第二回   オオカミ少年の原典、ここにあり

 

 オオカミ少年というアンデルセンだかイソップだかのお話があります。うそつき少年、だったでしょうか。まあ、どっちでもいいです。あらすじは、次のようなかんじだったと思います。知っている人は十数行飛ばしてください。

 ある村にいたずら好きの少年が住んでいました。もっとおもしろいいたずらはないかと逆立ちして考えたところ、ピカンと閃きました。彼は、村のはずれで叫びました。
「大変だ! オオカミだ! オオカミが襲ってきたぞ」
 村中が大騒ぎとなりました。なんて小さな村でしょう。大人は銃を持って駆けつけ、母親はあわてて子供を家の中へ隠しました。その様子を少年は隠れて見ていました。
「変だな。確かにオオカミが来た、という声が聞こえたのに」
 大人たちの慌てように、少年は大爆笑しました。
「こりゃいいや。退屈になったらまたやろう」
 とんでもないガキです。
 大人たちは数回だまされて、やっと少年のいたずらだと気づきました。
「大変だ! オオカミだ! オオカミが襲ってきたぞ」
 また少年の声です。
 いつもより叫び声にリアル感があります。何度もやって演技がうまくなったのでしょうか。
「バカの一つ覚えとはあのことだ。バカガキが」
 バカガキのバカの一つ覚えに何度もバカにされたバカな大人は言いました。
 当然、少年の声を無視しました。
 その頃、少年は本当にオオカミに襲われていました。声がリアルなはずです。
「誰か助けて! お願いだよ!」
 誰も助けに来ませんでした。事実に気づいても助けなかったことでしょう。

 大筋はこんなところだったと思います。
 中国史に、これとちょっと似た話があります。

 幽王(ゆうおう)という王には愛する女性がいました。それは綺麗な人で、本当に大好きでした。
 しかし、この女性、なぜか全く笑いません。笑いませんから、どこかもの寂しげな雰囲気が漂っています。大好きな人のこんな姿、あまり見ていたいものではありません。幽王はなんとかしてこの女性を笑わせようと頑張るのですがいっこうにうまくいきません。
 ある時、王は思いつきました。
「のろしを上げ、陽気に太鼓を鳴らしてみよう」
 うまくいきませんでした。幽王はがっかりしました。
 やがて、幽王の家臣たちが次々と軍隊を率いてやって来ました。
 のろしを上げ、太鼓を叩くのは敵が来た、という合図だったのです。
 事情を知ると、家臣たちは驚くやらあきれるやら、とぼとぼと帰っていきました。
 それを見ていた幽王の愛する女性が、なんと笑ったのです。よほど家臣たちの様子がおもしろかったのでしょう。昔の中国人女性の、笑いのツボはわかりません。
 幽王が喜んだのは言うまでもありません。
 愛する女性のためなら、男は、端から見ていたらバカとしか思えないこともできるようです。
 同じことを何度も繰り返しました。愛する人の笑顔が見たくて。一途な人です。
 この先はもうおわかりですね。
 実際、敵が襲ってきたとき、ほとんどの家臣はやって来ませんでした。

 この敵襲によって幽王の治めていた国が壊滅的な打撃を受けました。多くの国民が戦火の中、死んだことでしょう。
 うそつきの少年は彼一人の被害ですみましたが、幽王の場合はシャレになりません。王自身も戦死してしまいました。彼の愛した女性は敵軍に連れ去られてしまいました。
 どうでもいいことですが、少年はどうなったのでしょうか?

 幽王バカだなー、と思いますか。私は思います。でも、どこか憎めません。彼は少年と異なり自分のためではなく、愛する人のためにバカな行為をやったからです。好きな人に何もやってあげないよりは、バカなことでもやってあげた方がいいのではないでしょうか。

 中国の歴史上には、このようないわゆる傾国の美女と呼ばれる女性がまだいます。有名どころを挙げてみると、最近話題の『封神演義』にも登場する妲己(だっき)玄宗(げんそう)皇帝とのラブロマンスが名高い楊貴妃(ようきひ)というところでしょうか。これらの女性が悪いわけではないのですけどね。
 ちなみに、幽王は今から2700年くらい前の人です。の国の王でした。上の事情では滅びる一歩手前まで衰退しました。けれど、王族の生き残りが東に逃げてなんとか周の国は滅亡を免れました。首都が東に移ったので、この周の国を、幽王の時代の周と区別するため、東周と呼びます。それで、それまでの周は東周と区別するため、西周とも呼ばれます。ややこしいです。こういうことが、この後も中国の歴史ではいっぱいあります。
 もう一つちなみに、幽王に愛された笑わない女性は、褒ジ(おんなへん+以という字)といいます。ご参考までに。