「うずのしゅげ通信」

 2023年10月号
【近つ飛鳥博物館にて】
今月の特集

『ぼくたちはざしきぼっこ』

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私家版句集「雛の前」(pdf)
2023.10.1
『ぼくたちはざしきぼっこ』

先月、つぎのような句を詠みました。

  (すくなくとも一つの台詞)
一人ひとつの台詞貼り絵の銀河背に

この句を推敲しながら、当時のことをいろいろ思い出したのです。
それが楽しくて、上演がどんなふうだったかを書いてみたくなりました。
『ぼくたちはざしきぼっこ』という劇を、当時勤めていた高等養護学校で上演したときのことです。
賢治先生が登場する二つ目の脚本でした。
すると、生徒たちの顔がぽつぽつと、 また、当時同じ学年だったF先生の懐かしい顔も浮かんできました。

(忘れていることもあり、以前に書いた文章を参考に仕上げました。)
この劇は、1999年秋の文化祭で上演しました。高等養護の3年生50人ばかりでの上演でした。
この脚本の発想のもとには、生徒たちはそれぞれの家の「ざしきぼっこ」なのではないか、 という考えがあります。
文化祭の一月前くらいに脚本を書き上げて、生徒の前で、教師が読み合わせをする形で発表しました。
筋書きを生徒たちに理解してもらって、自分のやりたい役を考えてもらうためです。
読み合わせを観た生徒たちの反響は上々でした。
その生徒集会の後、F先生が、私に「先生は楽しんで書いてはるなあ」と言ってくれたのが印象に残っています。
文化祭が近づくと、生徒には、少なくとも一人一台詞という条件を出して、配役の希望を聞いて、先生方の意見も参考にして割り振っていきました。
ざしきぼっこ役ははじめから狙いを付けていた生徒がいました。 声が大きく台詞も力強く言えるので、彼ならと期待していたのです。 だから彼が自分から名乗り出てくれたときは、ありがたかったのです。
彼はまじめに取り組んでくれました。 彼がみんなをひっぱっているというのが演出に付き合ってくれた先生の感想でした。 それでも四十あまりの台詞は覚えきれませんでした。 練習の終盤、彼にはそれがかなりプレッシャーになってきたように思えました。 ざしきぼっこはほうきを持っていました。 それでそのほうきにカンニングペーパーを張り付けることにしました。 彼はそれをお守り代わりに、まあ、時々はちらちらと盗み見ながら本番を乗り切ったのです。 もちろん客席からそれが見えていたと思います。 しかし、そんなことはなんでもないことでした。 彼は努力のかいあって劇を最後までやりきりました。
劇の終わり近くで、賢治先生の一行が去っていくとき、「あっ、夜だ。」という生徒の台詞で、 背景の絵がめくれて、夜空に変わる仕掛けがしてありました。 「たちまち夜になった。」というのがつぎの台詞でした。
予行のときはうまくいったのに、本番では背景を支えていた紐が、 背景をつるすポールのワイヤーにひっかかってめくれかけたまま止まってしまったのです。 わたしはフットライトの操作で舞台の前にいて指示を出したりしていたのですが 、そのときは頭の中が一瞬真っ白になりました。 最後の見せ場、大きい模造紙にみんなで金銀の星を無数に散りばめた夜空の銀河が開かないのです。 生徒たちは舞台奥の背景を指さしたまま固まっています。チラッと私の方を一瞥してまた背景を見あげて、 さすがにつぎの台詞は言わないで立ち尽くしています。台詞をつないで次に行くか、すこし待つか、 わたしは迷っていました。背景が斜めにすこしめくれかけたままもがいていました。 舞台そででF先生が必死に努力している様子が見えるようでした。しばらく待ちました。 背景がすこしずれました。脈がある。もうすこし待ちました。するとするっとめくれて、 するすると背景が変わっていきました。めくれた星空の背景が、ゆらゆらと揺れて、金銀がスポットライトに映えて光りました。 客席から「ほー」という声がもれ、 拍手がわき起こりました。それには、星空の背景のみごとさだけではなく、やっとめくれたという安堵と、 その努力にたいする応援の気持ちも含まれていたように思います。
客席はみんな味方していてくれるという思いで、嬉しさが込み上げてきたのを覚えています。

その夜の打ち上げのとき、F先生が舞台奥で必死でもがいていた様子を詳細に話してくれました。大笑いでした。

そのF先生、数年前に若くして亡くなってしまわれました。ほんとうにいたましく残念なことでした。


2023.10.1
フェイスブック


〈2023年9月25日にフェイスブックに投稿したものです〉

「今日の拙句です。

人来てのマスク盗人萩の道

ゑのころを灯して秋の日の傾(かし)ぐ

  (通勤のころ、近鉄古市駅(大阪)から尺土駅(奈良)へ)
霧を抜けて二上山(ふたかみ)の女男(めを)入れ替る

稲の葉先を言ひし母なり露ひかる

虫の夜の机上に薄きサングラス

  (すくなくとも一つの台詞)
一人ひとつの台詞貼り絵の銀河背に

盗人萩は角川の歳時記には載っていませんが、散歩道にはたくさん生えていて、花をつけているので、試しに詠んでみました。 早く咲いたものはすでに例の三角形のくっつき虫になりそうです。
二上山の句は、以前にも詠んだテーマの詠み直しですが、この形が比較的わかりやすいかなと思います。」


2023.10.1
俳句


〈2023年9月にフェイスブックへ投稿した拙句です。〉

花氷AIに訊くメメント・モリ

鰯雲のはざまに疾し月の影

二上山(ふたかみ)の虹見ぬけふの合歓の花

過る影をひたと病葉来て押ふ

地下街の方向音痴秋の声

広場の欅を月の出るまで回りをり

秋暁や日ごろ失ふ夢新た

  (9月21日は宮沢賢治の命日)
手の組みやうの内向く写真賢治の忌

  (小学生の頃)
枢(くるる)おとし台風が来るまでのハイ

尿(しと)目に受けて原爆浴びし蝉のこと

石牟礼道子の語り蜿蜒(えんえん)夜長かな

人来てのマスク盗人萩の道

ゑのころを灯して秋の日の傾(かし)ぐ

  (通勤のころ、近鉄古市駅(大阪)から尺土駅(奈良)へ)
霧を抜けて二上山(ふたかみ)の女男(めを)入れ替る

稲の葉先を言ひし母なり露ひかる

虫の夜の机上に薄きサングラス

  (すくなくとも一つの台詞)
一人ひとつの台詞貼り絵の銀河背に

薄雲を掃きし筋目も良夜かな

欅の巡り子らゐなくなり望の月

満月のフリをフリせぬ月今宵



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