逆転会盟

 

 裁判形式で話が進んでいきます。
 本文に登場する法廷の仕組みや法廷用語は、すべててきとーです。

 この文章を読むにあたり、覚えておくと話がわかりやすい(と思われる)こと。

 周王(周国の王) = 皇帝とだいたい同義 = 日本でいう天皇のようなもの

 斉の国主 = 覇者 = 日本でいうと、征夷大将軍(天皇から任命される武家の頭領たる官職)みたいなもの

 斉や楚や諸々の国々 = 諸侯 = 日本でいう、戦国大名みたいな感じ

 なーんか、自分で書いてて、わけわからなくなってきました。

紀元前656年 春 某日 楚国 某所


裁判長 「ただいまより、開廷します」

楚の国の弁護人(以下、弁護人) 「弁護側、準備完了しております」

楚の国の罪を明らかにしようとする検察官(以下、検察官) 「検察側も準備完了しております」

裁判長 「それでは、最初に、弁護人、冒頭陳述をお願いします」

弁護人 「はい。現在、斉(せい)の国が、楚(そ)の国に侵攻せんとしております。明らかに、非は、侵略者たる斉国にあります。
      弁護側は、斉国に、楚国からの即時撤退を要求するものであります」

検察官 「楚国はこれまでに幾つもの国を侵攻し滅ぼしてきた。いまさら己が侵攻されたからといって、軍を退かせよとは都合が良すぎるのではありますまいか」

弁護人 「これまで、楚国が侵攻してきたのは、隣国のみです。隣国の情勢は、楚国自身の存在に関わる故、時には侵攻もしたのであります。
      しかしながら、斉国と楚国とは、遠く離れた距離にあります。どうして侵攻する必要がありましょうか」


検察官 「その理由を述べるにあたり、裁判長。検察側は証人の入廷を要請いたします」

裁判長 「証人の入廷を許可します」

検察官 「証人を入廷させてください。
      ――証人、職業を教えてください」


証  人 「斉国の歴史記録係です」

検察官 「では、証人、斉国の初代国主が周(しゅう)の王から命ぜられたことを証言していただきたい」

証  人 「わかりました。昔、我が国、斉の初代国主である太公望呂尚(りょしょう)は、周王(正確には、周王の弟)から命じられました。
      天下の諸侯を従えて、周国を支え盛り立てるのだ、と」      

弁護人 「待った!

     そんな400年以上昔の話と本件に関連性はありません!」

裁判長 「私も弁護人と同じように思います。検察官、どうですか?」

検察官 「いえ、裁判長、この証言こそが、現在、斉国が楚国に侵攻した理由を示しているのであります」

弁護人 「その理由をお伺いしましょう」

検察官 「その前に、証人、その周王からの命令は解かれているのでしょうか」

証  人 「いえ、周国から命令を解く旨の連絡はありません。命令は、いまだに有効であると斉国では考えております」

検察官 「というわけで、斉国は今でも周王の命令に従い、周国を盛り立てる義務があるわけです」

弁護人 「それがどうしたというのですか」

検察官 「斉国は、その義務によって、楚国に軍を進めたのであります」

弁護人 「詳しく説明していただきたい」

検察官 「ところが、楚国は、斉国と異なり、周国に対する義務を怠っています」

弁護人 「それはいかなることでありましょうか!」

検察官 「話は最後まで聞いていただきたい。
      楚国は、周国に対して、チガヤ(イネ科の多年草)を朝貢することになっていますが、今、その義務を放棄しております」


弁護人 「なんですって!?」

裁判長 「弁護人、それは本当ですか」

検察官 「チガヤは、祭りに使用する酒を造るのに必要です。
      楚国がチガヤを納めないため、周国では、祭りが行えずに困っているです」

弁護人 「待った! 

      チガヤは楚国のみが納めているわけではないはずだ。他の国から納入されている分で酒は造れるはずです」

検察官 「異議あり!

      今、問題としているのは、楚国が周国にチガヤを納める義務を怠っている事実であります。
      他国がチガヤを納入しているか否かは関係ありません」


裁判長 「異議を認めます。弁護人、検察側の言っていることは事実ですか」

弁護人 「むっ・・・」

検察官 「裁判長、ここに、楚国からチガヤを徴収せよ、との周王が交付した命令書があります。これを証拠品として提出します」

裁判長 「証拠品を受理します。――どうやら検察官の言っていることは事実のようですね」

弁護人 「ぐはっっっっ!」

検察官 「どうやら弁護人は、楚国がちがやを納入していなかったことを知らなかったようですな。
      この命令書を法的根拠として、斉国は楚国に侵攻したのであります」


弁護人 「・・・・・・」

検察官 「裁判長、斉国が楚国に侵攻した理由は、まだあります。
      検察側はもう一人証人を用意しています。新たに証人の入廷を要請します」

裁判長 「証人の入廷を許可します」

検察官 「ありがとうございます。
      ――証人、職業を教えてください」


証  人 「周国の歴史記録係です」

検察官 「では証人。周の昭王(しょうおう)について証言をしていただきたい」

弁護人 「昭王だと!」

検察官 「証人、証言をお願いします」

弁護人 「待った!

      裁判長! 検察側は本件に関係のない証言を――」

裁判長 「弁護人、尋問ならびに異議申し立ては、証言後に伺います。証人、証言を」

証  人 「昭王は、周国の第4代国王です。昭王は、楚国のある南方へ出かけられた際に、行方不明となられました。その消息は、いまだに不明です」

検察官 「つまり、斉国は、昭王の行方をつきとめるという目的もあり、楚国に軍を進めたのであります」

弁護人 「異議あり!

裁判長 「弁護人、尋問をどうぞ」

弁護人 「検察側は、昭王が約350年前の周王であることをご存知か!」


裁判長 「なんですって!」

検察官 「そのようなこと、言われるまでもありません」

裁判長 「検察官、350年も前の周王の行方をつきとめるとは、どういうことなのですか?」

検察官 「昭王が、南方で行方不明になったという事実は、月日がどれだけ経過しようと変わるものではありません」

弁護人 「異議あり!

      昭王のことははるか昔のことであり、現在の楚国とは、何の関係もない!」

検察官 「異議あり!

      周の国王が行方不明になったという大事件に関して、時効などありません。弁護人の主張することは、楚国の責任放棄にほかならないのです!」

弁護人 「異議あり!

      南方で行方不明になったからといって、楚国で行方が知れなくなったという証拠はどこにもない!」

検察官 「それを確かめるために、斉国はここまで軍を進めてきたと先ほど申し上げたはずだが」

弁護人 「検察側は、言いがかりによって楚国を脅迫するつもりか!」

検察官 「そのようなつもりは毛頭ない。すべては周国の御為に、昭王の行方を明らかにしたいだけである!」

弁護人 「何故、今になって、昭王の行方を求めて、楚国まで侵攻してきたのでしょうか!」

検察官 「斉国は、ずっと昭王の行方をつきとめるべく南方に軍を進めたかったのであるが、それだけの国力がなかった。
      だが、現在は、名君と名宰相により十分な国力が蓄えられた。それ故、今になって、楚国に侵攻したのである」


弁護人 「・・・・・・」

裁判長 「それでは判決を述べます。
      チガヤの件は、楚国に落ち度があります。すぐにもチガヤを周国に納入するように命じます」

弁護人 「・・・わかりました」

裁判長 「また、昭王についてですが・・・この件は本法廷で判決を下せるような事案ではありません」
      よって、斉軍の楚国からの撤退という弁護側の要求は棄却します。
      ――では、これにて・・・」

弁護人 待った!

裁判長 「弁護人、すでに判決は出ています」

弁護人 「最後に発言を許可していただきたい」

裁判長 「・・・いいでしょう。発言を許可します」

弁護人 「ありがとうございます。
      ――昭王の件については、現代を生きる人間の誰にもわからぬことです」


検察官 「斉国はそれをつきとめるために、ここまでやってきたのです」

弁護人 「350年前の人間を探しにきたと、本気でおっしゃっているのなら、それでけっこう。
      軍をお進めになって、昭王の行方を尋ねてみればよろしいでしょう」


検察官 「尋ねるだと? 何に尋ねるというのだ」

弁護人 「はるか昔から現在まで、時とともに流れ続けている、川に尋ねればよろしいでしょう」

検察官 「・・・・・・」

裁判長 「――それでは、これにて閉廷します」

 長すぎました。前編後編に分けた方がよかったかもしれませんね。
 なんで、(てきとーな)裁判形式で話をすすめたかというと、私が『逆転裁判』というゲームが好きだからであります。

読んでくれた方 「異議あり! 逆転してないし、そもそも会盟でもありません!」
私 「ぐはっっっっっっ! すみません。ノリでタイトルつけました」
裁判長 「有罪」


 春秋時代のお話。

 斉の国は、桓公(かんこう)が君主、管仲(かんちゅう)が宰相をつとめていました。
 2人の証人が語った、楚の落ち度?(チガヤと昭王)の記述は『春秋左氏伝』にあるのですが、これは管仲の言となっています。
 管仲というのは、斉の行動が、常に国際世論に大きな影響を与えることを知っていた人だと私は思っています(第二十一回

 この時期、斉は、管仲が政治の指揮をとって30年あまりが経過しており、中原一の大国になっています。
 覇者たる斉の桓公に従わないのは、南方の強国・楚のみでした。
 楚は攻めたいけど、ただ侵攻したのでは、他の国から、大国の横暴ととられかねません。そこらへんを管仲は考えて、「法的根拠」を考えたのではないでしょうか。

 弁護人が最後に言った「川に尋ねればよろしい」というセリフが、皮肉がきいてて好きです。
 発言者は、『左氏伝』には、「師」としかありません。
 斉軍を迎え撃つために出撃した師(軍隊)から派遣された使者ということでしょう。名が残っていないのが惜しいです。
 ちなみに、『史記』では、楚の成王(せいおう)が発言者となっています。使者を通じて言わせたということでしょう。

 管仲のパンチのきいた言いがかり。
 それに対して、皮肉をもって応えた楚の使者。
 なんかこのやりとりがおもしろくて、この話を書いてみました。


 簡単な補足をしておきましょう。

 斉が周から受けたという、周を盛り立てろ、という命令がありましたね。
 この命令を出した人を周王の弟と書きました。より正確に言えば、周の初代君主「文王」の子であり、2代目君主「武王」の弟でもある、召の康公(こうこう)です。

 チガヤで造ったお酒によって行うお祭りについて。
 原文だと

「王祭不供」 (王の祭供わらず) 周の王室の祭がとりおこなえない

 と、あります。『字統』によると、「祭」は人を祭り、「祀」は自然神を祀るときの字、ということです。
 今回の場合は、人(祖先)を祭る行事のことをいうのでしょう。


 さて、できることなら、今回の話の続きを書きたいと思っています。
 この後、もう一回、斉の桓公と、楚の屈完(くつかん)という人の間に、論戦が展開されます。
 いつか機会があったら、「逆転会盟 第二章」として、このことを書きたいと思います。やっぱり、逆転はないんですけどね・・・。