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2005年01月11日(火) いつも通りの取り越し苦労

ジェノバとはまた違った家の壁の汚さ。
壁がはがれている。
これがいい情緒をかもしている。

ヴェローナに来たのは去年の4月以来。
あのときにたまたま見つけた壁紙職人(Tappezzeria)のところへ向かった。
僕はてっきり壁紙だと思っていたのに、椅子を修復していた。
辞書を調べると壁紙張り職人とかイス張り職人となっている。
室内装飾家という事のようだ。

工房をのぞいたところ、明かりはついているものの人の気配がなく,何度も入るのを躊躇した。
中の様子はよく見えないし,僕のイメージに近い人がいるのかどうかすらわからない。
僕はホントどうでもいいような小さな事でビクビクするたちだ。

中に入ってうまく話せなかったらどうしよう?
受け答えがうまくできなかったらどうしよう?
見学すら拒否されたらどうしよう?
撮影させてもらえなかったらどうしよう?
愛想のよくない人だったらどうしよう?
僕の狙いとまったく異なる人だったらどうしよう?

大抵こんな不安は、すべて終わって工房を出た後には、取り越し苦労だった事がわかる。
そんなことは工房に入る前にためらっているときからイメージはできているのに、
踏み込むきっかけが出てくるまで,なかなか入れない。
来た道を戻ったり、行き過ぎたり,ここに来るまでの間に見つけた、
人の良さそうなおばちゃんが取り仕切っている Tappezzeria に変えようか、いろいろ考えていた。
うわー、っとその世界に飛び込んでしまえばどうにでもなるはずなのに,そうしずらい。

そんな事をしていると,入口の横の戸が開けられた。
男が出てきた。
彼の名はマリアーノ。
よくいる好青年という感じ。
きっかけをつかめた。

僕は入口の戸を開けようとした。
鍵が閉まっていて開かなかった。
わざと扉を揺さぶっている僕に気がついたマリアーノが中から出てきた。
多くは言わずに「とりあえず仕事を見せてくれ」といって中に入れてもらった。

外からのぞき込んだときは、いろいろな種類の紙が置いてあったので,
ここは販売だけで作業はしていないものと思っていた。
しかし実際はイスを修復していたのだった。
古くなったイスのカバーに打ち付けてある釘とホチキスを丁寧に一つずつ取り外していく。
そしてクッションもすべて出す。
この日はそこまでしか見られなかったものの、ものすごく興味深く見る事ができた。

パッと見,無口かと思っていたマリアーノは結構いろいろと話してくれた。
丁寧に説明してくれる。
500年とか800年とか昔のものを修復しているという。
本当か?
もしくは僕のイタリア語力が足りないだけか?

説明をたくさんしてくれるから聞き流してしまうのももったいないので,
カメラを回させてくれとお願いすると,あまり好きじゃないらしく,
映画も好きじゃないからと断られてしまった。
お願いするのが早すぎたかもしれないので,もう少し心の解けるのを待ってみた。
木に取り付けられているカバーを外してクッションやバネを入れ替える。
他のまだ完成していないのや,新しく創るものを見せてくれた。


横でごそごそしていた奥さんのパオラが出てきた。
「イタリア語は話せるのか?」
聞かれたので「ちょっとだけ」と答え,
「英語は?」
と聞かれシーと言った。
すると英語で話し始める。

「ミラノから来た」とか「東京から来た」なんて言うと表情を変えて驚いていた。
そんなに田舎に来たつもりないのに。
興奮気味なパオラを見て新鮮に思えた。

マリアーノは38歳。
16のときからやっているという。
「ずっとこの繰り返しだ」
22年。
僕は驚いた。
「オヤジもジイさんからもずっと受け継がれてやっているんだ」

「街の他のタッペッツェリアを見てきたか?」
「NO」
「見てきたかと思ったよ。でもいまは少ないからな。
日本にはこの仕事あるか?」
「見た事ないよ。だって日本だったら買い替えたらそれでOKだからね」
「捨てちゃうんだろ? イタリアもそうだ。
ミラノにも工房はあるはずだぞ。知ってるか?」

僕が最初に抱いたイメージとは異なっていた。
ものすごくアナログな中で人間臭いやり取りが続いた。
こんなに僕のイメージの中のそのままを言ってくれる職人に出会うとは思わなかった。
いい意味で裏切られた。

小さな工房で孤独に地味にコツコツと仕事をすすめていく。
彼の作品のアルバムも見せてくれた。
途中友達が訪問してくるが,話ながらも手を休める事はない。

友達と外に出るというので、写真を撮っていいか聞くと快諾してくれた。
数枚撮ると、僕に興味を示しているパオラと話を始めた。
彼女との話も結構面白かった。
イタリア語で話せばいいのに英語で話そうとするのでこっちも合わせる。

イタリアの名前でないマリアーノ。
MARIAN CONSTANTIN という。
イタリア人なら MARIANO CONSTATINO になる。
するとパオラがマリアーノはルーマニア系だと言う。
パオラはヴェローナ系ボローニャ人らしい。


パオラのいた部屋に行くと,テーブルとミシンしかない。
ここはミーティングルームというかオフィスらしい。
なのにパソコンもFAXもないし、携帯も話すだけだという。
「若い人はいろいろと使いこなしてるけど,私はよくわからないから・・・」

このアナログな感覚がまた僕の興味をそそる。
僕自身デジタルを使いこなしていても,それに支配される事はない。
自分の中はアナログになっていて,それを表すための表層にある利便性の高いデジタルにすぎない。
だからものすごく彼女に共感する。

確か店のオープン時間を聞いていたときだったか?

「なんでミラノとか東京とか大都会にいるの?」
「別に好きでいるわけじゃないよ。むしろ嫌いだ」
「私はイギリスに留学した事はある。
ヴェローナも小さくていい街だけど,車が多いのが嫌よね」

「イタリアはバスのない日でも、休みだからといっても特別表示は何もない。
人は休みでないのだからない、とそういうだけ」
「そうなんだよね。それがまさしくイタリア」
「正にそう」
「日本だったら大変だよ」

家はヴェローナ郊外にあるという。
ガルダ湖の方。
朝は8:30〜夕方はいつも不定期。

「もしここに来るときは連絡してくれたら、いるかどうか答えられるわよ。
大丈夫。あなただってわかる。
だってここに来た外人はあなただけだから」

相当僕は変わっていたのだろう。
そしてアナログの典型のようなの職人さん。
これぞ僕が狙っていたものだった。
これは一気にフューチャーしなければならないところにのし上がってきた。

工房を後にして、友達と別れたマリアーノとすれ違う。
「パオラとも話したけど,また来るよ。ホントに楽しかった」
「いつでもおいで」

最初のためらいも、いつもこんな感じで吹き飛んでしまうのである。
それはクレモナにいるときも同じ。

ヨーロッパ巡りしたときのインタビューはポップで万人受けするものだった。
面白いものではないし,自分の主張や色というものがないものになっていた。
でも僕はこの作品を自分の狙い通りにしなければならない使命を持つ。
そういう意味ではいままで出会ってきた職人たちにハズレはなかった。

ヴェローナの中心から少しだけ外れたこの工房。
僕は静かにひっそりと修復に励んでいてもらいたいと祈っている。
この出会い,大切にしたいと思っている。
ありがとう、マリアーノ。




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