6年生通信ー1月


成人式騒動を考える
再会の記
算数総まとめ
作文を振り返って


1月19日(金) 第79号  成人式騒動を考える

■冬休みが終了しました。年賀状等で,休み中の様子がちょっとは伝わってきましたが,やはりどんな冬休みを過ごしていたのかは,今日聞いてみないとわかりませんね。さて,子供たちはどんな話をしてくれることでしょう。楽しみです。
 
■3学期は,短いです。8週間しかありません。その間に,こなさなくてはならないことがたくさんあります。小学校生活6年間の締めくくりですからね。
 3月17日の卒業式は,子供たちが「私の元」を巣立っていく日ではないと思っています。子供達は,小学校生活6年間を締めくくり,「小学校生活」から巣立っていくのだと思っています。私は,もちろん小学校生活最後の2年間を担任としてこの子達と過ごさせていただき,責任を感じながら一生懸命教え,育てようとしてきたつもりです。しかし,それ以上に1年生の時からの担任の先生,他の職員,地域や社会の方々,もっと言えば国が子供達に期待すること,そして保護者の方々の思いや願いを受け止め,子供達はここまで来たのです。(「生い立ちの記」は,そうしたことを見つめるために書いてもらったのです。)
 残り8週間を,感謝と自分探しで締めくくり,中学校生活に向けての節目となるような時間にしていきたいと心から願っています。

■今年は成人式が荒れました。ほとんどの成人は,良識的であると信じたいのですが,マスコミ報道は,そうは伝えてくれません。糾弾スタイルで,センセーショナルに伝えます。売るためには,しかたないことなのでしょうが。「一体,どうしてこんなことに!」というスタイルで書き立てます。
 私は,教師ですから次のように答えます。「これまで,自由だ,個性尊重だと育ててきた学校の責任です。100%学校の責任なのです。」と。
 しかし,それを聞いてマスコミが,あるいはおうちの方が「そうか,やっぱり学校か。」と思い,「ほら,学校が悪いんだよ。自分たちは何も悪くない。やいこら,学校責任をとらんか!」などと言われては困りますよ。
 家庭に帰り,一父親となった私は次のように答えます。「家庭のしつけがなっていないからだ。親が,まだ20才の子供に,きちんと示しをつけられなくてどうする。100%家庭の責任だ。」私は二重人格なのではありませーん。
■学校が「家庭のせいだ」「社会が悪いのだ」と言い,家庭は「学校の教師が…」と言い,マスコミは「私たちは正義の味方だ」と言っていて,一体何がプラスに変わるのかと思うのです。
 みんな,「責任は100%自分にある」という態度,覚悟が必要だと思うのです。周りがそういう自己責任を明確にとる姿勢になったときに,初めて子供は育つと思うのです。

■ただし,子供相手に「イヤ,お前が勉強できないのは,お父さんとお母さんのせいだ。お父さんもお母さんも勉強ができなかったからね。」などと言うのも絶対にしてはいけないことです。こんなことを言うのは開き直りであり,「自分は変わろうとする努力を放棄したから,その代わりお前にも求めないよ。」というメッセージを強烈に伝えている事になります。「共に育つ」の反対,「共に低める」です。
 子供には,あくまでも「しっかりしろ」「それは,お前が間違っている」と言える大人でありたいと思います。その意味で,市長にクラッカーを投げつけた5人を逮捕したことは,正しいことであったと私は拍手を送りたいと思います。もちろん,残念なことではありますが。

■さて,逮捕等の「事件」に話が行きましたが,成人式にはもっと大きな問題がここ数年あったのです。それは,主催者の挨拶等が携帯電話の会話に妨害されて聞こえないという事態です。
 「個人の自由」を尊重するという風潮が,公共の場での節度ある身の処し方をどこかに押しやっています。その芽は,幼稚園や小学校での「おしゃべり」や「姿勢の乱れ」にあります。この学級でも,5年生の最初はそれはひどいものでした。今も,気を許すと崩れそうになります。それを注意すると,「いいじゃん,別に。」などと返ってきました。この頃では,さすがにこういう言い方をする子はいません。しかし,どこまでそうしたことが大事なことかを分かってくれているかは疑問です。

■「自由」は,「自律」とセットです。低いレベルで,他の迷惑など「いいじゃん」というのは,「自由」とは呼びません。残り8週間です。中学校に進めば,思春期の嵐の中で心も身体も大きく変化していき,不安定になります。そこを乗り越えて生きていく「基礎」として,周りに感謝し,けじめを持って学習や生活に取り組んで欲しいと心から願います。
 責任は,100%学校,私にあると考え,取り組んで参ります。もとより私は欠点だらけの人間です。しかし,子供たちと「共に育つ」姿勢を忘れず,自分を変えていきたいと思います。
 各ご家庭でも,家庭の責任を考え,ご家族それぞれが自分を変える努力をしていきましょう。残された時間,どれだけ子供たちと「共に育つ」ことができるか,そのスタートが今日なのです。 (う〜む,ちょっと力入ったかな?) 


1月20日(土) 第80号  再会は,明るくおだやかに

■昨日は,27日ぶりの再会でした。明るくおだやかな時間となりました。
 久しぶりに会った子供同士で,あちこち話に花が咲いていました。しかし,私が前に立つと,すっと静かになります。1校時は始業式。廊下に並ぶのも素早く,また歩き方も落ち着いたものでした。休みを経ても,変わらない動きにうれしくなりました。学校長や低学年の作文発表の話の聴き方も落ち着いていました。退場行進も,背筋が自然に伸び,きれいでした。

■教室に戻ってから,そのことをほめました。うれしそうに,そしてちょっと照れくさそうに笑顔を見せていました。例によって,オヤジギャグも飛ばしましたが,まずまずお付き合いいただきました。

■休み中に背が伸びた子も多く,並び順をかえました。男女それぞれ自分たちで並び順を確かめましたが,けっこう入れ替わりがあり,「やったー!伸びたあ!」「くっそー,抜かされたあ!」とひとしきり大騒ぎ。一応決まったところで,男子の並び順を女子に,女子の並び順は男子に見てもらいました。男子の方は,女子に見てもらうと2カ所違っていて修正となりました。なかなか背の順番って自分では分かりづらいものなのでしょうか?

■その後,席替えと係決めを行いました。かなりドキドキしながらやっていたようで,またも教室は興奮状態。しかし,節目節目でけっこう自然に静かになり,どんどん進みます。こんな小さなところにも子供たちの成長を感じることができました。
■その後,通知表とおうちの方の宿題の作文を集めました。
 通知表のおうちの方の一言が,この2年間で倍増しました。お忙しい中,書いていただいたことに感謝いたします。文集用のおうちの方のメッセージも,多数集まりました。「親子で作文に苦労しました。」というお手紙をいただいたりもしました。お疲れさまでした!

■さらに,その後子供たちの作文をちょっとグループで誤字・脱字のチェックしてから集めました。子供達が帰ってからざっと目を通しましたが,どの作文も感動的なものでした。どの子にも,どの子にも誕生から今までドラマがあり,そこにおうちの方の思いや願いがいっぱいに詰まっていることが伝わってきました。来週から,これをより伝わりやすいものにしていくことになります。
 ご協力,本当にありがとうございました。

■今日は,冬休みの生活発表会と,卒業式やその前後の動きにかかわる音楽関係の相談です。どんな様子だったか,お子さんからお聞きくださいね。

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エトセトラ
 明日は,昨年亡くなった私のかつての教え子(1,2年生の時受け持ちました)の一周忌法要です。出席してきます。生きていれば,この子達と同じ6年生でした。今,生きているということ,生かされているということに感謝しつつ,与えられた時間を精一杯生きたい,生かしたいと思います。その子の分まで,この子達との時間を輝かせたいと心から思います。
 そういう誓いを込めて,手を合わせてこようと思っています。


1月23日(火) 第81号  算数の総まとめ

■算数は,最後の単元「算数のまとめ」に入りました。
 まず,問題をざっと見て,「自信がある=A,ちょっと自信がない=B,まったく歯が立たなさそう=C」と,自己評価させてみました。
 第1問は,次のような問題でした。(教科書81ページです)

次の数をよみましょう。
26049108     700289010300     100897000520046

この問題への自信は,どの程度でしょうか? 次のようでした。
A=  6人
B= 24人
C= 1人

■さて,この問題に取り組むにあたり,まずAの子に,「どうやって解いているのか」を聞いてみました。
 すると,「下から,一,十,百,千,万,十万,…と数えていって,お終いまで来たらそこから読んでいく。」という答えでした。
 そこで,「なるほど,ではそのようにやってみよう。」と言って,26049108を読んでみました。これは,これで一つの方法で,よいのです。
 次に「もっと良い方法はないか?」と問いました。すると,小幡君が「下から4つずつの区切りに〈,〉を付けていく。」と答えました。そこで,〈,〉を振って,読みやすいかどうかを問いますと,「何だか読みやすい」という反応です。

■そこで,若干解説をしました。
「日本語の数字の読み方は,4桁区切りなのです。下から4つめの点で,「千まで」と「万の位」が分かれます。  だから,「千まで」が読めれば,数字が大きくなっても,どんどん「千までの読み方」をして,そこに「万」や「億」を付けていけば良いだけなのです。だからポイントは,『まず,4桁ずつ〈,〉を打て』ということです。他のものにも4桁ずつの〈,〉を打ってごらん。」と指示し,さらにその下に「万」「億」「兆」を記入させて読ませました。これにより,自己評価Aがほぼ全員になりました。」

■さらに,次の話も付け加えました。
「しかし,新聞などで見る数字はほとんどが3桁ずつ〈,〉を打っています。これは,英語圏の数の数え方が,日本語とは異なるためです。日本語は,一,十,百,千と4桁進んで,次の万になってからは,それが十なら十万,次は百万と数を積み上げていきますね。しかし,英語圏では一,十,百と3桁進んで千になると,その次は『千が十』『千が百』というように,3桁ずつの繰り返しでいくのです。英語では,万は「ten thousand」十万が「hundred thousand」,百万で「million」と名前が変わります。みんなは日本人ですから,4桁区切りの方が便利でしょう。しかし,外国の人との取り引きが必要な場合は,3桁で表すのが普通になっています。」

■こんな話をすると,子供たちは「へえ。」という顔で聞いてくれます。この子達が,社会の出る頃は,今よりもっと国際化が進み,外国の人と一緒に仕事をする子も多いことでしょう。その日のための,種まきになっているかな?

■次の問題に進みます。

数字で書きましょう。
一億六千三万二千八      六千億九百六万七十一        四十兆千八百五十六億七十二万二千

 これは,Aが10人,Bが21人の自信。どのようにやっているかを聞きましたが,これは「何となく…」という感じでした。そこで,1 と同じ原理を適用することを教えました。つまり,4桁区切りの〈,〉を打つ反対です。まず,区切りの「万」「億」「兆」の文字を○で囲ませ,「億」の上の部分をまず書きます。一億六千三万二千八なら,「1」ですから,「1」と書きます。次が「万」の部分ですが,ここで重要なのは「どの部分も必ず数字4つで表すこと」です。そのため,マス目をあらかじめ4つ分空けておき,そこに書くようにします。「六千三」を数字4つで表すには,百と十の位を空位にしなくてはならないことを忘れません。

■ざっとこのように,これまで習った内容を整理し直し,自信を持って中学校に進ませるため,ていねいに扱っていきたいと考えています。算数は,原理をつかまえれば,かなりシンプルなもので,理解できて楽しくなります。それを伝えたいと思います。


1月26日(金) 第82号  子供のために…

■3学期最初の1週間が過ぎ,残りは7週間。教室の雰囲気は,とても落ち着いていますが,どことなくカウントダウンされているような気配もただよっています。
 さて,今日は連休前ですので,おうちの方にクイズを。そして,私の考えを述べさせていただきます。週末,食卓の話題として,ご家族でお楽しみいただければ…。

■まず,以前懇談で,出した問題です。

Q1 野良猫と飼い猫では,どちらが脳みその重さが重いでしょうか?
 @野良猫
 A飼い猫
 B変わらない


■今日は,もう一つ追加です。

Q2 マウスを次の4種類の育て方で飼いました。寿命が長かった順番に並べてみてください。
   @一生食べ物を制限したマウス
   A一生食べ物を制限せず自由に食べさせたマウス
   B成長期に食べ物を制限し,その後制限したかったマウス
   C成長期に制限せず,成長してから制限したマウス

 さあ,まずご自分の考えを決めてから先に進んでくださいね。できれば,ご家族で予想とその理由を話し合ってから先に進むともっとよいですね。
 予想と理由,だいじょうぶですか? では,先に進みましょう。

■Q1は,何百頭というデータから,断然野良猫であるという結果が出ています。それは,苦労や変化が脳を発達させるということなのでしょう。
 Q2は,一番長生きだったのは「成長期に食べ物を制限し,その後制限しなかった」マウスたちでした。次が「一生制限」,そして「成長してから制限」と続き,一番短命だったのは「一生制限しなかった」マウスたちだったのです。
 そういえば,戦後55年以上たち,戦中派といわれる人たちが高齢化を迎えていますが,この人たちいわゆる昭和一桁生まれの人たちは寿命は長いという結果がでています。この世代は,成長期に食べ物が無かった時代に育ち,制限されてしまった世代です。寿命が長いのは成長期に食べるものが無かったからという学説があるそうです。

■黒柳徹子さんが,ユニセフ大使として東南アジアの国々を巡って歩いたとき,やせ細っている子供たちの目が皆きれいでキラキラとしていたことにとてもびっくりしたのだといいます。そして,それを『トットちゃんとトットちゃんたち』という本に紹介しています。
 (トットちゃんは,黒柳さんの小さな頃のあだ名。そしてトットちゃんたちとは,スワヒリ語で子供のことを「トット」と呼ぶので,こういう題名になったと書かれていたように思います。)今,手元にないので,違っているかもしれませんが,たしか本の中に次のような一節があったように記憶しています。

「開発国の子供たちは,みなやさしかった。聞くと,いじめも自殺もないという。水たまりの泥水以外は飲む水もなく,食べるものも満足にない。そして,次々に仲間が死んでいく。それなのに,子供達の表情はとてもきれいだった。私は,出会う子供達に聞いて回った。いじめはないのか。自殺する子はいないのか。どこにもいなかった。誰一人いじめる子,いじめられる子,そして自殺する子はいなかった。絶望的な状況の中なのに,子供達はみな優しく,希望を持って生きていた。私は,泣きながら訴えた。日本ではたくさんの子供達がいじめにあっているんです。そして,たくさんの子が自殺しているんです。どうして,どうして…。」

■子供のためによかれと思って,十分な食べ物や快適な環境を与えることが本当にいいことなのか。本当に子供のためになることなのかを見直す時期にきているように思います。 これまで欧米に追いつけ,追い越せをめあてにがんばってきた日本の社会は,今目標を見失い,経済的な豊かさの貯金を飽食しながら無方向に動いています。子供たちを取り巻く状況は「何でもあり」です。子供達は,大人に対等の口を利き,自分の権利を主張し,いやなことはせず,好きなことは無節操にします。いや,そういうことなら大人の方がもっとひどいかもしれません。

■アメリカ合衆国大統領に就任したブッシュ氏は,所信表明の中で政策の基本理念に「礼節」という言葉を入れました。自由と平等の国アメリカは,もうその概念ではやっていけなくなっているのです。日本には,質素と礼節の伝統がありますが,それは子供たちの周りにまだあるのでしょうか?
 かつての合衆国大統領ケネディ氏は,「一番尊敬する政治家は誰か?」というインタビューに,「ヨウザン・ウエスギだ。」と答えています。上杉鷹山は,江戸時代の米沢藩の領主ですが,やはり質素と礼節を重んじた人物でした。(私の大好きな人物です。)
 病める国,アメリカの後を追いながら,どんどん退廃的になっていく日本,そして脆弱になっていく子供たちを見て,私は強い危機感を感じています。決して,子供達の食事を減らせ等と言っているのではありませんが。

 教師や親が変わらなければ,子供は変わりません。そのための,考えるヒントになればと考え,長々書かせていただきました。お付き合いいただき,ありがとうございました。


1月30日(火) 第83号  算数総まとめ(続)

■金曜日に実施した授業です。教科書に次の問題があります。

3.235=1×□+0.1×□+0.01×□+0.001×□
54.25=1×□+□×25

 これを,どうやったら楽しく取り組めるかとゲームを考えました。

■まず,小さく切ったカード(4×6cm程度)をグループに17枚配ります。
 そして,それに次のように記入させます。

(0)(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)
(×1000)(×100)(×10)(×1)(×0.1)(×0.01)(×0.001)

■説明します。
「いつもは,みんな仲良くすることが大切だと言っていますが,今日はグループの一人をみんなで意地悪します。一人は,みんなの意地悪に負けずにがんばります。」
 子供たち,ワッと笑いながら聞いています。
「一人の人は,0〜9までのカードを持ちます。そして,その中から7枚を選び,出す順番を決めます。」
「残りの人は,×のカード7枚を持ちます。相談して,出す順番を決めます。そして,一斉にそれぞれ1枚ずつ出していきます。例えば,7と×100が同時に出たら,その時の得点は700点です。7枚出し終わったら,合計点を出します。」

■さっそく始めました。どのグループも,めちゃくちゃ楽しそうです。大きな数字の時に×1000のカードが出ると,「やったー!」「くっそー!」が同時に教室に響きます。ゲームに熱中し,合計点を出すところでは,「大きい数から計算しないと」など,学習の目的をちゃんと考えるつぶやきも生まれていました。
 数人の子が,「数字を出す方は,0,1,2は出さない方がお得だ。」と言いだし,最初はその意味が分からなかった子も多かったのですが,だんだんその意味が分かってきたようです。夢中になる体験の中で,頭もフル回転しているのですね。

■今日は,思い出しもかねて「お互いのカードを引き合って見せる」という方式でやってみました。また盛り上がりました。

■さて,このゲームはどうだったかというと,残念ながら本日5校時の実施ですので,様子をお伝えする訳にはいきません。次号ででも,お知らせしましょう。
 さて,このようなゲームによる算数授業は,実は古くから伝統があります。明治時代の学校でも採用されていたと聞いたことがあります。子供たちが熱中する活動を通して,その力を引き出そうとするのは,普遍の教育原理なのかもしれませんね。

(おまけ)
 「尋常小学校国語教科書巻六」の一節。
「月と日と雷が一緒に旅をした。朝雷が目をさますと,月と日はすでに出発した後だった。それを聞いて雷はつぶやいた。『ああ,月日のたつのは早いものだ。わしは夕立にしよう。」 なかなか洒落ていますね。
 子供たちに聞かせてみたら,前半部分は「ああ」と分かった子が半分くらい。後半部分はかなり難しかったようでした。


1月31日(水) 第84号  自分の作文を振り返って

■卒業の日が本当に近づいてきました。昨日,5年生からテーマ別文集にしてきていた子供たちの作文をほどき,個人に返しました。そして,5年生からの自分の作文をひととおり見直して,その感想を書きました。子供達の,自己評価とも言えるその作文を,ご紹介します。(すべて一部分抜粋です。)

○ぼくは,今まで書いてきた作文を見て思ったことは,5年生の時の作文はほとんど1枚で,内容ももちろん少ない。だけど6年生になってからの作文は枚数も増えた。5年生から6年生になったら文が書けるようになり,枚数もずっと増えた。ぼくは作文が苦手だから,中学校に行ったら作文をがんばりたいです。  (大)

○ぼくは5年生の時から今までの作文を見てみて,思った。1年たっただけで,字の大きさや文字のこさまでかわっていたとは思ってもいなかった。それに,見ただけでもわかったけれども,枚数がぜんぜんちがった。ぼくは「どうして1年たっただけでここまでかわったんだろう」と思った。中学に行っても,レポートがあるから作文よりも,もっともっとメモっていきたい。  (松)

○一番はじめに書いた作文はすごく短いなと思いました。でも滝野とか大きな行事とかになると,だんだん枚数が増えていって今までの最高が7枚です。一番最初は1枚もいかなかったのに,すごく内容とかも成長したなあと思いました。自分でももう1回読んでみて感じ方とかもかわったなあと思いました。 (板)

○5年生と6年生の作文を読んでみた。すると,5年生の時の作文の字がなかなか分からないのだ。そして,今読んでみれば,字が抜けていたりした。作文の長さもかわった。5年の最初は,1枚くらいしか書けなかったけど,ちょっとずつ書く枚数が増えていった。これは,よこちゃんのおかげ?「作文を書く」と言われても,最近ではいやでなくなった。
たった2年前のことなのに,昔と思ってしまう。そして,たった2年間なのに成長したと感じた。2年でこう感じたなら,これからはもっと感じることだろう。(畑)

○私は5年生の時,作文を書くのが苦手でした。でも,6年生になって,だんだん書くのが楽しくなってきました。私は5年生の時からどんどん枚数が増えていることに気付きました。滝野や地区音楽会はあることばかり書いていました。でも,修学旅行や学習発表会は,思ったことや感じたことが入っていました。(社)

○作文を書くとき,5年生の時でも6年生の時でも前より上手に書こうとか思っていなかったのに,6年生で書いた文の方が読みやすいのはどうしてだろうと思った。でもそれは,今まで勉強してきた事が,文に出ているのだと私は思った。 (安)

○昔は字がきたなかったけれど,今の字はきれいです。しかも内容もわかりやすくなっていきました。昔の作文を見て,きたねえ,と思いました。やっぱり成長したなと思った。なんか昔より作文が長くなってきたなあと思う。しかも,まいがいやてんのぬけ忘れとか,行をかえるとき,ほとんどまちがえていないから本当にすごい!と思った。今もそうなんだが,漢字が5年生の時あんまりできなかったけど,今はけっこうできるようになったので,自信もつきました。(見)

○私は5年生の時より二つ成長したと思うことが作文の中にある。一つは,字がきれいになったことだ。5年生の時のたどたどしく,形がバラバラの字とちがって,6年になって大きさは小さくなったけど,形がそろっていて,どたどたしていない。見て,一目瞭然だと思う。二つ目は,5年の時は現実にあることそのまんま作文に書いたけど,6年生になってその現実のことを,よりイメージに写るように,言葉をくわしくして作文に書きました。これらは,魅力的な人がいたからだと思います。私のクラスには,字がきれいな人がいっぱいいます。その人達がいたから,字がきれいになったし,作文も心に伝わるように書けた。自分が成長したのは,まわりに私よりも上の人がいるからです。(木)

○作文を見直してみるとすごく見方や字がすごくへんで,特に字がすごくへたで成長したなと思っていました。それに字が間違ってばかりで,先生の書き方の練習がすごく役に立ったと思っています。それに音読のきまり「スラスラ,はっきり,内容に合わせて」を守って,読んでやっていくとすごく中味がよくすぐわかるようになりました。これを中学にも生かしていきたいです。(片)

■ほんの一部しかご紹介できませんでしたが,大体の傾向をつかんでいただけたことと思います。まず,多くの子が字がていねいになったことや漢字を使えるようになったことに触れています。また,内容面の充実に気付いている子も多いです。
 さらに,私の目から見ると,
・提出率がアップした。(5年生の最初は,毎日声をかけても未提出者が十名以上いたのです。今は,ほとんど100%です)
・書くスピードが格段に速くなった。(枚数との関係で言えば,倍以上のスピードになっています。)
・段落,題名,句読点等の技術面も伸びている。
などが挙げられます。子供たちも私も手応えを感じたひとこまでした。

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