「うずのしゅげ通信」

 2021年6月号
【近つ飛鳥博物館、河南町、太子町百景】
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2021.6.1
原爆死没者名簿の風通し

〈2021年5月24日にフェイスブックに投稿したものです。〉

「今日の拙句です。
  (先日、原爆死没者名簿の風通しが行われました)
曝涼とこそ熱線浴びし死者なれば

  (1945年8月6日午前8時15分)
片蔭と云ふ生死の段差日はふたつ

蚊柱やわれの一生(ひとよ)に二度ばかり

歳時記の牛乳浸し梅雨に入る

卯の花腐し自粛疲れのことば憂し

鬱陶しい日々が続いていますが、スキをみつけて散歩しています。
しなければならないこともたくさんあるのですが、コロナのことがあって一向に進みません。
四句目、先日、テーブルの上の牛乳カップに手を引っ掛けて倒してしまい、 歳時記が牛乳浸しになってしまいました。乾かしましたが、カビが生えてこないか心配です。」

上の投稿でも書きましたが、毎年五月に原爆死没者名簿の風通しが行われています。その様子がニュースで報じられていました。
その映像に触発されて詠んだのが最初の二句です。
原爆が爆発した瞬間は、まるで太陽がもう一つ存在するかのようだったと言われています。 井上ひさしの『父と暮せば』の中にもそういったセリフがあります。 たまたまその瞬間何かの陰にいた人はそのおかげで助かったという話も聞きます。 何が生死をわけたのか、考えれば考えるほど恐ろしいのが、そのときあらわになった原爆というものの現実なのでしょうか。


2021.6.1
フェイスブック

〈2021年5月17日にフェイスブックに投稿したものです。〉

「今日の拙句です。

芍薬や声で灯して声で消す

木の股にゐて絶妙のかたつむり

左手のピアノ牡丹も聞いてゐる

芍薬のほとり翁の面を置く

棕櫚の実の礫(つぶて)すがしき五月かな

  (3年前の手術、前日に翡翠を見て)
昨日(きそ)の翡翠一閃手術台に寝る

春愁や家を毀つと云ふ対話

はやい梅雨入りです。今日はもう一日中雨模様でした。
六句、三年前、手術の前日、病棟のベランダに止まっている翡翠をみかけました。
以前に詠んだ翡翠の句です。

麻酔覚め昨日(きそ)の翡翠まぼろしに

翡翠や降臨といふ出会ひあり

そのときは、手術で落ち込んでいた気分を、翡翠との出会いがいくらか紛らせてくれたのを覚えています。
七句目、先日の句を詠み直したものです。」




2021.6.1
俳句


〈2021年4月のフェイスブックに投稿した拙句です。〉

塗りつぶしたき胸の一言虻の声

亡くなりしこと置き去りに春の夢

大の字の紫雲英の凹みいつ消えし

  (母が遺した憲法の官報號外)
憲法號外風を入るるや手は母似

揚雲雀その位置取りが気にかかる

去年(こぞ)の蝉殻見つけてけふの立夏かな

句を詠むなどは余生の虚業夏来たる

春眠に吉報ふくむ子の凛々し

吟行や句のメモで切る毛虫の糸

気散じは母の口伝てこどもの日

風を切る石で水切る五月かな

サイレントデモ似合はぬ街や五月雨るる

芍薬や声で灯して声で消す

木の股にゐて絶妙のかたつむり

左手のピアノ牡丹も聞いてゐる

芍薬のほとり翁の面を置く

棕櫚の実の礫(つぶて)すがしき五月かな

  (3年前の手術、前日に翡翠を見て)
昨日(きそ)の翡翠一閃手術台に寝る

春愁や家を毀つと云ふ対話

  (先日、原爆死没者名簿の風通し)
曝涼とこそ熱線浴びし死者なれば

  (1945年8月6日午前8時15分)
片蔭と云ふ生死の段差日はふたつ

蚊柱やわれの一生(ひとよ)に二度ばかり

歳時記の牛乳浸し梅雨に入る

卯の花腐し自粛疲れのことば憂し



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