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2003年10月10日(金) 「マルコ」には縁がある僕

いまはロバート・キャパのこの言葉が心に響いている。
「きみの写真が傑作にならないのは、あと一歩、被写体に近づいていないからだ。」
本気でいい作品を撮りたいと思っているのであれば、
マルコの心の中に一歩踏み込まなければならないと思わせられた。
マルコに一歩踏み込んでみようと思い、クレモナに行ってきた。

構想がまだ固まっていないので、そんなときに行ってみても無駄かな?
なんて思っていた。
だから少しちゅうちょしていたけど、
マルコの事を本気で撮りたいと思っているということだけでも伝えに行こうと思った。

彼は英語は話さない(多分)ので、イタリア語で伝えなくてはならない。
マルコをイメージしつつ、僕の気持ちをイタリア語に変えていった。

クレモナの街並を堪能しながらマルコの工房近くの公園まで歩いていった。
そこでベンチに座り、シジイババアに囲まれながら言葉を積み重ねていった。
いままでは日曜やバカンス時に来ていたので閑散としていた街が、この日は人並みで溢れていた。
この街でマルコは生きているんだな。

工房へ行くと奥さんがいた。
マルコは子供と遊びに行っていて、帰ってきたらすぐに出かけなければならないという。
仕方がないのでメッセージを置いていくことにした。

でも運のいい僕の事。
帰ろうとすると工房から離れてすぐのところで、子供を連れたマルコに気がついた。
マルコももちろん僕の事を忘れることなく、温かく出迎えてくれた。
僕の依頼にも快く「シー、シー」と答えてくれた。

こうやって即答できる人が世の中で成功していくんだろうな、と思った。

ホントに僕は彼の事が気に入った。
4月に山形に行って買ってきた将棋のコマの栓抜きをプレゼントした。
もちろん相手は職人だから、日本の職人のものをあげたのだ。
喜んでくれた。
彼の家族にも生活にも一歩も二歩も踏み込んでいきたいと思う。

帰りの電車まで時間があったので、バイオリンが所狭しとはりめぐらされている街を練り歩いた。
街の中心に向かった。
日本なら30円くらいで乗れた、スポーツカーとか馬なんかの乗り物で、
ウインウインいって子供が遊ぶのがある。
映画の「カルネ」でも出てきたあれ。


あれがクレモナには置いてあって、ババアと孫が一緒に遊んでいた。
その光景だけでも微笑ましかった。
さらに中心の広場で見たのは、クラウンが子供達とたわむれているシーン。
カメラを持っていたので撮りたかったけど、時間が少ないのでやめた。
でもとても美しい画だった。

大きなマラカスみたいなのをお手玉のようにあやつり、それを子供達と取り合う。
そんなことしている間に、別の一人がピエロの後ろにおいてある、それ以外の小道具をいじる。
それに気がつくピエロ。

チップを入れるために用意したひっくり返した帽子に背を向け、
子供をさえぎるが、その帽子を横切る乳母車を引いた夫婦が、帽子にコインを入れて通り過ぎる。
そしてそのクラウンの生活も保たれているのだろう。
そういう社会。
言葉では説明しずらいけれど、とても美しい風景に出会えた。
幸せだ。

なんかすごいあたりまえのようにこういう姿に出会えるのが、ヨーロッパという地方なのではないかと思う。
人間の生活の原風景なのではないかと思う。
だからこそここで撮る僕の映画は、ヨーロッパなんかよりも日本で受けるのではないかと思うのだ。

夕べ食べにいったイタリアンでは、知り合いのおとっつあんが息子と一緒に飯を食っていた。
図体がでかくてスキンヘッドのオヤジは、まるで映画のワンシーンを演じているようだった。
僕が理想としている親子像だった。

やんちゃな息子はオヤジになついている。
毛のない頭だが、そんなの関係なしに、
ヒゲそりのクリームをぬるかのように、食用のクリームをオヤジのアゴにぬりたくっていく。
でもおやじはそれを止めるわけでもなく、息子と普通に会話をしている。

やられるまんまである。

デーンとして見た目はホントに恐そうな感じだが、じつは子煩悩なとても易しいオヤジである。
きっと奥さんも愛しているんだろう。

そんな家族を大切にするイタリアの風景はとてもいいものだが、
それとひきかえにしなくてはならないものがある。
それがイタリアにいて日本社会を繰り広げている僕の職場である。
日本社会である限り、仕事第一である。
でもイタリアの法律で動かなくてはならない職場。
休みやはやびきなど、いろんな見返りがある。

なにもかも紙一重である。



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