2007年〜2008年

男が本当に好きなものは二つ。危険と遊びである。
そしてまた、男は女を愛するが、
それは遊びのなかで狩猟と同じように、
最も危険なものであるからだ。
ニーチェ



猟場の春夏秋冬




[狩猟日記] [伊能ウォーク] [言葉の十字路] 「風よ、雲よ、人よ」

「食いしん坊」 「猟場2006」 [2008〜] 「2009〜」








南国の赤い情熱

外は尺余の雪なのに、土佐高知の知人からあの有名なトマトを頂いた。
食材に季節感がなくなったと言え、やはりトマトは夏のもの。
真っ白な雪を眺めながら、真っ赤なトマトをご馳走になる。
甘くて、、、豊潤で、、優しさの果実、、、
「冬と夏」を一緒に味わう贅沢さ。
心の中まで赤い情熱に染まる。

トマトを使っての鹿肉煮込み料理を作ってみよう。

それにしても「トマト」は野菜なのか、果物なのか、、
分類は野菜だが、、、私の感覚では果物。




雪模様の中

降り止まぬ雪だが、つかの間の晴れ間を見て二人で狩り。
私たちの主とする猟場には一メートルを超す積雪のため登れず、
麓の里山付近に狩り場を変更。
今回も待ち場が一人なので入念に打ち合わせをする。
読み通り三頭の鹿が走ってきたが、
全て牝鹿で、今の時期は身籠もっている事が多く、
一瞬、その事が脳裏をかすめ撃つのを躊躇した。

それでもカナシイ狩猟人の性(さが)、一発だけ発砲。
手負いになったが、
いつものように吉川さんが跡をたどり、
谷川で倒れているのを発見し、回収出来た。
命をくれた「鹿」には申し訳ないが「牝鹿」は美味。
無駄なくご馳走に為ることが供養になれば、、、。

応援に駆けつけてくれた舛中さんが丁寧に捌いてくれた。




寒波

思いがけない大雪で狩りはしばらくお休み。
久しぶりに読書三昧。

自分の生き様を恥じつつ読ませて頂いている。

「人間だけが赤面できる唯一の動物である。」
「あるいはそうする必要のある動物である。」




吹雪の中で

激しく雪が舞う土曜日、吉川さんと二人で狩り。
レインジャケットを纏っていても
お互いに雪だるまの様になりながら夢中。
その甲斐があり牡鹿を射止めた。

木々は「雪綿帽子」、、鹿も彼方へ旅立ちの「雪の花化粧」




いたずら猪、ご用だ

県境の峠にお客様のお住まいがある。
静かな山の麓のことであり、庭先の畑に猪が出没し、
大切に育てた野菜が荒らされて収穫零。
免許を持つ猟友が頼まれて箱罠を設置したところ、
見事に、ご用となった。

私たちも、悪戯は程々にしないと命取りになることの教訓。




黄昏れて、、花ぞ恋しき

荒ぶる魂に身を任せ「狩猟シーズン」を送っている私。
たとえ一時でも花を眺め心を静める時間もある。
頂いた花「シンビジウム」.「サザンカ」

それぞれの花言葉「高貴な美人」.「理想の恋」とか、、
全く別世界の言葉だが、、それでも何時かは夢の中でもと、、笑い。

山茶花は 咲きぬこぼれぬ 逢ふを欲り またほりもせず 日経ぬ月経ぬ
牧水




名射手、、迷射手、、?

30メートル前方を二頭の鹿がF1スピードで横切ろうとしていた。

瞬時に連射。
一頭はその場で倒したが、一頭は半矢になってしまった。
ジロウは射止めた鹿に噛みついたが、チコ、クロは手負いの鹿を追跡。
無線機には、追いつき、絡んで止めている様子が聞こえてくるが
場所が特定できず、そのうちにチコ、クロとも帰ってきた。
クロは角で足を突かれて負傷していたが、軽傷で一同安堵。

いつも思うことだが、倒した猪や鹿を見下ろしているとき、
私の眼にはどの様な「色」が浮かんでいるのだろうか。

冷徹な色、、憐れみの色、、満足の色、、射止めた悦びの色、、無常の色、、
痛みの色、、感謝の色、、残酷な色、、鎮魂の色、、、

心の中の「もう一人の私」がそんな私を観察している。




携行式電動ウインチ

解禁日前日の不慮の交通事故でメンバーの一人がリタイア。
三名では数十キロの獲物の運び出しは困難になったが、
流石に自動車屋吉川さん、、、持ち運びの出来る電動ウインチを持ってきた。
12ボルトの電源で900キロまで牽引が可能な優れものである。
早速、舛中さんが谷底で射止めた大鹿を楽々と林道まで引き出せた。

これで腰痛の心配なし!(笑い)




白銀の世界

お正月に降った雪で猟場は一面の銀世界。
狩りは無理だが、一人、廃村の庭先に眠る「てつ」に、
新年の訪れを告げてやるために、
雪をかき分けつつ登っていった。



1

時代に流されて

銀嶺を眺めながら慌ただしい昼食。

しかし、昔々はたき火を囲んで干物を焼いたり、
猟果の猪肉や鹿肉を切り取り、
スコップにのせて焼いたりして(鋤き焼き)、
野趣きわまる「男」の昼食のひとときを過ごしていた。
いつしか忙しく流れていく現代の悪しき風潮に毒されてしまったが、
心して、もう一度あの楽しい「スローフード」の時に戻ろうと思う。



1

チャオチャオ.バンビーナ

昼下がりのひととき、くつろいでいたら、
猟友がバンビの剥製を見せに来た。
私は美学的に森の住人達の剥製は好まないが、
それでも、とても可愛らしい子鹿。

想いは一挙に遠い日々の回想へと飛ぶ。
ドメニコ・モドゥーニョの「サンレモ音楽祭」での、
優勝曲であり、好きだった芦野宏も歌っていた曲。
「チャオチャオ.バンビーナ」。

シャンソン、カンツォーネが得意だった私が、
酔いしれると弾き語りをしていた思い出の曲、、
そして側にいた「子鹿のような人」、、。

「青春の日々」が甦ってきた師走の午後。



1

猪突猛進

二頭合わせて160キロを超える大猪。
突進してくる猪に臆することなく手練の早業で倒す。
その名手は誰でしょう。

恐怖でお叱呼は漏らしませんでしたよ。笑い。



1
1

クロ奮闘

日曜日、三名で巻き狩り。
朝、最初の狩りで、すぐに舛中さんの待ち場にかかった。
三発の銃声がしたが、外したとの連絡があり
彼の愛犬クロが追跡して行ったとのこと。
直ちに手分けして犬の回収に掛かったところ、
首輪に装着してある発信器の音が同じ所から動かず、
マイクから獲物に向かって吠えている声が聞こえてきた。
舛中さんが急傾斜の崖をおり谷筋を探していたところ、
手負いになった鹿をクロが噛み止めているのを発見し、
止め矢を撃つ。

待ち場から約一キロも逃げ延びていた鹿を回収した。
クロの活躍と無線発信器の威力の猟果だった。
そしていつもの谷川で血抜きなどの処理。

帰り道、記紀伝説の「日本武尊」が腰掛けたという、
「居醒めの名水」の紅葉がキレイだったので。



1

いつしか時は流れ

猟場の数年前の紅葉と、今年の紅葉。

時は「全てのもの」の上に静かに流れて行く。
血気盛んな私、、、燃えるような紅色のもみじ葉のあの頃
いつしか時は流れて行き、私も黄昏れ、、もみじ葉もあでやかさを失い、、。

形見とて 何か残さん 春は花 夏ほととぎす 秋はもみぢ葉
良寛

 

1
1

小春日和、三連休

ご覧の通り、メンバー三名全員「たそがれ世代」だが、
右のポケットには大人の理性、
左のポケットには少年の日の夢を秘めて、
歩き続けている人生の旅人である。

「狩猟」はそんな男達にとって、
少年の日々の夢を語り続ける肉体の言葉。

連休の中日、吉川さんと二名で牡鹿を一頭、
そして昨日の日曜日には舛中さんと三名で牡鹿を一頭。
それぞれの「おとこ」の心の中はこぼれ落ちるほどの笑みと、
同じ量の、失われた鹿の命への痛みと感謝の気持ち。

相反する二つの感情が混在する私の心の不条理さ。



1

日本の美味.琵琶湖の鴨

猟友が木枯らし一号が吹いた日、鴨を獲り届けてくれた。
早速、私の知人に差し上げたら、
ご覧の通り鴨鍋にお狩り場焼きのご馳走の写真メール。

ミシュランが取材に来ても教えてあげないよ。笑い。

鴨食ふや 湖に生身の 鴨のこゑ
森澄雄



1

初冠雪

猟場も峠の向こう側は初積雪。
雪は森の住人にとっては足跡が付くため
白い悪魔。

街でも木枯らし第一号が吹き荒れた。

ほろほろ酔うて木の葉ふる
山頭火



1

さあー、少年の日々へ

狩猟解禁日、、、少年の日の夢の続きを探す三ヶ月の始まり。

いつしか黄昏て行き、燃えさかっていた情熱も今ではかすかな微熱。
おそらくハードなグループ猟はこの猟期がラストラウンドだ。
テン.カウントのゴングを聴きながら過ごす猟期。

外はまだ明けやらず、ほの暗い朝靄に包まれている。

朝風呂に入り、食事を済ませ、お弁当を作った。
ハンティングジャケット、ハンティングパンツ、ハンティングブーツに、
身を固め、愛用の銃、ナイフを携えて、いざ、猟場へ!。



1

大阪鶴橋コリアタウン

随分と久しぶりに家人の実家へ行ってきた。
大阪は私にとって青春の街、、我が恋、、我が詩、、我が街。

数十年前に朝夕の通勤に乗っていた環状線の車窓から、
感慨を覚えながら飽かずに街並みを眺めてきた。

そして通い詰めていた鶴橋コリアタウンへ。
狭い商店街の中へ一歩足を踏み入れると
今も昔と少しも変わらぬざわめきと懐かしい香辛料の匂い。
時空を超えてあの日々が身体の中に飛び込んできた。
心の中は涙、、鼻の奥は熱くツーン、、
思い出のコリアタウンのひととき。



1

立冬

立冬、、狩猟解禁まであと一週間。
心に様々な重さを抱えて三ヶ月の杣人(そまびと)暮らし。

そんな心の重さを肩からの振り分け荷物にして、
起きつ転びつしながら、私は今年も「森の冬」を歩く。

捨てきれない 荷物のおもさ まへうしろ
山頭火



1

夢去りて

わすれな草
花言葉、、、「私を忘れないで」。

『神田川』

貴方は もう忘れたかしら
  赤い手拭い マフラーにして
  二人で行った 横丁の風呂屋
  「一緒に出ようね」って 言ったのに
  いつも私が 待たされた
  洗い髪が芯まで冷えて
  小さな石鹸 カタカタ鳴った
  貴方は 私の身体を抱いて
  「冷たいね」って 言ったのよ
  若かったあの頃 何も怖くなかった
  ただ貴方のやさしさが 怖かった

貴方は もう捨てたのかしら
  二十四色の クレパス買って
  貴方が描いた 私の似顔絵
  「うまく描いてね」って 言ったのに
  いつもちっとも 似てないの
  窓の下には 神田川
  三畳一間の 小さな下宿
  貴方は 私の指先見詰め
  「悲しいかい」って 聞いたのよ
  若かったあの頃 何も怖くなかった
  ただ貴方のやさしさが 怖かった

貧乏とシャム兄弟のようだった私の学生時代。

「神田川」のメロディーを聴く度に
貧しかったけれど、心は熱く燃えていたあの日々を懐古している。

『思ふてふこと言はぬ人のおくり来し 忘れな草もいちじろかりし』
啄木



1

まもなく猟期

今年の猟期まで、あと二十日あまり
行けるかな、、、ガーバーのナイフとアックスを身につけて。

燃え尽きても男の旅路の果ての夢の中、
もって瞑すべしの覚悟。



1

思い出の晩鐘

デボラ.カーさん逝く。
私の青春の思い出が、また一つ消えていった。

「王様と私」「黒水仙」「旅路」
「地上より永遠に」「悲愁」「めぐり逢い」
映画の一つ一つのシーンを昨日の事のように
鮮やかに思い起こすことが出来る。

「地上より永遠に」では「モンゴメリー.クリフト」、「バード.ランカスター」
「フランク.シナトラ」、それぞれに好きな俳優だったが、
いちばん印象深かったのは「アーネスト.ボーグナイン」。



1

風立ちぬ、秋

秋深き隣は何をするひとぞ
芭蕉

昼も夜も、とても美味しそうな匂いが流れて来ます。
落語の熊さん八さんの世界だと、
私は毎日「おかず」はいらない筈ですが。
笑い。



1
金木犀

いつしか秋、、金木犀の匂う頃。

毎朝、香りに包まれている散歩道。
その道をシャツに漂う移り香と二人連れで歩く。

思ひ出れば秋咲く木々の花に似てこころ香りぬ別れ来し日や
牧水



1

仲秋の月

今宵は仲秋

幼い頃には童話を夜も昼も夢中になって読み耽っていた。
寝床の中に本を持ち込み、読み疲れて本を抱いたまま眠っていた。
童話の世界が、想像の世界になり、
それがいつしか現実の世界にかわっていった。
お月様では兎が本当に餅つきをしていると信じていたし、
「竹取物語」を読んでは「かぐや姫」はお月様へ帰っていったと思い
幼い頬を涙で濡らしたものだった。

近くの竹藪に出かけては、
どの竹に「かぐや姫」が入っているのだろうと、 真剣に探した事もあった。

そんな純な心も長い人生の旅で澱にまみれてしまったが、
せめて今夜だけは、あの子供の頃に帰って月を眺めよう。

それにしても私の「かぐや姫」は何処にいるのだろうか。
やはり竹取物語のように「月」へ帰ってしまったのだろうか。

十五夜の月は生絹の被衣して男をみなの寝し国をゆく
牧水、



1

イベリコ豚

知人のご子息であるスペイン料理のオーナーシェフ、ご自慢の薫製。

イベリコ豚の三枚肉のとびっきり極上品を母君が届けて下さった。
囲炉裏端でワインを飲みながら味わえば男の最高の贅沢なひととき。

シェークスピア風に言えば、
一人で食べるべきか、、二人で食べるべきか、、
それが問題だ!。

「恋と美食は両立せず」か。



1

森の話

周囲がセピア色ではなく、キラキラ輝いて見えていた頃に
ある人のエッセイをよく読んでいた。
その中からお気に入りだった一節を抜粋。

『森は見る眼と心を持った人間にしか姿を見せてくれない。』
『だから、見る心を持っていないと森に入っても何も見えない。』
『もともと森の好きな人でなければ!。』

『人生に絶望してしまって、何もかも投げ捨てて、
目から鱗が全部落ち、妄執が消えた人には
色んなものが見えてくるものだ。』



風倒木は自然のためだけのナース.ロッグではない。
心が傷ついた人々の全てを癒やしてくれる。

森へ出かけてみませんか。



1


素敵な酔っぱらい「酔芙蓉」

散歩の途中の神社に芙蓉が咲いている。
気が付かなかったが、朝と夕方では色が違っていた。

風流心のない私は不思議で聞いてみると、
酔芙蓉といって朝は白、夕方になると淡い紅色にかわるとのこと。

なんて粋で素敵な花なのかと、むかしの酔っぱらい時代を思いだして、
ひとりでクスクスと笑いながら、毎日眺めている。

それにしても、芙蓉の花は、毎日、何に酔っているのだろう。
「恋のカクテル」でも飲んでいるのだろうか。二日酔いにはご用心。

花言葉は「しとやかな恋人」とか、、、
暮れなずむ橋の畔で、
ほんのりと酔いに頬を染めて川風に吹かれてた人
そんな思い出もあったかなー。



かなしきは かの白玉のごとくなる 腕に残せし キスの痕かな
啄木



1


不可知なるもの

男女の仲(全く暗夜行路)

他人の財布の中身(羨むか、同病相憐れむか)

自分の運命(分からぬことの幸せ)



欲しいもの

美味しい食べ物

静かに飲む酒

ゆっくりと流れていく時間



最後の猟場に立つ日には

パーディの猟銃にツアイスのスコープ

ランドールのナイフ

フィルソンのマッキーノジャケット

狩猟人生の終わりの、ただ、その一日のために買うのも、
男の心意気(パーディは夢)



1


究極の美味なるもの

料理はの五味(辛、酸、苦、甘、鹹)を駆使しつくりあげ、
それなりに大変美味ではある。
しかし、七色の虹が立っている清冽な岩清水の美味しさには及ばない。
狩猟の途中に渇いた喉を潤す一掬は、これ以上の甘露はないと思う。
それも早春の雪解けの頃が最高である。
お茶を入れても、コーヒーを入れても美味しさは崩れない。

味の世界も単純さこそ、いちばん奥行きが深いもの。

そして私の身体も60%が水分。
私は美味しいか、不味いかは「謎」。



生命は水より生まれ出て、水に育てられる。
人も生まれ落ちたとき、最初に唇に水をひたし、
彼方へ旅立つとき、同じように唇に最後の水を与えられるのが儀式。

艶やかに、円やかに、豊かに輝いて、、おお「水よ」!



1


男は

ハーマン.メルヴィルは『白鯨』の中で書いている。
「男は自殺しないために海へ出かけるのだ」と。

私も自死しないために、
心に暗鬱を抱いたまま、銃を手に山へ出かけるのか。

誰かがどこかで書いていた。
人は生まれることは選ぶことは出来ないが、
死は選ぶことが出来る。

「自死こそ究極の美学」
だと。



1


酒場物語

肉体の飢餓は甘いものを求め、

精神の飢餓は酒を求め、

精神と肉体の飢餓は恋を求める。

私にとって酒場は心の止まり木。
そして大人の男になる修行の場でもあった。

男の美学、人生の機微、男と女、音楽、文学、酒、食べ物、
思いやり、立ち振る舞い、折り目正しい無頼、放蕩の必要さ、
じつに様々な事を学ばせてくれた人生の学校だった。

今宵は赤い血の「ブラディ.マリー」を飲む。

スターダストを聴きながら。



ちんちろり男ばかりの酒の夜をあれちんちろり鳴きいづるかな
牧水



1


風の盆、始まる

越中「おわら風の盆」が始まる。
現在のようにイベント化してしまう以前に二三度訪れた。
いまも出かけたいとは思うが行かない。

なぜ人は観光客という集団の一員になると
恥じらいも慎みもかなぐり捨てしまうのだろうか。
そこに住む人々の生活があると言うことなど眼中になく、
旅する自分たちの世界しかないようだ。
自分たちの欲するままに行動する傍若無人な振る舞いが
常態化した人達に嫌悪を感じる。
だから行かない

八尾村の方々も自分たちが愛し受け継いできた伝統を
守るために苦慮されていると聞く。

ほのかな夜の闇の中を胡弓の音と
踊る人の姿が影絵のように流れてゆく坂道の街、、。
いつかあの静かな雰囲気が戻る日があれば必ず行く。



「風の盆」
作詞.作曲.なかにし礼

哀しいときは 目を閉じて

八尾(やつお)の秋を 思い出す

日が暮れた 坂道を

踊るまぼろし 影法師

おわら恋しい 風の盆

あんな哀しい 夜祭りが

世界のどこに あるだろう

足音を 忍ばせて

闇にしみ入る 夜泣き歌

君に見せたい 風の盆

哀しい人は みんな来い

八尾の町に 泣きに来い

夜流しを 追いかけて

下駄の鼻緒も 切れるだろう

夢かうつつか 風の盆



1


一人だけの秋

ボーイズ達と歩いていた公園にもいつしか秋の風。
夏の終わりのため息と、秋の訪れのささやきと、私の悲しみをのせて流れていく。
空の雲も暮色、、、今年の風はひときわ寂しい秋風。

秋風は 木の間に流る 一しきり 桔梗色して やがて暮るる雲
牧水



1


自由と不自由

空の鳥は空気という抵抗があるから自由に飛べる。
空の鳥は自由ではなく、不自由から生まれた自由。
真空の自由というものはあり得ない。
これが古来のギリシャ人の哲学者の
自由と不自由の観念。

自由な人生も存在しない。
私も自由であるという幻想を抱いて
一瞬の生の時間を生きてきたに過ぎない。

かけがえのないこの人生を他者に拘束されながら、
「時間と労働」の切り売りをせずに来られたことを、
「自由な人生」だったと思うことにする。



1


音楽は思い出のインデックス

「夕日に赤い帆」の曲を思い出す。

ビリーボーン・オーケストラ
奥田宗宏とブルースカイ・ダンス・オーケストラ
ザ.プラターズ
日野てる子

いい時間の流れていたあの時代、、あの頃。

炎天の遠き帆やわがこころの帆 
 誓子





荒城の月

ハーモニカが出てきた。

少年の頃、口笛とハーモニカに夢中になっていた。
当時、「宮田東峰」先生の名前は、仰ぎ見るほど眩しい存在だったし
口笛は幼い頃に両親に叱られながら、夜も昼もふいていた。
ハーモニカも少し教室に通ったが、口笛は二十歳代に
その頃、ラジオやテレビで活躍されていた方に教えて頂いていた。

ハーモニカでは、童謡、唱歌、日本民謡、歌謡曲、ジャズ、等、
あらゆる分野の曲をふいていたが、ラテン.ナンバーでは最初に覚えたのが、
「ラ.パロマ」

日本の歌曲で十八番は「荒城の月」「出船」「叱られて」

数十年ぶりに少年の日々に帰って、ドキドキしながら
ハーモニカにそっと唇をつけてみた。

往年の肺活量は望むべきもないが、なんとか、それなりに音は出た。

リード盤のふるえる音に激情がこみ上げてくる。

月のきれいな夜に「荒城の月」を吹いてみよう。



夜寝ても口笛吹きぬ/ 口笛は /十五の我の歌にしありけり
啄木



1
1
1
1


愛しい者たち、、生きた証に。

それぞれに旅立っていった「愛しい者たち」に、いつの日にか逢える。
その日までに、どれほどの時間が私に残されているのだろうか。





送り火

両親も姉もボーイズ達も、また十億光年の彼方へ帰っていった。

一人で蚊帳を吊る送り火の夕べ

 



お盆

「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」
室生犀星





2007.別れの夏

城山三郎氏.「ベトナムに平和を市民連合」の小田実氏が、
相次いでお亡くなりになった。
「殺す側の論理」を持つ者たちに対して
炎のような怒りで、 熱く煮えたぎっていた反戦への
私の季節も茫々たる彼方。

そして空へ帰っていったボーイズ達。

さまざまな別れへの思いをのせて、2007年.私の夏はゆく。



ベトナム反戦運動についての小田実氏の著
「終わらない旅」から。

『まともな心を持つ人間ならば
黙ってみていられない戦争だったからだと思うね。
あの戦争に反対するのに、人は左翼である必要はないし、
偉大な思想を抱く必要もない。』

真に市民運動の巨人だったと思う。



1
1
1 1
1
1



「てつ」逝く

「てつ」が語り尽くせないほどの物語を残して、
永遠(とわ)の彼方へと旅立っていった。
それでも、私には昨日までと同じように今日も日常が流れてゆく。
しかし、十数年共に暮らしてきた彼は手で触れることも叶わぬ、
思い出という非日常の世界に去り、側にはいない。
その不思議さというか、日常と非日常との落差の深さが、
そのまま、私の出口のない悲しみとなって迫ってくる。

凛々しくて優しかった「てつ」は近所の多くのお嬢さん犬に愛されていた。
とくに仲のよかった「まりんチャン」は、昨年、先に旅立ったが、
その奥様がお悔やみとお供えのお花を届けて下さった。

「てつ」を愛おしく名残を惜しんで下さる人々の優しさに、
あらためて涙しながらも、 この無常観に似た悲しみや淋しさを抱えて、
また、明日から私の残り少ない日々の旅は続く。

そして「てつ」も思い出の猟場で静かに眠っている。



1


切れます

とても求めやすい価格のパンきりナイフですが、
先日買ったバックナイフと比べても驚くほどよく切れる。
(藤次郎ブランド)

菜切り包丁は土佐派鍛冶で有名な「白鷹幸伯」氏の作品。
法隆寺.薬師寺などの再建で知られた、
宮大工「西岡常一」棟梁の求めで、
そのときの釘を鍛造されたことでも知られている。

切れ味は「凄い」、、、そのひと言。

切れてこそ「包丁」、、切れなくてこそ「大人の恋」。(笑い)



1
1

食の文化が壊れてずいぶんと久しい。
季節を問わず野菜や果物が店頭に並び、
いつの間にかその歪さに違和感を覚えなくなっている。
食べ物は命の源、、旬材を食してこそ健康への道。

私達が生きてゆくために絶対必要なものは、
「空気.水.食べ物」
しかし「空気」は選ぶことができない。
この空気は嫌,、こちらの空気を吸う、、などは不可能。
だが、「水」と「食べ物」はほんの少しの気配りで、
塩素漬けの水道水や、農薬、添加物まみれの人工飼料のような食品を、
口にせずに済む。

朝、お客様から電話があり早朝から畑で採ってこられた
朝露に濡れて輝いている野菜を頂いてきた。

そして、岡山からの白桃も届いた。

七月生まれの私は至福の一日。

白昼のむら雲四方に蕃茄(トマト)熟る  飯田蛇笏



1


幻の名品

パンを焼くようになったのでブレッドナイフを買い求めた。
いろいろと検討した結果、バック社のものを選んだ。
日本では一般に発売されてはいなかったナイフとのこと。
どんな切れ味か楽しみにしている。
サンドイッチなども切る方には「正広」のナイフがお勧め。
刃の一部分が波形ではなく普通の刃付けにしてありますから便利。

フォールディングナイフは知る人ぞ知る名品「シルバーナイト」。
握りの部分は白蝶貝、刃はギンガミ一号である。

最初の発売時に購入したので今では本当に貴重品。
ナイフコレクターには垂涎の逸品なのだ。

どれほど凄いナイフか興味のある方は
「シルバーナイト」で検索してみて下さい。
(ファスナーズ社発売.ジーサカイ社製造)



1 1

ブルーベリー畑

射撃.狩猟をする私は視力を大切にしている。
しかし、容赦なく訪れる老いには努力もすべて田作(ごまめ)の歯ぎしり。
それでも、虚しい足掻きと知りつつ「ブルーベリー」を食べてる。
そんな日々、近くで志のある農業家がブルーベリーを栽培されている話を聞き、
早速、車を走らせ見学してきた。
間もなく収穫時を迎えるとのこと。
やっと望んでいた地産地消、、、目がよくなりますように。

誰かさんの「心の奥」まで見えるようになるかな。

私の人生で隠れん坊してしまっている「なにか」も、
見えてくるだろうか。

でも、紙背に徹する眼光は持っているぞ!(笑い)



1 1
1 1

幼ごころの夢原風景を売る人々

縁日で店の通りは屋台店がずらり。
夕刻になれば浴衣姿の人々で身動きが出来ないほど。
幼い日の郷愁を呼び起こされていつまでも眺めている。

おろし立ての浴衣で縁日の屋台を一緒に
そぞろ歩きをした人が懐かしく思われる。

君に似し姿を街に見る時の こころ躍りを あはれと思へ
啄木



1 1

花嫁人形の唄

「花嫁人形」
蕗谷虹児作詞・杉山はせを作曲

金襴緞子の 帯しめながら
花嫁御寮は なぜ泣くのだろ

文金島田に 髪結いながら
花嫁御寮は なぜ泣くのだろ

あねさんごっこの 花嫁人形は
赤い鹿の子の 振袖着てる
泣けば鹿の子の たもとがきれる
涙で鹿の子の 赤い紅にじむ

泣くに泣かれぬ 花嫁人形は
赤い鹿の子の 千代紙衣装

昔の日々を整理していたら姪の結婚式の写真が出てきた。
姉と家人と三人で出席してからはや数十年たったが、その彼女も今では
日本三名園の後楽園で何代も続いた茶店を女将として切り盛りしている。
こんなに初々しい花嫁がいつしか貫禄十分の女主人(おんなあるじ)。



写真を眺めていると本当に「人生一炊の夢」

邯鄲の宿でいま目覚めて、、、。
粟ご飯ならぬパンが焼き上がったようだ。



1 1

遠い日々は夢の中

雨の日には思わず感傷的になり懐かしい自作のCDを聴く。

「ある恋の物語」そして「小雨降る径」
今ではもう唄うこともなくなった。

「ある恋の物語」
作詞.作曲.C.H.ALMARAN/

甘く切ない昔の 私の恋のお話し
あの嬉しい日々も
今では儚い 思い出ばかり

心の隅に優しく ほのかに残る面影
その面影さえ
今では悲しい 涙をさそう

恋には誰も迷うもの
悩みと愛の 日ごと夜ごと
あふれる命で ただ一筋に
恋を求めるよ
いつかは夢と 消えて行くまで

「小雨降る径」
Himmel-Chamflery/

さびしい雨 夜の雨よ
あなたを待つ 唯ひとり
頬を濡らす 涙の雨
望み空しく たたずみて
夜の音は 胸にしみて
過ぎにし日を 偲びつつ
さびしい雨 夜の雨よ
足音に胸ときめかす
風の日も雨の夜も
忘れられぬ人
今宵こそ 君と会う
想いはつのる

あの日のようにもう一度だけ唄ってみたい。



1 1

茅の輪くぐりと笹飾り

この街に暮らすようになってから数十回目の茅の輪くぐり。
特に信仰心も持たず、あえていえば無神論者に近いのに、
ちっぽけな人知など遠く及ばない「なにか」の存在は信じ、
自然に対しての「畏れ」は強いものがある。

今朝、「かい」「てつ」を連れて茅の輪をくぐってきた。
来年は無理だと言うことは分かっていても、
きっと、また一緒にと願う心が切ない。

夏越しの大祓を願って三度も周りくぐったが、
私の六ヶ月の罪や穢れは消えそうもない。



♪ささの葉さらさら
のきばにゆれる
お星さまきらきら
きんぎん砂子(すなご)

五しきのたんざく
わたしがかいた
お星さまきらきら
空からみてる♪

『たなばたさま』
権藤はなよ/林柳波作詞・下総皖一作曲

短冊に私の「醒めることのない夢」を託して結びつけてきた。



1 1

見砂直照と東京キューバン.ボーイズ

不朽のラテンバンド「東京キューバンボーイズ」の名曲集CD。
いつかは散逸してしまうので整理リスト入り。

あの当時はフル編成のジャズバンドが綺羅星のように並び競演していた。
時代は移り変わり、今では「夢去りぬ」

緑の魔酒(アブサン)、テキーラ、バーボンを飲み干しながら、
マンボやツィストで踊り明かしていたなんて、
本当に「夢の中の夢物語」

深海の底を泳いでいる熱帯魚のようだった
「あの人達」は今は、、、。



1 1

未体験の世界

料理が好きなのだが、日常の食習慣としてパンは食べなかったので、
パン作りはしたことがなかった。
それなのに、とても美味しいパンを焼く知人に刺激され、
ついに未体験ゾーンに突入。

凝り性の私はパン食材を吟味して集めることが楽しい。
いろいろと取り寄せているが、果たしてそれが合うかどうかも全く未知数。
とんでもない組み合わせではと、おそれおののいている。
でも、その試行錯誤のプロセスを楽しみたいと思う。

とりあえず、「芽吹き屋の南部小麦」
「ドイツ有機天然酵母」、「ゲランドの塩」「四つ葉スキムミルク」
「砂糖黍精製の素温糖」「四つ葉バター」「五度以下の湧き水」

はたして、どんなパンが焼けることやら。



1 1

ご馳走様。

レストラン「ナバホの風」の
イタリアパン、フォカッチャとジャスミンティー美味しく頂きました。
(匂いだけ)
でも、鹿肉の照り焼きと鴨肉のローストがないのが残念ですが。笑い。

師匠の門下生になるために、パン焼き器を買い求めました。
「ジビエ料理とパン工房.ともき」の開店です。



1 1
1 1

「美しい花」、「美しい人」、濡れそぼちながら。

人生の旅の途上ですれ違う森羅万象、全て一期一会。
それでも色褪せることもなく、終わることもない巡り会いもある。
そんな知人が庭に咲かせた季節の美しさを届けて下さった。

程なく梅雨入り、、雨の日にあの湖の畔の紫陽花畑を見に行こう。

紫陽花を手折て君の心摘む
尾上女



1 1

頑張れ、「てつ」

十八歳、、、緑内障で失明してからでも数年経った。
精悍で山野を駆けめぐり猪や鹿を狩り立てていた「てつ」も、
すっかり老いて、お漏らしシートを敷き詰めて貰っている。
最近、倒れることが多くなり、片時も目を離されなくなった。
それでも強靱な生命力で今日も必死に生きてくれている。

微睡んでいる時間が増えたが、
主人と過ごした猟場での日々の事を、
夢のなかで思いだしているのだろうか。

腕白で甘えん坊で我が儘な「てつ」よ、頑張れ。



1 1

恋の乱舞。

花無心招蝶  花は無心に蝶を招き
蝶無心尋花  蝶は無心に花を尋ぬ
花開時蝶来  花開く時蝶来り
蝶来時花開  蝶来る時花開く
吾亦不知人  吾も亦人を知らず
人亦不知吾  人も亦吾を知らず
不知従帝則  知らずとも帝則に従う
良寛

フォトスタジオでアルバイトしながら、
女性写真家の道を目指して日々精進の
花も恥じらうお年頃の才媛K嬢。
そんな顔見知りの彼女がユーモアー溢れるメッセージと共に
数葉の写真を郵便受けに入れていて下さった。

その写真のなかの「花と蝶」です。

面はゆさに思わず赤面しそうな褒め言葉まで頂いたが
少し訂正しなければならない。(笑い)

ダンディーなんてとんでもない。
生き様だけは、いつもお洒落にと心がけていても、
着た切り雀の、ものぐさな黄昏れボーイ。
そして鹿撃ち「名人」の字は「迷人」が正しい。

それにしてもキレイに撮れていますが、
カメラのせいか、やはり腕の違いか。笑い

写真集を楽しみにしています。



1 1

お魚市場

お天気がいいと心が弾む。
つい、車を走らせたくてお魚市場まで行ってきた。

カワハギ、クロメバル、カレイを買った。
さて、煮付けに、唐揚げに、うす造りにしょう。
メバルは春の高級魚、当然煮付けにする。
刺身、唐揚げと違って煮付けは料理の腕が問われる。

黄昏れ世代には「お魚と野菜」中心の食事。

一匹づつ眼張の付きし夕べかな / 川崎展宏



1 1

目に青葉、、、初鰹

緑の風に誘われて車を走らせてきた。
好きなタンゴの曲を聴きながら心も身体も蒼一色。
バンドネオンの刻み込むようなリズムに、
どこまでも、いつまでも、風になって走り続けていたかった。

帰宅したら土佐高知の知人から、
この季節になれば毎年恒例のご馳走が。
(土佐野市町.安岡鮮魚店極めつけのわら焼き鰹たたき)

これこそ本当に、
「目に青葉、山ほととぎす、初鰹」

そして、あらためてしみじみと思うこと。

いつも変わらなくてこそ、本当の友情(愛)だ。
一切を与えられても、一切を拒まれても変わらなくてこそ。

七彩に 銀の鰹が 輝けり/誓子



1 1

花鯛(チダイ)

瀬戸内の「魚島」の時期は少し過ぎたが、
今日は鯛づくしの料理をしてみよう。
さて、腕は料理上手だった父親譲り、、笑い。
お刺身.潮汁.鯛飯.焼き物.煮付け

幼い頃、母と一緒に訪れた「鞆の浦の鯛網」を思い出しながら。

煉瓦積みの火床に備長炭、信州の野鍛冶特注の捌き包丁、
南部鉄羽釜、奥能登海水塩、紀州湯浅角長のたまり醤油、
長崎チョウコウの京風うす色だし、中津川白扇酒造の味醂、
猟場自生のワサビを鮫皮のおろし金、水は居醒めの湧き水、
昆布は長札部浜の真昆布、かつお枯ぶし、
ヘボ料理人でも美味しくできたのは、
調理道具と選りすぐった調味料のおかげだった。笑い。

「魚島の大鯛得たり旅路きて/秋桜子」



1 1

ラ.メール(海)

三十代の頃、休日になると海辺に出かけていた。
今、しきりに、その時代を思い出す。
イブ.モンタンの「ラ.メール」を聴きながら、いつも潮風の中にいた。

伊良子岬の小屋がけのお店の大アサリやミル貝の味。
パールラインから眺めた夕日
秘密の財布(笑い)で、清水の舞台から飛び降りるような覚悟で
食べに行ったS観光ホテルのフランス料理
浜島の海鮮料理(残酷焼き)
大王岬の哀愁を帯びた海女の磯笛
恋路ヶ浜に佇みながら藤村の詩を口ずさんだあの日

名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ、、、

今日、鳥羽磯部漁港からお魚を取り寄せた。
磯の香りにひたりながら、
帰らぬ青春の日々の心の旅路の一日。



1 1
1 1

穴太積み
(日本古来の野面積み石垣)

毎朝、「かい」「てつ」と石垣の側を歩く。
遠くなった故郷のお城を思い出しながら。

不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし十五(じふご)の心
啄木



1 1

いま、能登門前町の街や海は

能登路には幾度となく旅をしている。
門前町を初めて訪れたのは三十代だった。
海、岩場、くだけ散る波、空に届くかのような棚田、
鄙びた風情のある街並み、柔らかな響きの人々の話し言葉、
都会の雑踏で暮らしていた私には目にする風景全てが新鮮だった。

一昨年、訪れたのが最後だったが報道写真を見るたびに心が痛む



1 1

花散り果てて

「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」
小野小町

「花は皆眺めせしまに散り果てて我が身世にふる慰めもなし」
[続拾遺]

遠いあの日々の人達も私と同じように老いの流れの中か。



1 1

緑の中へ

毎年、この踏清の季節には
パット.プーンの「砂に書いたラブレター」を聴きながら、
行き先を決めず、気ままに車を走らせる。
車の中には、私の人生そのものの時間が流れて。

ふるさとは遠くして木の芽
山頭火



1 1

花筏と花絨毯

「散る桜 残る桜も 散る桜」
良寛

水面を花筏が最後の春を流れてゆく。
流れ流れて海に出て花の響きの潮騒に。

儚い一夜の夢のように今年の春も行く。
ボーイズ達と歩く、いつもの小径は花絨毯。
素足になりそっと触れてみた。

桜の匂いよ、、、桜の色よ、、、
ボーイズ達と過ごしたこの最後の春を忘れないように。



1 1

ミツバ躑躅

南北朝の古戦場蓮華寺にミツバツツジが群生していた。
猟期にはこの辺りで幾つも猪を獲る。

「松風のおと聴く時はいにしへの聖のことく我は寂しむ 」
斎藤茂吉

境内にはこの句碑が立つ。



1 1
1 1

爛漫

「さまざまのことを思い出す桜かな」
芭蕉

子供の頃、母と歩いた桜並木。
入学式の桜。卒業式の桜。
さまざまな人との出逢いと別れの日々の桜。
酔いしれて歩いた夜更けの街の桜。
失意の日の桜。歓喜の日の桜。
異国の街の桜。港町に咲いていた桜。
花明かりに美しく映えていた想い出の人々。

そして今思う、故郷の城址の桜。



1 1

花の下で

願わくば花の下にて春死なむ その如月の望月のころ
西行

黄昏れたいま、心にひたひたと思いが打ち寄せてくる
願わくば私もそうありたい。



1 1

誰が為にこの心のときめき

アーネスト.ヘミングウェイがマレーネ.ディートリッヒに、
あてた書簡などが公開される。

その中のイングリット.バーグマンとの友情についての、
デイートリッヒに言い訳の手紙。

「怒りたいだけ怒ればいい。
でも、娘よ、いつかはやめなさい。
世界に君は一人しかいないし、君に変わるべき存在もいない」

「娘」とはヘミングウェイが女友達にしばしば与えた呼び名
(朝日新聞の記事から)

この私の心の「ときめき」は、誰が為に。



1 1

幾たびかの春

ボーイズ達との十八年目の春が巡ってきた。
昨年、花の下を歩きながら、これが最後の桜だよ、
と彼たちに言い聞かせて行く春を見送った。
その彼たちも必死に生き続けてくれて
思いも掛けず、今年もあと暫くで満開の桜の中を
一緒に歩けそうだ。
蹌踉めき、ときとして倒れながらも私と歩く。
でも、来年の春は絶対に無理だろう。
今年の桜は、ひときわ切なくて、哀しい。

私も「人生という名の列車」の車窓から眺める風景はセピア色。
終着駅も近い。

もう一度、人を恋る心よ。

山ざくら 花のつぼみの 花となる 間のいのちの 恋もせしかな



1 1

福島相馬漁港からのご馳走

狩りをする私は一年通じて肉は買わずに済む。
しかし、土地も海も汚染されていない良き時代に、
瀬戸内のお魚を食べて成長した私は魚が大好き。

旅をするのにも僻村に近い漁港をたずね歩くのが私の定番。
気が向けば関西の有名な市場を逍遥するのも楽しみ。
大阪黒門市場、明石魚棚市場、金沢近江町市場、、、

勿論、ネットで北は北海道、南は九州の漁港から直接取り寄せている。
今日はそんな中の福島県相馬漁港からのご馳走が到着。
今からお気に入りのエプロンをして自慢の捌き包丁で料理にかかる。

あの方に食べさせて上げたい。



1 1

敷石道

歩き慣れた、、、通い慣れた、、敷石道。
今朝も弥生三月の凛とした風の中をボーイズ達と歩く。
早春を歩く足音は暖かい響き。

この小さな幸せがいつまでも。



1 1

男の料理

荒ぽっくて、大雑把な男の料理です。
でも、それが野趣味があって本当に美味しい。

鹿の焼き肉。
タマネギと、ニンニクのみじん切りと、炒りゴマ。
素温糖と、お醤油と、エクストラバージンオリーブオイル。
それぞれは好みの分量で、それをよく混ぜ合わせる。
一口大に切り分けた鹿肉を漬け込み冷蔵庫。
翌日から満面の笑みを浮かべながら食卓へ。



1 1

鹿のスネ肉煮込み

鹿のスネ肉を、ニンジン、タマネギで四時間ほど
あくと、脂を丹念に掬いながら煮込む。
あと、酒とニンニク、胡椒を加えて醤油で味を調える。
好みによってホールトマト缶詰を入れても乙な味。

ゼラチンたっぷりの「腱」の部分がとても美味しい。



1 1

弥生三月.萌えいずる候

「紅梅のつめたきほを見たまへば  はや馴れて君笑みて唇よす」

「手枕よ髪のかをりよ添ひぶしに わかれて春の夜を幾つ寝し」
牧水

人生の「春夏秋冬」のうち、春は去り、夏は過ぎ、秋は暮れて行き、
冬の私には心が萌え立つ「春」は来ない。

しかし、人を恋る詩(うた)は今日も心に木霊している。



1 1

虹の彼方へ

何処かで誰かが 呼ぶような そんな気がして 旅へ出た
水色の スーツケースの中には 消えた悲しい 恋の花束
ああ 大空に 雲は白く流れて はてしなく ...
井田誠一作詞

メール

「ページのトップへ」