2010年〜2011年



都会の中の乾いた孤独

森の中の豊かな孤独




[狩猟日記] [伊能ウォーク] [言葉の十字路] 「風よ、雲よ、人よ」

「食いしん坊」 「猟場2006」 「2007〜」 「2008〜」 「2009〜」

「2011〜」





狩猟期間終了

今年も様々な「ドラマ」が心の中に深く投影されつつ、
仲間にも犬達にも事故無く無事に終了した。
クロの劇的な救出劇もあり、いつまでも思い出に残る猟期だった。
最終日にはチコ.クロ.ジロウのベスト.メンバーで狩りができ、
彼たちの奮闘で牡鹿.牝鹿を頂いた。
また、チコは、ジロウ.クロが参加出来ないことが多々ある中、一頭で、
本当に孤軍奮闘、獅子奮迅の活躍で多くの獲物を獲らせてくれた。

吉川.舛中の両氏、チコ.クロ.ジロウの仲間達、、有り難う。
来猟期も元気で参加出来るよう、明日から禁欲生活に精進しよう。

地獄絵図
このような大惨事が作り物の「ドラマ」の世界ではなく、
私達が生きている今の現実に起こっていることが、
まだ信じられないような気がします。
あまりの悲惨さに、惨状を繰り返し、
たれ流している「テレビ」は見る気もしません。
災害に遭われた方々にはどの様に申し上げていいのか、、、
どんな言葉もただただむなしく、無力のような気がします。

しみじみと思っています。
「私達は明日という日はあるかも知れないし、、無いかも知れない、、、
一日一生、、無常の中を瞬間的にしか生きられない儚い生きもの」だと。



城址跡の森の住人

山城は防御の面からか峻険な地形に築かれている事が多い。
我々が最近、手がけている狩り場はそんな城址蹟である。
険しくて複雑な地形に敬遠されてか、狩猟するグループもない。
それだけに森に棲む彼たちには安全地帯で、
多くの猪.鹿が格好の棲み家としている。
少人数の私達は彼たちの行動形態等を丹念に調べることを、
グループの信条としており、それを誇りともしている。
それ故に広大な狩り場でも、勢子一人、待ち場の射手二人の編成で、
毎シーズン、多くの獲物を射止める。

今日、日曜日、
勢子の吉川さんが、その尾根筋で三の叉の大鹿を撃った。
二発とも命中していたが、さすがに「森の兜武者」、百メートルほど、
逃げて深い谷の倒木に隠れ潜んでいた。
追跡していたクロとチコが見つけ出し、咬み止めているのを、
捜索中の舛中さんが発見し回収出来た。
オールドボーイで、その上、メタポ世代の三人は
噴き出す汗にあえぎながら二時間半の苦闘の末、運び出す。
足は攣るし、膝は笑うし、互いに顔を見合わせ苦笑い。
あと二週間の猟では重量級の鹿は撃たないことに衆議一決。
そして、一日一頭以上も禁止、
老いると云うことは、なんと切ないものなのか。笑い



平成の武者は

中世の武者達の飛び道具は弓矢、平成の武者の飛び道具は自動銃、

この古い城址は典型的な山城なので高い山頂にある。
勢子の吉川さんは、その健脚にものを言わせて
いつも、ここまで愛犬を連れて登る。
そして、この高みから、逃げる獲物の動向を観察しながら、
下の林道に待つ射手に的確に指示を与える。
さながら往年の見張り台に立つ武者を彷彿とさせるシーンである。

平成の武者の我々は、弓に換えて最新の自動連発銃で戦いに挑む。

「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ」
「我こそは英賀城主の末裔○○なるぞ」
「平成の弓矢を取っては近隣にその名を轟かし」
「討ち取った森に棲む武者の兜首は数知れず」笑い



運、、不運、、

猟期は二月十五日で終わるが、
近年、鹿の異常繁殖による食害のため、
鹿に限り三月の十五日までとなる。
その猪の捕獲許可期限の十五日、二頭の猪を獲る。
あと十数時間、我々と遭遇することがなければ彼たちも、、、、、。
運命というものは、まるで武者隠しに潜んでいる刺客のように、
何気なく過ぎている時間の流れの中へ、不意に躍り出てくる。
そして呆気ないほどの儚さで「生」が暗転してしまう。

瞬間にしか生きられない私達、、、生あるもの決まり、、、
それでも、「明日という日」が未来永劫にわたり約束された事として、
その明日が来ることを、疑うことなしに私は生きている。



三連休中の狩り

晴れ間がのぞいたと思えば粉雪が舞ったりする三連休。
そんな天候の中、三人での狩り。
金土日とそれぞれ一頭ずつ、計三頭射止める。
日曜日は勢子の吉川さんが、
史跡になっている中世の城址跡の尾根で撃ったが、
私が鹿を追って遠くまで行ってしまったクロの捜索で、
手伝うことが出来ず、高所の為、引き下ろしが難しく、
吉川さんと舛中さん両名で現場で処理をして、
枝肉を背負い袋に入れて持ち帰ったくれた。
その間にクロも発信器で居場所を発見し連れ帰った。

三名全員が射止めることが出来て、完全試合の連休の狩り。



クロの恩返し

昨年、飼い主の舛中さんの執念の捜索で、
劇的生還を果たした「クロ」もすっかり元気になり、
私達と一緒に狩りで活躍しているが、今日は一頭で頑張った。
チコとジロウがお休みだったが、持ち前の俊敏さを発揮。
狩り場に入って10分ほどで主人の舛中さんの前へ牡鹿を追い立ててきた。
そのクロの奮闘に応えるように舛中さんも名射手の腕を披露。

クロは今夜は美味しい「森の命」をお腹一杯ご馳走になれる。
チコやジロウにもお裾分けしてやってね。



三頭の牝しか

日曜日、吉川さんと二人で狩り。
打ち合わせを終えて、待ち場へ歩いていたら、
いきなり目の前に三頭の牝鹿が現れた。
とっさに肩から銃を外し、発包。
数日前に照準合わせを終えていたので、
三連射で無用の苦痛を与えることなくキレイに終了。
膝まである雪のため車まで引き出すのに三時間。
二人とも筋肉痛、、、処理作業は翌日に持ち越しにした。

しかし、それぞれに量的に保存の限界をはるかにオーバー。
明日から急いで食べて下さる方を探すのが悩み。




降り積もる雪の中で

昨夜来から降り続く雪で山は一面の銀世界。
その雪をラッセルしながら舛中さんが大鹿を射止めた。

家人が体調を崩したので自宅にいたが、
運び出しの応援要請の連絡で、急ぎ山へ馳せ参じた。
深いところは膝上まである雪の中、三名で麓まで引き出す。
しんどい作業だが、雪にまみれながら、いい汗をかいた。

ひらひらと舞い落ちる雪を見上げながら、大きく深呼吸、、、
その「ひととき」が「おとこ」であることを心に刻むとき。



さてと、、、

解体統括責任者(笑い)の吉川さん、
三十キロ近い猪肉を前にして、
三人でこの量をどの様に按分すべきか、と悩みながら、
ウーンと思案中

下仁田ネギをたっぷり入れて久しぶりに関西風のすき焼き、
もう、沢山は食べられない歳になったのが残念なくらい美味しかった。
それと、近くの中華料理店のご主人に秘伝のタレを頂いて、
焼き肉にしたら、美味しさを表現する語彙の貧しさが悔しいほどの味。



光陰矢の如し

少年老いやすく、、、の言葉どおり、過ぎてみればあっという間。

先輩諸氏と交わりながら狩猟のイロハから学んでいたあの頃。
思いがけなく数十年前の写真が出てきて感慨に耽っている。

薄くなり、、白くなり、、淋しくなった頭に手を当てつつ、
こんなにも黒々として豊かな頭髪(笑い)の青年だった時代を懐かしむ今宵。

初めて射止めた大猪を前にして。



疲労困憊

一昨日の鹿に続いて、またまた二頭の猪が獲れた。
独特のジビエ臭があまりなく、癖のない肉質の当才仔。
野生肉が苦手の方にも好まれるので、貰って下さる人も多い。

ナイフの手入れをする時間も取れないほど、連日の作業に、
いつしか老いつつある黄昏世代の三人は、さすがにダウン寸前。
今夜は大蒜たっぷりの三枚肉の焼き肉と、
手の切れそうなほど冷たい雪解け水の谷川で
丁寧に処理をした内蔵のモツ鍋で疲労回復を目指そう。
明日、日曜日、三名揃って巻き狩りの予定。



二頭の牝鹿

平日だが、昨日からの寒波で山に雪が積もったので、
猟場を巡って車を走らせた。
夜の厳しい冷え込みを避けて、「彼たち」も麓へ降りてきてた。
積雪の上に多くの足跡で、まるでオブジェ画を描いたようになったいる。

「彼たち」にとって、ほんとうに「雪」は「死の使者」。
簡単に居場所を突き止められてしまい、あっけなく死が訪れる。
白銀の世界、、、、白い死の使者、、、不条理の世界。



魯山人曰く、食肉の王者.猪

少し小さめの猪ですが、ご覧の通り豊満で、
全身、すべて上質の「脂」に覆われている。
私達の縄張りの猟場は雑木林が多くて、
木の実も豊富、そして美味しい自然薯が採れることで、
昔から知られた場所でもあり、生息している猪も鹿も、
餌を充分に採食できる条件下で、肉質も非常にすぐれている。

我々生きるということは、食さなければならない。
食するということは、必然的に「他の命」を奪うことである。
動物であれ、植物であれ、すべて生命がある
日常において、その事は殆ど意識せずに「他の命」を食べている。
しかし、自ら獲物を狩り、自分たちの手で屠るという、その行為で、
否応なしに他の生きものの生命と引き替えに、
我々人間は生きさせてもらっていることを、
鋭く自覚させられる。

「山の命」を頂くその重さと、畏れに心しながら、
ほんの少しも無駄にすることなく、頂かなければならない。



2011年.初猟

今年はお正月三が日は巻き狩りはお休み。
四日に三名全員で2011年の初猟。
年末からの大雪でいつもの猟場には登れず、
麓の里山で狩りを開始した。

田圃が雪に覆われて、さながら雪原のようになっている場所で、
照準器付きのライフル銃を構えて待機する。
程なく昨年、奇跡の生還を成し遂げた「クロ」と、「チコ」が、
吉川さんに連れられて狩り場に入ると、すぐ追い鳴きが始まる。
安全装置を外し山の方を注視していると、
雪を蹴散らしながら二頭の牝鹿が疾走してきた。
川に架かった橋を渡ろうとしている瞬間、三連射。
一頭はそのまま河原に転落し、一頭は半矢になりクロとチコが追跡。
しかし、浅手のため回収できずに終わる。

九死に一生を得て、舛中さんの手厚い介護で、
すっかり元気になった「クロ」、、完全復帰の初猟。

「クロ」よ!!!、、本当によかったね。



小雨降る中で

時雨れていたが、師走とは思えないほど暖かい雨。
そんな中、十三貫ほどの牡猪が獲れた。
雪が降るのは、もう少し先なので、
柔らかいバターに覆われたいい猪だった。
他の二人の仲間は、お正月にはご子息達が帰省されるし、
新年の来客もあり、振る舞うご馳走ができて楽しそう。
きっと武勇伝に花が咲き、賑やかで楽しいお正月だろう。

私は家人と二人だけの2011年の始まり。
静かなお正月なのか、、、
それとも寂しいお正月なのか、、、

「咳をしても一人」
尾崎放哉



伝説の銃.サコー.フォレスター308

青春時代にはハードボイルドの世界に浸りきっていた。
映画、小説、服装、酒、科白、、すべてに於いて。

日本のハードボイルド小説の第一人者に数えられる「大藪春彦」の、
「野獣死すべし」には、ある衝撃と共に読み耽ったものだった。
「氏」の車、銃、ナイフ、酒、女などに対しての蘊蓄を傾けた文章に、
それこそ「血湧き肉躍る」思いで婬するほど。
その大藪氏は狩猟家としても有名で、国内外でハンティングを
楽しまれていたようであるが、よく愛用されていた銃が、
狩猟王国フィンランドの名銃「サコー.フォレスター308」。
当時のグラビアでこの銃を抱えた「氏」の勇姿をよく見かけたものだった。
サコーフォレスターは二つ前のモデルであるが、その作りの良さで、
現在でも高い評価を得ている。
その銃が殆ど新銃の状態で愛蔵されていたのを、
縁があり割愛して頂き、所持許可も無事おりた。

私達が行っている「巻き狩り」は連射することが多いので、
自動銃に比べてボルト.アクション銃はハンディがあるが、
そこは一発必中の腕を信じて(笑い)日曜日の狩りに持参。

運良く二頭の牡鹿が私の待ち場に掛かった。
とっさの出会いに不意をつかれ、初矢を外したが、
慌てずにボルト操作、、二の矢を放った。
さすがに世界の数ある銃の中でも屈指の性能を謳われているサコー、、
三十メートルほど先の林間を駆け抜けようとしている鹿に、
狙った狙点どおり命中した。

仲間は、小説の主人公「伊達邦彦」にわが身を重ねつつ、
いい気分で陶酔している私の腕を褒めてはくれず、
サコーフォレスターの性能の素晴らしさを、 賞賛するのみ、、、、。

ちなみに使用実包は同じフィンランドの「ラプア.メガ150gr」



奇跡!再び!

先週の日曜日の狩りで行方不明になっていた「クロ」を、
十日ぶりに救出した。

十メートル以上ある狭い縦穴抗に落ちて生存しているのを、
連日、無事を信じて捜索を続けていた「クロ」の主人.舛中さんが発見。
非常に困難な作業で私達では不可能と判断し、
警察署、消防署に救出を緊急に依頼した。
その要請に迅速に対して頂き、警察、消防レスキュー隊、市役所の総勢10名が、
必要な器材を携行して山の現場に急行して下さった。
猟場の急斜面を装備など運び上げ入念に打ち合わせと準備の上、
学生時代山岳部に所属されていた雰囲気のする若い警察官の方が
折りたたみ式梯子と、 ロープを使って地下に降りて、「クロ」を確保し
救出用の袋に入れ、 合図と共に引き上げ開始、、、
「クロ」十日ぶりに地上に生還!!!

引き続いて泥と汗にまみれた「お巡りさん」が上がってこられた。
その勇気に満ちた献身的な行動に溢れそうになる涙を堪えながら、
拍手とお礼の言葉を申し上げ、多くの人々の無償の行為に、
人の心の無限の温かさにふれる思いで、熱いものが胸一杯に広がった。

警察官の方、消防レスキュー隊の方、市役所の担当の方、
多くの皆様方のお力で失われつつあった「一つの命」が救われました。
心よりお礼申し上げます。
有り難うございました。

雑感

私は二十年前、三頭の愛犬を連れて単独で猪猟中、「コロ」が行方不明になった。
犬用の無線機など普及していない時代で、気の遠くなるほど広大な山を、
どんなことがあっても助け出してやりたいと、毎日あてどもなく捜し歩いた。
日が過ぎていくに従い、
最後の日々はせめて遺体でも見つけてやりたい思いつつの捜索行だった。
そして、雪のふる日の二週間目にまるで作り話の「ドラマ」の様な劇的な偶然で、
猪の落とし穴に落ちている「コロ」を発見救出した。

私達人間と犬の不思議な「つながり」を書いた物語は昔から数多くあるが、
その時に、心から人間の人知など遠く及ばない不可思議で神秘な世界が、
あることを自分自身の体験から感じさされ、信じさされた。

そして今回の舛中さんと「クロ」との物語、、、、
舛中さんの「クロ」に対する深い愛情があったにせよ、
あの広い広い山の中でたった一つの小さな「穴」を見つけ、
そこに主人の助けを待ち続けていた「クロ」がいたと言う事実。
それは決して「偶然」などではなく、やはり「不可思議で神秘な世界」が、
厳として「存在」することを改めて示してくれている。

子供ころ、夢中になって読み耽った「里見八犬伝」を思いだし、読み返してみよう。

追記
舛中さんから電話連絡を受けて、ジャケットだけ羽織って山へ急行したため、
いつものカメラを持っていなかったので、救出現場を記録できなかった。

必死に作業して下さっている皆様方の画像をアップできなくて残念でした。



今週の土日も

先週に引き続き土曜日に牡鹿、日曜日に牝猪。

残念なことに日曜日の狩りで舛中氏の「クロ」が行方不明になる。
心配で張り裂けそうになる心を抱えて、連日の捜索。
発信器の電池も切れたのか全く電波が拾えない。

「クロ、、無事でいてくれよ」と祈るような気持ちで、
明日も山へ出かける。

狩猟をするものは愛犬と悲しい別れを常に覚悟しているし、
猟場で放すときは、
いつも、これが「今生の別れ」になるかも知れないと、
心に言い聞かせながら狩りを開始する。

私自身の犬達も、今までに三度行方が分からなくなった。
一度は奇跡的に、穴に落ちているのを二週間目に救出したが、
(あまりにも劇的な救出劇に新聞社の取材を受けた)
他の二頭は悲しい結果に終わった。
今の私は犬達とのそんな別れに耐えられる心の強靱さを、
老いと共に無くしていったので、犬との生活を諦めている。

舛中さんの「クロ」は私達にとっては「仲間」、、、、
最後まで無事を信じて探し続ける。

それにしても、耐え難いほど切ない。



食物連鎖

師走というのに汗ばむほどの陽気に誘われて、
一人で猟場へと車を走らせた。
またまた、牝鹿との出会いがあった。
仲間にすぐ携帯連絡を入れ、二人とも程なく山へ登ってきた。
こういう場合、全員自営業であることは有り難い。

自分たちで獲り、自分たちの手で捌き、自分たちで食する。
しみじみと私達も食物連鎖の環の中の一員であることを実感させられる。



土日の狩り

土曜日に吉川さんが研修のため、一人で狩り。
周囲に視線を走らせながら林道を走っていたら、
前方の茂みの中に二頭の牝鹿を発見。
車を降りながら素早く遊底を操作し薬室に弾を送り込み、
同時にスコープのバトラーキャップを開き照準。
立て続けに三発連射、、一頭は失中で逃げられた。

よく日曜日、舛中さんが昨年来、初めての参加で、
三名全員での巻き狩りをする。
二ラウンド目で、その舛中さんの待ち場に牡鹿が来た。
これ以上はないと言えるほどの見事な射撃で、
眉間を打ち抜き射止めた。
レザー照準器の威力なのか、実力通りの腕前なのか、不明!(笑い)

狩猟解禁日よりわずか二週間で、二台の冷凍庫満杯。
食べて下さる方を求めて、大忙しの昨日今日。



檻の中の死闘

狩猟を通じての古い知人の檻に猪と鹿が入っていたのを見てきた。
知り合いの狩猟仲間に聞いてみても、異口同音に信じられないとの言葉。
誰もが経験したことも、聞いたこともない不思議な出来事。
今、森では生きもの達がその生存を掛けて、
壮絶な餌の争奪戦が始まっているのかも知れない。
我々人間社会の未来への縮図を見る思いがする

狭い檻の中で凄まじい死闘が繰り広げられた事と思うが、
強いはずの猪が牡鹿の角で二十ヶ所ほど刺されて息絶えていた。

自然がこれほどに荒廃し、自然界の掟も壊れているのに、
それに気付かぬふりをしつつ、
私達はこれからどんな道を歩もうとしているのだろうか、、、。



狩猟解禁二日目

解禁初日には猪、鹿とも半矢にし,不覚を取った。
翌日、気合いを入れ直して出猟。
十八貫の牡猪と仔牛ほどある牡鹿を射止めた。

まずまずの今猟期出だしの猟果に、吉川,舛中両氏もご満悦。

勿論、私も!

「クイズ」

この名射手が、誰かを正解の方は、猪鍋パーティーにご招待します。笑い。



三人の黄昏戦士達

今年の狩猟解禁日まで、あと二週間
いつものレストランで打ち合わせを兼ねての飲み会

さすがに、それぞれ酒量は落ちたが、食べ.飲み.語り合う三時間
11月15日の早朝、テリトリーである猟場での待ち合わせを約し、散会

三人の老少年、、、熱く燃え、心に青春の灯りが点った一夜。




海の恵みと.森からの贈り物

物なり豊かな季節を迎えて、行政の要望で少しだけ有害駆除が延長された。
急遽、銃を取りだして出陣、、、
相変わらず思い惑いながらも狩猟人のカナシイ性(さが)、
心の中の思いとは裏腹に気合いを入れて渉猟。
二頭のため一人では荷が重いため、猟友に応援要請し処理を済ませる。

帰宅途中に、十数年来、基本料金以上支払ったこともなく、
メールに至っては一度も届いたことのない無精な携帯に初めてメール着信。
おどろきと、不審にかられながら開くと、北の国の知人から、
ドイツ.スイスへの研修のため出張するとの連絡メール。
それと共に、懐かしい思い出一杯の近江町市場の写真が貼付、
食いしん坊の私にとっては「残酷」な写真、、、
ああー、日本海の海の幸をお腹一杯食べたい。
猟期が始まる前に香林坊近くの「味の蔵」と「寺喜屋」へ行こう。

それにしても、「R佳人」はなぜ携帯アドレスにメールなのかなー、、
十月の謎!

「ゼロの焦点」の舞台になった能登金剛に立っていた句碑と
手のひらの温もりは、今も覚えています。

「雲たれて ひとり たけれる荒波を かなしと思へり 能登の初旅」
清張



有害駆除終了

カワウの駆除と平行して行われていた鹿、猪の駆除も、
九月末で終了した。

最終日、小雨模様の天候であったが、区域内を巡回し、
私にとっては運良く、、、彼女にとっては不運な遭遇となる。
腰痛の爆弾を抱えている身には辛い作業だったが、
写真だけ撮り「切り捨て御免」と言うような仕打ちは、
鹿や猪に申し訳ないので丁寧に処理を済ませた。

それにしても有害駆除に従事しながら絶えず心には葛藤がある。
人間にとっては彼たちは林業.農業に害をなす存在、、
反対に、彼たちにとっては人間は太古の昔より連綿と続いてきた
森の住人たちの聖域を壊し、生息条件をずたずたに引き裂き、
生活圏を侵してくる、それこそ悪魔のような存在、、

有害とは
人間にとっては鳥獣類、、、鳥獣達にとっは人間、、

他の「生きもの命」と引き替えに生きている私達人間の「原罪」を畏れる三ヶ月。



風立ちぬ.秋

魔法の杖の一振りで、真夏日が一夜明ければ秋冷の朝。
劇的な秋の訪れに誘われ、山深い猟場の湧水場へ。
さらさらと流れる水音、、秋鹿のかん高い恋を呼ぶ声、、
しみじみと移ろう季節の中に身をおいて、、
私は今年の秋も生きている。

秋風の水音の石をみがく
山頭火



鹿.猪による食害

私達の猟友会は勿論のこと、隣接の各市の猟友会も、
この異常な暑さの中、猪.鹿の駆除作業に奮闘しているが、
爆発的に繁殖している「山の住人」達は増える一方である。
私も日中の35度を超える猛暑に耐えかねて、早朝の指定区域めぐり。
出会いがなく、切り上げて帰路の途中、小さな谷を挟んで、
向こう側の斜面に鹿を発見。
一瞬、倒木と見間違えたが、夏は「鹿の子模様」の毛なので認識できた。
照準器に捉えた瞬間、走り出したが、銃を送りながら発砲。
ほぼ、狙い通りのところへ着弾し、致命的ダメージだったが、
それでも、数十メートル走って倒れた。
あとは、一人で蚊.ぶよ.虻.ハエ.山蛭に襲われながら処理作業。
一時間ほどの苦行を終え帰宅し、虫さされの治療をして、風呂と朝食。

それでも、懲りずに、また銃を担いで明日も山へ、、、、。
「オトコ」とは「変な生きもの」




2010年.琵琶湖のカワウ駆除

猛暑の八月、
先月のエアー.ライフルによる駆除に引き続いて、
散弾銃での駆除が始まる。
例年の竹生島ではなく、対岸の湖底遺跡で有名な岬周辺が指定区域。
切り立った斜面がそのまま湖面に落ち込んだような地形であり、
七月の駆除作業では滑落による負傷者が出て、救助へりまで出動したほどの、
危険な場所での作業だった。
熱中症対策にも十分配慮した装備で参加。

私は陸上班が撃ち漏らし、湖面に潜り逃げようとしている、
カワウの掃討作戦に船の射手として乗船。
元クレー射撃選手であった私には打ってつけの任務で、
往年の俊敏さにはほど遠い自分自身に嘆きながらも、
それなりの成果を上げることが出来た。

そして、今年は今まで、
とかく論議されされつつも、そのままになっていた支給される弾の管理も、
志あるA氏のご努力により、かなり適正に行われるようになり、
その点でも気持ちよく作業に従事出来た。
しかし、さまざまな雑音や非協力的言動も予想され、道半ば、、、
今後のご苦労も多いと思うが、 旧態然とした悪しき体質を改めるための、
一層のご奮闘を願うと共に、 ひと言、お礼の意を込めて、連帯の拍手です。



単独猟

有害駆除は単独猟である。
いつもの仲間も、手足のようになって活躍してくれる犬達もいない。
突発的な事故に遭っても頼れるものは自分自身もつ身体能力だけで、
猛暑の中、孤独で危険が一杯と言える状況に身を置いている。
それに打ち克つのは、経験に裏打ちされた狩猟能力と、
銃を含めた装備類の性能に掛かっている。

暑くても藪こぎに耐えられようにブッシュ.ジャケットを着用し、
山蛭や蝮対策に長めのブーツにレインチャップを履き、
首から高性能の双眼鏡をぶら下げている。
少し歩いただけで下着まで水に浸したようになるが、「我慢こそオトコの美学」
そして、手負いになって逃げられるのを避けるために、
銃はいつもの308口径ではなく、30.06口径に150グレインの弾を装填し、
遠距離射撃のため、リューボルトの低倍率のスコープを付けている。

そんな苦労が実って、100メートルほど離れた斜面にいた鹿を、
スコープを使ってネックショットで倒した。名(迷)狙撃手の面目躍如.笑い。

熱中症での生命の危険と背中合わせの状況の中、それでも山を歩く、
「わたし」はいつまでも腕白坊主。

「男が真に夢中になれるのは、遊びと危険だけである」
このニーチェの言葉を反芻しながら明日も山を歩く。



35度超の暑熱の中で有害駆除

記録的な暑さが続く中、少しでもお役に立てばと、
銃を担いで山を歩いている。
熱中症対策のため大ぶりの水筒に塩入の緑茶を詰め、
携行実包も五発だけにしているが、それでも噴き出す汗に、
めまいを覚えるほど、疲労困憊。
しかし、狩猟人としての意地にかけて、音を上げずに頑張り通していると、
前方の茂みの中に子鹿を発見し、ネックショットを狙い、
スコープの十字にキッチリと狙点を捉え、引き鉄の指に意志を伝える。
冬の猟期と違って猛々しいほど樹木が茂っているため、
その場で倒さない限り、半矢で少しでも走られると、
犬を連れていない私では、ほぼ、回収することは困難である。

焼け付くほど熱せられている空気を引き裂くように、
冬の猟とは違う、かん高い金属音に似た銃声と共に、
一瞬にして、その場に崩れ落ちた。
すぐに銃をしまい、カメラをとりだし、市の定められた様式に従い撮影。
小さくとも一人では作業が無理なので、猟友に携帯連絡し、
すぐに駆けつけてくれた彼と二人で素早く処理を済ませた。
あと、ひと月、、、少しでも被害が減るように山を歩き続ける。

夜、寝床の中で今日の出来事を思い返していたが、
七月生まれの私という命が、その七月に一つの命を終わらせてしまったことに
複雑な気持ちにおそわれ、さまざまな思いが脳裏を去来し、
なかなか寝付けない一夜。

鹿君に合掌




梅雨(あめ)に咲く

今年も古代の浪漫へ誘ってくれる湖の紫陽花畑に出かけた。
うすぎぬ(紗)を纏った「現代の羽衣天女」は側にいなかったけれど
緑匂う風と、鏡のような水面と、果てしなくつづく青い山々に囲まれ、
ひとり紫陽花を眺めながら、静かに流れて行く「とき」を楽しむ。
健康で来年も来られますように、と吹き抜けて行く風にささやき続けた。

似合うもの

富士に月見草

梅雨に紫陽花

オトコに銃とナイフ



夕暮れの孤独

「白サギのつぶやき」

宵闇のせまる頃なのに食事はまだ。
ひとりでの夕餉はしみ入るほど寂しい。
どんなに貧しくっても誰かと食卓を囲みたい。
ご馳走はなくても、ただ、それだけで「シアワセ」なのに。

  山のあなたへお日さま見おくり御飯にする
山頭火




旅路の終わりは、、、

いちばん好きな「私の季節」、五月

「三月の風と四月のにわか雨とが五月の花をもたらす」
外国の諺

人生の旅の終着駅は爽やかな風と、あでやかな花の五月のある日、突然に、、
そう思い暮らしながら、めぐり来た2010年の早月。
残り少なくなった道のりを思うとき、
五月の「風」も「花」も抱きしめたいほど愛しい。

潮かをる北の浜辺の 砂山のかの浜薔薇よ
今年も咲けるや
啄木

「どうしようもないわたしが歩いてゐる」

「この旅、果もない旅のつくつくぼうし」
山頭火



戦国時代の古戦場跡

加入している猟友会が最近の野生鳥獣に因る被害の増大に、
行政の要請に応じて鹿、猪、猿の有害駆除に協力する事になった。
弾代、ガソリン代も各自負担の文字通りのボランティア活動である。
いろんな考え方があると思うし、一概にそれらを否定しないが、
本来、このような役目は無報酬の方が爽やかな気持ちで参加できる。
金銭的なものが絡むと、なにかと不協和音が生じやすく、私にはなじめない世界。

早速、銃をとりだし装備を調え、指定の区域を毎日歩いているが、
あらかじめ収集しておいた情報で早々と鹿との出会いに恵まれた。

決められた方式に従って写真を撮り適正に処理を終える。
これから八月まで、少しでも農家の方々によろこんで頂けるように奮闘。

主たる場所は戦国時代、織田信長が朝倉攻めで
浅井長政の居城小谷城攻略のための前線基地として、
羽柴秀吉に築かせた横山城跡なので、往時の合戦の刀槍の煌めきや、
武者や士卒の雄叫びを思いながら歴史の流れのなかに身をおきつつ、
「いい時間」を過ごさせてもらっている。



砂に書いたラブレター
唄.パット.プーン
1957年

Love Letters in the Sand

On a day like to day
We passed the time away
Writing love letters in the sand.
How you laughed when I cried
Each time I saw the tide
Take our love letters from the sand.

いつか君と砂に書いた   懐かしい手紙
  愛の言葉きざみながら
    君と見た夢よ

    誓いしあの言葉さえ
      消えてゆくはかなさよ
    今は一人砂に立ちて 
     去りしあの日を想う

  原詩で唄える私の数少ないスタンダードナンバー
車で旅に出るときには必ず持っていく曲目。

(日本ではジャズ歌手.旗照夫が歌っていた)

愛の言葉は渚の砂の上にだけ書かれるのでない。
「恋人におくる愛の誓いの言葉は、風の上か、
急流の上に書かれているに違いない。」
/カトゥルス/
それほど、儚く、、、虚しく、、移ろいやすく、、

そう言えば、砂に書かれた言葉には、、、、

★政治家(政治屋)の言葉

★テレビでたれ流される商品のコマーシャル

★不祥事を起こして謝罪会見で並んで頭を下げつつ、
口にしている「決まり文句」

★テレビの寄生虫的、
「司会者」「御用学者」「コメンテーター」「評論家」の解説

★刹那に溺れて、まき散らしてきた「私の言葉」

まだまだ書ききれないほどありそう。

「巧言令色鮮し仁」
言葉の重さを心して生きてゆこう。





2010年、私のゆく春

私の心の中に小さな物語を残して今年の春も過ぎて行く。

★日本三大曳き山祭りの一つ。
遠くなった故郷のお祭りを思い起こしながら。
「ふるさと遠きにありて思うもの、そして悲しくうたうもの」
犀星

★いただいた花が季節を忘れずに今年も咲いた。
私も負けずに、、咲くのか、、それとも散るのか、、
咲いたとしたら「狂い咲き」、、、笑い。

★猟場の廃村跡の山桜
愛でてくれる主(あるじ)も今はなく、ひっそり咲いて散ってゆくのみ。
でも、桜よ嘆くな、、
山に住む、鳥たち、動物たちにとって咲く花は、共に歌う命の讃歌。

★うららかな陽光と競うように青い空に水の矢がのびる。
間欠温泉のような公園の噴水。

★山深い猟場に眠る「かい」「てつ」のお墓に咲いた花。
根雪も消え、花が咲き、そして、やがて緑に匂う季節へと。
巡りくる四季の中で百万年の眠りにつく「かい」「てつ」よ。
いつか逢える日まで。

★行く春に名残惜しげに散っていく雨上がりの花びら。
すでに緑の季節と入れかわりつつある公園の春の終焉。

春雨の衣桁に重し恋衣
虚子



散る桜 残る桜も 散る桜

桜の季節はなぜか心が騒ぐもの。
花が、思い出の小箱からさまざまな過ぎた日々を誘い出してくれる。
満ち潮の様に押し寄せる数々の「昔の物語」を一つずつ、なぞりながら、
心を濡らして、今日も桜の下を歩く。
花も一期一会
今を盛りの爛漫の花びらも徒な夜風にすぐ散り始める。

夕ざくら けふも昔に成りにけり
一茶



後ろ姿の哀愁、、夜霧が似合った男優

霧笛が、ほぼ百年の歴史に幕を降ろした。

レーダーや全地球測位システムの発達により、その役目が終わったが、
私にとっては、また一つ、思い出の青春のページが閉じられたと言うこと。

昭和の歌謡曲には港、波止場、夜霧の情景を詠った詩は多い。
と同時に映画もそれらを主題とした作品が数多く作られていた。
いろんな俳優が綺羅星のように輝いていたその時代に、
私の思い出の中では「水島道太郎」が夜霧の中の霧笛と一緒に、
記憶の中に組み込まれている。
多分、映画「地獄の顔」とその主題歌「夜霧のブルース」が、
「水島道太郎」とセットで記憶に擦り込まれていて、
いつまでもそうした思い出として甦ってくるのだろう。
昭和の歌謡曲の名曲として歌い続けられている「夜霧のブルース」。
私も今でも、ほろ酔い気分の夜には唄っては、
過ぎ去った映画狂だった遠い日々を思いつつ、酔いしれている。
石原慎太郎.裕次郎氏のご兄弟も愛唱歌の一つだったとか。

今夜は、少しお酒でも飲んで「夜霧のブルース」を
消えて行く「霧笛」への挽歌として唄ってみるかな、、。

IT.、、デジタル、、そんな無機質な世界が情緒の世界を席巻し、
進化という名の下で人間らしい世界を押し流して行く。
そうしたことで生み出されていくものが豊かで幸せと言えるだろうか。

昭和は遠くなりにけり。



山のシー.シェパード

猪の異名は山鯨(やまくじら)という。
獣肉食が禁忌とされていた時代に、これは猪肉ではなく、
鯨の肉であると言って食していた頃に、そう呼ばれていたからとか。

その所為でもあるまいが、狩猟の世界にも「シーシェパード」擬きがいる。
海では日本の調査捕鯨を過激な手段で妨害行為を繰り返し、
いろいろ物議を醸している反捕鯨団体「シーシェパード」だが、
一応、自然環境保護を目的とする錦の御旗を立てている。

残念ながら、山の「シーシェパード」は同じ狩猟をする人々である。
猟師の世界では、鹿は獲れたら、それに越したことはないが、
先ず、狙う獲物は猪なので、誰かが、その猪を仕留めた事を聞くと、
理由もなく反感に似た(ときには憎しみに近い)感情を持つものが多い。
そして、なかには、様々な陰湿極まりない嫌がらせの行為を繰り返してくる者がいる。
具体的な事例については列挙しないが、
口にすることで此方まで穢れるような気分にさされる、幼稚.卑劣なやり口である
その情動の根底にあるものは煎じ詰めれば『嫉妬』。

「嫉妬と恋は姉妹、、悪魔と天使が兄弟であるように」
と、いう言葉がある。
人間にとって「嫉妬」は重要な感情であり、もの凄い「エネルギー」を、
生み出す大切な心の波動であるが、この場合の「嫉妬」は、
ただ単に薄汚れた妬みでしかない。

「嫉妬は女においては一つの強さであるが、男にあっては弱さである
アナトール.フランス

狩猟という「男の浪漫の世界」には、
「弱さ」と「妄想にまみれた心」と「醜い嫉妬で盲目」の人達は似合わない。
速やかに潔い退場を。



2010年.供養会

四ヶ月に渡る狩猟期間が終わり、先日、最後の行事、供養会を、
滞りなく終えた。
様々な思いが去来する中、
命と美味しさをくれた「森の住人」への、鎮魂と感謝を込めて焼香を済ませた。

拠ん所ない事情のため、二人での狩猟になった今猟期は、
改めて猪や鹿の個体別の行動形態を調べ、地形と獣道との関連づけ、
当日の天候による寝屋の場所の変化、追われて逃げるコースの違い等々を
詳細に検討し、学習し直して「彼や彼女」達との戦い方を構築していった。
そうした努力の結果、多くの「森からの贈り物」を
受け取ることが出来た 密度の濃い狩りの日々であったが、
翻して言えばそれだけの数の「命」を奪った事である。
決して、その重さを忘れることなく「命の循環」の意味を見つめながら、
また、十一月の狩猟解禁日に澄明な心で自然の中に立ちたい。



無手勝流

先日、半矢にして逃げられた場所を狩ったところ、
チコとジロウが即、その鹿を見つけ出し二匹で追いかけた。
普通ならば鹿の足の速さにはなかなか追いつけないが、
ライフル銃弾を足に被弾していたため執拗に追跡され、ついに力尽きた。
いつものように発信器の電波で位置を確認し回収することが出来たが、
発見したとき激闘のあとを物語るように大きな牡鹿なのに、
角が折れてなくなっていたので、とっさに吉川さんと二人とも牝鹿と勘違い。
しかし、肉質は牝鹿のように柔らかで優しく、感謝しながら頂くことにする。

それにしても二人は実包の消費量はサイフが心配になるほどだが(笑い)
今日は一発も使わずに森からの恵みを得ることが出来た。
吉川さんも私も長い猟歴の中で初めての無手勝流の出来事に、
互いに顔を見合わせて苦笑。
「山の神様」が私のサイフの薄さを哀れんで恵んで呉れたものとして、、(笑い)



霙まじりの中で

四ヶ月に渡る狩猟も最後の一週間になり、
発達した低気圧の影響で大荒れの天気にもめげず、
雨合羽に身を固め、吉川さんと二人で狩り。
濃いガスのため視界が悪く、またまた半矢になった大鹿。
下の方の急な谷底でチコが追いつめて威嚇している声が、
無線で確認できたので、吉川さんが持ち前の健脚で谷筋を下った行った。
程なく二発の銃声がして、すぐに無線から止め矢を撃ったとの連絡あり。

吉川さんの指示で解体に必要な諸道具を背負い袋に入れて現場へ急行。
思っていたより大きな三の叉の牡鹿で 枝肉にしないと運び出しが難しく、
雪まじりの寒風に凍えながら処理作業を済ませて、
それぞれのリュックに背負って林道の車に戻る。

それにしてもチコは愛らしい顔の小さな牝犬なのに、
猟が始まると一変して勇猛果敢になる。
主人と一体になることを実戦で身につけて、
素晴らしい猟犬へと成長した。



オトコの流儀

昨夜来の雨で猟場の雪も殆ど消えたので、
約二ヶ月ぶりに私達の主戦場へ登っていった。
「てつ」と「かい」の眠るところへお参りをしてから、
早速、吉川さんと狩りを開始。

やはり、数十年の手慣れた猟場なので、すぐに牝鹿を倒した。
二人なので余分な猟果は望まずに早仕舞にし、帰路につく。
これでまた、お互い冷凍庫は満杯なので、無益の殺生は避けて、
あと半月の猟期は頭数を調整しながらの狩りとなる。

峠を越えて下りに差しかかったとき、吉川さんから無線が入り、
Uターンして戻ったところ大きな牡鹿が林道脇に倒れていた。
身体を調べて見たが矢傷はなく目立った外傷もない。
吉川さんといろいろと推量したが、結局、昨夜の濃霧で足を滑らし、
崖から転落したのだろう、という結論になった。

鹿や猪と互いの生死を賭けての正当な狩猟の戦いで頂いた獲物は
感謝しながら持ち帰るが、 不慮の死を遂げた「彼や彼女たち」に対しては、
出来る限り丁重に葬ってやるのが私達の無くしてはならない「男としての流儀」。
それに従って二人で埋葬したが、やがては『輪廻転生の法則』に従い、
山の肉食系の小動物の餌になり、残滓は地中の栄養分として、
樹木、草花を育て、それらの実を小鳥が啄み、昆虫が蜜を吸い、受粉し、、
という無限の命の循環が繰り返される事だろう。

思いがけない終焉を迎えた「鹿君」に合掌。




殊勲のチコ

一昨日に続きチコが、またまた大活躍
主人の吉川さんと勢子として山に入った途端に、
猛然と猪の寝屋に突っ込み三頭の猪を起こして、
巧みに主人の待ちかまえている方に追い立てた。
そして流石にベテランの狩猟人吉川さん、
三頭が列をなして逃げるのを慌てずに、
一番の大物に照準を合わせ一撃で射止めた。

最近では珍しいほどの牝の大猪、二十五貫(100キロ)。
九時半に倒して引き出し、、谷川での内蔵処理、、
吉川さんの工場での解体作業、、二人で100キロの猪の処理は、
大変な重労働ですべてを終えて帰宅は二十一時。

一人20キロ、二人で40キロの猪肉は嬉しい森からの恵み。

温暖で餌が豊富なせいか、全身すべて最上級のバターそのもの、
いろんな料理法が湧いてきて猟師冥利に尽きる。
定番のボタン鍋.ハリハリ鍋.すき焼き鍋.ロース肉のステーキ.
一口カツ.猪肉カレー.あばら肉の薫製.脂身の塩焼き.

喜ぶ知人の顔を思い浮かべながら送る方々のリストアップも、
また、楽しい作業。



チコ、、古戦場跡での格闘

小雨煙る祭日の猟場で朝から狩り。
吉川さんがチコを連れて山へ入って行ったら、すぐに速射音が聞こえた。
半矢になった牝鹿があっという間に茂みの中へ消えたらしい。
その状況を吉川さんからの無線で連絡を受けて、
直ちに車に戻りチコの発信器の電波を捜索したら、
隣接している南北朝時代の古戦場の境内で確認できた。

手負いになった鹿にチコが果敢にも挑み格闘していた。
すでに集落の多くの人々が集まり大騒ぎ。
あたりの道路は血潮と鹿毛での修羅場である。
人家の密集しているところなので銃は使えず、
ハンターナイフで「クー.ド、グラース(慈悲の一撃)」
村の方々に丁重にお騒がせしたお詫びを申し上げ、
吉川さんと二人、周囲の清掃をして終了。

集まっておられた人々も近年、鹿の食害に困っておられるので
異口同音に此方が恐縮するほどお礼を言って下さった。

それにしても静かに悠久の眠りについておられる、
六波羅探題「北条仲時」とその家臣の四百数十名の、
鎌倉武士の面々も驚かれたことでしょう。



牝猪

自然界に生きる動物たち、すべてに言えると思うが、
猪も嗅覚がすごくて、今の時期、竹藪の至る所を掘り返している。
まだ、芽も出さずに地中深くで春を待っている竹の子の赤チャンを嗅ぎとり、
根こそぎ掘り起こして食している。
その猪の鼻先はパワーシャベルのように力強い。
少々の岩でも、苦もなくひっくり返して掘り崩す。
その、大切な鼻先を吉川さんに撃たれてしまった猪。

動体視力と反射神経にはいささかの自信があり、
射撃は勿論、狩猟の世界でも殆ど狙った獲物は外すこともなく、
それなりの自信があった私、
その私の自慢の鼻柱を吹っ飛ばしたのは、
誰でしょう、、、
それはいつの間にか忍び寄ってきた、
「老いという名の妖怪」!!。

「生き残る 我にかかるや草の露 」
一茶



悠久の時が流れて.マチュピチュ



射撃とは指を動かそうとする誘惑に耐える競技



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