原発賠償を考えぬく

− 被災地の不動産評価を中心として −  不動産鑑定士 高橋 雄三 のコラム


テーマ 一覧

・第1回 現状と問題点
(2013/2/25)

・第2回 2年間の経過と浮上した課題
(2013/2/25)

・第3回「公共用地補償基準」とは
(2013/3/11)

・第4回 環境省・国交省は「公共用地損失補償基準」を採用
(2013/3/11)

・第5回 ADRは機能しているか?
(2013/3/25)

・第6回 地政学から原発問題を考える
(2013/4/8)

・第7回 東京電力の本音と建前(1)
(2013/4/16)

・第8回 東京電力の本音と建前(2)
(2013/4/30)

・第9回 東電はなぜ「補償」という言葉にこだわるのか
(2013/5/20)

・第10回 除染は本当に可能なのか?(1)
(2013/6/14)

・第11回 除染は本当に可能なのか?(2)
(2013/6/17)

・第12回 メディアの取材から学ぶもの
(2013/7/1)

・第13回 「公共補償基準」の考え方(1)
(2013/7/1)

・第14回 「公共補償基準」の考え方(2)
(2013/7/16)

・第15回 法政大学 社会学部 長谷部俊治教授との交換メール
(2013/7/30)

・第16回 「公共補償基準」の考え方(3)
(2013/10/3)

・第17回 幻の「被災地復興計画」
(2013/10/10)

・第18回 「三つの原子力ムラ」
(2013/10/15)

・第19回 「今も終わらない福島原発事故の真実」
(2013/10/29)

・第20回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(1)
(2013/12/24)

・第21回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(2)
(2014/1/28)

・第22回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(3)
(2014/3/27)

・第23回 地政学・国防論からみた原発再稼働
(2014/5/26)

・第24回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(4)
(2014/9/8)

・第25回 財物賠償の現状と問題点
(2015/2/27)

・第26回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(1)
(2015/12/24)

・第27回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(2)
(2016/1/12)

・第28回 果樹園(梨畑)における営業補償(賠償)と伐採補償(賠償)の違い及び資産としてみた果樹の特殊性について(1)
(2016/1/25)

・第29回 果樹園(梨畑)における営業補償(賠償)と伐採補償(賠償)の違い及び資産としてみた果樹の特殊性について(2)
(2016/2/29)

・第30回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(3)
(2016/3/30)

・第31回 除染土の公共事業利用は放射能拡散・東電免責につながる愚策
(2016/6/27)

・第32回 自主避難者への賠償の現状と課題
(2017/9/26)

・第33回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(4)
(2018/1/15)

・第34回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(5)
(2018/3/1)


第22回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(3)

2014/3/27

―――沸き上がる国民運動待望論―――

去る2月10日に投・開票された都知事選では、原発ゼロを主張する細川・宇都宮候補の一本化工作は失敗し、結果として、原発容認の立場をとる舛添要一氏が当選しました。

しかし、細川・小泉の二人の元首相が連日街頭で原発ゼロ社会の実現を訴え続けたことは、街頭で直接訴えを聞いた聴衆に大きな感動を与えただけでなく、広く国民各層に、今後の運動のあり方、方向性を示すものとして、大きな里程標(マイルストーン)を与えるものでした。

お二人の元首相は、原発建設を容認してきた「過去」を素直に認め、反省し、3.11の教訓から学んで、原発ゼロの日本を目ざして、都知事選という現実の場で、実際行動を開始しただけでなく、今後も原発ゼロの運動を続けると明言されています。

マスメディアではあまり報道されていませんが、実は、国内各地で原発ゼロを目ざす国民運動は「深く、静かに」沸き上がっているようです。

報道の扱いは小さくなっていますが、自然発生的に起きた毎週金曜日恒例の首相官邸前の反原発デモは、首都圏反原発連合として、国民運動としての基盤作りが進んでいます。

インターネットで調べると、地方レベルの原発ゼロの国民運動も北海道から沖縄まで数多くヒットします。

○原発と人権ネットワーク
○原発ゼロをめざす首長会議
○各党・各派の64名の国会議員による「原発ゼロの会」

といった全国ネットワークも動き出していますし、多種・多様な勢力による「再稼働推進派」への包囲網が形成されつつあるといえそうです。

ところで、原発ゼロをめざす国民運動の最大・最強の援軍は何でしょうか。それは、「原子力発電所そのものが持つ危険性」ではないかと、最近気が付きました。

安全性や「世界一厳しい規制基準」をいくら声高に唱えても、福島第一原発の制御も、事故原因調査も、炉心の実態調査も、ほとんど進んでいないという現実が、原発ゼロ運動の最大の推進力となっているということです。

加えて、原子炉の安全基準(なぜか、いつのまにか、規制基準という表現に変わりました?)をいくら厳しくしても、実効性のある住民避難は実現できない、有効な避難計画は作成されていないという事実が、最近判明しました。

これは、東電の柏崎刈羽原発の立地県である新潟県の泉田知事と、3.11当時米原子力規制委員長だったグレゴリー・ヤツコ氏の対談の中で判明した事実です。

2014年3月15日付の朝日新聞の記事は以下の通りです。


東京都内で12日夜に対談した、ヤツコ氏は、柏崎刈羽原発について「地元の避難計画はできているのか」と質問した。
泉田知事は「機能しない計画は作れるが、実効性が伴わない」と答え、理由として労働者の被曝線量限度が法令で厳しく定められており、住民輸送に必要なバスの運転手に避難指示区域に入る指示をするのが難しいと指摘。「民間人の線量基準を緩めるか、救助してくれる部隊をつくるか、この合意なしに自治体に避難計画を作らせるのは無理だ」と強調した。すでに避難計画を作った自治体もあるが、泉田知事は「形だけで機能しない計画だ」とも述べた。ヤツコ氏は「避難計画が不十分なら、米国では原子力規制委が原発停止を指示するだろう」と指摘した。


泉田知事とヤツコ氏の発言は全国に立地する原発周辺に住む住民の意識と行動に大きな影響を与えることは必至です。

なぜかといえば、各原発の30キロ圏となる「原子力災害対策重点地区」(21道府県、135市町村)に対しては、原子力規制委員会が「地域避難計画」を含む「地域防災計画」の作成を求めているからです。

泉田知事が指摘した、「地域防災計画」が「絵に描いた餅」であり、機能しない計画で、実効性が伴わないものであることが、原発周辺の住民運動グループには、つとに、判っていたことのようですが、泉田・ヤツコ対談では、改めて、世の中に「住民避難計画」のいいかげんさを知らしめたからです。

3.11は、わが国の「安全性の科学」を改めて問い直したはずでした。しかし、原発再稼働派・日本原子力ムラの住人達は、反省する素振りを見せながら、実は何ら3.11の教訓から学ばず。一層悪知恵をしぼって、何とかして再稼働させたいと企んでいます。

よく考えてみると、わが国では、2013年9月16日から、「原発ゼロ」が実現しているのです。これは、再稼働推進派にとっては大きなハンディキャップであり、原発ゼロの国民運動にとっては大きなアドバンテージとなっているのではないでしょうか。

ビジネスの世界でも、政治の世界でも、時間という要素がどちら側に有利に働くかを考えることは大切なことであり、未来を決めるポイントだと考えられます。

つまり、「時間を味方」にした勢力、運動体は。「事実を並べて道理を説く」という基本姿勢を踏み外さないかぎり、敗北することはありえないからです。

時の権力や原子力ムラは「巨大な力」を持っているように見えますが、所詮、一時的な力にすぎません。

嘘や悪知恵、悪巧みで固めた原発再稼働派が利権や金権をいくらばらまいても、「日本経済の再生・成長のために・・・」と洗脳・宣伝しても、時間が彼らに味方するとは、どうしても考えられないからです。

今、原発ゼロの国民運動に求められていることは、過去の発言や行動を問題にするのではなく、日本の未来のために、わが国の子供達のために、何をなすべきかを考えぬき、運動の輪を一回りも、二回りも広げることではないでしょうか。

運動の広がりこそが、日本民族に課せられた歴史的テーマであり、大目標である原発ゼロが実現できるのではないでしょうか。

次回は、かつての左翼用語であった「統一戦線論」を切り口として、ネット時代の国民運動、参加型政治を採り上げる予定です。


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