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第31回 除染土の公共事業利用は産廃の不法投棄である
2016/6/27
本コラムの第26回、第27回と二度にわたり明治学院大学の熊本一規教授の論文「電力システム改革で原発を潰せるか」(1)(2)を寄稿していただき、掲載しました。
今回は、「除染土の公共事業利用は放射能拡散・東電免責につながる愚策」という論文を寄稿していただきました。
奇しくも、本日(6月27日)付の毎日新聞は一面トップで「福島汚染土『管理に170年』という記事をスクープしています。
以下、熊本先生の論文を全文掲載いたします。
熊本 一規
除染土の公共事業利用は放射能拡散・東電免責につながる愚策
はじめに
環境省が福島原発事故後の除染に伴う「8000ベクレル/kg以下の除染土」を全国の公共事業に利用しようとしています。
福島原発事故前は、原発の運転に伴う放射性廃棄物は、100ベクレル/kg以上を基準として青森県にある六ケ所低レベル放射性廃棄物埋設センターに埋設されてきました。
ところが、福島原発事故に伴い、放射性物質で汚染されたがれきなどが大量に生じると、環境省は、基準を8000ベクレル/kgに緩め、基準以下のものは通常の廃棄物として扱うようにしました。100ベクレル/kgとの間の矛盾を突かれると「100ベクレル/kgは再利用の基準、8000ベクレル/kgは処理の基準」と説明してきました。
にもかかわらず、今度は、除染土の再利用に8000ベクレル/kgを適用しようとしているのですから、従来の説明と矛盾することは明らかで、多くの人から批判されています。
しかし、問題は、二つの基準の間の矛盾にとどまらず、もっと根深いように思われます。
放射性物質で汚染されている土が有償で引き取られるはずはありません。逆に、渡す側がお金を払って引き取ってもらう(「逆有償」と呼ばれます)しかありません。であるならば、除染土は、そもそも廃棄物ではないのでしょうか。廃棄物であるならば、環境汚染をもたらさないように処理をすることが何よりもまず優先されるのではないでしょうか。
この疑問に基づいて、以下、除染土の再利用問題を検討していきましょう。
逆有償の汚染土壌は廃棄物
「廃棄物」とは何でしょうか。廃棄物行政を所管している環境省の『廃棄物処理法の解説』では「廃棄物とは、占有者が自ら利用し、又は他人に有償で売却することができないために不要になったものをいい、これらに該当するか否かは占有者の意思、その性状等を総合的に勘案して定めるべき」と定義されています。この定義のうち、もっとも重要なポイントは「他人に有償で売却することができない」という点にあります。したがって、逆有償のものは原則として「廃棄物」にあたります。
土壌は、有価物として取り引きされるから廃棄物でなく資源です。他方、汚染土壌は、通常、逆有償で取り引きされますから、資源でなく廃棄物です。より厳密に言えば、汚染土壌に含まれる汚染物質がきわめて微量ならば、有償で取り引きされることもあります。その場合には汚染土壌ではあっても資源です。そして、含まれる汚染物質の量が増えるにつれ、次第に有償から逆有償になっていき、資源から廃棄物に転化していきます。要するに、汚染土壌は、有償で取り引きされるか否かによって資源か廃棄物かが分かれることになります。
廃棄物である汚染土壌の処理責任は、汚染物質を排出させた者にあります。なぜなら、汚染土壌が逆有償になる原因は汚染物質にあるからです。それは、水銀を含む汚水の処理責任が水銀を排出した者にあるのと同じことです。土壌や水の排出者が処理責任を負うことはありません。
除去土壌は東電の排出した廃棄物
福島原発事故後に制定された放射性物質汚染対処特措法(以下「特措法」といいます)では、除染に伴って生じた土壌のことを「除去土壌」と呼んでいます。除去土壌は、フレキシブルコンテナ(略称「フレコン」)や土のう等に詰められて、仮置場や除染現場で3年程度保管したのち、双葉町・大熊町に建設予定の中間貯蔵施設に運び込む計画になっています。ところが、地権者の反対が強く、中間貯蔵施設の建設が進まないため、仮置場や除染現場に保管されている状態が続いています。フレコンの耐用年数は3−5年であり、除去土壌や草木が剥き出しになっているフレコンも少なくありません。そのため、環境省は、除去土壌の公共事業利用を進めようとしているのです。
環境省は、「土壌は、本来貴重な資源であるが、除去土壌等はそのままでは再生利用が難しい」ため「再生利用先の創出のためにインセンティブが不可欠」としています(「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略」)。インセンティブが金銭になるか制度になるかは未定ですが、制度の創設・維持にも費用がかかりますから、いずれにしろインセンティブを付けることは逆有償にするのと同じであり、したがって除去土壌は廃棄物です。
除去土壌を逆有償とせざるを得ないのは、それが放射性物質を含むからであり、したがって、除去土壌という廃棄物の排出者は、福島原発事故で放射性物質を放出させた東電です。
放射性物質の排出者が東電であるから、除染事業の費用も、除去土壌の処理費も東電が負担すべきです。実際、福島原発事故後に除染等に関して制定された放射性物質汚染対処特措法(以下「特措法」という)の第9条にも「除染等の措置及びこれに伴い生じた土壌の処理は東電が行なう」旨規定されています(ただし、東電は、環境省から請求されているにもかかわらず、2013年末以降の除染費の支払いを拒んでいます)。処理が必要なのは廃棄物ですから、特措法も除去土壌を「資源」でなく「廃棄物」として規定を設けていることになります。
ちなみに、特措法は、第2条で「この法律において『廃棄物』とは、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、…その他の汚物又は不要物であって、固形状又は液状のもの(土壌を除く。)をいう」と定義していますが、これは除去土壌を再利用するための文言上の「定義」にすぎず、定義以外の条項では、すべて除去土壌を「廃棄物」として扱っています。
除去土壌の処分基準は未制定
特措法第41条は、除去土壌の処理(収集、運搬、保管、処分)について環境省令(特措法施行規則)で基準を定めるとしています。
処理基準のうち収集・運搬基準は施行規則第57条で、保管基準は施行規則第58条でそれぞれ定められました。ところが、処分基準は未だに定められていません。
なぜ処分基準だけが未制定なのでしょうか。
「廃棄物の処分」と「資源の再利用」とは、そもそも根本的に矛盾します。「廃棄物の処分」とは、汚染物質が環境汚染をもたらさないよう環境から隔離することを目的として廃棄物を特定の処分場に封じ込めることをいいます。その目的のため、処分場には構造基準と維持管理基準が定められています。他方、「資源の再利用」は、資源の持つ経済価値を活かす行為であり、環境汚染の防止が重視されることはありません。資源中に含まれる汚染物質の大半は再生製品をつうじて環境中に拡散します。再利用先がどこになるかもわからず、再利用先に関する構造基準も維持管理基準も存在しません。
除去土壌の処分基準が未だに定められないのは、「処分」と「再利用」が異質であるにもかかわらず、公共事業での再利用が処分の手法となり得るような処分基準を定めようと思案しているからでしょう。
処分基準が定められても、それが実効性を持つ保証はありません。保管基準が定められたにもかかわらず実際には破損したフレコンが野積みになっているような違法保管が横行しているように、法律と実態が乖離し、処分基準を満たさず環境汚染を防げない違法再利用が横行するであろうことは想像に難くありません。
そもそも逆有償の物は不法投棄につながる恐れがあります。有償の物では、わざわざお金を払って購入した引き取り者が不法投棄することは起こり難いのに対し、逆有償の物は、引き取り者がお金をもらっておいて不法投棄すればもうかることになるため、不法投棄につながりやすいのです。何十年もの間、数々の規制や防止策が設けられてきたにもかかわらず、産廃の不法投棄が後を絶たない根本原因もこの点にあります。
環境省は、除去土壌を「適切な管理の下で再利用する」と強調していますが、不法投棄を防ぐための規制が設けられている「処分」においても不法投棄を防げないのに、「再利用」において不法投棄を防げるはずがありません。
放射性物質による土壌汚染の基準や規制も未制定
道路を処分場にするような再利用は、土壌汚染の基準や規制があれば、それに基づいてチェックがかかるはずです。
しかし、放射性物質による土壌汚染に関しては、基準や規制が未だに定められていません。
従来、環境基本法では「放射性物質による大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染の防止のための措置については、原子力基本法その他の関係法律で定めるところによる」(第13条)とされており、これに基づき個別の環境法においても「放射性物質の適用除外規定」が設けられていました。放射能汚染は環境法体系の外に置かれ、原子力関連法で規制するとされていたのです(それどころか、原子力関連法でも環境汚染の防止のための規制措置は全くなされてきませんでした)。
ところが、福島原発事故により放射性物質が広範に大気・水質・土壌等を汚染したため、放射能汚染を環境法で扱わざるを得なくなり、その第一歩として、2012年6月、原子力規制委員会設置法の附則により環境基本法第13条が削除されました。これに伴い、個別環境法も改正しなければならなくなったため、2013年6月、「放射性物質による環境の汚染のための関係法律の整備に関する法律」(以下「整備法」)が制定され、同法により、大気汚染防止法・水質汚濁防止法等の一部改正が行なわれました。しかし、整備法は、廃棄物や土壌汚染に関しては何も定めていません。
除染土の公共事業での再利用という環境省の計画が浮上したいま振り返ると、廃棄物や土壌汚染に関する個別法の改正を先送りしてきた理由は、除去土壌を公共事業に再利用したいとの環境省の狙いがあったからと判断せざるを得ません。
インセンティブ付けは東電免責につながる恐れ
廃棄物を資源として再利用することは、廃棄物に関する環境汚染防止のための規制を外すことを意味します。そのうえ、土壌が汚染される場所が特定の場所に限定されず、かつ、汚染防止のための規制も未制定です。このような制度の下で除去土壌を再利用に回せば、放射能汚染の全国拡散につながることは必至です。
廃棄物として処分すべき除去土壌を再利用に回すことは、環境汚染の点から好ましくないだけではありません。除去土壌が公共事業に再利用されれば、除去土壌の処理責任を負っている東電を免責することにもつながる恐れがあります。東電に処理責任がある廃棄物をインセンティブを付けて再利用に回すのですから、インセンティブの費用は東電が負担すべきですが、従来の国の姿勢から判断すると、東電に負担させる可能性は低いからです。インセンティブの費用に税金が注がれれば、負担を東電から国民に転嫁することになります。
放射能拡散といえば、「がれきの広域処理」が想起されます。しかし、「がれきの広域処理」は、あくまで「処理」の枠内での放射能拡散でした。除染土の再利用は、「処理」ではなく「再利用」をつうじての拡散をもたらしますから、放射能拡散も環境汚染も「がれきの広域処理」よりもはるかに大きくなります。
早急に制定することが義務付けられている「土壌汚染の基準・規制」をつくらないまま、それと相容れ難い「除染土の公共事業利用」を進めることは、放射能汚染を全国拡散させる愚策であるばかりでなく、脱法行為にも等しい行為にほかなりません。
毎日新聞6月27日の記事(「福島汚染土『管理に170年』)
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