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2005年01月12日(水) 波に乗るための移行期

ガイドブックにも載っていない街、ヴォルテッラに向かう事にした。
まるっきり未開拓でほぼインフォメーションのない状態だった。

いままでは電車の車窓越しからしか見る事のなかったトスカーナの自然を、
この日はバスに乗って山を登りながらパノラマの平原を眺められた。
天気はよくなかったがイタリアで初めての美しい大地に触れた気がした。

街に到着してまず概観をつかむために街をうねり歩く。
気がついた事はよくある城壁に囲まれた街だったこと。
そして歩いていくうちにベルガモやアレッツォの面影を感じるようになっていく。
ただここが他と一つ違うのはアラバスターという確固とした街のウリがある事だ。

家のほとんどはレンガで創られていて,昔からの建物が残されている事がよくわかる。
そして工事しているのを見てわかったのが,
わざわざ手作業でレンガの壊れた箇所を修復しているのである。
通常は横にして並べていくものも、新しい建物の場合、縦にして置いてあるものがあった。
もしかするとこれは最新の技術を使っているのかもしれない。

街の中を回りながら、まずしなければならない大切な事。
それはアラバスターの店と工房の場所を確認していく事だった。
街の大きさはクレモナよりも遥かに小さく、ベルガモのチッタアルタと同じ程度でしょうか?
一日歩き回れば全体を把握する事ができた。

中心に近い店は大抵10:00を過ぎたら開店していた。
でもいくつかある個人の工房はまったくと言っていいほど開いてなかった。
工房ではないが「Chiuso per Ferie」と書いてあるところが多くあり,
もしかしたらこの時期はまだ正月休みなのかもしれない。
撮影は無理なのかもしれないと半ばあきらめかけていた。


味のある個人の工房はどこも開いていない。
大きなショールームのある店と工房の一緒になったところも、
開店時間の表示も休みの日の表示もまったくないまま,昼時以外も開いていない。

今年こそはある程度区切りをつけなくてはいけないと思っている本作品。
いつもならここでまた次回来たときに撮影しようとか,
時間かけた方がクオリティの高いものが創れると過信しているはず。
また今度来たときに、この味のある工房の職人を撮影できたらいい。
それで僕なりの色を出せてきた部分もある。
でも今年はそういう迷信めいた考えはしないように切り替える事にした。

こういう状況に陥ったときにどう振る舞えばいいのかを考えはじめた。
まず基本的にポジティブにモノを捉える事が肝心である。
ホントにすべての店や工房が閉まっているわけではない。
工房ではなくとも開いている店や、その店の直接の工房を教えてくれるかもしれない。
なにかしら情報を得るために人に聞く事が、この国では大切である。
最悪、店舗の人間に聞き込みをして相談する事を最終手段に選んだ。

そして街の中をくまなく探しまわった。
城壁に囲まれた街は坂が多くアップダウンがきつく,
三十路に入り体力が落ちているのにも関わらず,同じ道を何度も歩き,
時間帯を少しずつずらしながらひとつひとつの工房を確認していった。

次回来たときまでにコンタクトがとれるようにと、
店先にあった連絡先などもメモっていったりもした。
しかし成果は出ない。
一息つくために道の端の方に腰を下ろした。

出発前に下調べした唯一の店のインフォメーションを見た。
住所を見ていままで通ったところかどうか確認する。
ふと目の前の住所の看板に視線をあげるとその名前がある。
「あら?」
その店の真ん前に座っていたのだった。

「おおっ!」
おもむろにその店の前にいくと,やはり状況は一緒で閉まっていた。
その横に別の店の看板が出ていた。
一回その店の前は通ったが、そのときは開いてなかったので、もう一回確認しに行ってみる事にした。
ショーウィンドーの外に立つと、その奥でせっせと手を動かす老人がいる。
表に立って熱い視線を送って見ている僕に気づくだろうか?
真剣に作品と向き合う彼には僕の存在など届く事はなかった。

僕はここしかないと思い,そう決めたら成功させるためには執念が必要になる。
気づかれなければ、こちらから動くしかない。
近くの店の入り口と老人のいる工房はつながっていない様子。
かといって入り口が近くにいくつもあるのでどこに行けばいいかわからない。
さてどうしたものか?


とにかく遠くから作業を見つめていた。
彼は時折、腕時計を見て時間を気にしているのが伺われた。
僕はその間も作業を見つめて,彼の息づかいを探る。
通りに面した奥の方の工房の彼を見ている僕を、
不思議そうに通り過ぎていく人が何人いた事か。

すると突如彼はアラバスターの粉末にまみれた服に空気をあてて奇麗にし,
ズボンを履き替える。
「あっ、こっちの戸だった」
どちらかわからなかった一方の戸のほうから老人は出てくる。
そして僕はすぐさま声をかけた。

「いまずっとあなたの仕事を見ていました。
興味があるので見たいのですが、午後も作業されますか?」
このとき11:30だったが、15:15〜15:30に戻ってくるという。
僕は帰りの電車の都合上、16:00前にはこの街を発とうとしていた。
しかし状況が変わったいま、ギリギリ16:00すぎまでいる事を決意した。

いろいろと迷ったが、物事を成功させるためにはとっさの判断は必要になってくる。
クオリティを大切にするのか?
また次回があると自分に余裕を残して、肝心な部分を後回しにしてしまうのか?
それは結果的に自分の人生を無駄に使ってしまうのである。
成功が後回しにされていくからである。
やれるだけの事は尽くして、どうしても足りなかったときにもう一度戻ってくる。
期限を決めて自分を奮い立たせる。
そうやって追いつめる事で人間は弱さを克服していくのだろう。

ホントにあの職人でいいのだろうか?
僕の想い描くところへとアプローチできるのだろうか?

とにかくアポが取れたいまは、最低限のレベルはクリアしている。
でも上を見つめたらきりがない。
ただ限られた自分自身の可能性の中,ここに来る事だけでも大変なのだから,
できる限りの事はやりとげてしまいたい。
疲れた体を癒すのも含めて昼はレストランに入る事にした。
レストランを探しつつも,まだ入れる可能性のある工房はないか探していた。


僕が選んだのは外観がとてもおしゃれで,
値段も手頃な「il pozzo degli Etruschi」というレストラン。
決しておいしくはないし、肉もミラノのコトレッタより肉厚が薄く味付けも薄いものだった。
家族経営のこの店は愛想だけはよかった。
子供にメシを食わせているオヤジも気持ちよく迎えてくれた。

内装がヴォルテッラにある家の象徴のような感じでレンガ造りになっていて、
一般家庭の中を想像させるのに十分なものだった。
意外な美しさにフレームを向けてしまったのは言うまでもない。
店を出るときに名刺をもらおうとしたら、街の地図までつけてくれる気遣いは、
ツーリストも快く迎えようとするこの街の人のあたたかに触れた,そんな想いを抱いた。

昼下がり、もう一度街を練り歩いた。
でも昼休みのため,活気のあった中心地もひっそりとして静まってしまっている。
帰りはずっと電車なので買えないであろう夕食を買いにバールへと行く。
寝ぼけたようなパニーノを二つ買い、帰りのバスの確認をして、アポイントの時間を待つ。


早めに工房に戻ると彼は既に作業に戻っていた。
今度は外から合図すると気がついてくれて、快く出迎えてくれた。
彼の名はアルド。
これまで出会った職人もたがう事なくよくしゃべっていたのに、
彼はイタリア人には珍しくあまりモノを話さない。
そして仕事に没頭する。

アルドがやっているのはアラバスターの銅像の修復のようだ。
女性の銅像の折れたつま先と腕を加工して本体に接着させるようだ。
一回一回細かくヤスリがけを何度もして,本体に当てて試してみては、またヤスリがけをする。
ホントに慎重に細かい部分に手を入れていく。

シャッターチャンスをつかみずらくて、一瞬、僕に撮られたくないから、
微妙に細かい動きをしているんではないかと勘ぐってしまうほどだった。


「大丸、高島屋と阪急のデパートへデモンストレーションしに行った事がある」
「ハンキュ、ハンキュ」

言葉を念仏を唱えるかのように発する。
手を休める事なく、作業に打ち込む彼に口を挟むのも難しい。
でも何かしらアクションを起こさなかったらこの画を使う事はできない事だろう。
もちろん言葉の少ない作品に仕上げたいのは山々だが、
本人の言葉を手にしないと素材が不足するのは当然の事である。
そしてこの日は時間が少ないという壁もはだかっている。


このままだと自分の中のノルマがまた先まわしになってしまう。
嫌な事が現実になってしまう。
でもこの緊張感を壊してしまいたくない。
僕はとにかくだまってカメラをまわした。
限りある時間の中でギリギリまでそのときを期待して待つしかなかった。
静かな空間に打ち込むもののある男2人。

突如、女が工房に入ってくる。
そして当たり前のように「ボナセーラ」
店の人なのか?
ベラベラとアルドに話しかけて彼の言う事も半ばしか聞かずに去っていく。
イタリア人らしいと言えばイタリア人らしい。

しばらくしてアルドが作業の手を止め「バスタ,フィニート(終わりだ)」と言う。
「Grazie!」
許された時間はもう少し残されていた。
チャンスはやってきた。
逃してはならない。
自然な流れを創って、その中で自分のやりたい方向へとスムーズに運ばなければならなかった。
アルドとのコミュニケーションをぎこちないながらも取る事ができ,
そして僕の当初の最低限以上の目的が無事成し遂げられた。


最後にアルドが「上の店に行ったか?」というので「行ってない」というと、
最初ここが入り口かと思っていた店に連れて行かれた。
「やっぱりここだったんだ」

さっき工房に乱入してきた女がいた。
そして営業らしき男が案内係になって、商品をいろいろと見せてくれた。
他の職人の工房や、機械が置かれている場所などにも連れて行って撮影させてくれた。

商品を購入してくれという事ではなかったが「日本人向けのお土産にどうだ」と、
イタリア人らしくどんどん向こうのペースで営業してきた。
今月下旬のミラノのフィエラに出店するので見においでと誘われたりもした。
彼がいい奴だと感じたのは、店にあった小さなふくろうのアラバスターの置物を
プレゼントだといって袋に入れて僕にくれた事だった。
そして時間がないから帰らないといけない、というと、すぐに手放してくれた。

ホントに時間がなかったので、最後アルドにだけ挨拶をして、この街を後にした。



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