− 被災地の不動産評価を中心として − 不動産鑑定士 高橋 雄三 のコラム
テーマ 一覧 ・第1回 現状と問題点 ・第2回 2年間の経過と浮上した課題 ・第3回「公共用地補償基準」とは ・第4回 環境省・国交省は「公共用地損失補償基準」を採用 ・第5回 ADRは機能しているか? ・第6回 地政学から原発問題を考える ・第7回 東京電力の本音と建前(1) ・第8回 東京電力の本音と建前(2) ・第9回 東電はなぜ「補償」という言葉にこだわるのか ・第10回 除染は本当に可能なのか?(1) ・第11回 除染は本当に可能なのか?(2) ・第12回 メディアの取材から学ぶもの ・第13回 「公共補償基準」の考え方(1) ・第14回 「公共補償基準」の考え方(2) ・第15回 法政大学 社会学部 長谷部俊治教授との交換メール ・第16回 「公共補償基準」の考え方(3) ・第17回 幻の「被災地復興計画」 ・第18回 「三つの原子力ムラ」 ・第19回 「今も終わらない福島原発事故の真実」 ・第20回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(1) ・第21回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(2) ・第22回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(3) ・第23回 地政学・国防論からみた原発再稼働 ・第24回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(4) ・第25回 財物賠償の現状と問題点 ・第26回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(1) ・第27回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(2) ・第28回 果樹園(梨畑)における営業補償(賠償)と伐採補償(賠償)の違い及び資産としてみた果樹の特殊性について(1) ・第29回 果樹園(梨畑)における営業補償(賠償)と伐採補償(賠償)の違い及び資産としてみた果樹の特殊性について(2) ・第30回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(3) ・第31回 除染土の公共事業利用は放射能拡散・東電免責につながる愚策 ・第32回 自主避難者への賠償の現状と課題 ・第33回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(4) ・第34回 電力小売自由化は原発ゼロへの一里塚(5) |
第24回 原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望(4)2014/9/8 ―――ネット時代の国民運動・統一戦線――― 「統一戦線」という言葉は、かつて、自由・平等・平和の政治改革を目ざす人々にとって、希望を語る言葉だった時代があります。 しかしその後、ごく最近まで、この言葉を現実の政治課題や運動と結びつけて語る人は極めて少なかったし、「統一戦線」という言葉そのものが「死語」と化していた状況だったといえます。 その「死語」に命を吹き込み、現実の政治課題=原発ゼロの国民運動・統一戦線への希望・展望を与える道具として、甦えさせたのが3.11であり、原発再稼働の動きであることはまちがいありません。 ここに、歴史の非情さと重さを強く感じるのは私だけでしょうか。 考えてみれば、私が大学に進学したのは「60年安保」の直前でした。「祖国日本が、米国と共同して、再びアジアへの進出・侵略の道を進もうとしているのではないか」といった危機感が底流にあった国民運動でした。 文字通り、デモに明け、デモに暮れる、デモクラシーの毎日でしたが、今でも、あの熱く燃えた日々を多くの学友と共に過ごしたことを誇りに思っています。 ふり返ってみれば、60年安保闘争は、わが国の最大の国民運動・統一戦線だったわけです。 「統一戦線」という言葉は、かつては左翼陣営専用の用語であり、左翼勢力が戦略目標を達成するための運動論でした。しかし、3.11の原発事故以来、右翼民族派も統一戦線の戦略性に気付き(?)、「統一戦線義勇軍」を名乗る行動部隊が、原発再稼働反対運動を展開しているようです。今や、「統一戦線」を左翼勢力の独占物にするのではなく、国民の手に取り戻し、闘いの武器することを時代が求めているといえます。 いずれにせよ、原発再稼働を容認するのか、原発ゼロの日本を目ざすのかは、国家・国民・民族にとっての重大事であり、主義・主張・信仰の違いを超越して、大同団結することを時代が求めていることの反映だとみることができます。 歴史的な大国民運動=統一戦線は、運動を担う主体の意識状況の高まりと国民大衆の危機感の高まりという客観的な条件があって成り立つものであり、目標を達成することができるとされています。 大きく表現すれば、人間らしく生きるための価値追求の運動形態の一つだといえるわけです。 奇しくも、福井地方裁判所の樋口英明裁判長は、2014年5月21日の大飯原発訴訟の判決で、以下の主旨の決定・決断を下しました。 「原発は電気の生産という社会の重要な機能を営むものだが、その稼働は、憲法上は人格権の中核部分より劣位におかれるべきものだ。大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広く奪われる事態を招く可能性があるのは、原発の事故のほか想定しがたい。このような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は、存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても、少なくともそのような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば、その差し止めが認められるのは当然だ。」 「原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」 この判決文を全文精査してみると、「事実を並べて道理を説く」という立場が貫かれていることが分かります。 さらに言うならば、従来の「司法のワク」を乗り越えて、国家・国民のために憲法や司法が果たすべき役割を正々堂々と示したことであり、その勇気は歴史に名をとどめるものと言っても過言ではありません。 後世の歴史家は、「樋口判決」は原発ゼロの国民運動・統一戦線に大きな影響を与え、結果として、司法の分野も原発ゼロの統一戦線の一翼を担ったと評価するのではないでしょうか。 加えて、今は、ネットの時代です。ネット時代の大きな特徴の一つである「参加型政治」と連動することで、運動の輪が一回りも二回りも大きくなり、原発推進派・再稼働勢力を包囲することで、原発ゼロ実現の道が開けてきました。 しかし、再稼働を目ざす勢力・原子力ムラの力を甘くみることは禁物です。 なぜならば、日本の原子力ムラは3.11の事故で「信頼と実績」を失い、存立基盤に大きな亀裂が入ったとはいえ、原発を再稼働させなければ、「年間3.6兆円の国富流出となる・・・」だとか、「火力発電依存では CO2を削減できない・・・」とか、「原発は発電コストと安定電源として不可欠なもの・・・」といったキャンペーンを連日展開しているからです。 ここで、原発再稼働推進派の現状と弱点を検証してみることにします。 第一に指摘できることは、推進派は日本にとって「第二の敗戦」ともいうべき2011年3月11日の事故から学び反省するという姿勢が全くないということです。 1945年8月15日の「敗戦」から、一部の例外を除いて、われわれの先輩は多くのことを学びとったはずです。少なくとも、責任回避を主な動機として、ウソや隠蔽工作に走るような勢力は、極めて少数だったといえます。 ところが、第二の敗戦の責任者である当局や東電は、まるで原発事故などなかったかの如く振る舞い、原発再稼働キャンペーンを展開しているわけです。 第二の弱点は、2014年の夏現在、原発ゼロが実現しており、節電と電源の多様化で、夏のピーク時も乗り切れるという実績・現実があるということです。 再稼働キャンペーンが大々的に展開されているなかでも、国民の過半数が再稼働に反対しており(朝日59%、時事通信51.9%、共同通信60.2%、日経53%)、時事通信社の表現を借りれば、「今年最大の難関」とされています。しかも、NHK放送文化研究所の原発に対する意識の時系列調査では、減らすべきだ、すべて廃止にすべきだが合わせて66.1%(2011年6月)から、76.2%(2013年12月)と増加を示しています。 第三の弱点は、難攻不落に見える原子力ムラも、所詮、利害と利権で結びついた「利権集団」でしかないということです。 彼らは、国際原子力ムラと「共同戦線」を組み、理論面でも、技術面でも、資金力でも、一見、優勢に見えますが、スリーマイル島・チェルノブイリ・フクシマと三連敗を重ねており、歴史の審判から逃れることはできない運命にあります。 第四の弱点は、原発ゼロを目ざす国民運動・統一戦線側は、原子力ムラの悪業を反面教師として、「原発敗戦」から学び、論争・運動の主導権を握りつつあるのに対して、原発再稼働勢力は「ウソと欺瞞と隠蔽」を主な存立基盤としていることです。 さらに付け加えるならば、原子力規制委員会が仮に再稼働を容認したとしても、地元自治体や地元住民の同意を取りつけることは極めて困難だということです。 有効な避難計画すら作れない状況下で再稼働を強行しても、今秋に予定されている福島県知事選挙、来春の統一地方選挙、2年後の衆参同日選(?)に展望が開けるとでも考えているのでしょうか。 以上が原発再稼働推進派の弱点ですが、かつて原発を推進する立場にあった田坂広志氏(多摩大学大学院教授、福島第一原発事故の際に、菅総理の強い要請で、内閣官房参与として事故対策に取り組む)が、「原発に依存できない社会」が到来することを明言し、その理由として「核のゴミ捨て場」が見つからないからです、と述べています。 田坂氏は、「原発ゼロ社会」は、目指すか、目指さないかという「選択の問題」ではなく、このままでは「不可避の現実」なのです、と指摘しています。 なお、詳しくは「なぜ、私は総理に『脱原発依存』を進言したのか」を参照して下さい。 以上、原発再稼働推進派の弱点を列挙してみましたが、原子力ムラを中心とした政・官・財・学+メディアの五者による原発推進の「複合体」は「健在」であり、再稼働に向けて着々と準備を進めています。 弱点、弱みだけを取り上げたのでは片手落ちであり、現状認識としても過ちを犯すことになるので、「原発推進の複合体」の強み・特徴・存立基盤についても過去の歴史も含めて分析することにします。 第一の「政」界について。 選挙によって地位を得、資金力によって地位を高める政治家にとって、資金と地盤は決定的な意味を持つ。電力会社幹部を通した献金と会社によるパーティー券の購入は政治家の政策決定に大きな影響を与える。 選挙地盤という点では、電力会社と取引先企業、会社の労働組合ぐるみの集票システムは大きな力を発揮する。敵にまわすのは恐ろしいこと。 第二の「官」界について。 経産省を中心に、官界のキャリア組にとって、原発推進が多くの補助金を生み「省益」拡大につながる。退職後の将来も考えれば、原発推進策の実施過程で作られた政・財界との密接な関係が、政界への進出、経済界への天下りなどの可能性を開く。 第三の「財」界について。 電力業界は「国策民営」の実行部隊として、補助金と電気料金の上乗せで、リスクは政府(国民)に負わせて利益を上げることができる。「過剰利益」をテコとして系列企業を支配し、財界で主要な地位を占める。電力業界の経済的実力の向上が、さらなる政・官界への影響力の増大となるという「好循環」が生まれる。 第四の「学」界について。 学界の指導者にとって、原発推進策への協力は、研究費という「実利」を得るだけでなく、配分権を握ることで、門下生の就職先・自身の学界での地位の確保・支配力の拡大・各種審議会委員の任命・関連企業あるいは団体への天下りの可能性を開く。 第五の「メディア」界について。 3.11以前は、電力業界は日本で最大の広告費を投じてきた。地域独占である電力会社が広告費を払う経済的なメリットは何も考えられない。多額の広告費の狙いは二つ。原発が日本経済の成長にとっていかに重要であるかを強調することであり、「安全神話」を浸透させることである。つまり、原子力発電の「聖域化」のための広告費支出というこです。 3.11以降、メディアに対する広告費の支出はほぼゼロでしょうが、かつて支払った莫大な広告費効果・毒マンジュウ効果はまだ残っていると考えるのが正解でしょう。 昨年7月の参院選挙は「ネットでの選挙活動」が解禁されたという意味でネット選挙元年といえそうです。 全国的には、未だ手探り・試行錯誤のレベルだったようですが、東京選挙区では、政治の世界ではほぼ無名の新人山本太郎氏が11.8%の得票率で4位当選、共産党の新人吉良佳子氏が12.5%の得票率で3位当選の結果を出しました。 もちろん、ネット・SNSの力だけではないわけですが、この二人は選挙の終盤で、ネットの力で追い風を吹かせたと分析されています。 ネットと政治行動・意識の関係について、その道の専門家は、「今日の段階では、ネットによる情報発信は、若者と政治的関心のある高い層には届くが、無関心層には届かない」と、ネット選挙の今日的限界を指摘しています。 たしかに、ネットが国民の経済活動・消費者行動に与えた大きな変化に比べて、市民レベルの政治活動・行動に及ぼす影響はまだ小さいといえます。 しかし、ネットの普及が消費者行動に与えた変化を分析してみると、従来、「商品」「市場」のいずれでも売り手が圧倒的に情報優位であったものが、ネットの普及により、買い手・消費者優位に根本から変化したことが見てとれます。 具体的に述べれば、価格形成におけるネットのオークション機能であり、商品開発や商品評価に「消費者参加型」サイトが普及しつつあることが指摘できます。 このあたりに、ネットの普及が国民の経済活動・消費者行動に「大転換」をもたらしているのに対して、国民の政治意識や政治行動・選挙行動にはそれほど大きな変化が見られない原因と「将来展望」が見てとれそうです。 非力を省みずに、粗削りな議論・仮説を展開してみます。 ネットの普及が国民の日常生活・経済活動・消費行動に大きな影響と変化をもたらした原因は、文字通り、それらの行動が日常的なものであり、その利害・損失が身近に起き、実感として捉えることができたからです。 ところが、一般市民の政治とのかかわり方は、日常的なものとは真逆であり、政治に「参加」する方法といえば「投票」か、勇気を奮って「デモに参加」するかという時代が永く続いていたということが、わが国の現実でした。 その結果として、「無関心」と「お任せ」の政治意識が広がり、無気力・消極型政治が日常化していたと理解するのは独断でしょうか。 このような、いわば、「ぬるま湯」に浸っていたようなお任せ型政治意識を根本から覆す出来事が3.11の大震災であり原発事故だったのではないでしょうか。 難しいことは、お上に、偉い人に任せておけばよいとする「善良な市民」の意識・常識が、3.11を契機に根底から覆りつつあると見るのは、私の偏見でしょうか。 3.11後の2年余りで、200万人を超える日本人ボランティアが津波被災地や原発被災地周辺で支援活動に従事しました。 全国からの寄付金は6,000億円を超えたようです。 被災地でのNPO活動も活発化しており、行政と手を携え、あるいは行政の手の廻らない部分を補う形で活躍しています。 NPOの関係者によると、従来、多くのNPOは行政とは積極的に付き合うが、政治とは距離を置くというスタンスだったそうですが、3.11以降、政治にも関わらざるを得ないのではないか、という意識の変化がみられるとのことです。 最大の変化は、原発再稼働に反対するデモや集会が、おおきな盛り上がりをみせていることです。 60年安保以来、半世紀にわたって大規模な市民デモが行われたことのなかったこの国で、自発的な、自然発生的な官邸前デモが毎週行われる現象はどう解釈すれば良いのでしょうか。 特定の政治団体や政党、労働組合が大衆動員をかけたデモでないことは確かです。参加者がダンス・ラッピング・曲の演奏・漫画を描く・デモの様子をその場からネットに発信するなど、従来のデモとは全く違った発想と行動様式からみても明らかです。 この現象は、党派性や利害関係に依拠した従来型の運動ではなく、いわば、自生的に発生し、ツイッターなどの活用による自己増殖的な側面を有する、持続性のある社会現象とみることができます。 これは、3.11以後の新たな社会や民衆の意識の変化としてもたらされたものであり、今までの社会運動的なものとは明らかに違う流れではないでしょうか。 「政府は原発の安全性について本当のことを言っていない!」との批判。 「今の政治のあり方はおかしいのではないか!」「政治は機能しているのか?」との不安。 「政治が動かないなら、自分達が声を上げるのが大事なのではないか!」との思い。 これらの批判、不安、思いが、ツイッターやフェイスブックなどのSNSでつながった個人がデモや集金の背後にあるとみることができます。 ○戦後民主主義の「啓蒙・普及」の時代を「デモクラシー1.0」の時代 ○60年安保や70年代の政治行動に見られた、「特定の政党・団体による大衆動員」の時代を「デモクラシー2.0」の時代 ○フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアを通じてつながった「個人・集団の直接行動」の時代を「デモクラシー3.0」の時代と区分すると分かりやすいのではないでしょうか。 これは、「WEB進化論」を手がかりにして、新しい社会現象・社会運動を解釈する試みですが、国民の政治意識や行動が変化した底流を理解するのに役立ちそうです。 考えてみれば、民主主義とは、市民・国民の一人ひとりが政治に参加することを前提とした政治システムであり、「市民参加型の政治・直接型民主主義」を本来的に、根源的に含む政治システムだったわけです。 それが、時間と空間の制約から選挙による代議制・間接制民主主義というシステムを便宜的に採用せざるを得なかった時代が永く続いたわけです。 その結果として、一般市民が政治に参加する方法といえば、「投票」か「デモ」か、という限られたものになっていたわけで、「政治的無関心」を生む原因の一つといえたわけです。 インターネット・ソーシャルメディアはこの政治システムの限界、制約を根本から変える可能性を秘めたものではないでしょうか。 インターネットの普及と広がり・繋がりは、お任せ型政治・間接民主主義から、市民参加型政治への橋渡し役を歴史的・文明史的に担っているのではないかと思えてなりません。 民主主義には、国民・市民がどの政策を選ぶべきかの意思決定(選挙)に参加するという側面と共に、社会の変革に市民が参加(デモ・集会)するという側面もあるわけです。 3.11以後のデモや集会の盛り上がりを分析すると、多くの国民が政策の意思決定に参加することの可能性と同時に、政策の実行にも関与できる時代・ネット民主主義の時代が近づいているとの感が強まるのは私の独断でしょうか。 現代の民主主義には、立法・司法・行政の三権を分立させ、相互にチェック機能を発揮させるというチェック・アンド・バランスの機能が内包されています。 これに加えて、ネット民主主義の時代には、権力者に対するチェックや異議申し立てが、市民活動・メディア・NGO・SNSなどを通して、常にチェックすることが可能となり、「モニタリング・デモクラシー」とも言うべき第三の民主主義の形に変化しているといえるわけです。 本稿は「原発ゼロの国民運動・統一戦線への展望」をテーマとしてスタートしたわけですが、ここまで書き進めてきて、「国民運動・統一戦線」という発想そのものが、やや時代遅れなのではないかとの迷いが生じてきました。 たしかに、50年前の国民運動・統一戦線論でいえば、国民的・民族的課題について、多くの党派・市民団体・労働組合等を結集し、力を合わせて運動を盛り上げ、多数派となって目標を達成するということが基本的な戦略だったことはまちがいありません。 今でも、この「基本戦略」が間違っているとは考えていませんが、それだけでは、何か決定的に足りないものがあるように思えてなりません。 「運動の輪を一回りも二回りも大きく広げる」、そのためにはあらゆる機会に、あらゆる場所で、討論や議論を重ねる…、こんな戦略が60年安保に参加した側の共通認識だったと思い出しました。 その一方で、デモや集会が大いに盛り上がり、時の内閣を退陣させることまではできても、安保反対側の陣営は選挙で多数派になることはできませんでした。 その理由・原因としては多くのことを指摘することができますが、最大の理由は、安保反対勢力は、一時的には多数派のように見えましたが、真の多数派にはなりえなかったことに尽きます。 この教訓から、現在の原発ゼロを目ざす陣営は何を学び、どのような陣形を組むべきなのでしょうか。 原発ゼロを共通目標とし、過去の行き掛かりや言動はさしおいて、今日の国民的・歴史的課題である原発ゼロの一点で結集できる、より広範囲な党派・勢力・個人を結びつけることができるような国民運動のネットワークを作り、そこに参加することこそが、デモクラシー3.0の時代の「統一戦線」ではないでしょうか。 幸いなことに、国民の様々な思いや望いを、インターネットという強力な「近代兵器」を使って、お互いに発信し、議論し、行動する可能性が大きく広がりました。 国民は、その気にさえなれば、政治も動かすことのできるインターネットという身近な武器を手にしたのです。 インターネットを活用した「直接民主主義・参加型民主主義」は世界でも広まっています。6年前の大統領選で、オバマ氏はネットを使って小口の政治献金の多くを集めただけでなく、「We can change」と訴えることで国民の支持を得ました。I can changeではなく、We can change、つまり皆が参加することで、この国を変えようではありませんか!と訴えてブームを起こしたわけです。ネット選挙先進国から学ぶことは、まだまだありそうです。 原発ゼロの先進国ドイツからも学ぶべきことは多くあります。比例制選挙を基本としたドイツでは、結果として多くの政党が生まれ、主義・主張を競い合っています。原発政策をめぐっても、数多くの小さなグループが活動を続け、脱原発のネットワークができるまでは相当長い時間を要したそうです。このネットワーク形成にインターネットが大きな力となったことは言うまでもないことです。 脱原発のネットワークができるまで、紆余曲折があり、長期間を要した理由としては、ネットワークの中心となる人物がなかなか現れなかったという背景があるようです。 幸い、わが国では、小泉・細川・菅の元首相が、脱原発・原発ゼロの国民運動を提唱し、自らが先頭に立って行動しています。 本心・本音は別として、現在のわが国では、原発再稼働を正面に掲げて主張している党派は多数派ではありません。 わが福島県内に限っていえば、原発再稼働を正面から主張する政党はゼロです。しかも、過去の原発推進派と見られた(?)市町村長は、この3年余の首長選挙で全員落選しています。双葉町・浪江町・いわき市・郡山市・福島市・二本松市と枕を並べての討ち死にです。 唯一当選したのは、文字通り、体を張って除染と震災復旧に努力し、原発ゼロの姿勢を貫き通した南相馬市の桜井延勝市長だけです。 福島県内のこれらの首長選挙の結果からいえることは、県民の政治や行政に対する不信感が非常に根強いことです。 政府や東京電力に対する不信感だけでなく、結果として、国策としての原発推進に協力してきた首長や行政のあり方に対して強い不信感を持っているのが、事故後3年6ヶ月を経過した現在の実状です。 一方では、政治や行政だけにまかせてはおけないという動きも活発化しています。 1月のコラムでもご紹介しましたが、「福島県内の全原発の廃炉を求める会」の第2回の集会がこの6月29日に郡山市で開かれました。前回(400人)を上回る600余名が参加した集まりで、内容も一段と充実してきたという印象を持ちました。 特に印象に残ったのは衆議院議員河野太郎氏の講演です。 自民党に所属しながら、正論を主張する「保守の良心」「良質な保守」を代表する人物といった認識しかなかったのですが、講演を聴いてみると、「筋金入り」の政治家であることが分かりました。 当選6回の中堅議員でありながら、無役(役職停止中?)であり、一貫して原発の危険性を指摘して脱原発を説く姿勢と経歴には多くの参加者が共感していました。 「核のゴミには目をつぶり、やみくもに再稼働しようというのは無責任です」という結びの言葉と共に、「事実を並べて道理を説く」という姿勢が強く印象に残りました。 ネットとの関連でいえば、10年前から「ごまめの歯ぎしり」というブログで毎月10本以上のペースで思いや主張を発信し続けています。 HP上に「ネット献金はこちら」という欄を設けて全国から小口の献金を集めるシステムを構築しようと試みているのも新鮮です。 注目したのは、ネット時代の脱原発・原発ゼロを目ざす運動のあり方についての記述です。 少し長くなりますが以下にその要旨をご紹介します。 脱「脱原発のセクト化」 『ヨーロッパの政治家、ジャーナリスト、オピニオンリーダーと話をすると、必ずと言っていいほど、なぜ、福島第一原発の事故が起きた日本で脱原発が政治的な争点にならないのかと聞かれる。 明確にこれだという答えはないのだが、と答えつつも、やはりこれが一番問題だと思っていると挙げるのが、日本における脱原発運動の、なんというか「セクト化」ではないかということ。 かつて福島以前にも、「反原発」運動があったが、その中には何かを実現させるための運動というよりも、「反原発」を利用して自分たちの勢力を強くするためにやっていたようなグループもあったようだ。 福島第一原発の事故以後、「脱原発」を真剣に、あるいは現実的に目指す人が飛躍的に増えたのは事実だ。 現実的に脱原発を実現しようとするならば、同じ方向を向いている人を結集し、最大公約数の目標を多くの人で共有していくことが大切なはずだ。 しかし、ネット上の様々な書き込みを見てわかるように、そうした動きに対して逆行しているものも多い。 原発を推進しようとする勢力、原子力村の利権を可能な限り守っていこうとする声と戦うのではなく、脱原発を主張している人たちの間の細かな主張の違いを取り上げて、あいつはだからダメだ、このグループはまやかしだ、こんな主張はとんでもない等と、本来、脱原発という共通の目標を持っているはずの人を盛んに非難する人がいる。 たとえば原発ゼロの会は、なるべく共有できる目標を一緒に共有しようとしてスタートした。 再処理はやめよう。再生可能エネルギーを増やしていこう。どこかの時点で脱原発を実現しよう。 これならかなりの人が思いを共有できる。 本当に脱原発を実現しようというならば、敵は推進派であり、まだ残る原子力村・電力村である。 脱原発という同じ方向を向いている他人の悪口を言っても脱原発は進まない。 大きな現実的な目標を共有して運動をすると、自分のグループがその中に埋没してしまうと危惧する人たちは、それを嫌がる。 自分たちが一番正しい、他のグループはいい加減だということをことさら強調することにあくせくしている人たちがいる。 そういう人たちは、事細かな違いを取りあげて、努力している人でも批判する。 インターネットの書き込みを見ていると、そういう人が少なくないのに驚く。 そういう人たちの揚げ足取りのような批判を聞いているうちに、脱原発にかかわることに幻滅して離れていく人たちもいる。 後ろから鉄砲を打つような人を相手にするのはやめよう。 脱原発という同じ方向を向いて、なるべく多くの目標を共有していきながら、現実的に、一歩ずつ歩いていこう。 相手はいまだに闇の中でうごめく原子力村だ。』 さすがは、慶應大学を中退して、ジョージタウン大学でアメリカン・デモクラシーを学んできただけあって、ネット時代の国民運動のあり方についての主張は正鵠を得ています。 ここで、ネット時代の脱原発・原発ゼロを目ざす国民運動(結果としての統一戦線)のあり方について、試論の段階ですが、方向性を示すものとしてまとめることにします。 インターネット・SNSの普及が、デモクラシー3.0、つまり、参加型民主主義を可能にした。今後、ネット活用の各種選挙の経験を重ねることで、参加型民主主義の担い手・人材が各方面から生まれてくるのではないか。 官邸前デモが教えていることは、草の根の人々が、特に今まで「政治」にあまり関心を示さなかった若者が、政治的な意思表示に参加する、つまり、政治に参加するという流れ・現象がみられる。これは、国民の意識の底流の変化を反映したものではないか。 ネットとSNSを活用することで、参加型民主主義という意味と内容が、一段とバージョンアップしてゆくのではないか。国民が学び、成長していくというプロセスを中に含めているという意味でも、政治の大転換をもたらす可能性を秘めているのではないか。 国論を二分するようなテーマには、原発だけでなく、消費税も憲法もあるわけですが、多くのテーマを統一的に掲げることが運動の輪を広げるのではなく、脱原発・原発ゼロというテーマ・目標に絞ることで、運動の輪を広げ、内容を豊かにし、多数派を形成できるのではないか。 既成政党や労働組合などの国民運動や大衆運動の「先輩」格の陣営は、従来のいきがかりや党派的利害を超えて、原発ゼロという大目標を達成するために、力もチエも惜しみなく出し尽くすことを、時代は求めているのではないか。 このことでつけ加えるならば、去る1月の都知事選は大きなチャンスだったといえます。 宇都宮候補も細川候補も「原発ゼロを目ざす」という大目標ではほぼ一致していたはずです。宇都宮陣営の幹部は、都政の課題は他にもたくさんあり、原発政策だけが選挙の課題ではない…と言っていたようですが、あまりにも幼すぎます。 党派的な利害を捨て去り、国民的課題・歴史的使命を果たすことができない政党・党派は国民から見捨てられ、時代から置き去りにされるだけと言ってしまっては酷でしょうか。 この教訓から学び、反省したからでしょうか。この8月12日に「みんなで新しい県政をつくる会」は、福島県知事選に向けて「オール福島で大同団結」をというアピール文を発表しました。 以下の四点での「相乗り」を目ざす動きとして注目されています。 (1)県内原発はすべて廃炉にする。 実現するか否かは今のところ不明ですが、従来、独自候補をいち早く擁立し、「独自の選挙戦」を展開してきた団体としては、大きな変化として注目しています。 形式はどのようなものになるかは別として、仮に「脱原発」の共同候補、結果としての統一候補が実現すれば、画期的なことであり、勝利の可能性が高くなるだけでなく、わが国の原発ゼロを目ざす国民運動にとっても、大きな弾みとなることは確かです。 やや脇道にそれたので、ここで本題に戻ります。 3.11の後、原発に対する市民意識も大きく変化しました。原発によるリスクを減らし、なくすために、情報を集め、行動しようとする人、すでに行動を始めた人は数千万の単位なのではないでしょうか。しかし、一方では、デモに参加することには抵抗を感じる人も国民の6割を超えている(抵抗を感じない人は3割強)のも事実です。 この背景には、戦後日本の社会運動のマイナスの記憶・イメージがあるわけです。デモや集会に参加するには「ためらい」があり、そこまでは踏み切れないが、原発事故や放射線の影響については本当のことを知りたい。国民の多くは、こんな思いで悩み、迷っているのではないでしょうか。 インターネット・SNSはこんな思いで悩み、っている人々に学習の場を提供し、お互いの悩みをぶつけ合い、考え、対話し、解決の方向を見出すことを可能にしたといえます。 50数年前の学生時代の安保闘争の経験を憶い出しました。「日本の未来、運命を決める日米安保条約」について、賛成・反対の立場を超えて、連日のようにクラス討論が行われました。語学の授業をつぶして、討論会を開くのですから、担任の教授や語学を学びたい学生にとっては、大迷惑だったわけです。 それでも、いやな顔もせずに、大切な語学の授業をクラス討論会の場に提供して下さいました。そういえば、「怒れる若者たち」(Angry Young Men)を原書で読む授業だったことも懐かしく憶い出しました。 わが国の国民運動史のなかで、最大の盛り上がりをみせた60年安保闘争の底辺では、こんな討論・議論の積み重ねがあったわけです。 この状況を今に置き換えて考えると、ネットを活用したネットワークによる「討論会」であり、「議論の場」の提供ということでしょうか。 この「場」の変化は、われわれの想像を超えて、国民の政治意識や政治行動に大きな変化をもたらすのではないかとの「予感」がします。 憲法上の規定にはありませんが、原発再稼働の可否を決める「国民投票」という手法もあります。 国家・国民・民族の未来にかかわるテーマなのですから、大議論を巻き起こし、国民投票で決着をつけるという手法に、正面から反対する党派はその段階で自らの負けを認めることになりそうです。 考えてみれば、衆議院の小選挙区制という制度は、あるテーマについて、賛成か反対かを問う制度としては優れた選挙システムではないでしょうか。 原発の再稼働に賛成するのか、反対するのかを主要な論点・テーマにして総選挙で力競べをする。 なかなかいいアイデアではありませんか。 選挙区では再稼働反対の党派が事前の準備で統一候補を擁立し、比例区では、それぞれの党派の主張を競い合う。小選挙区制という問題の多い選挙制度を逆用して、党派・会派・各種のグループが議論を重ね、「統一候補」を立てることは、結果として「統一戦線」を形成することと同じではないでしょうか。 インターネットは、脱原発・原発ゼロの国民運動に明るい展望を与えてくれるだけでなく、日本の未来にも無限の可能性を拓いてくれそうな気がするのは、あまりにも楽観的過ぎるでしょうか。 |