■■■Diary ■■■
切手b10.SEP.Fri.

古代遺跡・タルシーンから漁村へ

本日のスケジュール
午前



騎士団長の宮殿〜兵器庫〜
カーサロッカピッコラ〜国立戦争博物館
午後 中心街でランチ〜大聖堂〜ショッピング
夕食(ブリティッシュ・ホテル(?))
Castille Hotel(Valletta)泊
※ これは旅行前の計画で、実際は全て前日までに終了。
  この日は11日の予定を基に行動しています。
=内部見学

またまた4時前に目が覚めちゃったけど、メールの送受信後にもう一眠り。結局、起き出したのは5時だった。昨日買ったオレンジを食べながらの 『まったり身支度タイム』、気がつけば9時ちょっと前。毎日こんなふうにのんびりできるのは幸せだけど、帰国後ちゃんと社会復帰できるのかしら‥‥そんなことを考えながら部屋を出た。
最上階のレストラン前でエレベーターを降りると 「オハヨーゴッザイマス」 の声。おとといの夕食で出会ったオランダ人だった。「あ、おはようございます」 彼は仕事に遅れそうなのか、笑顔のまま歩調をゆるめず階段を降りていった。マルタパン2切れ、オレンジジャム、フルーツカクテル、オレンジジュースにコーヒーをトレーに乗せて席につく。そのころからガゼン調子が出てきた。昨日と違ってお天気も良いし 15分で食事を済ませ、さあ、観光に出発〜!

今日は金曜日。週末分と明日のツアー代のことを考えて両替しておかなければならない。銀行を目指して歩いていると、何度も通ったはずの裏通りに両替屋を発見した。レートを見るとさほど悪くもなさそうだ。ML1=$2.5828。ここでトラベラーズチェックUS$300を替えることにする。ML116.15、表示レート通りのマルタ・リラが手許に来た。

ルーペ forMap
MALTA島
全体図
その足でバスターミナルへ向かった。どの方面行きがどの辺に停まっているか、だいたい見当がついてきている。まっすぐ、いくつか候補のバスが停まっている場所に行き、先頭(先発)の29番に乗りこんだ(¢15)。
タルシーンはいずれのバスに乗ったとしても途中下車しなければならない。地図を見ていたら出発間際になって20代前半ぐらいのロコの女性が隣に座ったので話しかけてみることにした。「すみません、あなたはタルシーンより前でバスを降りますか?」 「え? どこ?」 地名が通じないみたい。地図を示して "here" に言い換えた。「いいえ、もっと先まで行くけど」 ホッとして続けようとすると、彼女は質問の意図を察知してくれた。「あ、そこで降りたいのね? 教えてあげる!」  ついでに地名の発音も尋ねてみる。「私たちはただタルシーンとは言わないの。普通はハル・タルシーンって呼ぶのよ」 ハル (Hal) のも、タルシーン (Tarxien) のもアラビア語風。喉の奥から空気を出す感じ?
バスが発車してからもずっと彼女と話していた。‥‥「ハル・タルシーンはパオラからもそんなに遠くないのよ。歩いても行けるわ。パオラは行った? 時間があったら行ってみるといいわ。良い町だから」 「昨日ヴィットリオーザに行ったときにバスで通っただけだけど、何があるの?」 「洋服とか靴とか」 どこでも若い女性は町の善し悪しをショッピングで判断するものなのか。「安い?」 「さあ、どうだろ」 ‥‥
‥‥「マルタの印象は?」 「ステキだわ!! 町は歴史があってきれいだし、人々はとっても親切だし、大好きよ」 ‥‥「東京から来たのかぁ。日本って経済大国ね。TVで東京を見たことがあるけど大都会だった。羨ましいな〜」 「そお? 空気は汚いし、どこも人でイッパイ。私はマルタに住んでるあなたが羨ましいわ。でも同じ島国だから、マルタと日本の間には共通点も多いように思う」 ‥‥彼女の目はきらきら輝いている。最近日本で見かけない気がするなぁ、こういう目。
そうこうしているうち彼女が「ここがパオラよ」 と言った。「じゃあもうすぐ?」 「ええ、すぐ」 そして私に代わって天井のボタンを押してくれた (ヒモを引く旧式のバスもあるが)。「ここを曲がるとあなたの降りる場所。降りたらあのタルシーン教会のところを左に曲がってね」 「どうもありがとう」
バスをやり過ごすとき手を振ると彼女ももう手を振ってくれていた。
タルシーン (Tarxien)
ヴァレッタの南東6kmにある小さな町。今では隣のパオラとつながっているように見える。tirxa(巨大な石板)から派生した町の名が示すとおり、マルタ群島に点在する新石器時代の巨石神殿のひとつがあることで知られる。近くにハル・サフリエリ・ハイポジウム (Hypogeum of Hal Saflieni) という珍しい地下神殿もあるが、1999年9月時点は修復中のため公開されていなかった。



突き当たりが神殿の入り口付近。


タルシーンの町並み。

ほぼ10時。それから3〜4分、要所要所にある矢印の表示に従って迷わず遺跡に着くことが出来た。でも正面の立派なゲートは開いていない。前でツアー・バスの洗車をしていた運転手さんに神殿の入口はどこかと尋ねる。無言で指さされた右手に小さな入口があった。

タルシーン神殿 (Tarxien Temples)
open:夏期は毎日7:45am−2:00pm(冬期は月〜土8:15am-5:00pm, 日8:15am−4:15pm)。入場料:LM1
マルタ島とゴゾ島の古代巨石神殿群は世界遺産の指定を受けている。中でもここ、タルシーン神殿の後期の建造物が最も状態が良いのだそうだ。装飾がほどこされた石板や供物台などは保存のためにヴァレッタの国立考古学博物館に移されていて、代わりに本来の場所には精巧なコピーが置かれている。神殿の姿はここから出土した石灰岩の模型から明らかになったという。
そもそも地中から巨大な石が現れたことによって、この神殿の存在が判明。1915年に最初の発掘が行われた。最上レベルにあった青銅器時代の共同墓地は、下層の巨石遺跡のほうが重要ということで全て取り除かれてしまったそうだ。発掘は1919年にひととおり終了し、その後も小規模な発掘は1964年まで続けられた。
タルシーン神殿は保存状態の良い3つの神殿と、わずかに残る別の3つの神殿から成っている。前者は紀元前3000〜2500年のもので、後者はもっと古い紀元前3800〜3000年のもの。遺跡全体の規模や建物のサイズから、ここがマルタ巨石文明の宗教上・経済上の中心だったと考えられている。本来はもっと多くの建物があって一大神殿都市を形成していたが、その建造物の石は後世に他の場所に運ばれて再利用されたらしい。
タルシーン神殿
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先に到着していたツアーが神殿を前にしてガイドの話を聞いているすきに巨石の入口をくぐった。解説のパネルを読みながら順番に見てまわる。個人で来ている人たちが若干いるだけでラッキーだった。3つの神殿をほぼ見終わったころ続々とツアーがやって来て、アッという間に狭い神殿内は超満員になった。英語、仏語、独語それぞれの団体と伊語のグループ数人。なぜ判ったかって? それはもう一度入り直して一周してしまったから‥‥。どれほど混雑するものか見てみたかったし、説明も盗み聞きしたかったのだ。
さらに古い神殿跡や周囲をぶらぶら見ながらツアーが去るのを待った。まだ一番写真に収めたい巨大女神を撮っていないんだもの。彼女は人気者で、いつも誰かしらの写真モデル役を務めていた。ツアーが引き揚げ、さっきまでの喧噪が信じられないほど辺りがシーンと静まり返ったところで3周目に突入。私の他にビデオ撮影している女性(欧州人だろう)だけになり、譲り合いながら女神様の写真を撮った。
ついでに、さきほどガイドさんの解説を盗み聞きした部分などをじっくり見直してから、遺跡の入場券売場がある建物に戻る。中にもいくつかの出土品が無造作に展示されていた。係りの人に「この遺跡にあるのはコピーって聞いたけど、ここのもそうですか?」 と尋ねたら「コレとソレはオリジナルで、あとはコピーです」 と指をさして教えてくれた。
11時、表のベンチで一休み、朝から書いていなかった日記を書くことにする。
15分ほど経ったろうか、遠くで雷の音がしたかと思うと一転にわかに暗くなってきた。あわてて荷物をまとめて来た道を戻る。"この辺だったと思うけど‥‥" 見回すと、バス停の青い標識があった。更に先のマルサシュロックへ行くので、来たときと同じ側でバスを待つ。
あとから来た地元の中年女性が最初の29番のバスに乗ってしまうと、またひとりぼっちになった。とうとうポツリポツリと雨が降り始め、うしろにある小さな靴屋の軒下を借りた。それからは降ったり止んだり。一人二人と乗客がやって来ては8、11、29と私が待っているのとは違うバスに乗っていく。

次に来たのは112番。5分ほど前から待っていた腰の曲がった老婦人が運転手にマルサシュロックへ行くかと尋ねていた。行かないと言われて戻ってきた彼女につい「27番だと思いますけど」 と言ってしまった。「知ってるよ」 と無表情に一言。地元の人に失礼だったかしらんと思っていたら「あんたもマルサシュロック?」 と聞かれた。「ええ。もう20分以上も待ってるんです」
11:46、バスがコーナーを曲がってきたので十メートルほど手前へ番号を確認に行った。"また11番か〜" すると、続いて27番がコーナーから現れた。「来たわ! あれです!」 そう叫びながら小走りにバス停に戻った。
おばあさんに続いて乗車(¢15)。満席だ。一人の男性が彼女に席を譲っている脇をすりぬけ少し奥に立った。そして次のバス停。その男性と連れの女性が降りて、おばあさんの隣が空いたのは目に入っていた。その視界の中でなにか動くものがある。見ると、な〜んと!! おばあさんが私に向かって手招きしているじゃない。"ここに座れ" と身振りで言っている。相変わらずの無表情なんだけど、かえってジーンとしてしまう。他にも立っている人はたくさんいるのに私が呼ばれているので誰も座らない。御厚意に甘えて座らせていただくことにした。その後、おばあさんとは最後まで会話はなかったけど、私は一人、晴れやかな気分だった。

2〜3分走ったころ、その気分とは裏腹にとうとう本格的な雨が降り出した。あちこちで稲妻も走る。ところが運転手はワイパーを動かそうともしない。壊れてるんだろうか。やがてマルサシュロックの町に入った。狭い通りを塞いでいるトラックに向かって運転手は続けざまに10回、思いっきり強くクラクションを鳴らした。そう怒っている様子でもないのに。マルタの人たちって不思議‥‥。
12時ごろバスは終点、マルサシュロックの港を前にした小さな広場に到着した。雨は傘がなくても済むほど小降りになっていた。
マルサシュロック (Marsaxlokk)
マルタ島の南東にある人口2500人の漁師町。地元の人、外国人を問わず、大勢の日帰り行楽客が訪れる。朝から午後の早いうちまでは海岸通りに市が立ち、衣類・家庭のリネン類・土産もの等が売られている。
ここは歴史的にも大きな役割を果たした場所で、1565年にはトルコ軍が、1798年6月10日にはフランス軍が、いずれもここから上陸した。1989年12月、米ソ首脳会談(ブッシュ/ゴルバチョフ)が開かれたのもこのマルサシュロックだ。
海岸通りにテントを並べる露店を順に覗いてまわった。
目に留まったのは瓶入りのハチミツ(ML1.25)。ホテルの朝食に出ているのと同じメーカー、味は気に入っている。あとで買おうと思いながら他を覗いていたら、全く同じものが赤ワイン付きで同じ値段で売られていた。赤ワインといっても見るからに土産用の安物ミニボトルなのだが、ないよりはお買い得のような気になって2セット(計LM2.5)買った。その時、おそらく目を閉じていても気付いたに違いないほどの強烈な稲光が走ったと思った瞬間、ドドーン、バリバリッ、ガッシャーンと凄まじい轟音が鳴り響いた。店の女性とふたり飛び上がりそうになって顔を見合わせてしまった。どこに落ちたかは判らなかったが、かなり近そうだ。それでも私はまだ粘っていた。別の店ではマルタのロゴ入りTシャツ3枚(計LM7.5)なんぞ買ったりして。
再び雨足が強くなり、観光客はツアーバス、地元のバスなどで次々と引き揚げていく。テントをたたみ始める店もちらほら。そろそろどこかに逃げ込まなければ。

12:30、周囲を見回して一番近いレストランに入った。その名も "Harbour Lights"。いまどき笑ってしまうような店名だが、こういう臭さがかえって旅情を盛り上げるのかも知れない。メニューはもちろん魚のグリルなど。でもなんだか無性に野菜をたっぷり食べたくなってしまった。"きっとどれも大盛りなんだろうな。かといってせっかくの漁師町でただ野菜サラダだけじゃあまりにも悲しい" と、スナックの項目からPrawn Saladを選ぶ。お勧めメニューの『漁師のお気に入り』 が、イカ・リング、エビ(Prawn)、ムラサキ貝のセットなのだから、ここで採れるエビのはず。オーダーをとりにきたマダムにそれだけで良いかと尋ねると「ぜんぜん構わないわよ」 とあっさり顔で言われた。グラスワイン(白)も注文。
まず最初にマルタパン3切れが出てきた。これがまたブリティッシュ・ホテルと同じぐらい美味しく感じられる。他でもそうだが、ここもバターはアイルランド製だった。サラダは、期待を裏切らない山盛りのエビに、トマト、赤・黄・緑のピーマン、大きなキュウリ、レタス、ゆで卵。ドレッシングはサザンアイランド。prawnはshrimpより大きいので、ぷりぷり感も強く甘みもある。窓からは土砂降りの中でテントにたまった雨水を落としている様子などが見えたが、1時をまわったころにはようやく少し明るくなってきた。
レストランの客は窓際に男性がひとり、斜め前のテーブルに4人(中年ビッグ・カップル2組)。どう見てもその4人全員の並はずれたサイズはアメリカ人だった。マルタでは珍しいんじゃない?と思いつつ見るともなしに見ていたが‥‥発音も、大声で陽気に話す姿も、やっぱりアメリカ人。ただなぜか喫煙率は75%で、安心して食後にタバコを取り出した、その瞬間だった。一度もこちらを振り向かなかった最も近い席のオジサマが、私の4倍はあろうかという広大な背中をぐるりと半回転させ、ガバーッと私のテーブルの上に覆い被さってきたのだ。ライターの火を掲げながら‥‥。あはは、でもビックリしたよぉ〜。彼らはその後まもなく、じゃあね〜♪というノリで店から出ていった。
マダムにカプチーノを頼むと、彼女は外へ出ていった。そのときは別に気にも留めなかったのだが、外から男の子がカプチーノを運んできたので "あー、そういえば" と納得した。隣のカフェから取り寄せたのだ。まるでトルコのチャイ屋さんみたい。窓際の男性客が頼んだケーキも隣から、マダム自らが雨よけの皿をかざしながら運んできた。
トイレを借り、会計をしてもらう。ワインもコーヒーも頼んで合計LM2.7だった。800円弱というところ。チップ込みでLM3払い、1:40ごろ店をあとにした。
マルサシュ
ロック
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雨はあがった。でも気温はぐーっと下がっていた。教会へは行かないし明るいうちに帰るからと、今日は何も羽織るものを持ってきていない。ノースリーブのワンピ1枚きりだから外へ出たとたんに鳥肌がたった。そろそろ帰ろうか‥‥そう思いながら歩いていると、遠くビーチタオルを羽織っている女性が見えた。アレでいこう数日後にはセント・ジュリアンのビーチに行くし買っておいて損はない。数軒の露店を見比べて、マルタ島の絵地図が描いてあるビーチタオルLM2を購入。袋に入れようとしているところを「結構ですよ、今すぐ着るから」 とそのまま受け取ってさっそく肩から掛けた。温か〜い
もっと先まで歩いてみようという気になってきた。停泊しているカラフルな漁船の写真を撮りながら、ひっそりと静まり返った海沿いをブラついた。カフェやレストランの屋外テーブルもパラソルを閉じている。でも戻るときに道路沿いに並ぶレストランの中を覗くと、どの店もソコソコ客が入っていた。みんな雨宿り中? 晴れていたらきっとかなり賑やかな町なんだろう。
マーケットまで戻って、さらに奥へ行くと綿のワンピースを売るテントがあった。そういえば町で似たような服を着た人を何人も見かけたっけ。涼しそうだしLM5という安さにも惹かれるものがある。物色していると店のお姉さんが私のサイズに合うグレーのものを出してくれた。渋めで私好みだけど、この時欲しかったのはもう少し大胆なもの。「今着てるのと似てなぁい?」 「柄は大きい方がいいわ」 あれこれ注文をつけ、ドルフィンを染め抜いた紫地のスリップドレスを買った。

"他にやり残したことはないかな‥‥" と、立ち止まって周辺を見回していた。そこへ日に焼けた精悍そうな男性1人。30代後半ぐらいに見えるから実際はもっと若いのかもしれない。
「どこから来たの?」 これはナンパか!? だとしてもムシするのでなくきちんとお断りしたいから、質問には手短に答えた。「‥‥ここは日曜のほうが面白いんだよ、フィッシュ・マーケットもでるから」 「そうなの」 「‥‥この先のピーターズ・プールには行った?‥‥(マルサシュロック湾に向かって左、南東を指さして)あの半島の向こう側‥‥岩棚になっていて‥‥とても景色の美しいところだ。ゼッタイ行くべきだよ。僕はココでTシャツを売っている。怪しい者じゃない」 "そう言うとかえって怪しく感じちゃうけど" 「ちょうど仕事も終わったし連れてってあげるよ」 「でももうヴァレッタに帰ろうと思ってる」 「ここからそう遠くないよ。ボートにも乗れる」 「ボートならブルー・グロットで乗るつもりだし」 「ブルー・グロット〜!? あそこは観光化されすぎているよ。ボートの料金も高すぎだ。ピーターズ・プールのほうが絶対いいって‥‥」
連れていってもらう気はないが、その Peter's Pool に興味が湧いてきてしまった。「ここからどのくらい時間が掛かるの?」 「歩いても行けるけど、車ならすぐだ」 「バスでも行ける?」 「バスはない。だからさ、僕の車で行こうよ、ね」 「だけどヴァレッタへ戻らなきゃ。旅行社で明日のゴゾ島ツアーを申し込みたいから」 「旅行社なら5時ぐらいまでやってるだろ。なんなら車でヴァレッタまで送ってあげる」 「でも、次のバスで帰るわ」 「君は慎重なんだね。気持は判るけどさ、僕を信じてよ」 「信じる、けど帰る」 「やっぱり信じてないな」 「信じるって。ただ明日しかゴゾ島に行くチャンスがないから、できるだけ早く申し込みたいだけ」 「そうか、なら仕方ない‥‥じゃあ、よい旅を!」 「ありがとう」
さほど悪い人でもなさそうだった。なによりその景勝地へ行ってみたかった。でもやはり知らない人の車には乗れないもの。ひとりじゃなければ連れていってもらったかも知れないけど‥‥。
バス停で10分近く待っただろうか。2:30に27番のバスがやってきた。¢15を払って乗り込んだが、すぐに運転手は降りてしまった。前の席に座っていた老夫婦はイギリス人。10分ほど経過した頃、奥さんがイラつきはじめる。「きっとシエスタだわ!」 首を大きく振って呆れ顔 (といっても顔は見えないが)。"ここが起点なんだから単なる時間調整だと思うけどなぁ。本数も少ない路線のようだし" ご主人が「なんでそんなにイライラするんだ」 と小声でたしなめている。"うん、休暇はゆったり過ごさなきゃね" そう心の中で相づちを打ちながら、私は日記を書いていた。2:45、運転手と車掌が乗り込み、後から乗った客から料金を徴収。2:50に発車した。
次のバス停で車掌が交代した。"そもそも車掌がいるバス、いないバスがあるのは何故だろう?" と考えていたら、交代した車掌は途中で降りた。そういえばイムディーナへ行った時も車掌が途中で降りちゃったっけ‥‥。バス会社の社員が乗る際は、ついでに運転手をサポートする、という内規でもあるんだろうか。3:20すぎにヴァレッタのターミナルに到着。まずは荷物を置き上着を持って来ようと、ホテルへ戻った。

ふと、思い出したことがあった。実は来月、同じホテルに友人が泊まることになっている。彼女にメッセージを残しておきたかったのだ。チェックイン時に 「お客様にお手紙が届いております」 な〜んて、ちょっとイイじゃない? そこで出がけにフロントで予約を調べてもらった。ところが、同じ日付・同じ日数で確かに日本人客の予約が入っているんだけど、名前が違う。旅行代理店の人の名前で仮予約しているのかもしれないが、万が一違っていても困るし‥‥結局、このドッキリ作戦は決行できずに終わってしまった。
それからふたたび外に出る。昨日の八百屋はちょうど店を開けるところだった。時計に目をやると3:59、商店の午後の営業開始時刻だ。まずはツーリスト・オフィスへ。ゴゾ島のエクスカーションを申し込む。LM17を払って、バウチャーをもらい、明日、朝8時にシティー・ゲートの外にあるホテル、フェニシアでピックアップとの説明を受けた。
そうだ、そこまで徒歩何分ぐらいかかるかチェックしておこう。普通ならそんなことしないけど、明日はチェックアウトしてから出なければならないので余裕を持って行動できるとは限らない。それに高級ホテルの中も見てみたい。シティーゲートで時計をチェック。4:13、よしっ、スタート! 建物はバスターミナルからも見える。正面玄関へ出るのにちょっと回り込むぐらいで、迷子になるような場所ではなかった。‥‥で、着いたら時計を見るのを忘れていた。まったく何しに来たんだか。
アフタヌーン
ティー
etc.
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フェニシア・ホテル (Le Meridien Phoenicia)
はヴァレッタでは唯一の5ツ星ホテルだ。確かにインテリアには高級感が漂っている。でもさほど大きくないせいかドーンと威圧するような雰囲気はない。一周したあと、"せっかくだから、お茶していこ♪" とロビー・ラウンジ、Palm Court へ。
イギリス統治時代の影響が色濃いマルタ、当然、超一流ホテルにはアフタヌーン・ティーのセットがある。が、悩みに悩んで "夕食が食べられなくなる‥‥" と、普通のケーキとコーヒー(ポットサービス)で妥協することにした。これが誤算だったと気付いたのは食べ終わってからだ。夕食を完食する自信を喪失させるには、このケーキだけで十分だった。この国では生クリームは一般的でないようで、ここでもリコッタチーズ入りらしいクリームが使われていた。予想以上にお腹にズッシリきたのはきっとその所為に違いない。ついでに申し添えるとコーヒーには温かいミルクとクッキーが1枚ついていた。
話は前後するが、オーダーをとりに来たウェイトレスはとっても可愛い給仕用のドレスを着ていた。それにもましてウェイトレス本人がメチャクチャ可愛い。そこでカメラを用意しておき、ケーキを運んで来たときに頼んでみた。「写真を撮らせてもらえません?」 「はい、構いませんが」 トレイを置いている彼女に「とってもCuteなドレスだわ。あ、もちろん、あなたもよ」 と言い足した。彼女はビックリしたような顔をして、それから見る見る真っ赤になった。言われ慣れているだろうに。もしかしてマルタ人は誉め言葉など口にしないのかな。それとも女の私が言ったのでお世辞でないことが伝わったのだろうか。彼女は落ち着きを取り戻そうとしてか大きく一呼吸してから、ボールペンを隠しベストの裾を引っ張って、真面目に写真に収まってくれた。そして奥に戻ると息せき切ったように同僚のウェイターに報告していた。たぶん、「あのお客さんにね、キュートだって言われちゃったの‥‥」 とかなんとか。その様子がまた素直そうで可愛かった。ケーキセットはLM1.45、テーブルにはチップLM0.15を置いてきた。

帰りこそは時間を計ろう。フェニシア・ホテルの玄関前が4:57。シティー・ゲートまでゆっくり歩いて3分半、そこから我がホテルまでは5分弱かかった。明朝は7:50に出れば十分間に合うことが判ったところで、ホテルを素通りしてアッパー・バラッカ・ガーデンのゲートをくぐる。運良くハーバーに面したテラスのベンチが1つだけ空いていた。そこで日記を書いたり本を読んだり‥‥。しばらくすると、お腹があまりにも夕食モードにならないことが気になりだした。ちょっと散歩でもしてこよう。

ブリティッシュ・ホテルに向かって下る途中、前からやってきた男性に「カスティーユはどこですか?」 と英語で聞かれた。「この道に沿って行くと広場に出ます。そこを右に曲がればカスティーユ。ただこの道はまっすぐじゃなくて‥‥」 彼は不安そうな顔をした。私も何度も通ったとはいえ、なんとなく歩いているので良く覚えていない。それに暇だった。「近くだから案内するわ」 「ありがとう、助かるよ」 彼はフランス人だった。「フランス語は話さないの?」 「Non、フランセは難しいもの」 「そんなことない、簡単だよ」 「でも日本人には特に発音が難しいんだと思うわ」 ‥‥なおも彼は腑に落ちないといった顔をしている。間もなくアッパー・バラッカ・ガーデン脇に出た。「あれがカスティーユよ」 と教え、私はもういちど同じ道を戻った。
私はブリティッシュ・ホテル下のVictoria Gate付近が大好きだ。橋や階段で複雑につながっていて思わず探検したくなる。その写真を撮ったりしてから、さらにあてどなくブラついた。
聖パウロ難破教会の向かいにパスティッツィ屋を見つけた。パスティッツィはマルタのメジャーなお菓子のひとつ、リコッタチーズ入りのパイだ。夕食はこれでもいいや!と思った。「パスティッツィ、1ヶいくら?」 「¢5だよ」 "ほお、15円弱か〜" 「じゃあ、1ヶください」 別にケチったわけじゃない。1ヶで十分と思っただけ。

ホテルに戻り、6:30ごろ部屋から次の宿泊先、Lapsi Hotel に電話した。「明日から13日まで予約しています」 名前とスペルを告げる。「はい、予約がございます」 「午後7時か8時に着くと思うんですが」 「ええ、問題ありませんよ」 よし、これで遅いチェックインでも部屋がなくなるという心配はなくなった。
それからマルサシュロックで買ったはちみつのオマケ、ミニボトル・ワインを開けた。15円のパスティッツィとタダ同然のワイン、なんとも安上がりな夕食だ。案の定、ワインのほうは人様に差し上げるような代物ではなかった。重い思いをしなくて済むよう、もう1本もマルタにいる間に飲んでしまおう。
TVのチャンネルIIIで英語のニュースをやっていた。冒頭を聞き逃したし、なんたって私のヒアリングだから正確さには欠けると思うけど、明日から泊まるセント・ジュリアン地区で殺人事件があった模様。クリミナルは何年間か服役していた奴とか? 逮捕されたようだが、血にまみれたドアや路面が映し出された。いかに治安が良いマルタといえども殺人事件は起きるんだ‥‥と改めて身が引き締まる思いだった。ネットに接続して朝日comをチェック。妹からのメールで知っていた池袋・東急ハンズ前の通り魔に関するニュース(一般の人が取り押さえたという逮捕劇)が出ている。いずこも物騒な世の中だ。TVのチャンネルを回すと、アメリカのTVドラマ 『マイアミ・バイス』 をやっていた。イタリア語の吹き替え‥‥うーん、日本のアニメがイタリア語なのよりはマシかもね(?)。

そして、パッキング。あらかた終わったところで友人や妹にメールを書いた。もう午前0時。これまで一切使わなかった目覚ましを5時にセットして、では、お休みなさ〜い!



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