そもそも私も使っているこの“純米酒”という言葉そのものが かなりおかしな言葉である。清酒(日本酒)とは何か。
清酒:「@日本の代表的な醸造酒。蒸した米に麹・水・酒母を加え、発酵させてもろみを造り、 これを搾り、濾過して製する。淡黄色で特有の香味がある。A澄んだ純良な酒。すみざけ。←→濁酒 (広辞苑 第五版 : 岩波書店)」
当たり前の定義である。それをわざわざなぜ「“純米”酒」などという必要があるのであろう? 原材料が米なのぐらいわかっている。同じ醸造酒仲間ワインがぶどうからできているのと同様 当たり前のことである。「“純ぶどう”ワイン」なんて言葉聞いたこともない。 (ワインには保存料、酸化防止剤が微量添加されているものがあるが、 原材料について云々することとは別の次元の問題であり、それについての議論は別の機会に 譲る。)
では一体『米で作るのが当たり前』な日本酒において「“純米”酒」 に対する「“普通”酒」とは?「“本醸造”酒」とは?考えるだけでも情けなくなる。 ご存知の方はご存知でしょうが、これらには“醸造用アルコール”なるものが製造途中に 添加される。そればかりか「“普通”酒」(何度も言うが“普通”酒である)には更に 糖類、酸味料、化学調味料などが混入されている!! それが“普通”だというのである!!!Oh,Jesus!この世には神も仏もいないのか?!
そもそもこの「普通酒」別名「三倍醸造酒」は戦中に米が不足している頃 苦し紛れにつくったまがい物で、簡単に言うとまともに米だけで作った酒を途中で3倍に水で 薄め、減ったアルコール度数を補うために醸造用アルコール(とは名ばかり、これは工業用 アルコールだ。純度100%に近いのである。サトウキビから砂糖を造る課程でできる廃液、 廃糖蜜からつくられるもので、原料が原料だけに徹底蒸留・精製する。“米の醸造酒”の醸造課程とは 何ら関係のないもの。)を添加し、水で割って味が薄くなった分を糖類、酸味料、化学調味料で 補うのである。(化学調味料は「味○素」とかのことである。酒を飲んでるつもりが そんなものを腹にぶちこまれたらたまらない。)戦争中はまあ特殊な時代ゆえしかたなかろう。 しかし、大手資本は戦後もずーっとこれを造り続けてきた。儲かるからである。同じ原料量で 3倍の酒がつくれるのだから。戦後の金儲け主義一辺倒のなせる業であろうが、大手の 資本ならその体力によってそんな酒造りはやめられたはずである。まともな酒を造って、 品質改善、コスト削減をして行けば真の意味での“日本酒の大手”となれたであろうに。 金儲けと企業の肥大化に邁進した結果、失礼な言い方ではあるが、今となってはほとんどの 大手の酒はまずい日本酒(風リキュール)の代表選手になってしまった。これは必ずしも同列には 語れないかもしれないが、ワインや他の酒で最も有名な銘柄群が最も最下層を為している という例はあまりないように思う。嘆かわしい限りである。
続いて「本醸造」であるが、これは「普通酒」よりはましなもの?(とは
言っても五十歩百歩だが・・・)で、ある一定量(細かいことは
日本酒の種類を参照)の醸造用アルコールのみ添加し、高くなったアルコール度数を水で
調整するものである。糖類や化学調味料の添加こそない(はずだ)が、私はとても不自然な味に
感じる。アルコールの口全体への広がり方が妙なのだ。
まあ味の好みは人それぞれであり、「私はエチルでもメチルでも構わん」とか
言う人もいるかもしれず、仮にこういう酒があってもよいとして、何故「本醸造」なのだろう?「本」は
本:「@はじまり、おおもとA基づくところBもとからあるC元金Dまことの、正しいE書物 FこのG細長いものを数える語、単位(新編 国語辞典:永岡書店)」
のおそらく@、BとかDにあたり、 「本式の醸造」とでも言う意味であろう。発酵によって酒(すなわちアルコール)を造る醸造中に 醸造用、否工業用アルコールを添加する酒が「本醸造」であるはずがない。清酒にあてはめるなら、 「米・米麹」だけでつくる「純米酒」こそ「“本”醸造」であり、「本醸造」は「偽醸造」と までは言わないまでも、「アルコール添加強化清酒」とか、べつものとして扱われるべきであろう。 この辺りは、お役人と大手資本を中心とした酒造協会の申し合わせで決まった呼称規格なので あろうが、あまりにも考えがなさすぎる。アルコールを添加すれば安くあがり、本醸造と 名付ければよいものの様に聞こえて売れるとでも思ったのであろうか?
「普通酒」(何度でも言わせてもらうが、“普通”酒である。“普通”
の日本酒である)と「本醸造」という2種類のリキュール、すなわち日本酒へのアルコール添加は
すばらしい伝統技術である醸造酒、日本酒を世界的な基準でいう「醸造酒」の地位、つまりワインと
肩を並べる地位に置かれるのを充分阻害している。アルコールを1滴でも加えると、世界的な
基準では「リキュール類」に分類される。非常にわかりやすく、はっきりしていて、公平な基準だ。
そしてアルコールを加えることで、結局それを水で薄める必要が生じる。エキス分、糖分が
少なくなり辛くて飲めたものではないので糖類などの添加が生じる。「本醸造」は「米・米麹
・水・醸造用アルコール」でつくると決められているが、どうしたものか、私の舌に間違いが
なければ「本醸造」で糖類のにおい、味がするものがある。ひどいものでは「純米酒」という表記で醸造用
アルコール・糖類のにおいがぷんぷんするものに遭遇したこともある。
諸悪の根元はアルコールの添加にあると思う。それが言い過ぎなら、せめて
同じ「清酒」という分類をしないでもらいたい。明らかに違うものであるのだから。
そして中身に関しては偽った呼称を用いていないか厳重な審査(醸造元への立ち入り審査など)
をもって管理をしてもらいたい。そんなに大変なことを望んでいるつもりはないのだが、
どうだろうか。少しお酒をたしなむ人から、お酒を愛して止まない人にまで、全く公平で
わかりやすく、はっきりしていてゆるぎのない分類ではないか。
「これが日本酒だ。」と信用して飲みたいと思うのはそんなに贅沢なことであろうか?
はじめて日本酒を飲んだ人が「○ンカ○プ○関」を飲んでそれが日本酒の味だと思ったとしたら
これはもう立派な制度による犯罪だと思う。「縁がなかった」では済まされない。業界は消費者から
日本酒に巡り合う機会を奪い、自分自身で自分の首を絞めているわけである。
アルコール添加は止めるべきだと私は思う。かなわないならせめて違うものとして 扱うような制度が必要であると思う。アルコールの添加が間違っていないというなら、本当にうまい という自信があるなら、名称が異なっても売れるであろう?消費者にとってはっきりとした わかりやすいルールの上で更に前進していけばよいではないか。