第二十一回 政治家は先を見るもの

 

 今話の登場人物は、前回とほぼ同じです。
 最近、私は、管仲という人に非常に興味があります。彼からは、学ぶべきことが数多くあるからです。歴史は未来への指針である、と実感します。

 桓公(かんこう)という人が治めていた斉(せい)の国は、ある時、魯(ろ)という国と戦争をしました。
 斉は強大国です。一方の魯は、斉ほど強くはありません。結果は予想通り、斉の勝利でした。
 魯は、領土の一部を斉に割譲することを条件に、講和を申し込みました。桓公はそれをのみました。
 和議の会盟は順調に進行しました。後は講和条約の締結書にサインするだけになったとき、魯の曹沫(そうまつ)という将軍が、桓公と魯の国王がいる壇上に上りました。足取りはゆっくりで、表情は何気なく、何より帯剣もしていないので、斉の群臣は不審に思いませんでした。魯の王に呼ばれたのだろう、くらいに思ったのでしょう。

 曹沫は、魯の国王の側にやって来ました。すると、表情一つ変えずに、懐から取り出した短剣を桓公の胸に突きつけました。あっという間の出来事に、斉の群臣は誰一人として主を守れませんでした。
 やはり表情を全く変えずに、曹沫は言いました。
「貴国がわが国から奪った領土を返還願いたい」
 無表情で押し殺した声。ただ、瞳は死をも恐れぬ決意で赤々と輝いていました。桓公はその気迫にたじろぎました。思わず口から出た言葉は、
「わかった」
 ・・・会盟後の桓公の憤りを想像するに難くはありません。
「あんな約束は無効だ。あの曹沫とかいうテロリストの脅迫によって承諾させられたに過ぎない。あの約束は、単に正当防衛の手段である」

 曹沫は、斉と三度戦い、三度敗れています。その度に領土を奪われたのです。このままでは面目が立たないし、もしかしたら無能者として処罰されるかもしれません。そういう追いつめられた状況が、曹沫に思い切ったテロ活動を起こさせたのかもしれません。

 荒れる桓公の前に、管仲(かんちゅう)が進み出ました。
「どのように交わされたとしても、約束は約束です。守らねば信用を失います」
 桓公はうなずかざるを得ませんでした。
「ならば、せめて曹沫を殺してやりたい。その方法を考えてくれ」
 管仲はうなずきません。桓公に言いました。
「曹沫ごとき小者を殺せば、諸侯は、ご主君の器が小さいと思うことでしょう。それは、信用を失うことでもあります。まさしく、小利を追って大利を失うようなものです。ご主君にとって何の得にもなりません。ここは一時の感情をおさえ、わが国の行く先をお考えください」
 桓公は大いに納得して、魯から奪った領土を返還しました。このことが諸侯に広まると、諸侯に対する斉の信用は大きく高まりました。

 春秋時代のお話。

 普通に考えれば、曹沫の方が悪い! 将軍という身分にも関わらず、国同士で交わした約束を守らず、桓公を脅迫しました。非難されるべきは曹沫です。曹沫を殺しても諸侯から信用を失うようなことはなかっただろうと思います(飽くまで私の考え。春秋時代の常識では、違うかも知れません)。
 ですが、曹沫を殺しても何の得はありません。桓公の気が晴れるくらいでしょう。管仲は、桓公の度量の大きさを天下に示すために、曹沫を利用したとも考えられます。
 管仲を尊敬する私としては、管仲が曹沫を買収していたのでは、とすら考えてしまいます。
「演技をしてくれたら、領地をご返還しましょう」
 なんてことを言って。

 管仲が著書『管子』で言っていることですが、最も大切なものは人です。
 人間そのものや、人の能力、人からの信頼といったものが大切です。それらに比べたら領土なんて大したものではない。人材さえあれば、領土なんていくらでも奪えます。人材がなければ、領土なんていくらあっても意味がありません。
 昔からの自国の領土ならともかく、ちょっと前に勝ち取った領土を失うくらいで、人心をつかめるなら安いのものだ、と管仲は考えたのでは?

 管仲は、桓公の一挙手一投足が、どのような結果をもたらすか考えていたのでしょう。政治家は、先を予見する必要があるのです。それは、前を見ることでもあります。下を見て、原稿を読んでいるだけの人は、政治家とは呼べないのです。

            

 曹沫について。

 曹沫は「そうばつ」とも読みます。
 曹沫という記述は、
『史記』によります。
 この人、『史記』では、「刺客」として扱われています。(
桓公は郵政政法案に反対だったらしいので、曹沫が刺客として向けられたらしいです)
 ですが、
『春秋左氏伝』では、けっこうな戦術家ぶりを発揮しています。

 この『春秋左氏伝』だと、曹ケイ(ケイの漢字は、歳の字の右に「りっとう」をつける。さらに、歳の字の「示」部分の縦線に「ノ」をつける・・・わかりづらッ)と記されています。宮城谷昌光さんの小説『管仲』だと、このケイの字は、「会う」という意味があるらしい(確かめられず)ので、カイ、と読んでいます。
 私の個人的な嗜好からすれば、「ソウカイ」と呼びたいですね。

「曹沫以匕首劫桓公於壇上」(曹沫、匕首をもって桓公を壇上におびやかす)『史記 斉太公世家』

 曹沫が桓公を追い詰める光景が目に浮かびます。


 『春秋左氏伝』という書物は、魯の国の歴史書
『春秋』の解説書みたいなものです。
 だから、多少、魯の国を贔屓して書いているところがあるように思います。
 『春秋左氏伝』には、曹沫が桓公を脅した記載はなくて、ただ領土返還の約束を交わしたことのみが記録されています。
 その一方で、曹沫の指揮で斉に勝利した「長勺(ちょうしゃく)の戦い」の詳細な記述があります。

 そう考えていくと、歴史書にも、書いた人、書かれた国、時代背景などによって、それぞれの「性格」がみえておもしろいですね。



「管仲が著書
『管子』で・・・」という記述について。

 『管子』は、管仲の著書というわけではありません。管仲の言行を記録した書物です。感じとしては、孔子の言行や、弟子との問答を記した
『論語』に近いですかね。管仲自身が記述したとされる部分もありますが、後世になって完成した書物とのことです。
 管仲が、最も人が大切と言った部分を紹介しておきます。

「夫争天下者、必先争人」

 夫が天下を争う(家族の中で一番偉いのは自分であることを主張して戦う)場合は、かならず、真っ先に立ちふさがるのは人(つまり妻)である。――ウソです。

 それ天下を争う者は、必ずまず人を争う。(天下を狙おうとする者は、必ず、まず人材を獲得することだ)