「うずのしゅげ通信」

 2018年4月号
【近つ飛鳥博物館、河南町、太子町百景】
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賢治童話は”いじめ”でいっぱい

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2018.4.1
賢治童話は”いじめ”でいっぱい

Yahooカテゴリの「脚本」のコーナーに「賢治先生がやってきた」が掲載されていたのですが、このサービスは3月28日をもって中止されてしまいました。とても残念です。十八年の永きにわたって掲載していただいたことには深く感謝いたします。その思いは「うずのしゅげ通信」(2月号)に書かせていただきました。
いよいよカテゴリサービスが中止されるということで、「うずのしゅげ通信」の最初の頃の記事を読み返していて、「賢治童話は”いじめ”でいっぱい」という記事を見つけました。読み直してみると結構おもしろいので、ここに再録しておきます。
興味がおありの方はお読みいただければと思います。


ー賢治童話は”いじめ”でいっぱいー

「落語「銀他鉄道 青春十七切符」を書いているとき、 あらためて賢治の作品に思いをめぐらしてみると、 何と”いじめ”にかかわる物語が多いか、ということでした。 もっともこんなことはすでに言われていることだと思いますが、 いまは文献を調べることはやめておきます。 思いつきでご託をならべていると読み流してください。
まず「銀河鉄道の夜」からしてそうです。主人公のジョバンニは、 漁師で漁に出かけている父からもらうことになっているラッコの 上着のことで友だちにからかわれています。 ジョバンニはそのことで自分がいじめられていると感じています。 母との会話でそのことが匂わされます。

「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思ふよ。」
「あゝあたしもさう思ふ。けれどもおまへはどうしてさう思ふの。」
「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」
「あゝだけどねえ、お父さんは漁へ出てゐないかもしれない。」
「きっと出てゐるよ。お父さんが監獄へ入るやうなそんな悪いことをした筈がないんだ。 この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した巨きな蟹の甲らだのとなかいの 角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生が かはるがはる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で[以下数文字分空白]
「お父さんはこの次はおまへにラッコの上着をもってくるといったねえ。」
「みんながぼくにあふとそれを云ふよ。ひやかすやうに云ふんだ。」
「おまへに悪口を云ふの。」
「うん、けれどもカンパネルラなんか決して云はない。 カンパネルラはみんながそんなことを云ふときは気の毒さうにしてゐるよ。」

ジョバンニがからかわれている根っこは、父がいないこと、 あるいはその理由のうさんくささにあります。家族にさえ、漁に出ているのか、 監獄にはいっているのかさえはっきりしません。
さらに、おそらくは家計をたすけるために、 学校の帰りに活版所によってアルバイトをしています。 そのこともからかいを誘発しているのかもしれません。
いじめの構造はそんなものでしょうか。
実際のいじめの場面はつぎのように書かれています。ジョバンニのこころが くっきりと浮かび上がってきます。すばらしい描写力だと思います。

(ケンタウルス祭の夜のことです。ジョバンニがもの思いに耽りながら) 大股にその街燈の下を通り過ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、 新しいえりの尖ったシャツを着て電燈の向ふ側の暗い小路から出て来て、 ひらっとジョバンニとすれちがひました。
「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジョバンニがまださう云ってしまはないうちに、
「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」 その子が投げつけるやうにうしろから叫びました。
ジョバンニは、ばっと胸がつけたくなり、そこら中きぃんと鳴るやうに思ひました。
「何だい。ザネリ。」とジョバンニは高く叫び返しましたがもうザネリは 向ふのひばの植った家の中へはいってゐました。
「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云ふのだらう。 走るときはまるで鼠のやうなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを 云ふのはザネリがばかなからだ。」

賢治作品の中でも中編に属する「風の又三郎」もまたそういうふうに 読むこともできるでしょう。
なにしろ「風の又三郎」は、つぎのような風体ではじめて登場するのです。 まさにいじめられてもおかしくないほどに風変わりなのです。

夏休みが終わった九月一日の朝、一年生の子が教室に入っていくと、
「そのしんとした朝の教室のなかにどこから来たのか、まるで顔も知らない おかしな赤い髪の子供がひとり一番前の机にちゃんと座ってゐたのです。」
「ぜんたいその形からが実にをかしいのでした。変てこな鼠いろのだぶだぶの 上着を着て白い半ずぼんをはいてそれに赤い革の半靴をはいてゐたのです。 それに顔を云ったらまるで熟した林檎のやう、殊に眼はまん円でまっくろなのでした。 一向詞(ことば)が通じないやうなので一郎も全く困ってしまひました。」
さすがに時代がちがうのか、そんなに激しいいじめはみられませんが、 まさにいじめを生じかねない状況なのです。

「なめとこ山の熊」もいじめの変奏だといえないこともなさそうです。

「けれども日本では狐けんといふものもあって狐は猟師に負け猟師は 旦那に負けるときまってゐる。こゝでは熊は小十郎にやられ小十郎が旦那にやられる。 旦那は町のみんなの中にゐるからなかなか熊に食われない。」
という状況が語られている。

ここにみられるのは、三竦みのような構造でいながら、損しているのは熊捕りの 名人淵沢小十郎、それに殺される熊ばかりで、これでは、まるでいじめられているようなのだ。 しかし、これはたんなるいじめではなく、資本主義システムそのものに 組み込まれたいじめのような気がします。

「セロ弾きのゴーシュ」を見てみます。

ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。 けれどもあんまり上手でないといふ評判でした。上手でないどころではなく 実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいぢめられるのでした。 ふるすぎみんなは楽屋に円くならんで今度の町の音楽会へ出す第六交響曲の 練習をしてゐました。……(中略)……にわかにぱたっと楽長が両手を鳴らしました。 みんあぴたりと曲をやめてしんとしました。楽長がどなりました。
「セロがおくれた。トォテテ テテテイ、ここからやり直し。はいっ。」
……(中略)……
「セロっ。糸が合わない。困るなあ。ぼくはきみにドレミファを教へてまでゐる ひまはないんだがなあ。」
みんなは気の毒さうにしてわざとじぶんの譜をのぞき込んだりじぶんの楽器をはじいて 見たりしてゐます。」

ゴーシュは、「音楽を専門にやっている」のだから、プロだが、プロが上手に弾くのは あたりまえだから、楽長の難詰はいじめではないともいえるが、 本文の中に「いつでも楽長にいぢめられるのでした。」という文章が見えます。

「蛙のゴム靴」もそうです。野鼠にたのんでゴム靴を手に入れたばかりに、 友人のブン蛙とベン蛙にさんざんいじめられる話になっています。

あげれば切りがありません。こういう観点から見ると、まさに賢治童話はいじめの話で 満ちあふれているようの思えるのですが、どうでしょうか。
そんなこともあって、落語「銀河鉄道 青春十七切符」も、 その中においたとき違和感を感じさせないテーマだと、自分で納得しているのですが……。
それにしてもこれほどいじめを巧みに織り込んでいることからして、 賢治が日常生活でいかに疎外意識、というか、被害妄想に近い不安に苛まれていたかが 分かるような気がするのですが、どうでしょうか。」


2018.4.1
フェイスブック

〈3月14日にフェイスブックに投稿したものです。〉

「今日の拙句です。

 (3.11犠牲者の八回忌、二句)
春潮やたむくる花に紅(こう)まじへ
結局は跳べぬふらここ海に向き
  (六波羅蜜寺 空也上人立像)
胃カメラや空也上人寒念仏(かんねぶつ)
胃カメラのおぼろ空也の口をして
  (長楽寺 一遍上人立像)
厳かや一遍上人青き踏む

春の陽気でしたが、今日は病院でした。でかけやすくなったからなのか患者さんであふれていました。
一句目、先日の句会の席題、春光の句を詠み直したものです。
そのときにも書きましたが、七年が経って供華にも赤い花がまじるようになったと。自分の経験に照らしてそんなふうな感慨を持ったのです。(「ふらここ」はブランコのこと)。
三、四、五句。先日NHKの「こころの時代」で山折哲雄さんの「ひとりゆく思想」が放映されていました。空也と一遍の句は、その番組を見て詠んだものです。三句目、寒念仏は季節外れですが。
五句目、ここの一遍上人立像は裸足で数珠も持っておられません。
ということで、今日は東日本大震災の句。

竹の秋復興の首太き人ら  金子兜太

竹の秋は被災地の風景を表しているのでしょうか。津波に傷んだ竹藪が目につく被災地で、復興にとりかかる首太き人たち。しかし、首太き人らの背景として、単純に春の風景ではなく、竹の秋という季語、ある種逆説を含んだ季語を持ってきた作者の心はやはり複雑な屈折したものを秘めているように思います。


2018.4.1
俳句

〈3月のフェイスブックに投稿した拙句です。〉


雛の夜の雛すでにして帰心あり

いづくより遺影の前の陶器雛

地に口づけよとソーニャは言へり落椿

兵たりし父の南京凧あがる

坂ころがりて春泥の檸檬かな

うたた寝の栞となれや桜貝

をさな子の大き突つかけ青き踏む

芽柳やをさな子の髪ほつれたる

初燕安藤忠雄の打ちつ放し

人体模型の組立パズル花ミモザ

 (台湾の観光客に写真を頼まれて)
梅咲くやジャンプ撮るやう片言で

 (3.11で亡くなられた人の七回忌)
春光や海にたむくる花に紅(こう)

 (3.11犠牲者の八回忌、二句)
春潮やたむくる花に紅(こう)まじへ

結局は跳べぬふらここ海に向き

  (六波羅蜜寺 空也上人立像)
胃カメラや空也上人寒念仏(かんねぶつ)

胃カメラのおぼろ空也の口をして

  (長楽寺 一遍上人立像)
厳かや一遍上人青き踏む

詫(わ)びながら補聴器はづす初音かな

  (路傍に孔雀の小屋)
河内野の春逼塞の孔雀かな

大仏も窓鎖(さ)したまふ松花粉

 (ホーキング氏は晩年合成音声で話していた)
ホーキング氏の声音遺れり星朧

  (一臓足らぬわが身)
人体模型一臓足らぬ万愚節

囀りや人の臭ひのつきし雛

木の股に明恵上人囀れり

  (自分を顧みて)
遠初音師の戒めし自己模倣

抗癌剤に友のむくむ手初桜

  (授業で教えるなら)
半減期の喩へに吹雪く桜かな

たんぽぽや金の耳環の出でし塚

雛納めひとのにほひのつきしゆゑ

  (「逢花打花 逢月打月」)
花打つに新聞まるめ月も出よ

車椅子に頭凭せて花辛夷

日常の俳句は異化や花菜道

咲き満つる花の淡さや昼の月

盗掘の古墳華やぐ飛花落花

「once more」浮遊写真の四月馬鹿

おのづから心根(こころね)見せてチューリップ



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