評判の悪さを知っていたでしょうから。
「私は、皇帝になどなりたくなかった」
なんて思っていたかもしれません。
自分の息子の被害をこうむって? 恵帝は皇帝になりました。しかし、前述の通り、先代皇帝の父も臣下も、誰も期待していませんでした。その期待に違わず、恵帝は暗君として名を残しました。
ある時、大飢饉が起きました。
ひどい飢饉で、各地で百姓たちが餓死していました。そのことを臣下から聞いた恵帝は言いました。
「米がないのなら、肉を食べたらよかろうに・・・」
それを聞いた臣下の人が絶句した、という記述が歴史書にあるかどうかは知りませんが、間違いなく絶句したでしょう。
「さすがは陛下。その通りでございますな。民とは愚かなものです」
と言ったとしたら、恵帝以上のバカヤローです。
ただ、こんな恵帝に、意外とも思えるエピソードがあります。
恵帝が殺されかけたときです。一人の臣下が、命を賭して恵帝を守りました。彼は斬られ、飛び散った血が恵帝の服にかかりました。その後、難を脱した恵帝に服を着替えるように言う者がいました。恵帝は、その人に言いました。
「この血は、朕の命を救ってくれた者の血だ。この血は、彼の朕への忠誠の証しである。洗い落としてはならん」
恵帝は、世間知らずのいい人、という感じの人だったと私は思います。
彼もマリー・アントアネットも、別に悪気があったり、嫌みとしてあのようなセリフを言ったわけではありません。純然たる疑問を、口にしたまでです。どこか憎めないのですが、当時の実際に飢えていた人たちからすれば、たまったものではありません。
人の上に立つということは、並大抵のことではない、ということです。ましてやそれが、皇帝ならばなおさらです。
恵帝とマリー・アントアネットのセリフを比較して、米とパンは東西の違い、肉とお菓子は男女の違いでしょうか。
三国志の時代から80年くらい後、晋(しん)の時代の話です。恵帝といっても、前漢の呂后(りょこう)の息子の恵帝ではありません。この晋王朝、やがて東に遷都を余儀なくされます。東遷後の晋を東晋と呼ぶので、恵帝の時代の晋を西晋とも呼びます。同じようなめにあった王朝が以前にもありましたね。幽王(ゆうおう)の時の周です(第二回)。
ちなみに、恵帝の息子は、皇帝になれませんでした。
中国には、次のような笑い話(といっていいのかわかりませんが)があります。
寒さ厳しい冬の日のことです。
暖かい服を着たお金持ちが、道ばたで寒さに震えている貧乏人を見て言いました。
「この寒い中、あの者は暖かい服を着ていない。あのように震えていると、寒くなくなるのだろうか?」