「うずのしゅげ通信」

 2018年11月号
【近つ飛鳥博物館、河南町、太子町百景】
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2018.11.1
上演数とランキング


今年の秋の文化祭シーズン、上演申込みがいつにもまして多く、7校からいただきました。
私が入院中(実は手術のために2週間ばかり入院していたのです)にも申し込みがあり、妻が返事を書いてくれました。
退院してから、妻と、賢治劇の脚本、 これまでにいくつくらい上演されてきたのだろうという話になりました。 私は50回くらいは上演されているだろうと言ったところ、妻は信じてくれません。 また、ハッタリを言う、といった顔です。実は私自身正確に調べたことはないので、 それ以上強くは言えません。
そこで、調べてみることにしました。しかし、資料にブランクがあるのです。それはわかっていました。 脚本の使用を申し込むメールを保存しはじめたのが、実は私が退職したころからです。「賢治先生がやってきた」のホームページを立ち上げたのが、2000年1月、養護学校(支援学校)の脚本から出発しているので、他の養護学校でも参考にしていただけたらという思いからの出発でした。 最初は、こんなに上演されるとは思っていなかったのです。しかし、小学校、中学校、高等学校といろんな生徒を想定した脚本がラインナップに加わるにつれて、上演の申込みがぼちぼち来るようになったのです。高等養護学校のために書き下ろした脚本を、小学校や中学校で 上演してくれることもありました。最近は、コンスタントに一年に数校で上演されるようになりました。
そこで、このホームページ「賢治先生がやってきた」に掲載しているすべての脚本のトータルの上演回数を残っているメールから数えてみました。するとメールで確認できるものだけで、46上演がなされたことがわかりました。
これを多いとみるか少ないと見るかは微妙ですが、私としては予想にほぼ近い上演回数でした。 日本全国から果てはアメリカ、ドイツの日本語学校や補習校でも上演されています。高校演劇の大会で 上演されたこともあります。
五十まで、あと4上演。そうなると何かわくわくしてきます。
五十になるのはいつのことなのでしょうか。
来年には五十上演に達するのではないでしょうか。 そのときは、何か賞品でも考えておかないといけないかもしれませんね。

ちなみに、これまでの46上演における脚本ごとのベスト3は、次のとおりです。(回数は各バージョンの合計数)
1位 「賢治先生がやってきた」       上演12回
2位 「ぼくたちはざしきぼっこ」      上演 8回
3位 「パンプキンが降ってきた」      上演 3回
   「地球でクラムボンが二度ひかったよ」 上演 3回

余談ですが、ネットを見ていると、ときどき連絡もなく、賢治劇が上演されているのを見つけることがあります。「賢治先生がやってきた」という題名なら、偶然そうなったということもあえるかもしれませんが、 私の脚本のほとんどは題名が独特なのです。「地球でクラムボンが二度ひかったよ」など、偶然同じ題名になることなどありえません。それが堂々と無断で上演されているのです。上演の申し入れがあれば、決して拒絶することはないわけですから、せめて連絡するのは 礼儀なのではないでしょうか。高等学校の演劇部の場合は、許可をとらないと上演できないので、 必ず申し入れしていただいているようですが、小中学校の文化祭のクラス上演となると、つい連絡なしで使う場合も多く見られるように思われます。
一言連絡いただければ、私にも励みとなりますし、気持ちよく上演できると思うのですが、どうでしょうか。


2018.11.1
フェイスブック

〈10月25日にフェイスブックに投稿したものです。〉

「今日の拙句です。
二週間ばかり入院していたので、その心覚えの句です。

  (病室は七階)
翡翠に秋の日差しや明日のオペ

剃毛をさかしまに見て蜘蛛垂るる (蜘蛛は夏の季語だが嘱目詠)
窓の蜘蛛オンコールといふ手術待ち

手術室は青い菌の帽子着て

酸素吸う蜘蛛も待ちゐし四人部屋

漱石の粥が喰ひたし竹の春

一臓一腑なき身となりて貝割菜

四分の三の林檎残して点滴ス

昼の月茜に染まず十三夜

老いの死に淡しと思ふ十三夜

あーあと云ふていつかは死ぬる夜長かな

すべて入院の心覚えの句で、品のよろしくない句もあり、読んでもらうのも恥ずかしいものばかりです。自分なりには、私俳句ということで詠んでいますので、読み飛ばしていただいてけっこうです。
七句目、漱石の句「腸に春滴るや粥の味」。
九句、十句。十三夜、四時すぎから昼の月が空を渡ってゆくのが眺められ、夕焼をくぐり抜け、暗くなってますます輝きを増してきれいでした。
十一句目、重い病気を抱え肺炎で入院してきた隣ベッドの老人が、夜中「あーあ、しんど」と呻く声を聞いて、天野忠さんの「あーあ」という詩を思い出しました。次のような詩です。

「あーあ」  天野忠

最後に
あーあというて人は死ぬ
生まれたときも
あーあというた
いろいろなことを覚えて
長いこと人はかけずりまわる
それから死ぬ
わたしも死ぬときは
あーあというであろう
あんまりなんにもしなかったので
はずかしそうに
あーあというであろう。

私は、しんどければ、きっとこの老人のように「あーあ、しんど」と云うて死ぬだろうと思います。(ついでながら、隣人の熱は、二、三日で下がったようです。)
ということで、もう二十日ばかりフェイスブックを開けませんでした。また、再開させていただきますので、よろしくお願いいたします。」


2018.11.1
俳句

〈10月のフェイスブックに投稿した拙句です。〉


人柄の肌理(きめ)と云ふもの秋灯

四つ折りの父の杖出づ秋桜

病床に露けき惑星(ほし)のつゆの刻

金木犀の粒花にして波の花

お弁当もってきたかと木の実の子

秋夕焼河さかのぼりくる茜

赤のままむかし一日に三万歩

鵙鳴きて金木犀の花降らす

(昭和十三年十月ヒトラーユーゲントが富田林にやってきた時の話を聞いて)
鰯雲来たるヒトラーユーゲント

手術(オペ)決まり真昼の月を見失ふ

  (病室は七階)
翡翠に秋の日差しや明日のオペ

剃毛をさかしまに見て蜘蛛垂るる

窓の蜘蛛オンコールといふ手術待ち

手術室は青い菌の帽子着て

酸素吸う蜘蛛も待ちゐし四人部屋

漱石の粥が喰ひたし竹の春

一臓一腑なき身となりて貝割菜

四分の三の林檎残して点滴ス

昼の月茜に染まず十三夜

老いの死に淡しと思ふ十三夜

あーあと云ふていつかは死ぬる夜長かな


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