†催眠恋愛†


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  ◇

「すいませんでした」
 翌日の桔梗との三回目の面談で、ただうなだれて桔梗の前に座る。
「いや、君が謝る必要はない。君はお客さんだからね。昨日の件は私のミスだ。なまじ、上手く行きそうだったものでね。私も集中力を切らしていた面がある。こちらの方こそすまない。しかし、アレだね、君、本番に弱いタイプだろ?」
 そう言ってくれた桔梗は「フム」と息をついて腕を組む。
「そうです。関係ないかもしれませんが、今の高校も実は第二志望で……本当は私立の進学校を第一志望で受けました。その時も、試験の途中までは行けそうだって思ったんですけど。いざ、ゴールが見えたと思ったら、途端に緊張してきて、頭が真っ白になって……。昨日の感じ、あの時に似ていたかもしれないです」
「フム、確かにそういう人は結構いるね。だがまあ、そんなに落ち込むことじゃあない。不安を感じることも、ゴールを自覚した瞬間にその不安が膨らむということも、そのゴールが君にとってそれだけ大事だということだ。それだけ大事なものを持っているということ自体を、まずは誇りたまえ」
 慰めなのか励ましなのか。そういえば、受験で第一志望を失敗した時も、両親や兄が慰めてくれたっけなんてことを思い出す。
「それでも、もう、無理ですよね。私、直樹くんに絶対変な女だと思われちゃいましたし……」
 首をうなだれる。桔梗のサポートを持ってしてもダメだった。失敗時には全額返金保証がついているとはいえ、お金の問題ではないように思えた。やりとげられなかった自分は、明日からどんな気持ちで日々を過ごしていくのだろうと思う。
「無理という言葉は使うな」
 気が付くと、桔梗がテーブルからぐいと身を乗り出して、聡子の眼前に顔を近づけていた。
「商売を抜きにしての忠告だが、こと恋愛に限らず、今後とも『無理だ』とか『ダメだ』とかそういう言葉を口にするな。一言口にするたびに、一つ君の可能性が減っていく」
 それでも……「私はあなたと違ってダメなんです」そんな言葉が口から出かかった時、今まで隠れていたローブの下の桔梗の瞳(ひとみ)と目が合った。
 その驚きで、心を覆いかけた負の感情が一端溶解する。
 桔梗は自分の椅子の位置まで戻り、そのまま立ち上がると、ローブの首もとの金色の留め金に手をかけた。
「とは言え、君の自力でここから島田直樹との関係を再構築し、恋愛成就まで持っていくのは難しいだろう。昨日の例で分かったように、私の力を貸すにしても、音声でのアドバイスだけでは限界がある。ゆえに……」
 留め金をはずし、一気に身体を覆っていた紫のローブを脱ぎ捨てる。
「今回のケースに限り、私が直に君と行動を共にしてミッションを完遂する」
 そう言い放った桔梗が、部屋の薄明かりの中、その正体をさらす。
 ライダース風のユニセックスな雰囲気のシャツに、ベルトが何重にも巻き付けられたスカート付きボンテージパンツ。硬質なシルバーのリングを装着した細い腕に、首に巻かれたリング付きのチョーカー。ゴシックロリータ。そのファッションを指し示す言葉を聡子は知っている。
 だけど重要なことはそんなことじゃない。チョーカーの上に繋がる、乱れた漆黒の長い髪に収まる、小さい整った顔。その顔を形成する、切り目に、まとまりの良い鼻、うす桃色の唇。その容姿は、まごうことなく、「女性」未満の「少女」のものだった。
「き、桔梗、失礼ですが、お年は?」
 振り絞って声にしたその問いかけに桔梗は平然と答えた。
「ああ、まあね。大抵驚かれるよ。年齢は十七歳だ。何か問題でも?」
 くびれた腰に手をあてて佇む桔梗。美しい肢体は、美術の教科書に載っている芸術品としての彫像のようでいて、生身の色香に満ちている。
「い、いえ、わ、私と同い年だったんですか」
 やっとの想いで、聡子はそれだけを口にした。

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